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四章
113 見えない敵
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転移門を抜けると、そこは地下河川の中州だった。
左右は深い峡谷となっており、岩壁には直接岩壁を彫って作られた巨大な柱が、等間隔に奥の方へと続いている。
そして、その柱の間の岩壁には様々な神話の時代を思わせる、美しい彫刻が彫り込まれていた。
まるで神殿の中かと錯覚してしまうこの地下河川の奥には、遺跡と思われる建造物が見える。そして遺跡の上部には巨大な魔神を模った顏があり、その口からは絶えず水が流れ落ちて遺跡の入り口を隠す滝となっていた。
その滝の水がこの地下河川の源流であり、俺達のいる中州よりも後方にある魔法陣が、地下河川の終わりだった。
そんな地下河川には、交互砂州か複列砂州かと思われるように、俺達のいる中州まで所々に砂州が形成されている。
この不思議でノスタルジックな雰囲気を醸し出しているエリアこそ、ボス部屋へ到達した証でもあった。ボス部屋は、この先の遺跡の中にある。
罠を仕掛けた連中さえいなければ、俺達はこのエリアに到達できた達成感で歓喜に湧いただろう。だが今は、これっぽっちもそんな気分にはなれなかった。
転移門に立つ俺達の目の前には、何かしらの大きな爆発によって抉られた地面と、それによって流された血の後がまだ残ったままだったからだ。……実に忌々しい。
「……精霊よ! 大地を穿つ爪となり、切り裂きなさい!」
――ズドン! ズガガガガガッ!
大家さんの詠唱と共に、何本もの地面を切り裂く力が俺達のいる転移門を中心に中州を走り抜ける。
それはまるで漫画3×3 EYESに出てくる土爪のような感じで、通った跡はブルドーザーのリッパーで地面を抉ったようになっていた。
この魔法は事前に俺が 「こんな感じの魔法ってできます?」 と大家さんとラキちゃんに尋ねたら、 「できます」 と答えてくれたのでお願いした。
大家さんは畑を耕すためこのような魔法には慣れており、 「なんなら天地返しだってしちゃいますよ?」 と言ってくれたので、今回も大家さんにお願いする事にした。
その代わり、ラキちゃんには結界魔法をお願いした。転移門から一歩出た先には、性懲りもなくまた地雷のような罠が仕掛けられている可能性があったからだ。
物凄い速度で地面を抉りながら進む精霊魔法によって、土煙が吹き荒れる。
やはり罠がまだ残っていたようで、爆発が数か所で発生していた。
それから暫くして土煙が収まったのを見計らい、中身の詰まった死体袋を背負ったエルレインが前に出る。そして、少々芝居がかった感じに盾を掲げ、声を張り上げた。
「出てきなさい兇賊共! よくも……よくも! このような姑息な手段で我が主セリオス様を殺めてくれましたね! ううっ……! その罪、貴方達の命で償ってもらいまずっ!」
「泣くなエル! ――お前ら! コソコソと隠れていないで正々堂々と勝負しやがれー!」
「そうだそうだー! 出てこーい!」
さて、このエルレインの宣言は、こちらの思惑通り連中の耳に届いただろうか。
今もどこかで俺達を監視しているのだとしたら、今頃はさぞかし驚いている事だろう。まさか先程の爆発で、既に王子様が死んでしまっただなんて思いもしなかっただろうから。
しかしエルレイン、涙まで流して迫真の演技だな。そしてリンメイとラキちゃん、君らは少々わざとらしく見えますよ……。
このように、先程の爆発で王子様が死んでしまったという設定で俺達は行動しているのだが、大家さんは流石にこんな事で罠を仕掛けた連中を、まんまと騙せるとは思っていなかった。
あくまでこれは、連中を疑心暗鬼にさせるのが目的ですと言う。
もしかしたら、王子様は本当に死んでしまったのかもしれない。
もしも本当に死んでいるのだとしたら、証拠となる証を奪わなければならない。
もしかしたら、王子様のパーティである俺達が嘘をついているのかもしれない。
もしも王子様が死んでいないのだとしたら、どこかに潜んでいるのかもしれないし、仲間を置いて逃げたのかもしれない。
とりあえず真偽の判定をするためにも、あの死体袋は確認しなければならない……って感じにね。
俺達の理想としては、敵が迂闊にも俺達の前に姿を現してくれる事だった。まず有り得ないだろうけどね……。
そして俺達が今から一番警戒しないといけないのは、連中が俺達を仕留めるため、姿を現さないままタイミングを見計らって手動の罠を発動させてくる事だった。
ところでその死んだことになっている王子様なんだが、リンメイの認識阻害のマントを借りて更には大家さんの認識阻害の精霊魔法を掛けてもらった状態で、俺達に隠れるようにして一緒に転移門を潜って来ていた。
そして大家さんが大技を繰り出して土煙が舞い上がっている隙に、近くの石柱の陰に隠れてもらった。
これは万が一連中が俺達の主張を嘘だと判断して、俺達など無視して転移門を潜り王子様を追う行動に出た場合に備えてだった。
俺達は休憩中に話し合った結果、罠を破壊しながら進んで行く事にしていた。
始めは罠に対してあれこれどうしようと対策を考えていたのだが、よくよく考えたら、ここは何したって問題の無いダンジョンの中だ。街中じゃない。
「もーめんどくせーから、片っ端からぶっ壊しちまおうぜ?」
そんなリンメイの案を採用する事にしたのだ。
お恥ずかしい事に、うちらはあまり深謀遠慮が得意な方じゃないので、皆に確認を取ると 「それでいいよー」 との答えが返ってきた。
結果、もう脳筋と思われても仕方がないほどに半ば強引な力業で先手を打って、罠を壊しながら進む事となった。これならば手動の罠だろうが関係ない。
これができるのは偏に、連中の手口が分ってしまったというのが大きい。そして、罠を見破れるギフトを持つリンメイがいたから。
連中の攻撃手段は罠による予想外の場面での不意打ちなので、そんな不意打ちはもう俺達には通用しない。要は、連中は初手で失敗をしてしまったのだ。
あと、俺達が脳筋丸出しで罠を破壊しながら進む事にしたのは、もう一つ理由があったりする。それは、他の冒険者が奴等の罠に掛からないようにするためだ。
俺達を狙った罠で無関係な冒険者が被害を被るのは、あまりにも理不尽で申し訳無さ過ぎる。
――だったのだが……。
「おい、あそこ!」
なんと冒険者と見られる人達が、転移門から少し進んだ距離にある砂州で、既に倒れていた。
――そんな……まさか、間に合わなかった……!?
俺達は罠に警戒しながら駆け寄ると、そこには爆発によって大きく抉れた地面と共に、四人の冒険者が既に事切れた状態で転がっていた。
武器やその他の荷物も、周辺に散乱している。
「そんな……!」
「なんてことだ……。俺達よりも先に犠牲者がいたのか……!?」
「……これ……まさか……。――えっと……とりあえず、こいつ等の冒険者証だけでも持って帰ってやろーぜ?」
しかし言葉とは裏腹に、リンメイは俺達にこれ以上前に出るなと右手で制止の合図をする。
それからほんの少しの沈黙の後、なぜかリンメイは目の前に無造作に落ちている、鞘にきちんと収まってない剣を拾う。
「おっ、これ使えるな」
そしてリンメイは敢えてそんな事を口に出すと、覚悟を決めた顏をして深呼吸をし……パチンと剣を鞘に納めた。
――ズドォォォォン!!!
突如死体の転がっていた砂州が大爆発し、更には周囲の岩壁や石柱までもが爆発を起こして崩れ、地下河川を埋めてしまう程の巨大な瓦礫が降り注ぐ。
暫くすると、地下河川は瓦礫によって埋め尽くされてしまっていた。そして瓦礫がダムのように、どんどんと水を堰き止め始めてしまう。
どれ位時間が経っただろうか。突然、どこからともなく誰かの発する声が聞こえてきた。
「……そろそろいいだろう」
「うむ」
突如転移門のある中州よりも後方の、岩壁と思われた場所の一角が崩れ落ちて空洞ができる。そして、二人の男がそこから顔を出した。
一人は盗賊風の男で、もう一人は魔法士と思われる風貌をしている。
二人は洞窟から出た途端、抑えていた感情を解放するが如く声を荒らげた。
「はっ! なぁーにが正々堂々と勝負しなさいだこの間抜けが! 世の中やったもん勝ちなんだよバーカ!」
「フッ、如何に 【剣聖】 のギフトを持とうと、所詮奴は剣術に長けただけのただの間抜けよ。――我らにかかればこんなものだ」
「だなっ! しっかしよくもまあ、こんな甘ちゃん連中がここまで生き永らえてきたもんだと、ある意味感心するぜ」
「確かに……。この程度の奴等に 『ハルジの閃光』 が敗れたというのが未だに信じられん」
「まったくだ。――さぁてと、んじゃこの岩どけてくれ。さっさと死体を回収してずらかるぞ」
「分かった、少し離れていろ。――しかし、ここまでやったら死体もぺしゃんこになっていそうだな。間抜け面が余計に間抜けになって、誰が誰だか分からなくなっているかもしれんぞ?」
「あー、そうだなぁ……。まあしかし、奴の荷物には何かしら――」
「――その間抜け面とは、この面のことか?」
「えっ!? ――ぎゃぁぁ!」
「なっ……!? ――ぐあぁ!」
突如二人の背後に現れたのは、セリオス王子だった。
二人は突然の事で何も反応する事ができず、あっさりと王子様に斬り捨てられてしまう。
「やれやれ、こ奴等は私があの程度の罠で死んだと、本気で思っていたのか。……解せぬな」
忌々しそうに二つの亡骸を一瞥する。
それから王子様は左の掌を口の前に持ってくると、何やら喋り出した。
『ラキシス殿の言った通りだった。敵は二人とも始末したぞ。――もう出てきてもよいだろう』
『了解だ。――瓦礫を退かしたら水が一気に流れていくかもしれない。王子様、ちょっと高い場所に避難していてくれ』
『うむ、分かった』
王子様はストランドを岩壁の彫刻へ打ち込むと、そのまま高い位置へ避難する。そしてまた左の掌で口を覆い、俺達に合図を送った。
すると、水を堰き止めていた瓦礫が少しづつ動き出し、徐々に瓦礫の隙間から水が噴き出し始める。それに伴い瓦礫も幾つかは押し流され始め、次第に土石流となって勢いよく流れ始めた。
暫くして水の流れが落ち着くと、ゴロンと一際大きな柱だった瓦礫が退かされる。そしてその下からは俺達が顏を出した。
「ふぅー……、なんとか上手くいったな。――今回も大家さんとラキちゃんのおかげで助かりました。ありがとうございます」
「どういたしまして。これ位お安い御用ですよ」
「はい! お安い御用なのです」
そう言い、二人はニッコリと微笑んでくれる。
大家さんは土の精霊魔法によって強固な櫓を作り出し、ラキちゃんは結界魔法によって、瓦礫と爆発の衝撃から俺達を守ってくれた。
これほどの力に耐える魔法の行使は、二人ほどの実力者でないとできなかっただろう。
俺達は大家さんに言霊の精霊魔法を掛けてもらい、左手で口を覆いながら言葉を発すると、俺達にだけ聞こえる言葉を発する事ができるようになっていた。
このおかげで、離れて待つ王子様にも常に状況を伝えながら行動できていた。
とりあえず俺達は見つけた罠を片っ端から破壊しながら移動しようとしたのだが、いきなり見える範囲に誰かが倒れているのを見つけてしまい動揺してしまう。
今までならば無条件で倒れている連中の安否を確認し、もしも既に死んでいたのなら冒険者証だけでも見つけてやって、ギルドに届けてやろうとしただろう。
しかし連中の手口を知ってしまっていた俺達は、真っ先に警戒した。
そこに倒れている奴等が突然起き上がり、隙を突いて攻撃してくる可能性があったからだ。
だが、そこにあったのは紛れもなく、既に事切れた状態の亡骸だった。
『全員動くな!――死体含め、この辺に散らばるモノ全て罠だ!』
『なっ!?』
『……こいつ等知ってる。ハルジャイール出身の高層冒険者だぜ』
『え……? おいおい、まさか罠に利用する為だけに仲間を殺したってんじゃないだろうな……?』
『そんなまさか……。罠のために同郷の者を犠牲にしたというのですか!? ……にわかには信じられません』
『なんてことを……畜生にも劣る所業ですね……』
『なあ……、死体が四つって事はさ、敵はもしかして二人なんじゃねーのか?』
『あっ、そうか。こいつ等が普通の六人パーティでここまで来たのだとしたら……。うん、十分に有り得るな」
『二人ですか? あっ……ならもしかして、転移門の後方にあった二つの生体反応が……その……怪しいかもです』
『むっ、それは誠かラキシス殿』
『はい。なんか壁の向こう側でしたので、このエリアとは別の場所にいる冒険者さんかもと思って放置しちゃいました。……ごめんなさい。――王子様、そこよりも後ろの方です。気を付けてください』
『相分かった。――そちらも気を付けよ』
俺達が気掛かりだったのはそもそも敵が何人いるかだったのだが、この状況からして、敵は二人の可能性が非常に高くなった。
ダンジョンは基本六人パーティで活動し、高層ではそれ以上でもそれ以下でも目立つ。だから、連中が普通の冒険者パーティに紛れているのだとしたら、六人で活動している可能性が高いと見ていた。
勿論、ムジナ師匠や兎人の盗賊のように単独で活動できる特殊なギフト持ちの可能性もあるとは考えていたが……。
あと、エルレインは確実に連中が待ち構えているはずだと言ってはいたが、実は俺、連中は既にこの場にいないって可能性を、この時はまだ捨てきれないでいたんだよね。
もしかしたら俺達よりも先にボスを討伐し、フィールドエリアで待ち構えているって可能性だってあったから。
しかし仲間だったはずの四人をここで始末して残りが二人なのだとしたら、ボスを討伐してフィールドエリアで待ち構えているという可能性は非常に低くなる。というか、有り得ないだろう。
ラキちゃんの情報も合わせると、その二つの生体反応が非常に怪しくなった。
『うーん……、今からラキちゃんが言う場所まで確認に戻るか?』
しかしそんな俺の提案に、リンメイが待ったをかける。
『いや、それは止めとかないか? 下手に動いて逃げられたらたまんねーよ。――あいつ等は何としてもここで仕留めたい。でないと、この先もずっとこんなのが続いちまうんだぜ?』
そうだな、確かにここで取り逃がすのは嫌過ぎる……。
『――てことでさ、この罠利用しようぜ?』
そんな感じで敢えて罠を発動させ、俺達は生き埋めとなった。後の処理を王子様に託して。
「王子様お疲れー。――あれ? そういや王子様が仕留めた二人は?」
「ああ、それなら先程の土石流によって、どこかへ流れて行ってしまったようだな」
「えぇー!? マジかよ! ……しくったなー、あいつ等絶対マジックバッグとか持ってたと思うんだよなー……」
あっけらかんと宣う王子様に、リンメイはとてもショックを受けている。
王子様の言う通り、細かい岩壁の瓦礫は全て転移門よりも後方の壁まで押し流されてしまっていた。恐らく二人の遺体も、あの瓦礫の中に埋もれているのだろう。
「掘って探すか?」
「えー……、もーいーよ。壊れちゃってるかもしんねーしさ。それに揉みくちゃになった死体なんて見たく無いもん……」
「それもそうだな……。んじゃ、そろそろ先に進もうぜ。――リンメイ、また罠の探索をお願い」
「おっけー」
まだこのエリアには俺達以外の冒険者がやって来る可能性があるからな。
そいつらのためにも、このクソッタレな罠は全て破壊しておく必要があった。
「わーい、到着ですっ!」
「やれやれ……、やっとここまで来たな」
「だなー、やっとだぜ。……ったくあいつ等、どんだけ罠仕掛けてんだよ! もー!」
「ホントにな……。リンメイのおかげでここまで無事来れたよ。お疲れさん」
「おう!」
岩壁や砂州、飛び石の罠だけでなく、地下河川の中に張られた罠を発動させる糸なども断ち切りながら、漸く俺達はボス部屋へと通じている遺跡の前まで来た。
神経すり減らしながら進んできたので、それほど長い距離ではなかったはずなのに俺達はもうへとへとだ。
この遺跡は巨大な魔神が上から伸し掛かるような造形をしており、魔神の口からは大量の水が絶え間なく、目の前の泉となった滝壺に流れ落ちていた。
遺跡の入り口は、この滝の裏側だ。
まだまだ俺達は気を抜けないので、魔物にも警戒しつつ慎重に泉の周辺を探索し、虱潰しに罠を破壊していく。
滝の裏側の入り口前には土魔法によって作られた偽の宝箱の罠があり、思わず苦笑いしてしまった。本当に悪知恵が働くな……。
「さてと……、うっ!」
セーフティゾーンであるボス部屋前のエリアを覗き込もうとしたリンメイは、すぐさま体をのけぞらせて全員に待ったをかけた。
「みんな離れろ! こん中に毒か何かが撒かれているぞ!」
「大丈夫ですかリンメイさん!?」
「ううっ、ちょっと吸った……喉と鼻が痛い……。目も痛いよう……」
すぐさま目の前の泉で顔を洗おうとしていたリンメイを、なぜか大家さんは引き留める。そして大家さんは、そのままリンメイを診断し始めた。
ラキちゃんの神聖魔法は、少しだけ待ってもらうようだ。
「リンメイさん、少しだけ待ってくださいね。………………はい、もういいですよ。ではラキちゃんお願いします」
「はいっ!」
「……ううっ、ラキありがとう」
大家さんは精霊が教えてくれる情報だけでなく、これまでの知識と経験、そして大家さん自身のギフトを使ってリンメイを診断していた。
大家さんは 【薬神の導き】 というギフトを授かっている。ギフトの詳細については知らないが、とにかく薬師として活動するにはとんでもない有益なギフトらしい。
このギフトもリンメイの 【鑑定技能】 と同じように知識を蓄積していく事で次第に能力が上がっていくため、長寿な種族であるエルフには最適なギフトだった。
そのため大家さんは、このギフトを授かった事で薬師として生きていく道を選んだのだそうだ。
リンメイを診断した結果、ボス部屋前のエリアには毒蟲や毒草など複数の毒によって作られた粉が散布されていると大家さんは教えてくれる。
そして、すぐさま毒に関する得られた情報を、紙に書き出していた。
それから、大家さんは忌々しそうに泉の方を見る。
「この偽の宝箱のせいで気が付きませんでしたが、泉のこの周辺にだけ毒が撒かれています。もしもリンメイさんが泉で顔を洗っていたら、更に酷い結果となったでしょう」
「「「えっ!?」」」
俺達は慌てて泉の底を注意深くを覗くと、本当にこの辺りにだけ、プールの塩素剤のような固形物が幾つも沈んでいるのが見て取れた。
あまりの事に、俺達は愕然としてしまう。
――クソッ、最後の最後まで本当にこいつ等はよー……!
「うわ、あの飴玉みてーなのがそうだな……」
「えー……」
「なんと卑劣な……」
「やれやれ……。この機会に奴等をを仕留める事ができて、本当に良かったよ」
「まったくだ。……実に忌々しい」
とりあえず泉の毒はラキちゃんにお願いして、浄化の魔法で綺麗にしてもらった。
後はボス部屋前のエリアなんだが……。
「チッ……。この部屋の中さ、毒粉が滞留しやすいように風の魔道具を仕掛けてやがる」
「うへぇマジか……。うーん、もうさ、舞ってる毒の粉末ごと中を燃やしてしまうか?」
しかし何気ない俺の提案に、大家さんが待ったをかける。
「いけません。それだと毒煙が生じる可能性があります。――ですので、ここは雨を降らせて絡め取りましょう」
すると、そんな大家さんの提案に、水魔法の得意なエルレインが名乗りを上げる。
「では今回は、私にお任せください。サリア様はどうぞ、お休みになって下さいませ」
「すみませんエルレインさん。ではお願いしますね」
「はいっ」
大家さんは今日、あまりにも魔法を使い過ぎているからな。エルレインの申し出は本当に助かる。
エルレインは入口に水の壁を作って塞ぐと、続いて泉から水を供給しながら天井を湿らせていき、滴らせる事によって入口の方から徐々に雨を降らせていった。
毒粉を絡め取って流れ落ちた水は、ボス部屋前のエリアに設けられている排水溝へと流れていく。
エルレインは暫くの間雨を降らせ続け、最後に部屋全体の水気を綺麗に取り除いて終わりとしたようだ。
そしてラキちゃんが、念のためにと浄化の魔法を使って部屋の中の空気を綺麗にしてくれた。
これでやっとセーフティゾーンであるボス部屋前のエリアに入れる。
「もーダメ。今日はこれで休もうぜ」
「勿論さ。それじゃ、さっさとキャンプの準備に取り掛かろうか。――みんな済まないけど、もうちょっとだけ頑張ってくれる?」
「「「はーい」」」
皆の疲労を考えると、とてもじゃないがこのままボス戦へと行けるような状態じゃない。十分な休息が必要だ。
てことで、今日はもうこれでおしまいなのです。
やれやれ、今日は本当に大変な一日だったな……。
左右は深い峡谷となっており、岩壁には直接岩壁を彫って作られた巨大な柱が、等間隔に奥の方へと続いている。
そして、その柱の間の岩壁には様々な神話の時代を思わせる、美しい彫刻が彫り込まれていた。
まるで神殿の中かと錯覚してしまうこの地下河川の奥には、遺跡と思われる建造物が見える。そして遺跡の上部には巨大な魔神を模った顏があり、その口からは絶えず水が流れ落ちて遺跡の入り口を隠す滝となっていた。
その滝の水がこの地下河川の源流であり、俺達のいる中州よりも後方にある魔法陣が、地下河川の終わりだった。
そんな地下河川には、交互砂州か複列砂州かと思われるように、俺達のいる中州まで所々に砂州が形成されている。
この不思議でノスタルジックな雰囲気を醸し出しているエリアこそ、ボス部屋へ到達した証でもあった。ボス部屋は、この先の遺跡の中にある。
罠を仕掛けた連中さえいなければ、俺達はこのエリアに到達できた達成感で歓喜に湧いただろう。だが今は、これっぽっちもそんな気分にはなれなかった。
転移門に立つ俺達の目の前には、何かしらの大きな爆発によって抉られた地面と、それによって流された血の後がまだ残ったままだったからだ。……実に忌々しい。
「……精霊よ! 大地を穿つ爪となり、切り裂きなさい!」
――ズドン! ズガガガガガッ!
大家さんの詠唱と共に、何本もの地面を切り裂く力が俺達のいる転移門を中心に中州を走り抜ける。
それはまるで漫画3×3 EYESに出てくる土爪のような感じで、通った跡はブルドーザーのリッパーで地面を抉ったようになっていた。
この魔法は事前に俺が 「こんな感じの魔法ってできます?」 と大家さんとラキちゃんに尋ねたら、 「できます」 と答えてくれたのでお願いした。
大家さんは畑を耕すためこのような魔法には慣れており、 「なんなら天地返しだってしちゃいますよ?」 と言ってくれたので、今回も大家さんにお願いする事にした。
その代わり、ラキちゃんには結界魔法をお願いした。転移門から一歩出た先には、性懲りもなくまた地雷のような罠が仕掛けられている可能性があったからだ。
物凄い速度で地面を抉りながら進む精霊魔法によって、土煙が吹き荒れる。
やはり罠がまだ残っていたようで、爆発が数か所で発生していた。
それから暫くして土煙が収まったのを見計らい、中身の詰まった死体袋を背負ったエルレインが前に出る。そして、少々芝居がかった感じに盾を掲げ、声を張り上げた。
「出てきなさい兇賊共! よくも……よくも! このような姑息な手段で我が主セリオス様を殺めてくれましたね! ううっ……! その罪、貴方達の命で償ってもらいまずっ!」
「泣くなエル! ――お前ら! コソコソと隠れていないで正々堂々と勝負しやがれー!」
「そうだそうだー! 出てこーい!」
さて、このエルレインの宣言は、こちらの思惑通り連中の耳に届いただろうか。
今もどこかで俺達を監視しているのだとしたら、今頃はさぞかし驚いている事だろう。まさか先程の爆発で、既に王子様が死んでしまっただなんて思いもしなかっただろうから。
しかしエルレイン、涙まで流して迫真の演技だな。そしてリンメイとラキちゃん、君らは少々わざとらしく見えますよ……。
このように、先程の爆発で王子様が死んでしまったという設定で俺達は行動しているのだが、大家さんは流石にこんな事で罠を仕掛けた連中を、まんまと騙せるとは思っていなかった。
あくまでこれは、連中を疑心暗鬼にさせるのが目的ですと言う。
もしかしたら、王子様は本当に死んでしまったのかもしれない。
もしも本当に死んでいるのだとしたら、証拠となる証を奪わなければならない。
もしかしたら、王子様のパーティである俺達が嘘をついているのかもしれない。
もしも王子様が死んでいないのだとしたら、どこかに潜んでいるのかもしれないし、仲間を置いて逃げたのかもしれない。
とりあえず真偽の判定をするためにも、あの死体袋は確認しなければならない……って感じにね。
俺達の理想としては、敵が迂闊にも俺達の前に姿を現してくれる事だった。まず有り得ないだろうけどね……。
そして俺達が今から一番警戒しないといけないのは、連中が俺達を仕留めるため、姿を現さないままタイミングを見計らって手動の罠を発動させてくる事だった。
ところでその死んだことになっている王子様なんだが、リンメイの認識阻害のマントを借りて更には大家さんの認識阻害の精霊魔法を掛けてもらった状態で、俺達に隠れるようにして一緒に転移門を潜って来ていた。
そして大家さんが大技を繰り出して土煙が舞い上がっている隙に、近くの石柱の陰に隠れてもらった。
これは万が一連中が俺達の主張を嘘だと判断して、俺達など無視して転移門を潜り王子様を追う行動に出た場合に備えてだった。
俺達は休憩中に話し合った結果、罠を破壊しながら進んで行く事にしていた。
始めは罠に対してあれこれどうしようと対策を考えていたのだが、よくよく考えたら、ここは何したって問題の無いダンジョンの中だ。街中じゃない。
「もーめんどくせーから、片っ端からぶっ壊しちまおうぜ?」
そんなリンメイの案を採用する事にしたのだ。
お恥ずかしい事に、うちらはあまり深謀遠慮が得意な方じゃないので、皆に確認を取ると 「それでいいよー」 との答えが返ってきた。
結果、もう脳筋と思われても仕方がないほどに半ば強引な力業で先手を打って、罠を壊しながら進む事となった。これならば手動の罠だろうが関係ない。
これができるのは偏に、連中の手口が分ってしまったというのが大きい。そして、罠を見破れるギフトを持つリンメイがいたから。
連中の攻撃手段は罠による予想外の場面での不意打ちなので、そんな不意打ちはもう俺達には通用しない。要は、連中は初手で失敗をしてしまったのだ。
あと、俺達が脳筋丸出しで罠を破壊しながら進む事にしたのは、もう一つ理由があったりする。それは、他の冒険者が奴等の罠に掛からないようにするためだ。
俺達を狙った罠で無関係な冒険者が被害を被るのは、あまりにも理不尽で申し訳無さ過ぎる。
――だったのだが……。
「おい、あそこ!」
なんと冒険者と見られる人達が、転移門から少し進んだ距離にある砂州で、既に倒れていた。
――そんな……まさか、間に合わなかった……!?
俺達は罠に警戒しながら駆け寄ると、そこには爆発によって大きく抉れた地面と共に、四人の冒険者が既に事切れた状態で転がっていた。
武器やその他の荷物も、周辺に散乱している。
「そんな……!」
「なんてことだ……。俺達よりも先に犠牲者がいたのか……!?」
「……これ……まさか……。――えっと……とりあえず、こいつ等の冒険者証だけでも持って帰ってやろーぜ?」
しかし言葉とは裏腹に、リンメイは俺達にこれ以上前に出るなと右手で制止の合図をする。
それからほんの少しの沈黙の後、なぜかリンメイは目の前に無造作に落ちている、鞘にきちんと収まってない剣を拾う。
「おっ、これ使えるな」
そしてリンメイは敢えてそんな事を口に出すと、覚悟を決めた顏をして深呼吸をし……パチンと剣を鞘に納めた。
――ズドォォォォン!!!
突如死体の転がっていた砂州が大爆発し、更には周囲の岩壁や石柱までもが爆発を起こして崩れ、地下河川を埋めてしまう程の巨大な瓦礫が降り注ぐ。
暫くすると、地下河川は瓦礫によって埋め尽くされてしまっていた。そして瓦礫がダムのように、どんどんと水を堰き止め始めてしまう。
どれ位時間が経っただろうか。突然、どこからともなく誰かの発する声が聞こえてきた。
「……そろそろいいだろう」
「うむ」
突如転移門のある中州よりも後方の、岩壁と思われた場所の一角が崩れ落ちて空洞ができる。そして、二人の男がそこから顔を出した。
一人は盗賊風の男で、もう一人は魔法士と思われる風貌をしている。
二人は洞窟から出た途端、抑えていた感情を解放するが如く声を荒らげた。
「はっ! なぁーにが正々堂々と勝負しなさいだこの間抜けが! 世の中やったもん勝ちなんだよバーカ!」
「フッ、如何に 【剣聖】 のギフトを持とうと、所詮奴は剣術に長けただけのただの間抜けよ。――我らにかかればこんなものだ」
「だなっ! しっかしよくもまあ、こんな甘ちゃん連中がここまで生き永らえてきたもんだと、ある意味感心するぜ」
「確かに……。この程度の奴等に 『ハルジの閃光』 が敗れたというのが未だに信じられん」
「まったくだ。――さぁてと、んじゃこの岩どけてくれ。さっさと死体を回収してずらかるぞ」
「分かった、少し離れていろ。――しかし、ここまでやったら死体もぺしゃんこになっていそうだな。間抜け面が余計に間抜けになって、誰が誰だか分からなくなっているかもしれんぞ?」
「あー、そうだなぁ……。まあしかし、奴の荷物には何かしら――」
「――その間抜け面とは、この面のことか?」
「えっ!? ――ぎゃぁぁ!」
「なっ……!? ――ぐあぁ!」
突如二人の背後に現れたのは、セリオス王子だった。
二人は突然の事で何も反応する事ができず、あっさりと王子様に斬り捨てられてしまう。
「やれやれ、こ奴等は私があの程度の罠で死んだと、本気で思っていたのか。……解せぬな」
忌々しそうに二つの亡骸を一瞥する。
それから王子様は左の掌を口の前に持ってくると、何やら喋り出した。
『ラキシス殿の言った通りだった。敵は二人とも始末したぞ。――もう出てきてもよいだろう』
『了解だ。――瓦礫を退かしたら水が一気に流れていくかもしれない。王子様、ちょっと高い場所に避難していてくれ』
『うむ、分かった』
王子様はストランドを岩壁の彫刻へ打ち込むと、そのまま高い位置へ避難する。そしてまた左の掌で口を覆い、俺達に合図を送った。
すると、水を堰き止めていた瓦礫が少しづつ動き出し、徐々に瓦礫の隙間から水が噴き出し始める。それに伴い瓦礫も幾つかは押し流され始め、次第に土石流となって勢いよく流れ始めた。
暫くして水の流れが落ち着くと、ゴロンと一際大きな柱だった瓦礫が退かされる。そしてその下からは俺達が顏を出した。
「ふぅー……、なんとか上手くいったな。――今回も大家さんとラキちゃんのおかげで助かりました。ありがとうございます」
「どういたしまして。これ位お安い御用ですよ」
「はい! お安い御用なのです」
そう言い、二人はニッコリと微笑んでくれる。
大家さんは土の精霊魔法によって強固な櫓を作り出し、ラキちゃんは結界魔法によって、瓦礫と爆発の衝撃から俺達を守ってくれた。
これほどの力に耐える魔法の行使は、二人ほどの実力者でないとできなかっただろう。
俺達は大家さんに言霊の精霊魔法を掛けてもらい、左手で口を覆いながら言葉を発すると、俺達にだけ聞こえる言葉を発する事ができるようになっていた。
このおかげで、離れて待つ王子様にも常に状況を伝えながら行動できていた。
とりあえず俺達は見つけた罠を片っ端から破壊しながら移動しようとしたのだが、いきなり見える範囲に誰かが倒れているのを見つけてしまい動揺してしまう。
今までならば無条件で倒れている連中の安否を確認し、もしも既に死んでいたのなら冒険者証だけでも見つけてやって、ギルドに届けてやろうとしただろう。
しかし連中の手口を知ってしまっていた俺達は、真っ先に警戒した。
そこに倒れている奴等が突然起き上がり、隙を突いて攻撃してくる可能性があったからだ。
だが、そこにあったのは紛れもなく、既に事切れた状態の亡骸だった。
『全員動くな!――死体含め、この辺に散らばるモノ全て罠だ!』
『なっ!?』
『……こいつ等知ってる。ハルジャイール出身の高層冒険者だぜ』
『え……? おいおい、まさか罠に利用する為だけに仲間を殺したってんじゃないだろうな……?』
『そんなまさか……。罠のために同郷の者を犠牲にしたというのですか!? ……にわかには信じられません』
『なんてことを……畜生にも劣る所業ですね……』
『なあ……、死体が四つって事はさ、敵はもしかして二人なんじゃねーのか?』
『あっ、そうか。こいつ等が普通の六人パーティでここまで来たのだとしたら……。うん、十分に有り得るな」
『二人ですか? あっ……ならもしかして、転移門の後方にあった二つの生体反応が……その……怪しいかもです』
『むっ、それは誠かラキシス殿』
『はい。なんか壁の向こう側でしたので、このエリアとは別の場所にいる冒険者さんかもと思って放置しちゃいました。……ごめんなさい。――王子様、そこよりも後ろの方です。気を付けてください』
『相分かった。――そちらも気を付けよ』
俺達が気掛かりだったのはそもそも敵が何人いるかだったのだが、この状況からして、敵は二人の可能性が非常に高くなった。
ダンジョンは基本六人パーティで活動し、高層ではそれ以上でもそれ以下でも目立つ。だから、連中が普通の冒険者パーティに紛れているのだとしたら、六人で活動している可能性が高いと見ていた。
勿論、ムジナ師匠や兎人の盗賊のように単独で活動できる特殊なギフト持ちの可能性もあるとは考えていたが……。
あと、エルレインは確実に連中が待ち構えているはずだと言ってはいたが、実は俺、連中は既にこの場にいないって可能性を、この時はまだ捨てきれないでいたんだよね。
もしかしたら俺達よりも先にボスを討伐し、フィールドエリアで待ち構えているって可能性だってあったから。
しかし仲間だったはずの四人をここで始末して残りが二人なのだとしたら、ボスを討伐してフィールドエリアで待ち構えているという可能性は非常に低くなる。というか、有り得ないだろう。
ラキちゃんの情報も合わせると、その二つの生体反応が非常に怪しくなった。
『うーん……、今からラキちゃんが言う場所まで確認に戻るか?』
しかしそんな俺の提案に、リンメイが待ったをかける。
『いや、それは止めとかないか? 下手に動いて逃げられたらたまんねーよ。――あいつ等は何としてもここで仕留めたい。でないと、この先もずっとこんなのが続いちまうんだぜ?』
そうだな、確かにここで取り逃がすのは嫌過ぎる……。
『――てことでさ、この罠利用しようぜ?』
そんな感じで敢えて罠を発動させ、俺達は生き埋めとなった。後の処理を王子様に託して。
「王子様お疲れー。――あれ? そういや王子様が仕留めた二人は?」
「ああ、それなら先程の土石流によって、どこかへ流れて行ってしまったようだな」
「えぇー!? マジかよ! ……しくったなー、あいつ等絶対マジックバッグとか持ってたと思うんだよなー……」
あっけらかんと宣う王子様に、リンメイはとてもショックを受けている。
王子様の言う通り、細かい岩壁の瓦礫は全て転移門よりも後方の壁まで押し流されてしまっていた。恐らく二人の遺体も、あの瓦礫の中に埋もれているのだろう。
「掘って探すか?」
「えー……、もーいーよ。壊れちゃってるかもしんねーしさ。それに揉みくちゃになった死体なんて見たく無いもん……」
「それもそうだな……。んじゃ、そろそろ先に進もうぜ。――リンメイ、また罠の探索をお願い」
「おっけー」
まだこのエリアには俺達以外の冒険者がやって来る可能性があるからな。
そいつらのためにも、このクソッタレな罠は全て破壊しておく必要があった。
「わーい、到着ですっ!」
「やれやれ……、やっとここまで来たな」
「だなー、やっとだぜ。……ったくあいつ等、どんだけ罠仕掛けてんだよ! もー!」
「ホントにな……。リンメイのおかげでここまで無事来れたよ。お疲れさん」
「おう!」
岩壁や砂州、飛び石の罠だけでなく、地下河川の中に張られた罠を発動させる糸なども断ち切りながら、漸く俺達はボス部屋へと通じている遺跡の前まで来た。
神経すり減らしながら進んできたので、それほど長い距離ではなかったはずなのに俺達はもうへとへとだ。
この遺跡は巨大な魔神が上から伸し掛かるような造形をしており、魔神の口からは大量の水が絶え間なく、目の前の泉となった滝壺に流れ落ちていた。
遺跡の入り口は、この滝の裏側だ。
まだまだ俺達は気を抜けないので、魔物にも警戒しつつ慎重に泉の周辺を探索し、虱潰しに罠を破壊していく。
滝の裏側の入り口前には土魔法によって作られた偽の宝箱の罠があり、思わず苦笑いしてしまった。本当に悪知恵が働くな……。
「さてと……、うっ!」
セーフティゾーンであるボス部屋前のエリアを覗き込もうとしたリンメイは、すぐさま体をのけぞらせて全員に待ったをかけた。
「みんな離れろ! こん中に毒か何かが撒かれているぞ!」
「大丈夫ですかリンメイさん!?」
「ううっ、ちょっと吸った……喉と鼻が痛い……。目も痛いよう……」
すぐさま目の前の泉で顔を洗おうとしていたリンメイを、なぜか大家さんは引き留める。そして大家さんは、そのままリンメイを診断し始めた。
ラキちゃんの神聖魔法は、少しだけ待ってもらうようだ。
「リンメイさん、少しだけ待ってくださいね。………………はい、もういいですよ。ではラキちゃんお願いします」
「はいっ!」
「……ううっ、ラキありがとう」
大家さんは精霊が教えてくれる情報だけでなく、これまでの知識と経験、そして大家さん自身のギフトを使ってリンメイを診断していた。
大家さんは 【薬神の導き】 というギフトを授かっている。ギフトの詳細については知らないが、とにかく薬師として活動するにはとんでもない有益なギフトらしい。
このギフトもリンメイの 【鑑定技能】 と同じように知識を蓄積していく事で次第に能力が上がっていくため、長寿な種族であるエルフには最適なギフトだった。
そのため大家さんは、このギフトを授かった事で薬師として生きていく道を選んだのだそうだ。
リンメイを診断した結果、ボス部屋前のエリアには毒蟲や毒草など複数の毒によって作られた粉が散布されていると大家さんは教えてくれる。
そして、すぐさま毒に関する得られた情報を、紙に書き出していた。
それから、大家さんは忌々しそうに泉の方を見る。
「この偽の宝箱のせいで気が付きませんでしたが、泉のこの周辺にだけ毒が撒かれています。もしもリンメイさんが泉で顔を洗っていたら、更に酷い結果となったでしょう」
「「「えっ!?」」」
俺達は慌てて泉の底を注意深くを覗くと、本当にこの辺りにだけ、プールの塩素剤のような固形物が幾つも沈んでいるのが見て取れた。
あまりの事に、俺達は愕然としてしまう。
――クソッ、最後の最後まで本当にこいつ等はよー……!
「うわ、あの飴玉みてーなのがそうだな……」
「えー……」
「なんと卑劣な……」
「やれやれ……。この機会に奴等をを仕留める事ができて、本当に良かったよ」
「まったくだ。……実に忌々しい」
とりあえず泉の毒はラキちゃんにお願いして、浄化の魔法で綺麗にしてもらった。
後はボス部屋前のエリアなんだが……。
「チッ……。この部屋の中さ、毒粉が滞留しやすいように風の魔道具を仕掛けてやがる」
「うへぇマジか……。うーん、もうさ、舞ってる毒の粉末ごと中を燃やしてしまうか?」
しかし何気ない俺の提案に、大家さんが待ったをかける。
「いけません。それだと毒煙が生じる可能性があります。――ですので、ここは雨を降らせて絡め取りましょう」
すると、そんな大家さんの提案に、水魔法の得意なエルレインが名乗りを上げる。
「では今回は、私にお任せください。サリア様はどうぞ、お休みになって下さいませ」
「すみませんエルレインさん。ではお願いしますね」
「はいっ」
大家さんは今日、あまりにも魔法を使い過ぎているからな。エルレインの申し出は本当に助かる。
エルレインは入口に水の壁を作って塞ぐと、続いて泉から水を供給しながら天井を湿らせていき、滴らせる事によって入口の方から徐々に雨を降らせていった。
毒粉を絡め取って流れ落ちた水は、ボス部屋前のエリアに設けられている排水溝へと流れていく。
エルレインは暫くの間雨を降らせ続け、最後に部屋全体の水気を綺麗に取り除いて終わりとしたようだ。
そしてラキちゃんが、念のためにと浄化の魔法を使って部屋の中の空気を綺麗にしてくれた。
これでやっとセーフティゾーンであるボス部屋前のエリアに入れる。
「もーダメ。今日はこれで休もうぜ」
「勿論さ。それじゃ、さっさとキャンプの準備に取り掛かろうか。――みんな済まないけど、もうちょっとだけ頑張ってくれる?」
「「「はーい」」」
皆の疲労を考えると、とてもじゃないがこのままボス戦へと行けるような状態じゃない。十分な休息が必要だ。
てことで、今日はもうこれでおしまいなのです。
やれやれ、今日は本当に大変な一日だったな……。
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