「おれの考えた最強の勇者」は俺の恋まで救いたい

りぃ

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黒歴史との衝突事故

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 その日、俺は心臓が止まるかと思った。

「……もしかして、夏木?」

 完全に、不意打ちだった。
 顔を上げて声の主を認識した瞬間、俺は逆方向に走り出していた。
 自己最短記録の回れ右。頭で考えるより先に“奴”の前から逃げ出していた。
 なにも逃げることはない。分かってる。でも、だってまさか会社の目の前であいつに遭遇するとは思わない。
 実に7年ぶりの再会。あいつ……南雲は、中学・高校時代を共にした俺の“元”友達。

 走って、走って。追いかけてきてなんかいないと分かっていても、足が止まらない。
 人生で一度も運動会が楽しかったことがない。そんな俺の全力疾走なんてたかが知れているのに、それでも狂ったように走って、走って。
 20連勤・徹夜明け・ろくに運動なんかしていない社畜の体は、あっという間に音を上げる。
 そしてとうとう、俺はつんのめってアスファルトに転倒した。

「~~~~ってぇ……」

 ギャグ漫画みたいに綺麗に顔面から着地した。悲鳴すらカスカスに掠れていて我ながら可笑しい。
 立ち上がることもできずにアスファルトに仰向けになると、視界がボヤける。
 頭を打ったせいか酸欠のせいか、街灯が幾重にも重なって霞みきらきらして見える。

『俺さ、作家とか……そんな大層なものにはなれないと思うけど。でも、一生、お話を書く人になりたい』
『お前ならできるよ、絶対』

 放課後。いつか話した夢の話。
 根暗で引っ込み思案だった俺とは反対に、あいつは器用で明るくてパッと目を引くかっこいい同級生。
 それでもあの頃、俺たちは一番仲が良い友達同士だった。
 あの日も、俺の部屋でくだらない話をしていた。それが信じられないほど楽しくて。
 二人きりの部屋に差し込む日差しも、カーテンをやさしく膨らませる風も、作り物みたいに完璧だった。
 住み慣れたはずの俺の部屋が、舞台のセットみたいに思えたあの時。
 控え目に、しかし、心からの夢を口にした瞬間、まるで、舞台の中央に踏み出したかのような高揚を覚えた。
 そんな俺の隣であいつは、これまた嘘みたいにやさしい顔していた。
 あの頃、あいつはずっと俺の心のそばにいた。

『なあ、これからもずっとさ――俺を、最初の読者にしてね』

 そう楽しそうに笑ったあいつの顔を久しぶりに思い出して。

(なにこれ、走馬灯?)

 だとしたら笑える。……ああ、もう忘れていたのに。
 あの頃の優しい日差しも、風もない。大人になったあいつからも逃げ出して、街灯しか見えないアスファルトの上で、みっともなく転がっている俺。
 こんなんでさすがに死ぬわけないと分かっているのに、なんだか何もかもがどうでもよくなって体から力が抜ける。もう全部全部、どうでもいいから消えてくれ。
 そう思って目を閉じたときだった。

「……っ、おい!!大丈夫か!?」

 バカでかい声に意識が呼び戻される。
 そして目を開けたとき、俺はとうとう頭がおかしくなったのかと思った。

「…………コスプレ?」

 一瞬、南雲かと思った。顔の雰囲気があいつによく似ていたから。
 しかし、倒れる俺を覗き込んでいたのは、現代社会ではまず普通のファッションとは言えない……ぐるぐると首に巻かれたマントに、グローブ、ブーツを身にまとった男。そう、例えるなら、RPGの勇者みたいな男だった。
 南雲はさすがにこんな格好をしない。多分。というか、さっき俺に話しかけてきたとき、あいつはばっちりスーツを着ていた。もし万が一この7年で南雲がコスプレに目覚めていたとしても、あの一瞬でわざわざ着替えて俺を追いかけてくるような奇行はしないだろう。……この人は一体……?

「あ、返事した」

 良かった、と胸を撫でおろす男。なんど目を瞬いても消えない。
 オフィス街のさびれた裏通り。服装から何から、とんでもなくミスマッチなはずなのに、その目鼻立ちの整った顔の男は街灯の明かりに縁どられてやたらきらきらして見えた。

「なあ、俺に見覚えはない?」

 俺を覗き込んだ男は、そわそわとしている。期待しているのか気恥ずかしいのか。頬を薄く上気させている。
 が、対する俺はさすがに怖くなってきて尻で後ろにずり下がる。俺の知り合いに日常的にコスプレをする人なんていない。

「人違いです」
「えっ」

 不審者を刺激しないよう努めて平坦な声でそう言うと、目の前の男は明らかにショックですと言いたげな顔をして固まる。見る見るうちに悲しそうにゆがむ綺麗な顔。
 妙な罪悪感は刺激されるが、本当にこんな知り合いはいないのだから仕方ない。

「ほんとに、本っ当に見覚えない?」
「ないものはないです」
「ほんとに?」
「お引き取り下さい」
「そんな……」

 がっくり、と膝をつく男。そのリアクションも漫画やアニメっぽくって、現実離れした服をよりコスプレっぽく見せている。ありていに言えば、安っぽい。
 俺はそんな彼と反対に、よっこらせと立ち上がり鞄を拾ってそそくさとその場を去ろうとする。
 すると、男は慌てたように顔をあげ俺の手を掴んできた。

「レオ! 俺、レオって言います!」
「ちょ、ちょっと」
「あなたが書いたお話の、登場人物です!」
「………………はあ?」
「……虹のかけらを探す旅に出ている、剣使いの」
「……………」
「…………覚えてない?」

 固まる俺を引き留めて必死に言い募る……自称・レオという男。

「あ、そうだ。これを見て、赤のかけらと橙のかけら、これが黄のかけらで……これが勇者の証」

 俺の手を離さないまま彼は懸命に腰元のポーチをがさごそ漁って俺にいろんなものを見せてくる。
 カラフルなガラスのような石と、ペンダント。
 どれも見覚えはない。一見ガラクタのようなおもちゃのようなもの。
 でも、――俺はこの数々の“宝物”を覚えていた。

「……なんで、知ってるの」
「え?」
「その話、どこで読んだ? なんでそんなもの知ってるんだよ。俺と……、っ南雲しか知らないはずなのに」
「――覚えてるのか!」

 取り乱す俺と反対に、自称レオはぱっと顔を輝かせた。

「読んだんじゃない、俺はその物語から来たんだ」
「は……どういう……」
「俺は、俺の世界の創造主――きみに、物語の続きを書いてほしくて」

 この物語の世界を飛び出して、君に会いに来たんだ。
 そう言う彼の顔は自信に満ち溢れた笑顔だった。

「お願いだ。俺の世界の物語の、続きを書いてくれないか」

 心臓がまた、止まるかと思った。
 一度目は、南雲に再会して。二度目は、コスプレ不審者に遭遇して。
 三度目は――この自称・俺のオリジナルの物語の登場人物の笑顔が、あまりに見覚えのあるものだったことに。

「頼む」

 俺の腕をつかむ彼の手は熱い。
 その熱さがこの意味の分からない現状を、現実だと証明しているようで。
 俺はめまいとともにぶっ倒れたのだった。
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