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エピローグ
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しおりを挟む思えば、夏のはじめの頃──
この茶髪の青年の依頼を受けたことが、すべてのはじまりだった。
──『気になるヤツがいるんだ。いつも駅で会うヤツでさ。
そいつの夢を買いたいんだ』
そこで、少年は一人の青年の夢を彼に売りつけた。
もちろん彼は、その晩のうちに薬を使って相手の青年の夢に忍び込んだ。
現実では難しいことでも、夢のなかでは大胆になれるのだろう。
好き放題やってきたらしい彼は、翌日「楽しかった」と少年に礼を言いにきたくらいだった。
ところが、偶然にも少年は気付いてしまった。
相手の男もまた、この依頼主である茶髪の青年をひそかに気にかけていたらしいことに。
そこで、少年はすかさず相手の男にも声をかけた。
最初の依頼主とは対照的な、ややクセのある黒い髪をした青年だった。
──『お兄さん、今朝、夢見がよかったでしょ』
はっきりと指摘してやると、黒髪の青年はあきれるほど素直に顔を赤らめた。
どうやら、感情がストレートに表に出てくるタイプらしい。
そこで、少年は黒髪の青年に夢を買わせたのだ。
もちろん、例の茶髪の青年の「夢」を。
(面白いくらいハマってたなぁ)
黒髪の青年は、あっという間に夢のなかの「恋」に溺れていった。
その様を、少年は傍から楽しく眺めていた。
なにせ彼にとって他人の夢を覗くなど、ワケもないことなのだ。
青年は、満足しているだろう。
そしておそらくは、最初に依頼してきた茶髪の青年のほうも──
それなのに、黒髪の青年は3日で夢を買うことをやめてしまった。
夢と現実とのギャップに、おそらく耐えられなかったのだろう。
(お兄さんたちの恋愛もこれでおしまいか)
まぁ、ちょっとしたひまつぶしにはなったから、これで良しとしよう。
そう結論づけて、少年はさっさと二人のことを忘れてしまおうとした。
だが、当事者たちはそうはいかなかった。
黒髪の青年が夢を買うことをやめてしまってから一ヶ月後、今度は茶髪の青年が、再びお金を持ってあらわれたのだ。
──『もう一度、あいつの夢を売ってくれ』
詳しいことは分からなかったが、どうやらひどく憤慨しているようだ。
(おやおや)
何があったことやら。
好奇心を覚えつつも、とりあえず少年は再び夢を売った。
それが昨日のことだったのだ。
「まぁ、でも、良かったね。ようやく、こっちの世界でも出会うことができて」
「まったくだよ。あのヘタレ野郎がさっさと声かけてくれれば良かったのに」
おかげでよけいな金をつかっちまった、と悪態をついているが、その目にはイタズラっ子のような輝きがにじんでいる。
自分のたくらみがうまくいったことを喜ぶ目。
そして、欲しかった相手を手に入れたときの目。
でも、彼は知らない。
黒髪の青年が、本当はこうなるずっとずっと前から彼を好きでいたことを。
そしてまた、黒髪の青年も気付いてはいないのだ。
この恋の最初と最後のきっかけを、この茶髪の青年が握っていたことを。
知っているのは、夢を売る自分だけ。
そして、この膝の上で眠っている「夢先案内人」だけだ。
「じゃあな」
青年は、ひょいと身軽に立ち上がった。
「ありがと。お前のおかげだよ」
「いえいえ」
少年は、日除けのフードをわずかに持ち上げて、にっこりと笑った。
「また何かあったら呼んでね。そうしたらすぐに駆けつけるから」
そう。
少年は、呼ばれたところにあらわれる。
自分を必要としている者、自分の力を求めている者の前に──
(まぁ、でもお兄さんたちは、もう僕のことなんて必要ないだろうけどね)
足取り軽く去っていく青年の後ろ姿を、少年は満足そうな笑顔で眺めた。
膝の上では、ようやく目をさましたらしい黒猫が、にゃあんとのどかな鳴き声をあげていた。
(了)
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