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1章 月が落ちた日
第10話 恐怖の対象
しおりを挟む「現状、我が国を含めた各国と同盟を結ばなかった『イル』は孤立状態にあり、他の国も手を出せない状況だ。先程、陛下も仰ったように相手が『神聖アルト国』の正規軍である『王都防衛軍』である以上、彼らに手を出すということは敵対行為―開戦することに合意したものとみなされ、奴らが侵攻する為の理由付けになってしまう」
慎重な面持ちで状況を説明していくケニカ。
そんな彼の言葉にそれぞれの隊長が慎重に耳を傾ける中、その中の一人―銀髪の初老の男性が手を挙げてみせた。
〝王国騎士団第二師団〟隊長、へラード・アトゥル。
老騎士である彼は、その風貌に違わぬ落ち着いた様子でケニカへと質問を投げかけてきた。
「ケニカ殿……少しよろしいかな?」
「ええ、構いません」
「では―」
ケニカから承諾してもらうと、へラードは席から立ち上がる。
そして、正面からケニカと向き合う形になると、自分の考えを客観的に述べ始めた。
「事前に我々が伝えられた情報では、使いの者から『イル』に攻めている『神聖アルト国』の戦力は二百~三百程度だという話でしたな」
「ええ、その通りです。少なくとも、使いの者からの情報では……ですが」
「つまり、最低でも二百~三百……実際はそれ以上に戦力があると考えるべきだということ。であれば、陛下……いくら我が『ケルム王国』とはいえ、正面から向かえばタダでは済まない可能性があります。そこで、私から提案なのですが……同盟に入っている国に対して協力要請をかけて挑むべきではないかと」
へラードの言葉にレオハルトは顔を渋くさせてしまう。
レイシアやヴィーク達も国王であるレオハルトへ視線を向ける中、彼は大きく頭を横に振って返す。
「同盟国への協力要請は私も考えていた。しかし―」
何故なら、それは『ケルム王国』としては最善の選択ではあるものの、『イル』にとっては最悪の選択になってしまう可能性があるからだ。
同盟国に協力要請を送ってからその是非を返してもらうにも相応の時間が掛かってしまう。
ただでさえ猶予のないこの状況では、それはかなりの危険を伴うのだ。
「―すでに『イル』の使いを名乗る者が到着してから数時間が経つ。その間、『イル』は『神聖アルト国』の監視下に置かれているわけだが、それ以上の情報がない。つまり、人質となっている彼らは今も絶望的な状況に置かれている可能性も否めないわけだ」
「人質の扱いに関しては条約がありますが……『神聖アルト国』がそれを守っていない可能性がある、ということですか?」
「それもあるが、もう一つ―同盟国からの答えを待っていては時間が掛かり過ぎる。その場合、『神聖アルト国』側に戦力を整える時間を与えてしまうことになってしまうのだ」
「我々をおびき寄せる為に小国である『イル』を掌握したというのに、さらに『神聖アルト国』の戦力を集中させて我々を迎え撃つ可能性がある、と?」
「ああ」
「しかし、彼らはすでに十分な戦力を用意しているはず。それ以上の戦力を無駄に投入するというのは信じ難いお話ですが……」
「奴らは間違いなく戦力を集中させる。……必ずな」
「陛下……?」
レオハルトの呟きにへラードを始めとした隊長達が困惑を見せる中、その理由をるレイシアやケニカ、イエガー達は総じて目を伏せてしまう。
(数年前にあった『魔術師』襲撃……あの事件で『神聖アルト国』の連中は魔術の恐怖を体感している。……私が魔術を使う以上、中途半端な戦力を投入してくるとは考えにくい)
『征錬術師』と『魔術師』、その両方の血を引いていたレオハルトは強力な魔術を扱うことが可能であり、彼が『神聖アルト国』に居た時はそれを遺憾なく発揮していた。
レオハルトが『ケルム王』に即位したことは、当然『神聖アルト国』にも耳に入っている。ならば、国王であるレオハルトが自ら戦場に出てくる可能性が万に一つでもあれば、彼らは対魔術師用の戦力を投入してくるはずだ。
当時、彼らはそれだけの恐怖を『魔術師』によって与えられ、その存在を危惧し―何より、〝英雄〟だったレオハルトを警戒しているのは間違いなかった。
「へラード」
「はっ!」
「貴殿の言う通り、同盟国への協力要請は送っておく。ただし、それが間に合うかどうかは過度に期待しない方が良いだろう」
「では、やはり協力要請の返事を待たずに軍を出す……ということですかな?」
「そういうことになる。ただし、全面戦争をするわけではない。軍を出すとは言ってもあくまでも顔出し程度にとどめておくべきだろう」
「それは―」
「陛下。お言葉ですが、それでは『イル』を奴らから救出することはできないんじゃないですか?」
レオハルトがへラードと話していると、その間に挟むような形で声を上げる者が居た。
茶髪の髪にまだ若さの残る青年―〝王国騎士団第七師団〟グラース・ドゥルフだ。
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