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第2話

11・深夜のバターロール

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「……帰ってきていたのか」
「おう。ただいま」
「おかえり」

 そう言いつつも、なぜか大賀はジッと俺の顔を見つめている。

「なんだよ、なにかついているか?」
「……いや」

 大賀の視線が、マイバッグへと移った。

「夕飯か?」
「そう。それと明日以降の朝ごはんの材料」

 夕飯をテーブルに並べて、残りはキッチンに持っていく。カット野菜はいたみやすいので、速攻で冷蔵庫へ。たまごも、まだちょっと気温が高いから、念のため冷蔵庫に入れておこう。

「おーい、なんか飲むか?」

 居間に声をかけると「水を」と簡潔な答えが返ってきた。
 水か……冷たいのは身体に悪そうだけどな。ああ、でも神様だからそんなの関係ないのか。なんて思いつつも、やっぱり気になるので大賀の分は白湯にする。
 俺のはレモネード。といってもインスタントだから粉をお湯に溶かすだけだ。
 居間に戻ると、大賀はバターロールを凝視していた。

「なんだ、食いたいのか?」
「……いや、食事は朝食だけで十分だ」
「でも、昼や夜も食っていいんだろう?」

 大賀は黙り込んだ。
 ああ……こいつ、もしかして遠慮してんのかな。いちおう「朝ごはんだけ」って約束の居候だもんな。

(べつに遠慮しなくてもいいのに)

 バターロールを3つ取り出すと、キッチンに戻って電子レンジにつっこむ。このバターロール、スーパーのプライベートブランドのやつだけど、何が素晴らしいってバターのかたまりが入っているところなんだよな。
 俺は、バターがかたまったまま食うのも好きだけど、せっかくだから今日は「あたためVer」で。
 レンジにいれて1分ほどで、バターの濃厚な香りが広がりはじめた。うん、うまそう。腹の虫が「早く早く」と声高に主張してきた。

「ほら、食え」

 居間に戻ると、ひとつだけ大賀の前に差し出した。

「……いいのか」
「サービスだ。気にすんな」
「では、いただくとしよう」

 大賀の尻尾がパタパタと揺れる。
 こいつ、表情豊かじゃないわりに尻尾はよく動くんだよな。

「うまいか?」
「ああ」
「明日か明後日の朝ごはんもそれな」

 まだ3つ残っているし。明日の朝、ホットサンドを作る元気がなかったらこれにしよう。
 と、大賀がまたジッと俺を見た。

「……なんだ?」

 大賀は答えない。そのかわり手がのびてきた。
 かさついた親指が、なぜかゆっくり俺の目の縁を撫でた。

「なんだよ」

 やっぱり大賀は答えない。無言のまま、俺の目の縁に触れている。
 表情よりも雄弁な尻尾は、今は動きを止めていた。
 仕方なく、俺から身を引いた。大賀の指が離れ、奇妙な空気が俺たちを包み込む。

「あのさ……明日の朝食のスープ何がいい? 海老のクリームスープと、コーンポタージュがあるけど」
「どちらでも構わない」
「そういうのが一番困るんだよ」
「では、コーンポタージュで」
「了解」

 少しずつ元の空気が戻ってくる。けれども、俺の目の縁にはまだ大賀の指の感触が残っている。
 これは、あまりいい感じじゃない。
 だから気づかないふりをした。
 大賀から俺に向けられている、感情の正体について。
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