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三章
090 北限の海へ
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早朝、俺は郵便ギルドの手紙を書くための区画で、ラキちゃんとお手紙を書いている。
ミリアさんに俺達の事を伝えてもらうようメイソンにはお願いしたが、念のために大家さんにも手紙を書いておく事にしたからだ。
ラキちゃんは、聖女ミリアリア様にお手紙を書いている。
残りの三人はまだ宿舎の部屋で夢の中だ。昨日はお店にいた人達に歓迎され、かなりの量のお酒を飲んでいたからね。無理もない。
俺も結構飲んで二日酔い気味だったのだが、今はラキちゃんが神聖魔法を掛けてくれたおかげでスッキリしている。
どうやらラキちゃんは手紙を書き終えたようで、同封するカードや栞などをどれにしようか悩んでいる。
俺も手紙を書き終えたので、一緒に選ぶとしよう。
流石職人気質なドワーフの治める都市だけあって、切り絵のように美しく絵が彫られている、ピカピカに光る金属製の栞が売られている。
花や水の流れ、星や月、山々など、どれも非常に美しく彫られており、まるで絵画のようだ。これを貰ったらさぞかし喜ばれるだろう。
「この栞いいね。 かさばらないし、同封するの以外にも何枚かお土産にしてもいいかも」
「あっ、それいいね!」
それから二人で、同封する用、自分用、お土産用と何枚も購入する事にした。
「おっ、いたいた」
「やぁ、おはよう」 「おはよーございまーす」
「おはよー。へへっ、ちゃんと逃げずにいたようねっ」
現れたのは、船長の妹のアリーナだった。どうやら一人で俺達を迎えに来たようだ。
「逃げねーよ、まったく。――昨日は俺達ちょっと飲み過ぎちまってな、他の連中はまだ寝てるんだ。だから、すまんがもうちょっとだけ待ってくれ」
「はぁ!? ……ったく、しょーがないわねぇ。――あっ、リンメイの部屋ってどこ? あたしが起こしてきたげる」
アリーナはそう言うと、にんまりと微笑んだ。
「ニ〇三号室だ。……お手柔らかにな」
「へへっ、分かってるっ」
アリーナはニコニコしながらリンメイの寝ている部屋へ行ってしまった。
どうやら昨日一緒に下山する間にリンメイとアリーナの二人は意気投合して親しくなり、友達となったようだ。
リンメイはこれまでの事もあり、あまり友達と呼べる子が少ないようだったので、アリーナが友達になってくれたのは正直嬉しい。
暫くして、宿舎の方でリンメイの可愛らしい悲鳴が聞こえた。
営業時間となり手紙の窓口が開いたので、早速受付のお姉さんに手紙をお願いする。
俺達を見るなり、受付のドワーフのお姉さんから 「この度は本当にありがとうございました」 とお礼を言われてしまった。
郵便ギルドには一応事情を話してあるので、このお姉さんも聖女様救出の事は耳にしていたようだ。
「少しでもお元気になられたらと思いまして、ミリアリア様にお手紙を送る事にしました」
「ラキシス様からでしたら、きっとお喜びになられるでしょう」
俺とラキちゃんの手紙の手続きが終わった頃に、うちのメンバーの三人とアリーナが宿舎の方からやってきた。
王子様は流石に飲み過ぎたようで、エルレインに甲斐甲斐しく手を引かれている。
リンメイはアリーナに何をされたのか知らないが、顔を赤くして頬を膨らませていた。
「おはよう皆。ゆっくり休めたか?」 「おはよーございまーす」
「ああ、おはよう……。少々キツイ……」
「……おはよー。はぁ……まったくもぅ朝から最悪」
「痛い痛い、悪かったってばさー」
アリーナはリンメイにポコポコと猫パンチされてる。アリーナはいったい何をしたんだ……。
「おはようございます。お二人はお早いですね」
「ああ。一応下宿先の大家さんに帰りが遅くなるって手紙を書いてたんだ」
「私もミリアリア様にお手紙書いてましたー」
「なるほど、そうでしたか」
それから皆で食堂の方へ向かい、軽めの朝食を取ってから郵便ギルドを後にした。
ラキちゃんは皆に神聖魔法を掛けてあげたようで、朝食が終わる頃には皆スッキリとした顔をしていた。
さて、これからまた長い旅の始まりだ。
「おせーよまったく! 何ちんたらしてんだい!?」
「わりーな、昨日ちょいとばかし飲みすぎちまってな」
アリーナに案内され、先日オークション会場となっていた広場までやってきた。赤ちゃんをあやしていた船長に、早速どやされてしまう。
見れば、昨日の面子にはいなかった船長の子供達と旦那と思しき男性もいる。これでポラーレファミリーは全員か。いやはや、随分と大所帯だな。
「初めまして……ではないかもしれませんが、私は海賊団ポラーレファミリーの副船長をしているフランコと言います。昨日はエルザ達を助けて頂きありがとうございました。本当に……、本当に感謝します!」
「あっ、ああ……」
涙目になりながら俺に両手でブンブンと力強く握手をしてきたのは、船長の旦那であるフランコだった。
筋肉質な船長の弟達と比べるとすらりとしたイケメンで、随分と理知的な印象を受ける。フランコは海賊というよりも、学者と言われた方が納得する風貌をしていた。
この様子だと、船長から昨日は全員が死ぬかもしれない状況だった事を聞いたんだろうな。昨日の惚気話からして相思相愛な感じだったし、相当堪えたのだろう。
「とっ、とりあえず……、これからの事を決めようぜ」
「そっ、そうですね。失礼しました。――皆さんは雷樹島に行きたいと聞きましたので、まずは私達の船まで一緒に来てもらおうと思います」
「そうだな。――まず、そこまでどうやって行くつもりなのか知りたい。一応俺達は駅馬車での移動を考えていたんだが……。あっ、そういえば、お前らはここまでどうやって来たんだ? 自分達の馬車でも持ってるのか?」
「いえ、馬車はありません。ここまではエルザのギフトを使って、川を上ってきました」
「えっ!?」
聞くと、ポラーレファミリーの連中は北限の海にあるポルドレア湾という大きな湾からエルドラード共和国の多くの自治領を縫うように流れるパルカス川を上り、更にこの都市へ続く支流を上ってここまできたそうだ。
この都市から普通に駅馬車で街道を走ってポルドレア湾まで行こうとすると、二十日以上は掛かってしまうらしい。
個人の馬車だと駅馬車のように馬を替える事ができず、馬を休ませながらの移動となるため、下手したら一月も掛かってしまうそうだ。
だが、ポラーレファミリーは船長のギフトを使って、川を移動して五日ほどで来れてしまったそうだ。帰りはルートを探す必要も無く流れに従い下るだけなので、もっと時間は短縮できるだろうとも言っている。
これは嬉しい。北限の海までは移動に半月は覚悟していたので、五日ほどで着くのなら本当に助かる。
船長の蛸はボートを二つ抱えてこの都市まで移動してきたそうで、そのボートに俺達も乗せてくれるそうだ。
「よーし、んじゃ朝市で食料買い込んだら、早速帰るよっ!」
「「「アイアイキャプテン!」」」
こいつら大所帯だからな、食料も山のように買う。一応川を下る途中に町や村があれば宿を利用する予定だが、野宿も視野にいれているためだそうだ。
食料だけでなく酒瓶などもマジックバッグにどんどん詰め込んでいってる。
……俺達も一応買っておくか。食料はいざって時にあれば助かるからね。
船長達のボートは、ドルンガルドを出てすぐに見える橋の下に隠してあった。
この川は岩や石が多く結構な急瀬のため、とてもじゃないがボートで行き来できるような川じゃない。
しかしポラーレファミリーはこの川をボートで下っていくそうだ。
船長は早速ギフトを発動して巨大な蛸を生み出すと、足で器用に二つのボートを掴む。
「ほらさっさと乗りなー!」
俺達はアリーナと船長の子供達と一緒に、2つ目のボートに乗せてもらう。
「よーし乗ったね。んじゃ行くよ! 振り落とされないように気を付けな!」
蛸は川に躍り出すと、まさに川を滑るように走り出した。
蛸はグングンと加速し、川を下っていく。
――これは早い!
大きな蛸が川の 『落ち込み』 や 『かけあがり』 などの段差を全て吸収して進んで行くので驚いた事に激しく揺れる事も無い。
傍から見れば遊園地のウォーターライドのようなのだが、まるでモーターボートで薙いだ海を走っているような快適さだった。
急な勾配を進めない馬車は山岳地域などはどうしても、幾重にも曲がりくねるつづら折りの道を進まないといけないので、それだけで目的地までの距離が伸びてしまう。
そのため、自治領を跨いで山越えをするたびに移動距離は伸びていくし、馬の負担も考えると余計に時間も掛かるだろう。
しかし船長の蛸ならば勾配など気にせず水の流れに乗ってガンガンと進んで行けてしまうので、色々な不都合を気にしなくて済んでしまう。
大きな滝だって何のその。まるでエレベーターのようにスルスルッと下っていく。
確かにこれならあっという間に北限の海まで行けそうな気がする。しかし、こんな派手なギフトを使っている船長の魔力は大丈夫なのだろうか?
「なあ、船長はこんな蛸出し続けてて、魔力は持つのか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。おねーちゃんは一日中ギフト発動させててもバテないから」
「へっへー、ママは凄いんだぞ!」 「凄いんだぞ!」
アリーナが答えてくれると、透かさず子供達がママである船長を自慢をしてきた。
船長には三人の子がいて、このおませな感じの女の子は長女のサマンサ。お姉ちゃんを真似て胸を張っているのは弟で長男のダンテ。そして船長に負ぶられている赤ちゃんが次男のガリレオだとアリーナが紹介してくれた。
「えっ、そいつは凄いな」
「マジかよ。こんなでかいの一日中出してても魔力切れ起こさねーなんて、すげーな船長」
「なんか水のある場所ならほんのちょっとの魔力で大丈夫みたい」
「「へぇー」」
「うちの海賊団はお姉ちゃんのギフトで持ってるようなもんなのよ」
確かにそうだなと、頷いてしまう。
これぞチートと言えるほどに船長のギフトは万能すぎだ。ポラーレファミリーの大黒柱なのも頷ける。
俺達は馬車の二倍か三倍近い速度で進んで行く蛸に揺られながら、流れて行く周りの景色を楽しんだ。
こんな快適なクルージングのような経験そうそうあるわけでもないので、皆楽しんでいるようだった。
魔物には何度も遭遇するのだが、 船長のバカでかい蛸を見ると、どいつもまるで 「えっ、何あれ……」 って声が聞こえてきそうな表情をして逃げてしまう。
うん、こんな海のバケモノに初めて遭遇したら、魔物だってビビるよね……。
俺達は昼食も十分な時間を取ってゆとりある行動をとったのだが、夕方に差し掛かる頃にはもうドワーフの自治領最北端の町トルンガへ着いてしまった。
そこまで急ぐ旅でもないので、今日はこの町の宿で宿泊する事にする。
二日目も旅は順調そのもので、狼人を主軸とした森林の民の治める自治領までも、一日で抜けてしまった。
そして三日目、遂にパルカス川の本流へ俺達は入り、今日からはゴブリンの治める自治領を通って行く。
ゴブリンは土木の妖精とまで言われるほど卓越した土木の技術を持ち、治水技術も素晴らしい。
ゴブリンの自治領に入った途端、日本の河川に入ったんじゃないかと錯覚するほどにパルカス川は整えられていた。
パルカス川本流は河川の幅もかなり広がり船の行き来が可能になるため、水上交通も盛んとなっている。
そのため船長の蛸は目立つので、今は遠目ではボートが並んで水魔法で進んでいるようにしか見えない程度に、潜って進んでいた。
「ミリアリア様大丈夫かな……」
河川沿いにある村や町を眺めながら、憂いを帯びた表情で、ラキちゃんはポツリと呟いた。
「気になるなら様子を見に行ってみる?」
「うーん……でも、私達とお会いして辛い記憶がフラッシュバックしたらどうしようって不安もあるから……」
「ああそうか、そうだね……。その辺の心の傷は難しいね……」
「神聖魔法で心の傷も癒す事ができたらいいのに……」
ラキちゃんは先程よりもしょんぼりとしてしまった。
そんなラキちゃんに、リンメイが優しく肩を叩く。
「折角ここまで来たんだし、会わなくてもこっそり見てくるだけでもいーんじゃねーか? それに、ひょっとしたらラキに会いたがってるかもしんねーぜ?」
「そうですよラキシス様。遠くから様子を伺ってくるだけでも良いじゃないですか」
「もしも我らの力が必要とされていれば、手を差し伸べてあげる事ができるぞ、ラキシス殿」
「……そうですね。――えっと、ミリアリア様に会いに行きたいです」
「――よし、それじゃ行こう!」
俺達はラキちゃんの決意に、笑顔で頷いた。
俺達の会話を聞いていた船長達もウンウンと頷いている。
「船長、ちょっと寄り道していいか?」
「ああいいぜ。あんなサイテーな奴等に半年間も連れまわされていたんだ。……可哀想に。――あたしらの国の聖女様を慰めて来てあげておくれよ」
「すまんな」
「よーし! んじゃ、ちょいと都市ブリンデルに寄ってくよ!」
「「「アイアイキャプテン!」」」
ミリアさんに俺達の事を伝えてもらうようメイソンにはお願いしたが、念のために大家さんにも手紙を書いておく事にしたからだ。
ラキちゃんは、聖女ミリアリア様にお手紙を書いている。
残りの三人はまだ宿舎の部屋で夢の中だ。昨日はお店にいた人達に歓迎され、かなりの量のお酒を飲んでいたからね。無理もない。
俺も結構飲んで二日酔い気味だったのだが、今はラキちゃんが神聖魔法を掛けてくれたおかげでスッキリしている。
どうやらラキちゃんは手紙を書き終えたようで、同封するカードや栞などをどれにしようか悩んでいる。
俺も手紙を書き終えたので、一緒に選ぶとしよう。
流石職人気質なドワーフの治める都市だけあって、切り絵のように美しく絵が彫られている、ピカピカに光る金属製の栞が売られている。
花や水の流れ、星や月、山々など、どれも非常に美しく彫られており、まるで絵画のようだ。これを貰ったらさぞかし喜ばれるだろう。
「この栞いいね。 かさばらないし、同封するの以外にも何枚かお土産にしてもいいかも」
「あっ、それいいね!」
それから二人で、同封する用、自分用、お土産用と何枚も購入する事にした。
「おっ、いたいた」
「やぁ、おはよう」 「おはよーございまーす」
「おはよー。へへっ、ちゃんと逃げずにいたようねっ」
現れたのは、船長の妹のアリーナだった。どうやら一人で俺達を迎えに来たようだ。
「逃げねーよ、まったく。――昨日は俺達ちょっと飲み過ぎちまってな、他の連中はまだ寝てるんだ。だから、すまんがもうちょっとだけ待ってくれ」
「はぁ!? ……ったく、しょーがないわねぇ。――あっ、リンメイの部屋ってどこ? あたしが起こしてきたげる」
アリーナはそう言うと、にんまりと微笑んだ。
「ニ〇三号室だ。……お手柔らかにな」
「へへっ、分かってるっ」
アリーナはニコニコしながらリンメイの寝ている部屋へ行ってしまった。
どうやら昨日一緒に下山する間にリンメイとアリーナの二人は意気投合して親しくなり、友達となったようだ。
リンメイはこれまでの事もあり、あまり友達と呼べる子が少ないようだったので、アリーナが友達になってくれたのは正直嬉しい。
暫くして、宿舎の方でリンメイの可愛らしい悲鳴が聞こえた。
営業時間となり手紙の窓口が開いたので、早速受付のお姉さんに手紙をお願いする。
俺達を見るなり、受付のドワーフのお姉さんから 「この度は本当にありがとうございました」 とお礼を言われてしまった。
郵便ギルドには一応事情を話してあるので、このお姉さんも聖女様救出の事は耳にしていたようだ。
「少しでもお元気になられたらと思いまして、ミリアリア様にお手紙を送る事にしました」
「ラキシス様からでしたら、きっとお喜びになられるでしょう」
俺とラキちゃんの手紙の手続きが終わった頃に、うちのメンバーの三人とアリーナが宿舎の方からやってきた。
王子様は流石に飲み過ぎたようで、エルレインに甲斐甲斐しく手を引かれている。
リンメイはアリーナに何をされたのか知らないが、顔を赤くして頬を膨らませていた。
「おはよう皆。ゆっくり休めたか?」 「おはよーございまーす」
「ああ、おはよう……。少々キツイ……」
「……おはよー。はぁ……まったくもぅ朝から最悪」
「痛い痛い、悪かったってばさー」
アリーナはリンメイにポコポコと猫パンチされてる。アリーナはいったい何をしたんだ……。
「おはようございます。お二人はお早いですね」
「ああ。一応下宿先の大家さんに帰りが遅くなるって手紙を書いてたんだ」
「私もミリアリア様にお手紙書いてましたー」
「なるほど、そうでしたか」
それから皆で食堂の方へ向かい、軽めの朝食を取ってから郵便ギルドを後にした。
ラキちゃんは皆に神聖魔法を掛けてあげたようで、朝食が終わる頃には皆スッキリとした顔をしていた。
さて、これからまた長い旅の始まりだ。
「おせーよまったく! 何ちんたらしてんだい!?」
「わりーな、昨日ちょいとばかし飲みすぎちまってな」
アリーナに案内され、先日オークション会場となっていた広場までやってきた。赤ちゃんをあやしていた船長に、早速どやされてしまう。
見れば、昨日の面子にはいなかった船長の子供達と旦那と思しき男性もいる。これでポラーレファミリーは全員か。いやはや、随分と大所帯だな。
「初めまして……ではないかもしれませんが、私は海賊団ポラーレファミリーの副船長をしているフランコと言います。昨日はエルザ達を助けて頂きありがとうございました。本当に……、本当に感謝します!」
「あっ、ああ……」
涙目になりながら俺に両手でブンブンと力強く握手をしてきたのは、船長の旦那であるフランコだった。
筋肉質な船長の弟達と比べるとすらりとしたイケメンで、随分と理知的な印象を受ける。フランコは海賊というよりも、学者と言われた方が納得する風貌をしていた。
この様子だと、船長から昨日は全員が死ぬかもしれない状況だった事を聞いたんだろうな。昨日の惚気話からして相思相愛な感じだったし、相当堪えたのだろう。
「とっ、とりあえず……、これからの事を決めようぜ」
「そっ、そうですね。失礼しました。――皆さんは雷樹島に行きたいと聞きましたので、まずは私達の船まで一緒に来てもらおうと思います」
「そうだな。――まず、そこまでどうやって行くつもりなのか知りたい。一応俺達は駅馬車での移動を考えていたんだが……。あっ、そういえば、お前らはここまでどうやって来たんだ? 自分達の馬車でも持ってるのか?」
「いえ、馬車はありません。ここまではエルザのギフトを使って、川を上ってきました」
「えっ!?」
聞くと、ポラーレファミリーの連中は北限の海にあるポルドレア湾という大きな湾からエルドラード共和国の多くの自治領を縫うように流れるパルカス川を上り、更にこの都市へ続く支流を上ってここまできたそうだ。
この都市から普通に駅馬車で街道を走ってポルドレア湾まで行こうとすると、二十日以上は掛かってしまうらしい。
個人の馬車だと駅馬車のように馬を替える事ができず、馬を休ませながらの移動となるため、下手したら一月も掛かってしまうそうだ。
だが、ポラーレファミリーは船長のギフトを使って、川を移動して五日ほどで来れてしまったそうだ。帰りはルートを探す必要も無く流れに従い下るだけなので、もっと時間は短縮できるだろうとも言っている。
これは嬉しい。北限の海までは移動に半月は覚悟していたので、五日ほどで着くのなら本当に助かる。
船長の蛸はボートを二つ抱えてこの都市まで移動してきたそうで、そのボートに俺達も乗せてくれるそうだ。
「よーし、んじゃ朝市で食料買い込んだら、早速帰るよっ!」
「「「アイアイキャプテン!」」」
こいつら大所帯だからな、食料も山のように買う。一応川を下る途中に町や村があれば宿を利用する予定だが、野宿も視野にいれているためだそうだ。
食料だけでなく酒瓶などもマジックバッグにどんどん詰め込んでいってる。
……俺達も一応買っておくか。食料はいざって時にあれば助かるからね。
船長達のボートは、ドルンガルドを出てすぐに見える橋の下に隠してあった。
この川は岩や石が多く結構な急瀬のため、とてもじゃないがボートで行き来できるような川じゃない。
しかしポラーレファミリーはこの川をボートで下っていくそうだ。
船長は早速ギフトを発動して巨大な蛸を生み出すと、足で器用に二つのボートを掴む。
「ほらさっさと乗りなー!」
俺達はアリーナと船長の子供達と一緒に、2つ目のボートに乗せてもらう。
「よーし乗ったね。んじゃ行くよ! 振り落とされないように気を付けな!」
蛸は川に躍り出すと、まさに川を滑るように走り出した。
蛸はグングンと加速し、川を下っていく。
――これは早い!
大きな蛸が川の 『落ち込み』 や 『かけあがり』 などの段差を全て吸収して進んで行くので驚いた事に激しく揺れる事も無い。
傍から見れば遊園地のウォーターライドのようなのだが、まるでモーターボートで薙いだ海を走っているような快適さだった。
急な勾配を進めない馬車は山岳地域などはどうしても、幾重にも曲がりくねるつづら折りの道を進まないといけないので、それだけで目的地までの距離が伸びてしまう。
そのため、自治領を跨いで山越えをするたびに移動距離は伸びていくし、馬の負担も考えると余計に時間も掛かるだろう。
しかし船長の蛸ならば勾配など気にせず水の流れに乗ってガンガンと進んで行けてしまうので、色々な不都合を気にしなくて済んでしまう。
大きな滝だって何のその。まるでエレベーターのようにスルスルッと下っていく。
確かにこれならあっという間に北限の海まで行けそうな気がする。しかし、こんな派手なギフトを使っている船長の魔力は大丈夫なのだろうか?
「なあ、船長はこんな蛸出し続けてて、魔力は持つのか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。おねーちゃんは一日中ギフト発動させててもバテないから」
「へっへー、ママは凄いんだぞ!」 「凄いんだぞ!」
アリーナが答えてくれると、透かさず子供達がママである船長を自慢をしてきた。
船長には三人の子がいて、このおませな感じの女の子は長女のサマンサ。お姉ちゃんを真似て胸を張っているのは弟で長男のダンテ。そして船長に負ぶられている赤ちゃんが次男のガリレオだとアリーナが紹介してくれた。
「えっ、そいつは凄いな」
「マジかよ。こんなでかいの一日中出してても魔力切れ起こさねーなんて、すげーな船長」
「なんか水のある場所ならほんのちょっとの魔力で大丈夫みたい」
「「へぇー」」
「うちの海賊団はお姉ちゃんのギフトで持ってるようなもんなのよ」
確かにそうだなと、頷いてしまう。
これぞチートと言えるほどに船長のギフトは万能すぎだ。ポラーレファミリーの大黒柱なのも頷ける。
俺達は馬車の二倍か三倍近い速度で進んで行く蛸に揺られながら、流れて行く周りの景色を楽しんだ。
こんな快適なクルージングのような経験そうそうあるわけでもないので、皆楽しんでいるようだった。
魔物には何度も遭遇するのだが、 船長のバカでかい蛸を見ると、どいつもまるで 「えっ、何あれ……」 って声が聞こえてきそうな表情をして逃げてしまう。
うん、こんな海のバケモノに初めて遭遇したら、魔物だってビビるよね……。
俺達は昼食も十分な時間を取ってゆとりある行動をとったのだが、夕方に差し掛かる頃にはもうドワーフの自治領最北端の町トルンガへ着いてしまった。
そこまで急ぐ旅でもないので、今日はこの町の宿で宿泊する事にする。
二日目も旅は順調そのもので、狼人を主軸とした森林の民の治める自治領までも、一日で抜けてしまった。
そして三日目、遂にパルカス川の本流へ俺達は入り、今日からはゴブリンの治める自治領を通って行く。
ゴブリンは土木の妖精とまで言われるほど卓越した土木の技術を持ち、治水技術も素晴らしい。
ゴブリンの自治領に入った途端、日本の河川に入ったんじゃないかと錯覚するほどにパルカス川は整えられていた。
パルカス川本流は河川の幅もかなり広がり船の行き来が可能になるため、水上交通も盛んとなっている。
そのため船長の蛸は目立つので、今は遠目ではボートが並んで水魔法で進んでいるようにしか見えない程度に、潜って進んでいた。
「ミリアリア様大丈夫かな……」
河川沿いにある村や町を眺めながら、憂いを帯びた表情で、ラキちゃんはポツリと呟いた。
「気になるなら様子を見に行ってみる?」
「うーん……でも、私達とお会いして辛い記憶がフラッシュバックしたらどうしようって不安もあるから……」
「ああそうか、そうだね……。その辺の心の傷は難しいね……」
「神聖魔法で心の傷も癒す事ができたらいいのに……」
ラキちゃんは先程よりもしょんぼりとしてしまった。
そんなラキちゃんに、リンメイが優しく肩を叩く。
「折角ここまで来たんだし、会わなくてもこっそり見てくるだけでもいーんじゃねーか? それに、ひょっとしたらラキに会いたがってるかもしんねーぜ?」
「そうですよラキシス様。遠くから様子を伺ってくるだけでも良いじゃないですか」
「もしも我らの力が必要とされていれば、手を差し伸べてあげる事ができるぞ、ラキシス殿」
「……そうですね。――えっと、ミリアリア様に会いに行きたいです」
「――よし、それじゃ行こう!」
俺達はラキちゃんの決意に、笑顔で頷いた。
俺達の会話を聞いていた船長達もウンウンと頷いている。
「船長、ちょっと寄り道していいか?」
「ああいいぜ。あんなサイテーな奴等に半年間も連れまわされていたんだ。……可哀想に。――あたしらの国の聖女様を慰めて来てあげておくれよ」
「すまんな」
「よーし! んじゃ、ちょいと都市ブリンデルに寄ってくよ!」
「「「アイアイキャプテン!」」」
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