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三章
087 ドラゴンゾンビ
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「イレギュラー?」
「そっ、イレギュラー。――コイツみたいにね、女神様の与り知らないギフトを持って生まれてくる存在を、あたし達はそう言ってるわ」
「えっ、女神様の与り知らないって……。そんな事があるんですか!?」
「残念ながらね……。彼が言うには、どうも別の世界を管轄する神がこっそりとやってるみたいね」
彼とは勿論、魔王様の事だ。
どうも、別の世界の神様がこの世界には刺激が足りないとか言って、稀に波乱の因子を放り込んでくる事があるんだそうな。
例えば、この世界のどこかで子供が生まれる時、本来ならばその子に与えられるギフトに小細工をして、明らかにチートと呼べる異常なギフトとすり替えてしまう。
また、俺のように他の世界からの迷い人を放り込んでくる場合もあるらしい。
……そして、そういった連中は自分の力に酔いしれて、世界に波乱をもたらす大罪人となってしまう事が多いそうだ。
「なんとはた迷惑な……」
「ホントよね、ヤんなっちゃうわ。――だからそんな存在を見つけると、この 『理の枷』 を使って理外のギフト持ちのギフトを封じちゃうの」
そう言って、先程フェリックに付けたのと同じ首輪を見せてくれた。
「なっ、なんだ……と!? ぐっ……そんな……。 返せ! 俺のギフトを返せぇ! ――グェッ」
「黙りなさいと言ったでしょう……」
サラス様は恐ろしいほど冷たい目をして、フェリックを踏みつけてしまう。
その視線だけで息の根を止められてしまうんじゃないかと思える程の怖さなんですけど……。
「さてと……、じゃ、コイツから色々と聞きだしましょうかね。――さあ、楽しい楽しい拷モ……じゃなくて尋問タイムよっ!」
今、拷問て言いましたねサラス様……。
「セリオス王子、貴方は国で尋問に立ち会った事ある?」
「えっ? ……ああ、教育の一環として一応は……あります……」
「そう。ならセリオス王子と、姉さんの部下のエルフの貴方。後は……ケイタさん、後学のために一緒にいらっしゃい」
「えっ、俺も!? ………………はい」
ラキちゃん達に配慮して皆からは見えない場所へ移動すると、サラス様が防音の結界を張る。
こうして俺は、物凄く不本意ながら王子様やメイソンと一緒に、フェリックへの尋問という名の拷問へ立ち会う事となった……。
「うぇっぷ……。王子様大丈夫か?」
「……まぁな。貴様こそ大丈夫か?」
「……暫くは夢に出てきそう」
「だろうな……」
「メイソンさんは大丈夫そう……でもなさそうですね……」
「はい……」
俺達だけでなく、比較的こういった事に慣れてそうなメイソンもかなり堪えたようだ……。
メイソンはエルフなので精霊魔法による真偽判定ができる。今回の尋問では大いに役立っていた。
とりあえずフェリックを尋問して、色々な情報を聞き出す事ができた。
まず、そもそもフェリック達 『ハルジの閃光』 が、なぜドラゴンゾンビの討伐に向かったのか。
それは、奴等がドラゴンゾンビとなってしまったドラゴンの竜核が欲しかったからだった。
ドラゴンゾンビは、ドラゴン自身が死を迎えるも体が朽ちた事を認めず、いつまでも諦めきれず新しく竜核から回生しようとしないために起こる事象らしい。
そのため骨と腐った体となっても、竜核はしっかりと存在している。
では、このドラゴンゾンビは、いったいどうして霊峰キレニクスに現れたのか。これも、フェリック達が原因だった。
ハルジャイール王国とカサンドラ王国、そしてエルドラード共和国を跨ぐ霊峰サリアーレには、雷帝トルバリアスという、邪竜ギリメカリス同様に神話に登場するドラゴンが住んでいた。
元々奴等は、このドラゴンを討伐して竜核を手に入れるつもりだったらしい。
これを聞いた時、王子様は大層憤慨した。なぜなら雷帝トルバリアスは、カサンドラ王国で守護竜として崇め奉られる、特別な存在だったからだ。
しかし怖いもの無しの 『ハルジの閃光』 も、流石にトルバリアスを討つには神聖魔法を使えるほどの回復役が必要と考えてしまう。
そのため、丁度国境に近い城塞都市ヘイガルデスへ聖女が慰問にやって来るのを耳にした三人は、聖女を攫う計画を立てた。そして、聖女ミリアリア様はまんまと攫われてしまう。
回復役の聖女を手に入れたフェリック達は、すぐにトルバリアスに挑んだそうだ。
いくら聖女がいても、雷帝と呼ばれるドラゴンに挑むとは随分と無茶をするなと思ってしまったが、フェリックは切り札を持っていた。
なんとこいつ等は、竜種に対して絶大な威力を誇る竜殺しの剣、ドラゴンスレイヤーを持っていたのだ。
そしてフェリックが主軸となり、ドラゴンスレイヤーと 【時間停止】 と雷耐性のアイテムを駆使して、トルバリアスに致命傷を負わせてしまう。
しかしあと一歩のところでトルバリアスはフェリック達を振り切り、空の彼方へ逃げてしまった。
それからはどうしてもトルバリアスの足取りがつかめず竜核は諦めかけていたのだが、暫くしてフェリック達の元へ、ガルドレンのアンドレイ司教がドラゴンゾンビの情報を持ってきた。
そしてアンドレイ司教の協力のもと、雷帝トルバリアスの成れの果てであるドラゴンゾンビを討伐する事となった。
そこまでして手に入れたがっていた竜核なのだが、ハルジャイール王国はいったい何に竜核を使うつもりだったのか。
それについても、今回聞き出す事ができた。それは、どうやら古の技術による魔道具を作るために欲していたようだった。
――その魔道具とは……端的に言うと、核兵器並に超強力な爆弾だ。
元々ハルジャイール王国はこの魔道具を城塞都市ヘイガルデスに使い、周辺を一掃してダンジョンを含む領土を手に入れるつもりだったようだ。
しかし最近は隣国カサンドラ王国と一触即発の状態となってしまったため、ハルジャイール王国はこの魔道具を、対カサンドラ戦で使う予定に切り替えていた。
それを聞いて王子様は戦慄してしまう。
そんな魔道具を戦場で使われてしまえば、指揮官である主要な貴族だけでなく、総大将の王族までもが消し飛んでいたはずだからだ。
図らずも今回の事で王子様は、再び自分の国を窮地から救った事になった。
とりあえず用済みとなったフェリックを始末すると、聞き出した情報を皆に共有する事にした。
「はぁ!? てことは、流行り病の元凶もこいつ等だったって事じゃねーか!」
「そーなのよ。本当に頭くるわね」
ドラゴンゾンビの討伐という事で、一応はアンドレイ司教の指示のもと流行り病を解決するために動いていたかと思われていたが、実は奴等こそが流行り病の元凶だったので、皆は憤慨してしまった。
「しかも、まさか雷帝トルバリアス様の竜核を使ってそんな恐ろしい事を考えていただなんて……」
「全くだな。……実に許せん」
エルレインの実家は子爵家のため、間違いなくハルジャイールとの戦に赴くはずだ。そのため、このろくでもない計画を止める事ができて、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「そこでなんだけど、セリオス王子――」
「なっ、なんでしょう……?」
先程の事もあってサラス様に若干引き気味の王子様は、遠慮がちに返事をする。
「今回の手柄を、全て貴方の物にして欲しいの。――はっきり言うと、ハルジャイールからの恨みは全て貴方に背負ってもらいたいの」
それからサラス様は俺やラキちゃんやリンメイの方を見て 「ケイタさん達のためにね」 と付け加える。それを聞いた王子様は成程と合点がいったようで頷いた。
そうか、王子様には俺達の隠れ蓑になって欲しいという事か……。
「謹んで御受け致します。――もとより傾国の魔女を打倒し彼の国の野望を打ち払った私は、既に相当恨まれているでしょう。今更一つや二つ恨まれる理由が増えようと、なんら問題はありません」
「ありがとう、助かるわ。――という事で、皆もそのように振る舞って頂戴」
そしてサラス様は全員の首肯を確認すると、満足して頷いた。
「すまんな王子様」
「なあに、お陰でまた私の勇名を轟かせる事ができるのだ、寧ろ感謝しているぞ」
王子様は白い歯をキラリと光らせ、不敵に微笑んだ。
イケメンは何をやらせても様になるな……。
「ふふっ、ですね。それに今回の事は、セリオス様にとっても都合の良い事かと存じます。なにしろハルジャイール国内でも恐れられていた 『ハルジの閃光』 を打倒したのですから、今後セリオス様には迂闊に手が出せなくなったでしょう。――セリオス様を相手にするには、彼ら以上の手練れを寄越さないといけなくなりましたからね」
「あーそうか、なるほどなー」
「そうね、その辺は減るかもしれないわね。ただ、色仕掛けや毒には注意しなさいよ」
「こっ、心得ておきます……」
サラス様にしっかりと釘を刺されてしまう。
アルシオーネ一筋の王子様に色仕掛けはどうかと思うが、毒は流石に怖いな……。
「この剣をケイタさん達に渡しておきます。それとこれを」
そう言ってラクス様から渡されたのは、フェリックが装備していたドラゴンスレイヤーと雷耐性ブローチの最上位品 『雷帝の守り』 が三つ。そして、あの 『聖なる息吹き』 だった。
『雷帝の守り』 はフェリックとヴィクトルとミリアリア様が装備していた物のようだ。そして 『聖なる息吹き』 は、ここへ来るまでミリアリア様がずっと持たされていたと教えてくれた。
「申し訳ないのですが……残りの戦利品は全て、彼女を守るために散った騎士達への弔慰金に回させてもらいたいのですが、よろしいですか?」
「勿論です」
俺以外にも皆、それぞれ首肯で答えてくれる。
「ありがとうございます。では、私とサラスはこれからゴブリンの自治領までミリアリアさんを送って行きます。皆さんにはこのまま流行り病の解決をお願いしたいのですが、大丈夫ですか?」
「お任せください」
流行り病の解決とは、ドラゴンゾンビを何とかする事だ。
王子様やエルレインも、元が自分達の国が崇める雷帝トルバリアスと知ってしまったからには少しでも早く楽にしてあげたいと、やる気を見せてくれていた。
俺達にはラキちゃんの神聖魔法があるので、ドラゴンゾンビを動かしている不浄の精霊を祓いさえすれば、きっとすぐに解決できるだろう。
それから、ラクス様は王子様の方へ向き直る。
「セリオス王子、あの者達の冒険者証は今回の内容を記した書簡と共にカサンドラ王国へ送っておきます。――カサンドラ王国からハルジャイール王国へ寄贈した方が、きっと十分な牽制となるでしょうからね」
そう言い、ラクス様は意味深に微笑んだ。
「はははっ、……ですね。よろしくお願いします」
「良かったわね、セリオス王子。貴方、ハルジャイールと戦になるかもしれないのに国から逃げた弱虫って噂が貴族の間で出てたから、これでそんな噂も払拭できると思うわよ」
「なっ……!? そんな噂が出ていたのですか……」
「現金なものよね。貴方が傾国の魔女を討ったから今があるのにね」
「本当です! 救国の勇者であるセリオス様に、そのような噂など許されません!」
エルレインは珍しく感情を表に出し、不満をあらわにする。
やれやれ、自国を救った王子様ですらそのような噂を流されてしまうのか。貴族社会って怖いねぇ……。
「姉さん、もう少しで船が来るわよ」
携帯端末から連絡を受けたサラス様が教えてくれる。
船! という事は、今回もあの魔動飛空挺が来るのか! いいなぁ、俺もまた乗りたいなぁ……。
「そう。では私達はそろそろお暇しましょう。――皆さん、後をよろしくお願いしますね」
「皆いいこと? ここには姉さんしか来なかった。――あたしの事は他言無用でお願いね?」
サラス様は俺達に諭すように言うと、可愛らしくウィンクする。
ああそうだった、魔王様の秘書であるサラス様の存在は、世間には内緒だったんだ。
「皆様……、この度は本当に……本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
「何かあればいつでも力になりますよ。だから……あの……どうか心を強く持ってください! お元気で……!」
「はいっ……! ありがとうございます。ラキシス様もお元気で……!」
ラキちゃんは最後に、涙ぐむ聖女様の手を両手で優しく包むみ、励ましてあげていた。
人造天使という素性は明かせないが、ラキちゃんも元は聖女だからという理由で神聖魔導帝国に攫われてしまった過去がある。
彼女の辛さは痛いほど分かるんだろう……。
聖女様を連れ、ラクス様とサラス様は魔動飛空挺へ向けて空へ舞い上がっていった。
それから俺達は暫く、三人を乗せた魔動飛空挺が彼方へ飛んで行くまで見送っていた。
「さて、後は流行り病の解決だな。メイソンさん、案内を頼みます」
「分かりました。――こちらです」
フェリック達と戦った場所からガルディス川の源流である氷河は、もう目と鼻の先だった。
周囲の氷河は、ドラゴンゾンビの放つ瘴気によってとんでもない色に染まってしまっている。これじゃ下流に住む人々は病に罹ってしまう訳だ……。
更に上に登っていくと、辺りは瘴気が霧のように立ち込めてしまっている。これは 『聖なる息吹き』 が無ければ、大変な事になってしまっていたかもしれない。
そして、少し先には一際瘴気の霧が濃い場所が見える。
――いた。
氷河の陰からそっと覗くと、邪竜ギリメカリスと変わらないほどに巨大なドラゴンのゾンビがそこにいた。
体は腐りはて、物凄い瘴気を放っている。手足はフェリックに切られたのか、片腕しか残っていなかった。
これではこのドラゴンゾンビは満足に移動する事すらできないだろう。
それでもどこかへ行きたいのか、骨だけとなってしまった翼と残った腕を必死に動かしていた。
その動きが、余計に瘴気を拡散してしまっている。
『帰リ……タ……イ…………帰……リ……タイ……』
「あのドラゴンさん、帰りたいって言ってるね」
「本当だ。頻りにどこかへ帰りたいって言ってるね」
不思議な事に、発声器官どころかあらゆる箇所の肉が朽ちて声を発する事ができないはずのドラゴンゾンビから、声が聞こえてきた。
頻りに何処かへ帰りたいと、悲しそうに呟いている。
「なんか可哀想……。折角だから願いを叶えてあげたいね」
「そうだねぇ。――でもまずは、この瘴気をどうにかしないとだね」
俺が何気なくラキちゃんと会話していると、他の連中は驚いた顔をしていた。
「えっ……、ラキはともかく、おっさんもあのドラゴンゾンビの言ってる事が解るのか!?」
「そっ、イレギュラー。――コイツみたいにね、女神様の与り知らないギフトを持って生まれてくる存在を、あたし達はそう言ってるわ」
「えっ、女神様の与り知らないって……。そんな事があるんですか!?」
「残念ながらね……。彼が言うには、どうも別の世界を管轄する神がこっそりとやってるみたいね」
彼とは勿論、魔王様の事だ。
どうも、別の世界の神様がこの世界には刺激が足りないとか言って、稀に波乱の因子を放り込んでくる事があるんだそうな。
例えば、この世界のどこかで子供が生まれる時、本来ならばその子に与えられるギフトに小細工をして、明らかにチートと呼べる異常なギフトとすり替えてしまう。
また、俺のように他の世界からの迷い人を放り込んでくる場合もあるらしい。
……そして、そういった連中は自分の力に酔いしれて、世界に波乱をもたらす大罪人となってしまう事が多いそうだ。
「なんとはた迷惑な……」
「ホントよね、ヤんなっちゃうわ。――だからそんな存在を見つけると、この 『理の枷』 を使って理外のギフト持ちのギフトを封じちゃうの」
そう言って、先程フェリックに付けたのと同じ首輪を見せてくれた。
「なっ、なんだ……と!? ぐっ……そんな……。 返せ! 俺のギフトを返せぇ! ――グェッ」
「黙りなさいと言ったでしょう……」
サラス様は恐ろしいほど冷たい目をして、フェリックを踏みつけてしまう。
その視線だけで息の根を止められてしまうんじゃないかと思える程の怖さなんですけど……。
「さてと……、じゃ、コイツから色々と聞きだしましょうかね。――さあ、楽しい楽しい拷モ……じゃなくて尋問タイムよっ!」
今、拷問て言いましたねサラス様……。
「セリオス王子、貴方は国で尋問に立ち会った事ある?」
「えっ? ……ああ、教育の一環として一応は……あります……」
「そう。ならセリオス王子と、姉さんの部下のエルフの貴方。後は……ケイタさん、後学のために一緒にいらっしゃい」
「えっ、俺も!? ………………はい」
ラキちゃん達に配慮して皆からは見えない場所へ移動すると、サラス様が防音の結界を張る。
こうして俺は、物凄く不本意ながら王子様やメイソンと一緒に、フェリックへの尋問という名の拷問へ立ち会う事となった……。
「うぇっぷ……。王子様大丈夫か?」
「……まぁな。貴様こそ大丈夫か?」
「……暫くは夢に出てきそう」
「だろうな……」
「メイソンさんは大丈夫そう……でもなさそうですね……」
「はい……」
俺達だけでなく、比較的こういった事に慣れてそうなメイソンもかなり堪えたようだ……。
メイソンはエルフなので精霊魔法による真偽判定ができる。今回の尋問では大いに役立っていた。
とりあえずフェリックを尋問して、色々な情報を聞き出す事ができた。
まず、そもそもフェリック達 『ハルジの閃光』 が、なぜドラゴンゾンビの討伐に向かったのか。
それは、奴等がドラゴンゾンビとなってしまったドラゴンの竜核が欲しかったからだった。
ドラゴンゾンビは、ドラゴン自身が死を迎えるも体が朽ちた事を認めず、いつまでも諦めきれず新しく竜核から回生しようとしないために起こる事象らしい。
そのため骨と腐った体となっても、竜核はしっかりと存在している。
では、このドラゴンゾンビは、いったいどうして霊峰キレニクスに現れたのか。これも、フェリック達が原因だった。
ハルジャイール王国とカサンドラ王国、そしてエルドラード共和国を跨ぐ霊峰サリアーレには、雷帝トルバリアスという、邪竜ギリメカリス同様に神話に登場するドラゴンが住んでいた。
元々奴等は、このドラゴンを討伐して竜核を手に入れるつもりだったらしい。
これを聞いた時、王子様は大層憤慨した。なぜなら雷帝トルバリアスは、カサンドラ王国で守護竜として崇め奉られる、特別な存在だったからだ。
しかし怖いもの無しの 『ハルジの閃光』 も、流石にトルバリアスを討つには神聖魔法を使えるほどの回復役が必要と考えてしまう。
そのため、丁度国境に近い城塞都市ヘイガルデスへ聖女が慰問にやって来るのを耳にした三人は、聖女を攫う計画を立てた。そして、聖女ミリアリア様はまんまと攫われてしまう。
回復役の聖女を手に入れたフェリック達は、すぐにトルバリアスに挑んだそうだ。
いくら聖女がいても、雷帝と呼ばれるドラゴンに挑むとは随分と無茶をするなと思ってしまったが、フェリックは切り札を持っていた。
なんとこいつ等は、竜種に対して絶大な威力を誇る竜殺しの剣、ドラゴンスレイヤーを持っていたのだ。
そしてフェリックが主軸となり、ドラゴンスレイヤーと 【時間停止】 と雷耐性のアイテムを駆使して、トルバリアスに致命傷を負わせてしまう。
しかしあと一歩のところでトルバリアスはフェリック達を振り切り、空の彼方へ逃げてしまった。
それからはどうしてもトルバリアスの足取りがつかめず竜核は諦めかけていたのだが、暫くしてフェリック達の元へ、ガルドレンのアンドレイ司教がドラゴンゾンビの情報を持ってきた。
そしてアンドレイ司教の協力のもと、雷帝トルバリアスの成れの果てであるドラゴンゾンビを討伐する事となった。
そこまでして手に入れたがっていた竜核なのだが、ハルジャイール王国はいったい何に竜核を使うつもりだったのか。
それについても、今回聞き出す事ができた。それは、どうやら古の技術による魔道具を作るために欲していたようだった。
――その魔道具とは……端的に言うと、核兵器並に超強力な爆弾だ。
元々ハルジャイール王国はこの魔道具を城塞都市ヘイガルデスに使い、周辺を一掃してダンジョンを含む領土を手に入れるつもりだったようだ。
しかし最近は隣国カサンドラ王国と一触即発の状態となってしまったため、ハルジャイール王国はこの魔道具を、対カサンドラ戦で使う予定に切り替えていた。
それを聞いて王子様は戦慄してしまう。
そんな魔道具を戦場で使われてしまえば、指揮官である主要な貴族だけでなく、総大将の王族までもが消し飛んでいたはずだからだ。
図らずも今回の事で王子様は、再び自分の国を窮地から救った事になった。
とりあえず用済みとなったフェリックを始末すると、聞き出した情報を皆に共有する事にした。
「はぁ!? てことは、流行り病の元凶もこいつ等だったって事じゃねーか!」
「そーなのよ。本当に頭くるわね」
ドラゴンゾンビの討伐という事で、一応はアンドレイ司教の指示のもと流行り病を解決するために動いていたかと思われていたが、実は奴等こそが流行り病の元凶だったので、皆は憤慨してしまった。
「しかも、まさか雷帝トルバリアス様の竜核を使ってそんな恐ろしい事を考えていただなんて……」
「全くだな。……実に許せん」
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「そこでなんだけど、セリオス王子――」
「なっ、なんでしょう……?」
先程の事もあってサラス様に若干引き気味の王子様は、遠慮がちに返事をする。
「今回の手柄を、全て貴方の物にして欲しいの。――はっきり言うと、ハルジャイールからの恨みは全て貴方に背負ってもらいたいの」
それからサラス様は俺やラキちゃんやリンメイの方を見て 「ケイタさん達のためにね」 と付け加える。それを聞いた王子様は成程と合点がいったようで頷いた。
そうか、王子様には俺達の隠れ蓑になって欲しいという事か……。
「謹んで御受け致します。――もとより傾国の魔女を打倒し彼の国の野望を打ち払った私は、既に相当恨まれているでしょう。今更一つや二つ恨まれる理由が増えようと、なんら問題はありません」
「ありがとう、助かるわ。――という事で、皆もそのように振る舞って頂戴」
そしてサラス様は全員の首肯を確認すると、満足して頷いた。
「すまんな王子様」
「なあに、お陰でまた私の勇名を轟かせる事ができるのだ、寧ろ感謝しているぞ」
王子様は白い歯をキラリと光らせ、不敵に微笑んだ。
イケメンは何をやらせても様になるな……。
「ふふっ、ですね。それに今回の事は、セリオス様にとっても都合の良い事かと存じます。なにしろハルジャイール国内でも恐れられていた 『ハルジの閃光』 を打倒したのですから、今後セリオス様には迂闊に手が出せなくなったでしょう。――セリオス様を相手にするには、彼ら以上の手練れを寄越さないといけなくなりましたからね」
「あーそうか、なるほどなー」
「そうね、その辺は減るかもしれないわね。ただ、色仕掛けや毒には注意しなさいよ」
「こっ、心得ておきます……」
サラス様にしっかりと釘を刺されてしまう。
アルシオーネ一筋の王子様に色仕掛けはどうかと思うが、毒は流石に怖いな……。
「この剣をケイタさん達に渡しておきます。それとこれを」
そう言ってラクス様から渡されたのは、フェリックが装備していたドラゴンスレイヤーと雷耐性ブローチの最上位品 『雷帝の守り』 が三つ。そして、あの 『聖なる息吹き』 だった。
『雷帝の守り』 はフェリックとヴィクトルとミリアリア様が装備していた物のようだ。そして 『聖なる息吹き』 は、ここへ来るまでミリアリア様がずっと持たされていたと教えてくれた。
「申し訳ないのですが……残りの戦利品は全て、彼女を守るために散った騎士達への弔慰金に回させてもらいたいのですが、よろしいですか?」
「勿論です」
俺以外にも皆、それぞれ首肯で答えてくれる。
「ありがとうございます。では、私とサラスはこれからゴブリンの自治領までミリアリアさんを送って行きます。皆さんにはこのまま流行り病の解決をお願いしたいのですが、大丈夫ですか?」
「お任せください」
流行り病の解決とは、ドラゴンゾンビを何とかする事だ。
王子様やエルレインも、元が自分達の国が崇める雷帝トルバリアスと知ってしまったからには少しでも早く楽にしてあげたいと、やる気を見せてくれていた。
俺達にはラキちゃんの神聖魔法があるので、ドラゴンゾンビを動かしている不浄の精霊を祓いさえすれば、きっとすぐに解決できるだろう。
それから、ラクス様は王子様の方へ向き直る。
「セリオス王子、あの者達の冒険者証は今回の内容を記した書簡と共にカサンドラ王国へ送っておきます。――カサンドラ王国からハルジャイール王国へ寄贈した方が、きっと十分な牽制となるでしょうからね」
そう言い、ラクス様は意味深に微笑んだ。
「はははっ、……ですね。よろしくお願いします」
「良かったわね、セリオス王子。貴方、ハルジャイールと戦になるかもしれないのに国から逃げた弱虫って噂が貴族の間で出てたから、これでそんな噂も払拭できると思うわよ」
「なっ……!? そんな噂が出ていたのですか……」
「現金なものよね。貴方が傾国の魔女を討ったから今があるのにね」
「本当です! 救国の勇者であるセリオス様に、そのような噂など許されません!」
エルレインは珍しく感情を表に出し、不満をあらわにする。
やれやれ、自国を救った王子様ですらそのような噂を流されてしまうのか。貴族社会って怖いねぇ……。
「姉さん、もう少しで船が来るわよ」
携帯端末から連絡を受けたサラス様が教えてくれる。
船! という事は、今回もあの魔動飛空挺が来るのか! いいなぁ、俺もまた乗りたいなぁ……。
「そう。では私達はそろそろお暇しましょう。――皆さん、後をよろしくお願いしますね」
「皆いいこと? ここには姉さんしか来なかった。――あたしの事は他言無用でお願いね?」
サラス様は俺達に諭すように言うと、可愛らしくウィンクする。
ああそうだった、魔王様の秘書であるサラス様の存在は、世間には内緒だったんだ。
「皆様……、この度は本当に……本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
「何かあればいつでも力になりますよ。だから……あの……どうか心を強く持ってください! お元気で……!」
「はいっ……! ありがとうございます。ラキシス様もお元気で……!」
ラキちゃんは最後に、涙ぐむ聖女様の手を両手で優しく包むみ、励ましてあげていた。
人造天使という素性は明かせないが、ラキちゃんも元は聖女だからという理由で神聖魔導帝国に攫われてしまった過去がある。
彼女の辛さは痛いほど分かるんだろう……。
聖女様を連れ、ラクス様とサラス様は魔動飛空挺へ向けて空へ舞い上がっていった。
それから俺達は暫く、三人を乗せた魔動飛空挺が彼方へ飛んで行くまで見送っていた。
「さて、後は流行り病の解決だな。メイソンさん、案内を頼みます」
「分かりました。――こちらです」
フェリック達と戦った場所からガルディス川の源流である氷河は、もう目と鼻の先だった。
周囲の氷河は、ドラゴンゾンビの放つ瘴気によってとんでもない色に染まってしまっている。これじゃ下流に住む人々は病に罹ってしまう訳だ……。
更に上に登っていくと、辺りは瘴気が霧のように立ち込めてしまっている。これは 『聖なる息吹き』 が無ければ、大変な事になってしまっていたかもしれない。
そして、少し先には一際瘴気の霧が濃い場所が見える。
――いた。
氷河の陰からそっと覗くと、邪竜ギリメカリスと変わらないほどに巨大なドラゴンのゾンビがそこにいた。
体は腐りはて、物凄い瘴気を放っている。手足はフェリックに切られたのか、片腕しか残っていなかった。
これではこのドラゴンゾンビは満足に移動する事すらできないだろう。
それでもどこかへ行きたいのか、骨だけとなってしまった翼と残った腕を必死に動かしていた。
その動きが、余計に瘴気を拡散してしまっている。
『帰リ……タ……イ…………帰……リ……タイ……』
「あのドラゴンさん、帰りたいって言ってるね」
「本当だ。頻りにどこかへ帰りたいって言ってるね」
不思議な事に、発声器官どころかあらゆる箇所の肉が朽ちて声を発する事ができないはずのドラゴンゾンビから、声が聞こえてきた。
頻りに何処かへ帰りたいと、悲しそうに呟いている。
「なんか可哀想……。折角だから願いを叶えてあげたいね」
「そうだねぇ。――でもまずは、この瘴気をどうにかしないとだね」
俺が何気なくラキちゃんと会話していると、他の連中は驚いた顔をしていた。
「えっ……、ラキはともかく、おっさんもあのドラゴンゾンビの言ってる事が解るのか!?」
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