ロマンティックの欠片もない

水野七緒

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第4話

15・いよいよ

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 念入りに湯につかり、念入りに身体を洗い、念入りに髪の毛を渇かすと、菜穂は鏡のなかの自分をじっと見つめた。
 そこにいたのは、メイクをしていない「素のまま」の自分だ。
 ただでさえ地味な顔立ちが、不安のせいか、ますます冴えなく見える。薄くでもメイクをするべきか、せめて眉毛くらいは描くべきか。けれど、バスルームに化粧ポーチを持ちこんではいない。
 ざっと思いつく選択肢は、ふたつ。いったん部屋に戻って化粧ポーチを取ってくるか、このまま緒形のもとに向かうか。
 菜穂は、後者を選んだ。わざわざ取りに戻るのも、この期に及んで冴えない顔を取り繕うのも気恥ずかしいような気がしたからだ。なにより、緒形はメイク前の菜穂の顔をすでに知っている──あくまで「高校時代の」ではあるが。
 バスローブの胸元をととのえると、勇気を振り絞ってドアを開けた。
 緒形は、窓の外を眺めていた。けれど、音で気づいたのだろう──菜穂が声をかける前に「ああ」と言いたげにゆるりと振り返った。

「外、雨が降ってきたっぽい」

 たしかに、待ち合わせの時点ですでに曇天だった。降水確率も60%と高めだったので、雨が降るのはまったくおかしなことではない。
 けれど、菜穂の気持ちは確実に沈んだ。 
 緒形が余裕綽々なのも、なんだか腹立たしかった。高校時代の彼はもっと切羽詰まっていて、怖いくらいの勢いで菜穂を求めてきたはずだ。それなのに、この差はいったいなんなのだろう。
 この10年間、緒形も自分も同じ歳月を生きてきたはずだ。その間、自分が誰とも深い関係に至れなかったのに対し、緒形は着実にそうした縁を育んできたということか。それも、噂どおりならば、けっこうな人数の女性たちと。
 菜穂は、うつむいた。今の、こうした場面での自分の余裕のなさがたまらなく嫌だ。それを緒形に見透かされている気がするのが、ますます嫌だ。
 けれど、ここから先、どうすればいいのか菜穂にはわからない。
 うつむいたまま立ち尽くしていると、ふっと笑うような気配がした。

「なにか飲む? 水とかあるけど」
「いらない。それより……」

 さっさと終わらせてほしい。この重たい荷物を、下ろさせてほしい。
 そこまではっきりとは伝えなかったけれど、緒形にはどうやら通じたようだ。

「こっちに来て」

 道筋を示してもらったことに内心ホッとして、菜穂は足を進めた。
 それから顔をあげようとして──自分がノーメイクだったことを思い出した。
 一度は「良し」としたはずなのに、いざ、身内以外の男性の目の前に立つとなるとやはり恥ずかしい。せめて、眉だけでも描けばよかった──今から描かせてもらえないだろうか。
 けれど、菜穂がそう申し出るよりも早く、緒形が彼女の腕を引いた。
 強い力で、彼女を抱き寄せた。
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