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第2話
5・バイト先の苦手な人(その4)
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殿岡さんが、なぜさじを投げたのか。その理由は、ドリンク指導をはじめて30分ほどで明らかになった。
まず、坂沼さんはメモをとろうとしない。「そんなヒマない」「俺は手を動かして覚えるタイプ」なんて言い訳していたけど、たぶん単に面倒くさいだけだ。そういうの、態度から滲み出ていたし。
それに、接客をする気がない。たとえば、ドリンクを提供台に出すとき「お待たせいたしました」の一言を添えるように伝えても、絶対に言おうとしない。「べつに大して待たせていないでしょ」って。じゃあ、めちゃくちゃ待たせたお客さんに「お待たせいたしました」って添えるかというとそれもやらない。ひどいときは「はい、Sラテ」なんて、バイト用語のまま提供してしまう。そこは「ショートラテ」と言わなければいけないのに。
待たされた挙げ句そんなことをされたら、当然お客さんは不快に思うだろう。実際それをやられた若い男性が「居酒屋かよ」と呟いた。もちろん坂沼さんへの皮肉だ。それに対して、坂沼さんは薄ら笑いでこう返した。
「いや、どう見ても居酒屋じゃないでしょ」
当然、男性客はキレた。今にもカウンターを乗り越えて、殴りかかってきそうな勢いだった。けれど「責任者を出せ!」って怒鳴り散らされても、まさか「その人が責任者です」なんて言えるはずがない。
結局、俺が平謝りして「上の者にも伝えますので」と繰り返した。その隣で、坂沼さんはずっと薄ら笑いを浮かべていた。まるで「頭を下げるのは、俺の仕事ではない」と言わんばかりに。
その後も、こうしたことが何度も続いた。そのたびに「こりゃ、殿岡さんもさじを投げるわ」と頭を抱えたくなった。
で、指導5日目──ついに、堪忍袋の緒が切れた。
この日は来店者がめちゃくちゃ多くて、次から次へとドリンクのオーダーが入った。けど、坂沼さんは相変わらずやる気がない。ドリンク1杯を作るのにダラダラ時間をかけるから、提供待ちの列がいつまで経ってもなくならない。
仕方がないから俺がドリンク作りに専念して、坂沼さんにはできあがったものを提供台に出してもらうことにした。でも、それさえも「Sラテ」「Sモカ」「……は、ソイラテ? 聞いてないんだけど」──万事この調子だ。
むなしさと苛立ちが募った。この人にドリンク業務を教える意義とは?
で、決定打。なんとかオーダーをひととおりさばいたところで、坂沼さんは大きく背伸びをした。
「はぁ……疲れた。4番いってくるわぁ」
4番──トイレ休憩。けど、坂沼さんの場合、実質「たばこ休憩」なので、行けば15分は戻ってこない。
ワケがわからなかった。
自分はドリンクを提供台に乗せることしかしていないくせに、しかもそれすら満足にできなかったくせに「疲れた」? で、たばこ休憩?
あり得ない。なんなんだ、この人。これで、俺たちの上に立つ「社員」ってどういうことだよ。
憤りがピークに達した俺は、つい本音を口にしてしまった。
「いいっす」
「……は?」
「もういいっす、戻ってこなくても。そのまま一生バックヤードに引っ込んでいてください」
洗い終わったグラスを持ってきた洗浄担当が、ギョッとしたようにこっちを見た。すぐそばにいたレジ担当の子は「ついに言った!」とばかりに肩をすくめていた。
で、当の坂沼さんは──意外にも顔を真っ赤にしていた。どうやらプライドが傷ついたらしい。
坂沼さんは、その場でエプロンを脱ぐと、濡れた床にたたきつけた。俺は俺でムカついていたから、放置してひとり黙々とドリンク作業をこなした。
やがて、バックヤードのドアがものすごい音をたてて閉まった。その向こうで何が起きているのか、このときの俺は当然知るよしもなかった。
まず、坂沼さんはメモをとろうとしない。「そんなヒマない」「俺は手を動かして覚えるタイプ」なんて言い訳していたけど、たぶん単に面倒くさいだけだ。そういうの、態度から滲み出ていたし。
それに、接客をする気がない。たとえば、ドリンクを提供台に出すとき「お待たせいたしました」の一言を添えるように伝えても、絶対に言おうとしない。「べつに大して待たせていないでしょ」って。じゃあ、めちゃくちゃ待たせたお客さんに「お待たせいたしました」って添えるかというとそれもやらない。ひどいときは「はい、Sラテ」なんて、バイト用語のまま提供してしまう。そこは「ショートラテ」と言わなければいけないのに。
待たされた挙げ句そんなことをされたら、当然お客さんは不快に思うだろう。実際それをやられた若い男性が「居酒屋かよ」と呟いた。もちろん坂沼さんへの皮肉だ。それに対して、坂沼さんは薄ら笑いでこう返した。
「いや、どう見ても居酒屋じゃないでしょ」
当然、男性客はキレた。今にもカウンターを乗り越えて、殴りかかってきそうな勢いだった。けれど「責任者を出せ!」って怒鳴り散らされても、まさか「その人が責任者です」なんて言えるはずがない。
結局、俺が平謝りして「上の者にも伝えますので」と繰り返した。その隣で、坂沼さんはずっと薄ら笑いを浮かべていた。まるで「頭を下げるのは、俺の仕事ではない」と言わんばかりに。
その後も、こうしたことが何度も続いた。そのたびに「こりゃ、殿岡さんもさじを投げるわ」と頭を抱えたくなった。
で、指導5日目──ついに、堪忍袋の緒が切れた。
この日は来店者がめちゃくちゃ多くて、次から次へとドリンクのオーダーが入った。けど、坂沼さんは相変わらずやる気がない。ドリンク1杯を作るのにダラダラ時間をかけるから、提供待ちの列がいつまで経ってもなくならない。
仕方がないから俺がドリンク作りに専念して、坂沼さんにはできあがったものを提供台に出してもらうことにした。でも、それさえも「Sラテ」「Sモカ」「……は、ソイラテ? 聞いてないんだけど」──万事この調子だ。
むなしさと苛立ちが募った。この人にドリンク業務を教える意義とは?
で、決定打。なんとかオーダーをひととおりさばいたところで、坂沼さんは大きく背伸びをした。
「はぁ……疲れた。4番いってくるわぁ」
4番──トイレ休憩。けど、坂沼さんの場合、実質「たばこ休憩」なので、行けば15分は戻ってこない。
ワケがわからなかった。
自分はドリンクを提供台に乗せることしかしていないくせに、しかもそれすら満足にできなかったくせに「疲れた」? で、たばこ休憩?
あり得ない。なんなんだ、この人。これで、俺たちの上に立つ「社員」ってどういうことだよ。
憤りがピークに達した俺は、つい本音を口にしてしまった。
「いいっす」
「……は?」
「もういいっす、戻ってこなくても。そのまま一生バックヤードに引っ込んでいてください」
洗い終わったグラスを持ってきた洗浄担当が、ギョッとしたようにこっちを見た。すぐそばにいたレジ担当の子は「ついに言った!」とばかりに肩をすくめていた。
で、当の坂沼さんは──意外にも顔を真っ赤にしていた。どうやらプライドが傷ついたらしい。
坂沼さんは、その場でエプロンを脱ぐと、濡れた床にたたきつけた。俺は俺でムカついていたから、放置してひとり黙々とドリンク作業をこなした。
やがて、バックヤードのドアがものすごい音をたてて閉まった。その向こうで何が起きているのか、このときの俺は当然知るよしもなかった。
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