天使の住まう都から

星ノ雫

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三章

089 任務完了

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 ひょんなことから行動を共にする事となったポラーレファミリーという海賊一味。
 帰りがてら話を聞いてやると、こいつ等は 『パイレーツ・オブ・カリビアン』 のようにカリブ海を股に掛ける海賊というよりも、どちらかといったら 『小さなバイキング ビッケ』 のようなバイキングに近い海賊のようだった。
 まあ俺の海賊の知識って例に挙げたその二つ位しかないので、何となくそう思っただけなんだけどね。

 こいつ等の村は、海が凍らない時期に男衆が出稼ぎのように海賊行為をして、村に富をもたらしていた。
 ところが、船長であるエルザがまだ少女の頃、海賊稼業をしていた村の男衆が、全員帰らぬ人となってしまう。
 頼れる男手を失った村の大人は何とかして生き残るために、若い未亡人や娘を他の村へ嫁がせるか婿を迎えるかなどを検討していたそうだが、エルザは村の大人を無視して、自分で海賊稼業を継ぐ事を決意してしまう。
 このままでは自分も生活の為に、他所の村の知らない男の所へ嫁がされるのが確実だったからだ。

 その時、海賊稼業に必要な船を用意してくれたのは船長の旦那となる幼馴染のフランコ少年だった。
 本の虫で腕っぷしは強くないがとても頭の良かったフランコ少年は、いつか船長と一緒に海に出たいと思っていたそうだ。
 そんな少年の夢を普段から聞いていた金物屋のお爺さんが、年の離れた友人のために一肌脱いでくれたらしい。

 だがちっぽけな船を手に入れても海賊稼業なんてしたこともない少年少女たち。勿論大人である他の海賊には敵わない。
 じゃあ、どうしたか。ここでもフランコ少年が知恵を出した。船長のギフトを最大限に活用して他の連中に気付かれる事無く、お宝を手に入れる方法を考える。

 船長のギフトである 【海魔の王】 は、水魔法の極致である。
 船長の生み出す蛸は水圧など気にせずどんなに深い場所でも潜って行く事が可能なため、他の連中が争った末に沈んでしまった船から金目の物を探す事にしたそうだ。
 ちょっとせこい感じもするが、子供だった船長達には安全で確実な方法だった。そのお陰で、村は何とか生活を維持する事に成功する。

 船長はいかに自分の旦那が凄いかを熱く語り、この時プロポーズもされたんだぜと、惚気られてしまう。……やれやれ、ご馳走様だな本当に。



 なんか随分と昔に、海底深くに沈んだ沈没船から財宝を引き上げる事を仕事にしている会社の、海外ドキュメンタリー番組か何かを見た記憶がある。
 そんな、海賊というよりも、どちらかといえばトレジャーハンターのような事をして生計を立てているポラーレファミリーは、ある時 『聖なる息吹』 の噂を耳にしてしまう。

 どうしても 『聖なる息吹』 が欲しかったポラーレファミリーは、オークションのために海からかなり離れたドワーフの自治領最大の都市ドルンガルドまで遥々やってきた。
 しかし、落札用の資金が心許こころもとない。

 そこで、山賊紛いの事をして資金を増やそうって事となる。そこで白羽の矢が立ったのが郵便馬車だった。
 国外へ向かう郵便馬車は確実にマジックバッグを持った配達員が乗っている。そいつを頂いちまう事ができれば、かなりの資金が確保できてしまうと考えたようだ。
 入念に作戦を練り、船長のギフトの力もあってまず失敗は無いだろうと踏んでたのだが、運悪く護衛に当たっていたのは俺達だった。

 結局、こいつ等の山賊紛いの活動は失敗に終わり、オークション当日を迎える事となってしまう。
 まあ、マジックバッグ一つや二つ分の資金を増やしても、恐らくあのアンドレイ司教には敵わなかったと思うけどな……。

「しっかし、なんでおめーらそこまでして 『聖なる息吹』 が欲しいんだよ? 村の流行り病がひでーのか?」

「ハッ! そんなんじゃないよ。 『聖なる息吹』 はね、あたしの船に使うのさ!」

「船~!? おめーらの船、穢れた幽霊船でも使ってんのか?」

「使うかバカッ! ――まっ、その辺は見てのお楽しみだねっ」

「きっとあんたら腰抜かすよ! あたしらの船の凄さにねっ!」

「はいはい、楽しみにしてるよーっと」

 船長に合の手を入れ、リンメイと楽しそうに話しているのは船長の妹のアリーナだ。リンメイと同じか、ちょっと年上くらいだろうか。
 なんとこの子が俺達を襲った時に巨大な氷のブロックを作りだした張本人だった。リンメイのお姉さんと同じギフトである 【氷の女王】 持ちらしい。

 残りの男三人の手下も、全員が船長の弟だった。年の上から順に、エリオ、マルコ、ガイオと紹介される。
 本当に家族で海賊稼業をやってるんだな……。



 ある程度瘴気が濃い場所は放ってはおけなかったため、ラキちゃんにお願いして神聖魔法で浄化しながら山を下る事にした。
 そのため俺達は現在、ガルディス川の源流に沿って山を下っていた。
 氷河の色が変色するほどに瘴気が酷かったからね。ドラゴンゾンビがいなくなってもこの状態をそのままにしていたら、暫くの間は流行り病は収まらないので仕方がない。

「ココマデ汚染シテイタノカ……。スマヌナ天使殿」

「大丈夫ですよーっ。私がぱぱっと浄化しちゃいますから」

 ラキちゃんは六枚の光の翼を纏い、ひらりひらりと蝶のように舞いながら浄化をしながら下っていく。
 俺達も渓流の岩場を跳躍しながらラキちゃんに続く。
 身体強化の当たり前なこの世界では、これだけ険しい山であっても忍者漫画の主人公のように、ひょいひょいっと進めてしまう。
 俺でもこんな身体運動ができる事が密かに嬉しく、まるで童心に返ったように楽しみながら下山していった。

「もうこの辺で良いんじゃないでしょうかラキシス様。 これ以上進むとドルンガルドへ戻るのが大変となってしまいます」

「はーい。ではこれで終わりにしますね」

 メイソンが地図を見ながら教えてくれる。既に一度流行り病の調査で訪れていただけあって、正確に地図を読んで俺達を助けてくれる。
 そのため、ドルンガルドへ戻るにはどこで浄化作業を終了して引き返せばよいかなども考えてくれていた。

 メイソンの地図を覗くと、俺達は思っていた以上に霊峰キレニクスを下山してから、結構な距離を進んでしまっていた。
 たしかに引き返すならここらが潮時だろう。これ以上進めば、ボルドレンに向かってしまう。

「ラキちゃんお疲れ様でした。――折角だし、ここで少し休憩を挟もうか」

「はーい!」

 ラキちゃんは俺だけでなく、皆から労いの言葉をかけられ、休憩を促されていた。
 ここまでかなりの距離があったからね、かなりの魔力マナを消費してしまった事だろう。本当にお疲れ様。



 そろそろ夕方が近づいてきた頃に、なんとか俺達はドルンガルドへ戻ってくる事ができた。
 夏祭りも終わったので先日までのような喧噪は聞こえてはこなかったが、それでもドワーフの自治領最大の都市だけあって、賑やかな都だ。
 夏祭りが終わった後でゆっくりとドワーフの特産品を物色してから帰る観光客も多いのか、まだかなりの数の観光客がこの都市には残っているようだった。

 俺達は正門を潜り目抜き通りを進むと、すぐに宿泊場所である郵便ギルドへ到着してしまう。
 郵便ギルドはどの都市も交通の便の良い場所にあるからね。ここを宿泊施設として利用できるのは本当に助かる。

「じゃーな、お前らとはここでさよならだ」

「分かったよ。――明日ここまで向かえに来るからな! 逃げんじゃねえぞ!」

「逃げるかバカッ」

「ははっ。逃げられたくなきゃ、ちゃんと迎えにこいよー」

「ああ! またなっ!」

 ポラーレファミリーを見送り郵便ギルドへ入ると、メイソンの仲間が血相を変えて俺達に駆け寄ってきた。
 彼らの話を聞いて驚いてしまう。なんと、あのアンドレイ司教が行方をくらましてしまったのだ。

 どういうことだ!? アンドレイ司教は俺達が帰るよりも先に 『ハルジの閃光』 が任務に失敗した事を知り得る事ができたというのか?
 彼らが言うには、俺達がドルンガルドへ戻るよりも少し前から忽然といなくなっていたそうだ。

「お恥ずかしながら気が付くのが遅すぎてしまい、足取りを追う事はできませんでした……」

「こればっかりは仕方がないですよ。――お疲れさまでした」

「もしかしたらアンドレイ司教は 『ハルジの閃光』 をそこまで信用せず、密偵に彼らの後を追わせていたのかもしれませんね」

「まあ、あの性格破綻者共だからな。十分にありえる」

「なんか悔しいなー。そんな奴がいたなんて全然気が付かなかったぜ」

「あの時は 『ハルジの閃光』 を如何にして倒すかで頭が一杯だったからな、しょうがないさ」

 それにこれ以上は俺達の領分じゃない。メイソン達にしてもそうだ。彼らは元々、流行り病の調査団なのだから。
 とりあえずラキちゃんからラクス様にアンドレイ司教失踪の事は報告してもらった事だし、これで十分だろう。



「皆様、この度は本当にありがとうございました。皆様がいなければ、奴等を倒す事など到底不可能でした。誠に感謝致します」

 メイソンは俺達と一緒に実際に戦ってみて、連中がいかに理不尽な存在かを目の当たりにしている。
 だからだろうか、彼の言葉からは決して嘘偽りのない、真摯な思いが伝わってきた。

「こちらとしても力になれて良かったよ」

「申し訳ありませんが、後の事はよろしくお願いします」

 メイソンはそう言うと、今は床に降ろしてある俺の背負子しょいこの方に目をやる。

「分かった、任せてくれ。――これでメイソンさん達は聖都へ戻るんだよな?」

「はい。今回の件についての書類を纏めて、明日にでも発とうと思っています」

「できたら一つ頼まれては貰えないかな? アルテリア冒険者ギルド本店の受付嬢にミリアさんてエルフの女性がいるんだが、その方に俺達は暫く帰りが遅くなると伝えて欲しい。ある程度の詳しい情報も、彼女になら話して構わないから」

「分かりました。必ず伝えておきます」

「ありがとう、助かります」

 こうして、メイソン率いる流行り病の調査団は聖都へ戻る事となり、竜核は俺達に委ねられた。
 明日からはポラーレファミリーと一緒に雷樹島へ向けて出発だ。

 雷樹島のある北限の海は、ここからだとそれぞれの種族が治める自治領を三つ以上越えて行かなければならないらしい。この国の首都ニルヴァーナよりも遥か遠くだ。
 そのため、相当な長旅となる事を覚悟しておかないといけない。
 まあ、北限の海へ出るまでは町から町への移動なので未開の地を行くわけじゃないから、観光気分でよさそうなところが幸いだったりする。

「よっし。それじゃ俺達も祝勝会ってことで、外に飯食いに行かねーか?」

「いいだろう! 今日は存分に飲みたい気分だ!」

「さんせー! 行こうぜ行こうぜ!」

 王子様とリンメイは乗り気のようだし、エルレインとラキちゃんもにこやかに首肯で返してくれたので、早速行きましょう!
 俺達は再び郵便ギルドを出て歩きだしたのだが、突然 「あっ!」 とラキちゃんが声を上げる。

「どうしたの?」

「あの……、ゴブリンの武器屋さんに聖女様救出した事を教えてあげたいです」

「あーそうか! そうだよね。――じゃ、行く途中に寄って行こう」

「うん!」

 武器屋の親父さんに俺達が聖女様を救出したと教えてあげると、腰を抜かすほど驚いていた。
 初めは全く信じてくれなかったのだが、大天使ラクス様の名を出してから妹君であるラキちゃんが光の翼を纏い、認識阻害のサークレットを外して第三の目を露わにしてからちょいと浮いて見せてあげると、漸く信じてくれた。

 大喜びの親父さんは、お礼に剣の代金は全額払い戻そうと言ってくれたが、既に借金返済で使い込んでしまい、すってんてんのようだったのでそれは断った。
 
「じゃ、その代わり、いつか剣のメンテナンスをする時はタダにしてくれるってのはどうだい?」

「任せろ! メンテナンスは永遠にタダにしてやるぜ!」 

 ふさぎ込んでいた奥さんも元気を取り戻したようで、頻りにラキちゃんにお礼を述べていた。
 できたらラキちゃんの事は世間には内緒にしておいて欲しいと共に、全て王子様の手柄って事にしておいて欲しいと頼むと、武器屋の夫婦は快く引き受けてくれた。

「お安い御用さ! その方がうちも 『聖女様を救った英雄御用達の店』 と宣伝できるしね!」 

「あっそうか! お前流石だなぁ……」

 おかみさんの商魂逞しさに、おもわず皆で笑ってしまった。

 用件も済んだ事だしそろそろ俺達はおいとましようとしたのだが、親父さんが行きつけの店で祝ってやるから行こうぜと言い出した。
 まあ元々俺達も祝勝会をする予定だったし良いかって事で、お言葉に甘える事にする。

 親父さんに案内されたお店はゴブリンの郷土料理を出してくれるお店のようで、この都市に住んでいるゴブリン達の憩いの店だった。

「皆聞いてくれ! 聖女ミリアリア様がこちらのカサンドラ王国のセリオス王子によって救出されたぞっ!」

 親父さんは店に入るなり椅子の上に立ち、聖女様が救われた事を宣言すると、店の中は大騒ぎとなった。
 夏祭りを終え、故郷へ帰る前にここに寄っていたゴブリンの旅行客も大勢いたので、収拾がつかないほどの大盛り上がりを見せてしまう。

 それからはもう大変だ。主役である王子様の元へは次から次へと酌をする人が訪れる。
 まんざらでもない王子様はアルコールが入ると饒舌となり、いかに 『ハルジの閃光』 が難敵であったかを熱く語り、親父さんから買った魔銀ミスリルの剣がどれほど素晴らしいかまでを雄弁に語っていた。
 王子様は普段見せないほどに上機嫌なもんだから、俺達は逆に王子様がいらん事まで言ってしまわないか、内心冷や冷やしてしまったほどだった。

 今回の聖女様の救出劇でここにいる皆が一番驚いていたのは、只人至上主義であるはずのカサンドラ王国の王子が、亜人であるゴブリンの聖女様を救出した事だった。
 話を聞いただけではとても信じられないだろう。だが、当の本人は目の前にいて、にこやかに詳細を語ってくれている。
 実はこの日の事が発端で、これから王子様の世間の評価がガラリと変わっていってしまうのだが、この時はまだ知る由も無かった。

 そんな感じで俺達は店の皆から大いに歓迎され、暫くの間、楽しいひと時を過ごした。
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