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第3話

3・高校時代の思い出(その1)

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 「大賀尊」の名前を初めて認識したのは、中学1年生の夏休みだ。
 県大会優勝チームの1年生エースということで、地元の新聞にちょっと大きめに取り上げられていたのがきっかけだったんだけど、当時の俺の感想といえば「1年生がエースってことは、2~3年生にろくなピッチャーがいなかったんだろうな」程度。あとは「尊」って文字をみて「そん? へんな名前だな」って思ったくらいだ。
 その後も、大賀を意識することは特になかった。地区が違っていたし、県大会でも一度も対戦することがなかったし。でも、この時点で、一度でもヤツと試合をしていたら、俺は進学する高校をもっと慎重に選んでいたかもしれない。大賀のすごさを理解していたら「絶対に同じ学校には進学しない」と心を決めていただろうから。
 でも、その機会を得られなかった俺は、なんの迷いもなく野球の強豪校に進学した。自宅からはかなり遠かったものの、学生寮があるから問題なし。両親は最初こそ渋っていたけれど「あんたは一度言い出したら聞かないから」って最後は諦めたように了承してくれた。
 そこまでして入学した高校だったから、もちろん野球部に入部するつもりだったし、エースになる気満々だった。まあ、さすがに1年生からマウンドにあがれるとは思っていなかったけれど、できれば秋の新人戦には控えのピッチャーに選ばれたい。もちろん、自分たちの年代のときには絶対にエースナンバーを背負いたい。
 で、入学して3日目の放課後。同じクラスの野球部志望者数人と、俺は部活見学に出向くことにした。
 そのなかに、たまたま中学時代はピッチャーだったヤツがいた。

「じゃあ、お互いライバルだな!」

 そう言って手を差し出した俺に、そいつは「いや」とほろ苦いような笑みを浮かべた。

「俺、高校では別のポジション目指すつもりなんだ」
「へっ、どうして?」
「どうしてって……うちの学校、大賀がいるだろ」

 大賀──その名前と、いつかの新聞記事が結びつくまでに少し時間がかかった。

「たしか、ええと……M中の?」
「ああ。あいつがいたら、どう頑張っても3年間マウンドにあがれないだろ」

 そいつは当たり前のようにそう言ったけど、俺は意味がわからなかった。
 なんで入学早々そんなことを決めつけるんだ? 大賀がすごいピッチャーだとしても、自分がそれを上回ればいいだけだろう?
 俺の答えに、そいつは「いや」と首を横に振った。

「お前、大賀が野球関係者からなんて呼ばれてるか知らねーの?」
「知らねぇ」
「100年に1人の『神童』──だぞ」

 どうだすごいだろう、とばかりにそいつは言ったけど、俺にはまるでピンとこなかった。だって「神童」程度なら俺だって言われたことがある。「叶斗くんは才能あるわよねぇ」「まさにエースで4番よね」「こういう子を神童って呼ぶのよねぇ」──まあ、さすがに「100年に1度」とまでは言われなかったけれど。

(なんで先に諦めちまうんだろう)

 その大賀ってやつ以上に努力を重ねれば、自分がその「100年に1度」になれるかもしれないのに。
 でも、そう考えた俺こそが、むしろ何もわかっていなかったのだ。「神様に選ばれた人間」がいったいどういうヤツなのかということを。
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