モフモフ野郎の、俺は花嫁

水野七緒

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 ところが、19時を過ぎてもメッセージに「既読」はつかなかった。
 いったい何をやっているのか。家事を終えたあと、エネルギー切れを起こして爆睡しているのか。あるいはスマホ自体の充電切れか。

(今日は、修行の予定はなかったはずだし)

 どうにも気になって、つい頻繁にメッセージアプリをたちあげてしまう。
 そんな若井に気づいた飲み会の幹事が「なにやってんだよ」と冷やかすように肘でつついてきた。

「もしかして女か?」
「へっ」
「そういえば若井、少し前から指輪してるよな」

 ほら、と幹事が指さしたのは、若井の右手薬指だ。本当なら左手薬指にはめるべきリングだが、今は右手におさまっている。
 理由は簡単、結婚したことを公表していないからだ。

(つーか言えるわけねぇし。「神様と結婚した」とか)

 絶対、間違いなく面倒なことになる。あれこれ勘ぐられたり、好奇の目を向けられたり──そんなの、たまったものじゃない。
 それに、大賀尊が「モフモフしっぽの狼の神様」になったこと自体、限られた人間にしか知らされていない。
 なので、ふたりが婚姻関係にあること自体、知っている者はごくわずかなのだ。

「で、相手はどんな子だよ、言ってみろよ」
「なんでだよ、言わねーよ」
「お、カノジョができたことは否定しねぇんだ?」
「できてねーよ」

 カノジョじゃねぇし。旦那だし。
 心のなかで呟いていると、幹事にがっしりと肩を抱き寄せられた。

「言え」
「……は?」
「どんな子か言ってみろ」
「嫌だって! ていうか、カノジョなんかできてねぇって!」

 抗議した矢先、ポケットのなかのスマートフォンがブルルと振動した。

「悪い、電話だ」
「やっぱカノジョじゃん!」
「だから違うって」

 なんとか幹事の手を振り払うと、若井は大部屋の外に出た。

「──どうした?」

 通話に出るなりそう訊ねたのは、相手が大賀だったからだ。

『メッセージを見た』
「おう、今更か」
『何時に帰ってくる?』
「メッセージに書いただろ。たぶん終電だって」

 一次会だけでおしまいなら2時間ほど早く帰れるが、今日のこの雰囲気は二次会まで流れる可能性が高い。

『……わかった。待っている』
「いいって。先に寝てろって」
『そうはいかない』
「いや、起きて待ってる理由がないだろ」
『理由ならある』
「どんなだよ?」
『お前の顔を見てからじゃないと寝られない』

 あくまで、淡々とした口調。
 なのに、若井には、だらりと下がったモフモフの尻尾が見えたような気がした。

「……なんだよ、それ」

 ガキか。どこの甘えん坊だよ、このオオカミ野郎。
 内心悪態をつきつつも、若井は「わかったよ」と前髪を掻きあげた。

「待ちたけりゃ待て。好きにしろ」
『ああ、そうする』

 ありふれた返答なのに、声色がずいぶんと甘い。
 なんて声を出してんだよ、とため息をつきかけて、若井はハッと口をつぐんだ。
 大部屋から、幹事を含めた数人がニヤニヤ笑いながらこっちを見ている。どうやら今のやりとりを見られていたらしい。

「じゃあ、切るな」

 大賀からの返答を待たずに、一方的に通話を終わらせる。
 そのとたん、幹事たちに「おーい」と囲まれた。

「やっぱカノジョじゃん」
「違うって!」
「『先に寝てろ』ってことは、もしかして同棲中?」
「お前んちで、ひとり待ってる感じ?」
「いや、だから……」
「よーし、飲ませろ。飲ませてぜんぶ吐かせろ」
「うるせぇ、絶対に言わねぇっての!」

 こうして、モフモフ野郎の妻は、不本意ながらも友人たちの酒のさかなと化して──
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