天使の住まう都から

星ノ雫

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三章

088 雷帝トルバリアス

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「えっ、どういう事? 皆はあのドラゴンゾンビが何言ってるのか解らないのか?」

 疑問を疑問で返すと、皆は当たり前だとばかりに頷いていた。
 あれ? じゃ、何で俺は言葉が解るんだ?


” 「異なる世界による言語の壁は、ギフトという恩恵を授ける事によって解決します。――ですので慶太さんは何も気にする事無く、現地で普通に会話ができちゃいますよっ!」 ”


 ふと、こちらの世界に来る前に女神様にお会いした時の事を思い出す。
 そうだ……俺、言語に関するギフトをしっかりと授かってたんじゃないか……。日常的に使っていたから、授かっていた事自体忘れてたよ。

「思い出した……。俺、 【言語】 のギフト持ってる……」

「えっ、 【言語】 のギフト!? ……もしや……ケイタ殿は 『迷い人』 なのですか?」

「「「えっ!?」」」

「それは……どうしてそう思ったんですか?」

「【言語】 のギフトは、主に別の世界からやって来る迷い人が授かるギフトだからです。…………ですが…………あっいや、すみません。今の事は忘れてください」

 メイソンは見事に俺を迷い人と言い当てるも、他の仲間の反応を見て俺が内緒にしてた事に気が付いたようで、慌てて取り繕う。

 今まで俺が別の世界から来た迷い人である事は誰にも伝えてなかったが、別にこれは内緒にしとかなくちゃいけない事じゃない。
 まあ……、これも良い機会か。

「いや、大丈夫。――そうだよ……、俺は別の世界から来た迷い人だ」

「「「!」」」

「えっ!? おっさんて迷い人だったのか!?」

「……まあな。――まっ、その辺の事は知りたければ後で幾らでも教えてやるから、まずはあのドラゴンゾンビを何とかしようぜ」

「おっ、おう」

 リンメイだけでなく皆は俺が迷い人である事が気になっているようだが、とりあえず今はドラゴンゾンビの方に集中してもらおう。

「どこかへ帰りたいと言っている雷帝トルバリアスの事は気になるが、俺達の目的は流行り病の解決だ。だから、まずはあの瘴気を撒き散らすのを止めさせたいと思う。皆いいだろうか?」

 誰も異論は無く、首肯で答えてくれる。

「よし。――ここはもうラキちゃんの神聖魔法で一気に不浄の精霊を祓ってしまおう。念のために、王子様にはドラゴンスレイヤーを預けておく。不測の事態が起こったら頼むぞ」

「うむ、任せろ」

 ドラゴンゾンビは元は雷帝と呼ばれていたので、もしかしたらあの状態からでも雷攻撃があるかもしれない。
 俺とラキちゃんは雷属性を扱えるので耐性もあるから、ラクス様から頂いた 『雷帝の守り』 はリンメイと王子様とエルレインに渡しておいた。
 メイソンとクロエは元々 『雷帝の守り』 のワンランク下の雷耐性のブローチ(強)を持っていたので、問題は無いだろう。それに全員が着ている護衛神官のローブにも耐性が付いている。

「じゃ、ラキちゃん頼むね」

「はいっ!」



 俺達は 『聖なる息吹』 とラキちゃんの神聖魔法による結界に守られながら、ドラゴンゾンビとなってしまった雷帝トルバリアスの前に立つ。
 俺達を目にした途端、ドラゴンゾンビは大量の瘴気をまき散らしながら咆哮をあげ威嚇してきた。

『オノレ人間……マタモヤ……現レタナ……!我ニ止メヲ……刺シニ……キタカ……!』

「「えっ!?」」

 思わずラキちゃんと顏を見合わせてしまう。こちらを認識して言葉を投げかけてきただと!?
 もう自分がどのような存在であるかも分らず、ひたすら帰りたいと呟いていたわけではなかったのか!

 瘴気の吹き荒れるドラゴンゾンビの体から、怒りを示すように紫電の光が発生する。まるで闇夜に稲妻がほとばしっているようだ。
 もたもたしてたら不味いなこれは……。

「雷帝トルバリアス様、どうかお鎮まりください!――私共は敵などではありません。貴方様を迎えに参りました!」

『迎エ……ダト……?』

「はい! ……ですが、まずはその穢れた御身を祓う事をお許しください。――ラキシス!」

「失礼します!」

 ――カッ!!!

 途端に、周囲一帯を浄化する聖なる光が放たれる。
 聖なる光はドラゴンゾンビだけでなく、周囲一帯の瘴気により汚染されたもの全てを次々と浄化してゆく。

 聖なる光を受けたドラゴンゾンビの体から不浄の精霊は瞬く間に消し飛び、骨や残っていた肉片などが全て崩れ去ってしまった。
 残ったのは、大人が一人で抱える事ができそうな程の大きさをした竜核だけだった。
 以前見たギリメカリスの竜核とは比べものにならないほど小さい。恐らく、ここからあそこまで大きくなって回生を果たすのだろう。

「ビックリした。まさかあの状態でまだ普通に会話できるとはね……」

「ねー。ビックリしちゃった」

 とりあえず流行り病の元は断つ事ができた。後はこの竜核をどうにかするだけなんだが。
 やはり、帰りたいと頻りに呟いていた場所まで運んであげるべきなんだろうな……。

「さて、後はこの竜核をどうするかなんだが。――なあ王子様、トルバリアス様が帰りたいって言ってたのは霊峰サリアーレで合ってるのか?」

「多分そうだとは思うのだが…………ああいや、違う! もしも回生を望んでおられるのであれば、サリアーレ山ではなく、トルディーン山かもしれない」

「トルディーン山?」

「そうだ。トルバリアス様は普段はサリアーレ山に御座しておられるが、死期を悟ると雷樹島と呼ばれる島にあるトルディーン山に移り、回生なさるのだ」

「雷樹島は常に天空を覆う雷雲から雷樹が発生する人の寄りつけない島で、トルバリアス様はそこでいかずちの力を貯えるのです。これが雷帝と呼ばれる所以ですね」

「「「へぇー」」」

 王子様の説明とエルレインの補足に、何も知らない俺とラキちゃんとリンメイは成程ねと頷く。
 しかしそれを聞いていたメイソンとクロエはギョッとした顔をしてしまう。

「あの……、雷樹島は北限の海の更に北にあるため、ここからですとかなりの距離があります。また、エルレイン殿が仰ったように常に島全体を雷樹と呼ばれるほどの雷が覆い、まず人は近づけません。更には、冬には海が凍ってしまい、船も近づけなくなってしまいます」

「そうです。ですので、もしも竜核を雷樹島のトルディーン山へ運ぶのであれば、海が凍りだす前に向かわねばなりません」

 二人の情報に、俺達は驚いて顔を見合わせてしまう。
 これは参ったな、雷樹島はそんなに遠い場所なのかよ。これでは当分聖都に帰れなくなりそうだぞ……。



『オイ、貴様ラハ何者ダ』

「「「えっ!?」」」

 突然どこからともなく声が発せられ、驚いてしまう。
 見ると、ホログラムのように透き通った小さなドラゴンが、竜核の上で手をふりふりしながらこちらに話しかけていた。
 映し出されているのは幼竜の姿なので、仕草が随分と可愛いらしい。

「む!? 今度は私にも声が聞こえるぞ!」

『当タリ前ダ、貴様ラニ向ケテ話シカケテオルノダカラナ』

 どうやら今度は、全員に聞こえるように共通言語で話しかけてくれているようだ。
 幼竜は腰に手を当てるポーズをして、ドヤ顔をしている。

「不浄の精霊が祓われたことにより、竜核の周りに他の精霊が戻ってきております。トルバリアス様も真偽の判断が下せるようになりましたので、会話にはお気を付けください」

 メイソンが全員に、ドラゴンも精霊を従え精霊魔法を行使する事ができる旨を教えてくれる。
 それを踏まえ、まずは俺達がここへ来た経緯を話してあげる事にした。

『……ソウカ、既ニ我ガ体ハ朽チテイタノダナ……』

「はい。貴方様の体から発生していた瘴気はあらゆる生き物を苦しめておりましたので、私共が祓わせて頂きました。ご容赦ください」

『ヨイ。――シカシ、アノヨウナ輩ニ敗レルトハ……口惜シイ……』

 口調とは裏腹に、しょんぼりとしたその姿までもが、どことなく可愛いらしい。幼竜の映像を見入るラキちゃんはニコニコ顔だ。

「その者共は我らが代わりに成敗致しました。その証拠に――王子様、剣を見せてあげてくれ」

「ご覧ください。トルバリアス様を襲った悪漢共はこの通り、我が手により討ち取りました」

 王子様はフェリックから奪ったドラゴンスレイヤーを自信に満ちた顏で掲げて見せる。

『オオ……流石ハ我ガ盟友カサンドラノ末裔……大義デアルゾ。――ウム……ウム……英雄ノ血ハ薄レテオラヌヨウダナ……』

「――! なんというありがたきお言葉……恐れ入ります!」

 雷帝トルバリアスの盟友であり建国の祖でもある女王カサンドラ。その末裔である事に気付いてもらえただけでなく英雄と称され、王子様はいたく感銘を受けていた。

『其方ラ、先程ノ会話カラシテ……、我ヲ雷樹島マデ運ブツモリナノカ?』

「ええ、そのつもりですが、……もしかしてお嫌でした?」

『イヤ、助カル。――ガ…………其方ラハ何ノ益ニモナランノニ、ナゼ我ヲ運ボウナドト思ッタノダ?』

「うーん……、まあ乗り掛かった舟ですしね。帰りたいって言葉を耳にしちゃいましたし。――それに、既にもう王子様は使命と思ってるようですからね」

「当たり前だ! 我が国の守護竜であるトルバリアス様をお助けするのは、我が王家の責務である!」

「まっ、そんなに急いで帰らなきゃいけないってわけでもないしなー。それに、なんか冒険してるって感じがしていいじゃん? なあ?」

「うんうん! 大冒険です! トルバリアス様、私達が責任持って運んであげますよっ!」 

「ですね! 私共にお任せください」

『……其方ラハ随分トオ人好シノヨウダナ』

「はははっ、よく言われます」

『…………スマヌ、恩ニ着ル』



 とりあえず竜核は俺が背負う事にした。背負子しょいこから鞄を外し、背負子しょいこに竜核を括り付ける。そして外した鞄はラキちゃんの亜空間収納に入れてもらった。

「これでよし。――んじゃ、まずはドルンガルドへ戻ろうか」

「なあおっさん、アレどうする?」

 リンメイはそう言うと、少し下の岩場の方を指差していた。他の面子も全員気にしていたようで、俺の方を見ている。

「アレなぁ……。――おい! そこに隠れてる連中、出てこい!」

「……へっへー! 話は聞かせてもらったよ! 『聖なる息吹』 を寄越せばあたしの船で雷樹島まで運んでやろうじゃないか! どうだい? 悪くない話……ゲホッゴホッ! オェー! ……とりあえず聖女様……助けて……」

 もー何やってんだよあいつ等……。
 岩場の陰からひょっこりと現れたのは、やっぱりポラーレファミリーだった。
 周囲はまだ瘴気の霧が立ち込めている。そのため連中は瘴気に当てられ、全員フラフラの状態だった。

「はぁ、やれやれ……。ラキちゃんお願い」

「はいはーい」

 ラキちゃんの神聖魔法で元気を取り戻すと、ポラーレファミリーの連中は駆け足でこちらにやってきた。

「ふぅー、助かったよ。ありがとよ聖女様! ――でだ! ……なぁー頼むよぉー。もうあんたらには 『聖なる息吹』 は必要ないだろ? あたしらにおくれよー。雷樹島まで連れてってやるからさぁー」

 船長は猫なで声となり擦り寄ってくる。仲間の連中も 「たのんますよぉ」 と手を合わせて懇願してくる始末だ。
 正直うっとおしい……。なんでお前らはそこまでして 『聖なる息吹』 が欲しいんだよ……。

「メイソンさん、こいつ等の言ってる事、どうです?」

「……嘘は言ってないようですね」

 ふむ……、どうやら精霊魔法の真偽判定でも嘘は言ってないようだ。

「そうですか……。――皆どうする? 俺としてはこいつ等がちゃんと約束守るなら、この条件を呑んでも良いと思うんだが」

「雷樹島は漁師すら近寄らない危険な島です。そのため、北限の海へ辿り着いても船を出してくれる人が見つかるとは限りません。ですので……悪くは無い提案だと思います」

「まっ、うちらはタダで手に入れたもんだしな。……いーんじゃねーの?」

「私も問題ありませーん」

「ここまでの執念を見せられてはな……。まったく、貴様らちゃんと役目を果たせよ」

「ヒューッ、やっりぃ! バッチリ運んでやるからさ、大船に乗ったつもりでいてくれよな!」

 交渉が成立して、ポラーレファミリーの連中は大はしゃぎだ。なんだかなぁ……。
 変な連中が増えてしまったが……とりあえずここでの任務は終了した事だし、ひとまずドルンガルドへ戻ろう。
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