天使の住まう都から

星ノ雫

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四章

099 情報交換

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「今この聖都に、カサンドラの近隣諸国から何人もの貴族子女が来ております。――セリオス、貴方のパーティに加わるために」

「えっ……私のパーティにですか!?」

「王子様、アンタは一躍有名になったからね。価値があると看做みなした連中が、関係を持とうと集まってきたって事さ」

 アルシオーネの言葉に、カーミラを捕まえて拳でこめかみをグリグリとしていたマイラが付け加える。
 そうか、確かにあれだけ王子様の噂が広まれば、勝ち馬に乗りたいと思う連中も現れるはずだ。中には、側室狙いの令嬢だっているだろう。

「ほー、良かったじゃねーか王子様。――んじゃ、これで二人は俺達とさよならか?」

 もう暫くは一緒に冒険をするのかと思っていたが、思っていたよりも早い解散となりそうだ。まあ、これは仕方がないな。
 ……なんて思ったのだが、どうやらエルレインは快く思わなかったようで顔を曇らせてしまう。

「ケイタさん……そんな冷たい事を仰らないでください。私達は雷樹島まで一緒に旅をした仲ではありませんか……」

「もーっ、エルが可哀想だろ。――まったく、おっさんそういうとこだぞ!」

「お兄ちゃんそういうところですよっ!」

「あっ、はい、すみません……」

 まさかリンメイとラキちゃんがエルレインを擁護する側に立つとは思わなかったので、少々驚いてしまった。
 俺は正直な所、王子様とエルレインは臨時パーティとして加わっているだけだと認識していたからだ。

 二人は俺達とは身分が違うし、冒険者としての方向性もまったく違う。だからきっと王子様は、そう遠くないうちに再びパーティのリーダーとなるため、俺達の元を離れるんだろうなと思っていた。
 しかしいつの間にか彼女達は、俺が思っているよりも二人を仲間と認識し、絆を深めていたんだな。なんかごめん……。

「セリオス、貴方はどうしたいとお考えです?」

「私は別に……。まあ、ケイタ達がどうしてもと言うのなら――」

「セリオス、これはとても大事な事です。本心で仰りなさい」

 曖昧にはぐらかそうとする王子様をアルシオーネはピシャリと遮り、真意を問いかける。
 アルシオーネは真剣そのもので、どうやらこの場面では、普段のように斜に構える事は許さないようだ。

「はっ、はい……。んっ、うん……その……、まず……ラキシス殿以上の癒し手はこの世に存在しないでしょう。リンメイは鑑定によりサポート面だけでなく戦闘に於いても優れている前衛で、鼻が利き斥候もできる。そしてリーダーのケイタは神託により私を含め多くの人々を救い、希少な雷魔法士でもある。正直三人は能力に申し分なく、更にダンジョン探索では精霊魔法士のサリア殿も加わると言う。――世間に勇名を轟かせるという私自身の野望のためには、このパーティに属しているのが最も近道であると……認識しております」

「――では、自らリーダーとなるのではなく、今後もケイタさんのパーティに在籍したいという事でよろしいのですね?」

「お恥ずかしながら……。――あの、やはりパーティーのリーダーを務める事のできない男はダメ……という事でしょうか?」

 最後は絞り出すようにして答えてしまう。アルシオーネに認めてもらいたい王子様にとっては、口に出すのも辛い現実なのだろう。
 だが、アルシオーネは表情を緩めて語りかける。まるで出来の悪い弟を諭すように。

「……貴方は王族です。いずれは人を導く側となってもらわねば困りますが、今はまだ多くを学ぶ時期と思っておりますので、それは問題ありません。――もう一度確認します。セリオスとエルレインさんは今後もケイタさんのパーティにいたいという事でよろしいのですね?」

「「はい」」

「分かりました。――ならばお二人は、これからセリオスのパーティに加わりたいという貴族子女からケイタさん達を守らなければなりません」



「えっ、ケイタ達を守る……ですか?」

「そうです。思い出しなさい、多くの貴族は平民の命など何とも思っておりません。寧ろ、いつでも替えの利く、それこそ家畜同様に思っている輩もいる位です。そのような存在と認識している平民が、本来自分達が収まるべきと考える席に既にいたら、それだけで怒りを覚えるでしょう。それどころかセリオスが彼らを拒めば、自分は平民にも劣るのかとプライドが傷つけられ、決して許せないでしょう。――そのような方々は間違いなく、ケイタさん達を排除しにきますよ?」

 アルシオーネの言葉に、黙って聞いていた俺達は唖然としてしまう。
 貴族の連中は俺達が王子様とパーティ組んでるだけで許せない!?

「はぁ!? ちょっと待ってよ。あたいらが王子様とパーティ組んでるだけで命狙われるって事なの!?」

「残念ながらね……。だからあたし個人としては、こいつ等をリンメイ達のパーティから外して欲しいと思ってる」

「お姉ちゃん……」

 メイランはリンメイを守るかの如く後ろから包み込むように抱きしめ、優しく答えてあげる。
 確かにメイランの言う事は最もだろう。ここで俺達が縁を切るのが、一番波風立たずに安全に解決する方法なんだから。

「それにケイタさん達じゃなくても、もう王子様は普通に平民の冒険者とパーティを組む事ができないでしょうね。――彼らが目を光らせているうちは」

「そんな……」

 ああそうか、ヒスイの言う通りだ。別に俺達だけでなく、今後王子様が平民の冒険者とパーティを組む度に、そのメンバーは自分達の席を奪う邪魔者となってしまう。
 てことは、もう王子様は貴族子女とパーティを組むしかないって事じゃないか。下手したら、エルレインのようにパーティに選ばれた貴族だって、命を狙われる危険性がある。

 流石の王子様も、そんな連中を気が置けないパーティメンバーには迎えたくないだろう。どうやら王子様も理解ができたようで、愕然としてしまっている。

「まったく……、これだからお貴族様は大っ嫌いなんだよ」

 忌々しそうに吐き捨てるメイランには、全くもって同感だ。まさか王子様が名を売ることによって、こんな弊害が生じてしまうとは……。

 連中、少し前まではハルジャイールとの戦が始まるかもしれないのに国から逃げた弱虫と王子様の噂を流していたくせに、今度は勝ち馬に乗るために擦り寄ってきやがるとはな。
 しかも、既にパーティメンバーとなっている平民の俺達が邪魔だと!? ああもう、貴族って奴は本当にめんどくさい!



「アルシオーネ様……、どうしたらよいのでしょう?」

「そうですわね……、カサンドラの貴族ならばセリオスが強権を振るえばある程度はなんとかなるでしょうが、他国の貴族はそうもいきません。――難しいですが……彼らには必要以上にハルジャイール王国の恐怖を煽るなどして詭弁を弄するしかないでしょうね。ただ……セリオス、貴方にそれができて?」

「正直、自信がありません……」

「でしょうね……。貴方昔からそういうところが苦手でしたから。――これはセリオスに勇名を馳せてごらんなさいと言ったわたくしにも責任があります。……仕方がありません、少しお時間を儲けてわたくしと対話のレッスンを致しましょう」

「ほっ、本当ですか!? あ……おほんっ」

 王子様は場違いなほどに喜色満面な顔となって返事をするもんだから、その場にいた全員がやれやれと呆れてしまう。

「ったく……、四十層目指すまでに何とかしてくれよ王子様」

「あら、皆さん四十層を目指すんですの?」

「はい。それもあって俺達、皆さんに一度お会いしたかったんです。できたら三十層から四十層までの情報を教えて頂きたくて」

「そうでしたか……」

 王子様は単純にアルシオーネに会いたかっただけだろうが、俺達が彼女達に会いたかったのは、四十層までのダンジョン攻略に関する情報が欲しかったからだ。
 しかし情報が欲しいと伝えた途端、冒険者の顔となった彼女達は難色を示してしまう。リンメイになら何でも教えてくれそうなメイランですら、メンバーの顔色を伺って躊躇ってしまっているようだ。

「うーん、いくらリンメイちゃん達の頼みでも、そうホイホイ教えてあげるのはちょっと抵抗あるわね。――分かるでしょ? あたしたちは冒険者なんだから」

「タダで教えてくれとは言わないよ。あたいら皆が喜びそうな、とっておきの情報仕入れて来たんだ。その情報と交換でどう?」



 聖都の周辺は、神聖魔導帝国時代の遺跡と思われる人工物の名残が、そこかしこに点在している。
 その中に紛れるように、そこは存在していた。

「ここが、ケイタさんがこの世界へやってきた転移門ポータルですか……」

「ですね。女神様にこの世界へ送られた俺は、ここで気を失ってました」

 俺達が 『紅玉の戦乙女』 に教えた情報とは勿論、雷樹島でナタリアさんから聞いたダンジョンの転移門ポータルの秘密だ。
 その検証のために俺達は今、俺がこの世界へ飛ばされた転移門ポータルまで来ていた。

 俺達が教えてもらった秘密のエリアはダンジョン四十層から別のダンジョンの四十層へ移動するための場所なのだが、例外として雷樹島などのような秘境に設置された転移門ポータルとも繋がっている。
 その例外である転移門ポータルならば、一つのダンジョンを四十層まで攻略する事で利用可能となる。但し、一度でもそこに訪れていないといけないという制限はあるが。

 そんな例外として存在する転移門ポータルが、なぜか聖都の近くにも一つあった。――それは、俺がこの世界へ飛ばされてきた転移門ポータルだ。

 これを使えば、既に四十層へ到達している 『紅玉の戦乙女』 ならばすぐに検証が可能である。
 先程この情報を教えたところ、彼女達はすぐにでも確かめてみたくて居ても立っても居られなくなったので、じゃあこれから皆で行ってみようかって事となった。
 折角なので、大家さんも誘って来ている。

「この転移門ポータルの周辺……どうやら私の家と同じで、今でも認識阻害で守られているようですね。ここの存在を知っていないと、人でも魔物でも無意識にここを避けるようになっています」

「えっ、そうなんですか?」

「はい。ですので、ケイタさんが案内してくれないと、皆だけでは多分ここは見つける事ができなかったでしょうね」

 そうだったのか。だから気を失っていても魔物に襲われる心配が無かったんだな。流石は女神様、しっかりと考えて送ってくれていたことに今更ながら感謝します。



 今回俺はここの存在を皆に教えるにあたり、俺が別の世界からの迷い人であり、この世界へやってきた理由も、ここまでの道すがら教えてあげた。
 ラキシスを助けるために俺が女神様に遣わされてこの世界へ来たと知ったラキちゃんは、出会いが偶然ではなく必然だったと知り、先程から変な含み笑いをしながら俺の背中に顔を埋めるように、ずっと俺に張り付いている。

「えーっと……、ラキシスさん、そろそろ離しては頂けませんか?」

「うふふふふー、だーめーでーすーっ」

「あらあら、急に甘えん坊さんになっちゃいましたね」

「ラキのやつ、ひっつき虫になっちゃったな」

 とりあえず、全員で転移門ポータルの魔法陣の中へ入ってみる。これで条件が揃っている 『紅玉の戦乙女』 は、全員が秘密のエリアへ転移するはずだ。

 ――そう思ったのだが……。

「おやおや? 何も起こらないね?」

「本当ですわね……。どういう事でしょう?」

「まさか……、ガセネタだった!?」

 全員に不穏な空気が流れるが、未だに俺の後ろに張り付いたままのラキちゃんがすぐに答えを教えてくれる。

「ご安心ください。皆さんは今ここを登録しましたので、後はダンジョンの四十層から秘密のエリアに入り最終的な利用許可の登録をすれば、今後は利用可能となりますよっ」

「あっ、そういう事ですのね」

「なるほどね。じゃ、早速ダンジョンへ行ってみようぜ!」

「ええ、そうしましょう!」

「なら俺達は、ここで待ってるよ」

「分かりました。――では後ほど」

 俺達はまだこの転移門ポータルを使う事ができないから、 『紅玉の戦乙女』 に付いて行っても仕方がない。
 そのため、彼女達が転移門ポータルを潜ってこちらへやってくるまで、暫くここで待つことにした。



 お茶を沸かして一息つきながら、のんびりと待つこと暫し。
 空が次第に茜色となり少々肌寒くなってきたなと感じた頃、突然、転移門ポータル周辺の大気の魔力マナに変化が生じる。
 俺でも変化に気が付くほどだったので、全員がハッとして転移門ポータルの方へ注目する。

「きたっ!」

 リンメイの声と共に次々と転移門ポータルから現れる 『紅玉の戦乙女』 のメンバー。どうやら全員無事に、転移門ポータルを潜ってこれたようだ。

「おかえりー」

「皆さん、遅くなってすみません」

「リンメイ、本当にあったよ秘密のエリア!」

「すげーぜ、いろんな場所へ繋がってる転移門ポータルが、ずらーっと並んでるんだよ!」

「そうそう! ここに繋がる転移門ポータル探すのにちょっと手間取っちゃったくらい!」

「僕さあ、知らない間に故郷にある転移門ポータルも登録してたみたいでさ、さっき一瞬で故郷に帰っちゃったんだよねー」

「なにが帰っちゃったんだよねーよ! ――まったく、カーミラが突然いなくなって、あたしらかなり焦ったんだから!」

 なんかもう 『紅玉の戦乙女』 は全員が大はしゃぎだ。
 彼女達はこの転移門ポータルの情報を大いに気に入ってくれたようで、早速別の都市にあるダンジョンへ転移門ポータルの登録しにいかないか? なんて話し出しているほど。
 俺達としても情報が正しかったことが分かり、ダンジョン攻略のやる気が更に湧いてきた。

「では俺達の情報は正しかったと確認できた事ですし、これで俺達にダンジョン攻略の情報を教えてもらえますか?」

「ええ、勿論ですわ。これほどの情報を頂いたのです。私達もそれ相応のお返しをしない訳にはまいりません」

「助かります。――では日も落ちてきた事ですし、とりあえず今日はもう帰りましょう」

 『紅玉の戦乙女』 はダンジョンに潜るところを多くの人に見られているため、怪しまれないよう再び転移門ポータルを潜って帰っていった。
 そんな彼女達を、俺達は羨ましそうに見送る。

「あーぁ、あたいらも早く使えるようになりたいなぁ」

「本当ですね」

「なぁに、ダンジョンの情報も貰える事になったし、きっとすぐに使えるようになるさ。――んじゃ、俺達も帰ろうぜ」

 これで信頼のおける先輩冒険者から、ダンジョンの情報を貰える確約を得た。後は準備を整えて、いよいよダンジョン攻略だ。
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