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短編集
短編集:ミサヤが生まれた日(1)
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眷霊種魔獣サラピネスとの死闘後、源伝魔法《魂絶つ刃》の使用で魂が疲弊した命彦は、昏睡状態に陥っていた。
【精霊本舗】の店舗棟6階、別荘階にある寝室に命彦を寝かせ、白衣白髪の鬼人女性が命彦の額に手を当てて、目を閉じて言う。
「随分魂が弱ってる感じだ。回復には相当の時間を要するだろうね」
「具体的にどのくらいかかりそうですか、トトア?」
命彦の手を握り、魔力を送り続ける美女姿のミサヤが問う。
「トト婆、3日くらいよね?」
「前回は確かそのくらいで目を覚ましたと思うんだけど……」
ミサヤと同じく命彦の手を握り、魔力を送り続ける命絃と魅絃も不安そうであった。
寝室の扉口に立ち、命彦を心配そうに見るエルフ女性が言う。
「前回源伝魔法を使用して、回復してからの再使用とはいえ、今回の若様は源伝魔法の使用前に2度ほど《戦神》を使っておられます。多くの魔力を引き出すことは、それだけで魂を消耗させる。《戦神》の使用分が、若様の回復を前回より遅延させるのは確実でしょう」
「ああ。ウチの人とドルグラムが今、会長と代表に連絡してる。あたしの見立てでは6日ほどだと思うが、会長達の見立ての方が確かだろうから、まずは2人の意見を聞こうさね? とりあえずは魔力の回復が先決だ。魂を回復させんと目を覚ますどころか、永遠に昏睡ってことも起こり得る」
鬼人女性の言葉を受けて、ミサヤが小さく首を縦に振った。
「私達で、絶えずマヒコへ魔力を送り続ける必要があるわけですね? 分かりました」
「夜を徹しての魔力回復か……」
「昏睡から目覚めたばかりの私と、戦闘後すぐの命絃では、夜通しの魔力回復は厳しいわね? ここからは持久戦よ。私と命絃は先にご飯を食べて、魔力を少しでも多く回復させるわ。ミサヤちゃん、その間命彦をお願いできる?」
「勿論です」
「店の方は私とトトア先生に全てお任せください。今は若様の回復が最優先事項ですので」
「ありがとう、2人とも」
そう会話しつつ、命絃達が急いで寝室を出て行く。
1人残されたミサヤは、眠り続ける命彦の横に寝転び、抱き締めるようにして、全身で魔力を送り続けた。
「マヒコ、我が愛しき主よ。早く、早く戻って来てください。私の心は……寂しさに凍えています」
ミサヤは命彦を抱き締めて、ポロリと頬に涙を這わせた。
そして、自分の過去を思い、ミサヤは命彦と初めて会った時のことを思い出していた。
天に蒼と紅の2つの月が浮かび、空には島のように見える多くの巨石が浮かぶ世界、精霊世界エレメンティア。
そのエレメンティアのとある山岳地帯の森で、1体の天魔種魔獣【魔狼】が生を受けた。
この雌のマカミは忌み子であり、生まれてすぐにマカミの群れを治める実の父によって、山岳地帯の湖に浮かぶ小島へと、魔法で幽閉される。
忌み子である理由は、本来種族的に黒い筈の体毛が雪のように真っ白くあることと、生まれる時に、一緒に母の胎で育った弟妹達の魔力を無意識に吸い尽くし、母親の魔力と知識までも吸い取って、実の家族に多くの死を撒いたからであった。
幼体の時点で、成体のマカミに匹敵する魔力を持ち、知識や魔法の技術さえも、母親から吸い取ることで成体のマカミと同等であったこの白きマカミを、父も同朋達も恐れていたのである。
しかし、唯一残った己が娘ということで、父のマカミも自分の手で命を奪うことには抵抗があったらしい。
得体の知れぬ娘、白きマカミを、小島へと幽閉して、勝手に死ぬのを待つことにしたのである。
白きマカミは、群れのマカミ達の自分に対する怖れを理解していたがゆえに、父の決定に従い、ろくに抵抗さえせず、粛々と小島へ幽閉された。
そして、賢くも、親の愛を、家族の愛を知らぬこの白きマカミは、小島に幽閉されて生き延びた。
自らの持つ凄まじい魔力を制御できず、小島にいた他の魔獣達を意図せずに殺傷し、追い出してしまった白きマカミは、小島にある植物の実りを独占する。
多くの果実を腹一杯に喰らい、どうにか生き延びて小島の主と化した白きマカミは、成長して自らの魔力を制御する術を身に付けたが、その後も小島には何者も寄り付かず、ただひたすらに孤独であった。
100年、200年、300年と幽閉は続いた。
自分を幽閉する儀式魔法や結界魔法を打ち破ることは容易かったが、そうすると同朋達が自分を殺しに来る。
成長した白きマカミは、もはや魔力でも体格でも自分が圧倒的に勝るため、同朋を返り討ちにすることは至極簡単だったが、同族との殺し合いはできれば避けたいと思う優しさが、この巨狼にはあった。
ゆえに、白きマカミは長い長い幽閉生活を続けた。
幽閉生活での唯一の楽しみは、幽体離脱のように探査魔法で自らの意識を小島の外へと送り出し、外界を見て回ることであった。
エレメンティアに住む魔獣や人間、その生き方や習性、思考や行動を、白きマカミは見続けた。
その姿は、まさに世界から取り残された、傍観者そのものであった。
いつしか白きマカミは、自分は世界の傍観者として生を受けたのだと思い込み、自らを戒めて、胸に疼く想いをひた隠した。
他者と触れ合いたい。他者の温もりを感じたい。そういう想いを、心の底に仕舞い込んだのである。
誰にも触れず、誰とも関わらず、傍観者として世界を100年見続け、そして、抱いた想いを薄れさせるために、100年の眠りつく。
それを繰り返して凡そ600年後、転機が訪れた。
『あれは……空間の裂け目か?』
100年周期の眠りから目覚めた白きマカミは、夜空に出現した虹色の裂け目を見て、思念を発した。
寝ている間に身体を覆っていた結界魔法を解くと、魔法防壁に纏わりついた蔓や葉がパラパラと落ちて来る。
それらを魔法で取り除き、のそりと立ち上がった白い巨狼は、傍観者として意識を小島から飛ばし、周囲を確認した。
最初に気付いたのは、山岳地帯を治める筈の自分の同朋達が、全滅していることであった。
『神霊の魔力が、まだこびりついている。禍神の眷属に襲撃されたか?』
マカミの棲家であった洞窟が崩れ落ち、傍には無数の白骨が散らばっていた。
傍観者として世界を見る過程で、エレメンティアを統べる破壊神の眷属たる眷霊種魔獣についても知悉していた巨狼は、白骨化したボロボロの同朋達の骸を見て、精霊探査魔法で分析し、冷静に思考する。
不思議と寂しさや悲しさは感じられず、父や同朋の死を淡々と受け入れ、白きマカミは平然としていた。
そして、自分が眠っていたここ100年の間に、エレメンティアでは、眷霊種魔獣の戦闘行動が活発化していることに気付き、ようやく巨狼が意識を肉体へ戻して、もう一度天を見上げると、虹色の裂け目が広がっていた。
白きマカミが危険を感じた瞬間、広がった虹色の裂け目から小島を包み込むように、虹の柱が降りかかる。
『ぬうっ!』
思わず結界魔法で全身を包み、防御する白きマカミ。
虹色が一瞬視界を覆った後、巨狼は結界魔法の先に広がる周囲の景色の違いに気付いた。
いつの間にか小島の周囲にあった湖が消え、森の一角に小島は出現していたのである。
白きマカミを幽閉する魔法も、効力を失って消えていた。
『島ごと空間転移したのか? どこだ、ここは?』
初めて小島から出た巨狼は、少し混乱していた。
傍観者として生まれた筈の自分が今、傍観者という役割から解放されようとしている。
そのことに混乱していた。恐る恐る小島の外へと足を踏み出す。
『……おおっ!』
サクサクと小島にあるモノとは違う草を踏みしめ、その感触に驚いて、白きマカミは歓喜した。
『私は……自由だ』
白い巨狼は全身の筋力を使って、夜の森へと駆け出す。
『ははははっ!』
小島では短距離しか無理だった全力疾走が、長距離でできる。湖とは違う、濃い森の匂いを感じる。
白きマカミは、無邪気に小島の周囲の森を駆け回り、そして気付いた。
周囲にいつ間にか、殺意を持って自分を見る者達がいることに。
『……っ! 姿を見せよ!』
慌てて思念を発すると、バキバキバキと巨木を蹴倒して、白きマカミの右方より数体の巨人種魔獣が現れた。
さらに左方からも、数体の魔竜種魔獣が出現する。
激しい殺気を纏う2種類の高位魔獣達を見て、白い巨狼はすぐに気付いた。
巨人と魔竜、2種の高位魔獣の生息圏の狭間に、自分の小島が出現したという事実に。
気付くと同時に逃げ出す白きマカミへ、巨人と魔竜の精霊攻撃魔法が迫った。
どことも知れずに逃げ回る巨狼を、巨人と魔竜は執拗に追い続け、戦闘はしばらく続いた。
巨人と魔竜をそれぞれ2体ずつ倒して、どうにか逃げ切った白きマカミだったが、その身体のあちこちは傷で赤く染まっていた。
這う這うの体で巨狼がたどり着いたのは、僅かに人間の匂いが漂う、四角い塔が多数ある廃墟であった。
ところどころが苔むしたり、見覚えのある木々や草木に覆われているが、巨狼も初めて見る建築様式の、人間が作ったであろう廃墟の領域。
その領域に建つ、比較的広い四角い塔の上に登った白きマカミは、ドウッとその場で倒れ伏した。
血を失い、意識が朦朧とする。治癒魔法を使おうとしても、痛みで意識が乱れて魔法が不発に終わった。
『私は……死ぬのか?』
煌々と照り付ける満月が視界に入り、白い巨狼は気付いた。
自由に歓喜し、高位魔獣に追われて焦っていた自分が、今どこにいるのかを。
自分がいる世界は、エレメンティアとは違う、全く別の世界であることに、巨狼はようやく気付いたのである。
『虹の柱は、次元転移現象……だったのか。異界で、死を迎えるとは……私は、どうして、生まれたのだろう』
そこが異世界だと気付いて、無性に寂しさがこみ上げた。
白きマカミはエレメンティアに帰りたかった。しかし、故郷でのことを思い出し、ハタっと気付く。
『友や家族の1人さえ、待ってはおらぬか……我が生涯は、実に……空虚であった』
乾いた思念が夜空に響いた。白い巨狼は静かに目を閉じる。閉じた目尻から、つっと涙が落ちた。
廃墟を吹き抜ける夜風が、体温を失いつつある身体に染みる。
寂しい。凍えるほどに冷たく、寂しい。孤独に死を迎えることに、白きマカミは怯えていた。
『せめて、死ぬ前に一度……誰かに触れたかった』
他者の体温を、温かさを、一度だけ感じたかった。
そして、白きマカミの意識は、闇に落ちて行った。
『温かい……』
どれくらい意識を失っていただろうか。闇に落ちていた白きマカミの意識が、少しずつ目を覚ます。
冷たい身体に温もりが走り、首筋がムズムズした。
そっと目を開けると、倒れた自分の首筋に抱き付く人間の子が1人いた。
『人の、子か』
驚きに身を固くする巨狼だが、傷だらけで消耗した身体はビクリと僅かに震えるだけであった。
「『おきた、オオカミさん? ことば、わかる? まだイタい?』」
言葉と共に思念を発する幼き人の子。その子の瞳に、白きマカミの驚きは吸い込まれる。
『人の子よ……どうして、ここにいる?』
「『オオカミさんの、イタいよー、さみしいよーって、こえがきこえたから、ここにきたんだよ』」
ほにゃっと笑う幼き人の子。
この幼い少年の偽らざる思念を聞き、白い巨狼は言葉を失った。
そのまま幼い少年は、唯一無傷である巨狼の首筋に抱き付き、魔力を発する。
「『まだ、ちゆまほうはムリだけど、ふよまほうだったら……つつめ《ちれきのまとい》』」
地の魔法力場が白きマカミの全身を覆い、自己治癒力を底上げした。
幼い少年の魔力と体温は、とてもとても優しく、温かかった。
【精霊本舗】の店舗棟6階、別荘階にある寝室に命彦を寝かせ、白衣白髪の鬼人女性が命彦の額に手を当てて、目を閉じて言う。
「随分魂が弱ってる感じだ。回復には相当の時間を要するだろうね」
「具体的にどのくらいかかりそうですか、トトア?」
命彦の手を握り、魔力を送り続ける美女姿のミサヤが問う。
「トト婆、3日くらいよね?」
「前回は確かそのくらいで目を覚ましたと思うんだけど……」
ミサヤと同じく命彦の手を握り、魔力を送り続ける命絃と魅絃も不安そうであった。
寝室の扉口に立ち、命彦を心配そうに見るエルフ女性が言う。
「前回源伝魔法を使用して、回復してからの再使用とはいえ、今回の若様は源伝魔法の使用前に2度ほど《戦神》を使っておられます。多くの魔力を引き出すことは、それだけで魂を消耗させる。《戦神》の使用分が、若様の回復を前回より遅延させるのは確実でしょう」
「ああ。ウチの人とドルグラムが今、会長と代表に連絡してる。あたしの見立てでは6日ほどだと思うが、会長達の見立ての方が確かだろうから、まずは2人の意見を聞こうさね? とりあえずは魔力の回復が先決だ。魂を回復させんと目を覚ますどころか、永遠に昏睡ってことも起こり得る」
鬼人女性の言葉を受けて、ミサヤが小さく首を縦に振った。
「私達で、絶えずマヒコへ魔力を送り続ける必要があるわけですね? 分かりました」
「夜を徹しての魔力回復か……」
「昏睡から目覚めたばかりの私と、戦闘後すぐの命絃では、夜通しの魔力回復は厳しいわね? ここからは持久戦よ。私と命絃は先にご飯を食べて、魔力を少しでも多く回復させるわ。ミサヤちゃん、その間命彦をお願いできる?」
「勿論です」
「店の方は私とトトア先生に全てお任せください。今は若様の回復が最優先事項ですので」
「ありがとう、2人とも」
そう会話しつつ、命絃達が急いで寝室を出て行く。
1人残されたミサヤは、眠り続ける命彦の横に寝転び、抱き締めるようにして、全身で魔力を送り続けた。
「マヒコ、我が愛しき主よ。早く、早く戻って来てください。私の心は……寂しさに凍えています」
ミサヤは命彦を抱き締めて、ポロリと頬に涙を這わせた。
そして、自分の過去を思い、ミサヤは命彦と初めて会った時のことを思い出していた。
天に蒼と紅の2つの月が浮かび、空には島のように見える多くの巨石が浮かぶ世界、精霊世界エレメンティア。
そのエレメンティアのとある山岳地帯の森で、1体の天魔種魔獣【魔狼】が生を受けた。
この雌のマカミは忌み子であり、生まれてすぐにマカミの群れを治める実の父によって、山岳地帯の湖に浮かぶ小島へと、魔法で幽閉される。
忌み子である理由は、本来種族的に黒い筈の体毛が雪のように真っ白くあることと、生まれる時に、一緒に母の胎で育った弟妹達の魔力を無意識に吸い尽くし、母親の魔力と知識までも吸い取って、実の家族に多くの死を撒いたからであった。
幼体の時点で、成体のマカミに匹敵する魔力を持ち、知識や魔法の技術さえも、母親から吸い取ることで成体のマカミと同等であったこの白きマカミを、父も同朋達も恐れていたのである。
しかし、唯一残った己が娘ということで、父のマカミも自分の手で命を奪うことには抵抗があったらしい。
得体の知れぬ娘、白きマカミを、小島へと幽閉して、勝手に死ぬのを待つことにしたのである。
白きマカミは、群れのマカミ達の自分に対する怖れを理解していたがゆえに、父の決定に従い、ろくに抵抗さえせず、粛々と小島へ幽閉された。
そして、賢くも、親の愛を、家族の愛を知らぬこの白きマカミは、小島に幽閉されて生き延びた。
自らの持つ凄まじい魔力を制御できず、小島にいた他の魔獣達を意図せずに殺傷し、追い出してしまった白きマカミは、小島にある植物の実りを独占する。
多くの果実を腹一杯に喰らい、どうにか生き延びて小島の主と化した白きマカミは、成長して自らの魔力を制御する術を身に付けたが、その後も小島には何者も寄り付かず、ただひたすらに孤独であった。
100年、200年、300年と幽閉は続いた。
自分を幽閉する儀式魔法や結界魔法を打ち破ることは容易かったが、そうすると同朋達が自分を殺しに来る。
成長した白きマカミは、もはや魔力でも体格でも自分が圧倒的に勝るため、同朋を返り討ちにすることは至極簡単だったが、同族との殺し合いはできれば避けたいと思う優しさが、この巨狼にはあった。
ゆえに、白きマカミは長い長い幽閉生活を続けた。
幽閉生活での唯一の楽しみは、幽体離脱のように探査魔法で自らの意識を小島の外へと送り出し、外界を見て回ることであった。
エレメンティアに住む魔獣や人間、その生き方や習性、思考や行動を、白きマカミは見続けた。
その姿は、まさに世界から取り残された、傍観者そのものであった。
いつしか白きマカミは、自分は世界の傍観者として生を受けたのだと思い込み、自らを戒めて、胸に疼く想いをひた隠した。
他者と触れ合いたい。他者の温もりを感じたい。そういう想いを、心の底に仕舞い込んだのである。
誰にも触れず、誰とも関わらず、傍観者として世界を100年見続け、そして、抱いた想いを薄れさせるために、100年の眠りつく。
それを繰り返して凡そ600年後、転機が訪れた。
『あれは……空間の裂け目か?』
100年周期の眠りから目覚めた白きマカミは、夜空に出現した虹色の裂け目を見て、思念を発した。
寝ている間に身体を覆っていた結界魔法を解くと、魔法防壁に纏わりついた蔓や葉がパラパラと落ちて来る。
それらを魔法で取り除き、のそりと立ち上がった白い巨狼は、傍観者として意識を小島から飛ばし、周囲を確認した。
最初に気付いたのは、山岳地帯を治める筈の自分の同朋達が、全滅していることであった。
『神霊の魔力が、まだこびりついている。禍神の眷属に襲撃されたか?』
マカミの棲家であった洞窟が崩れ落ち、傍には無数の白骨が散らばっていた。
傍観者として世界を見る過程で、エレメンティアを統べる破壊神の眷属たる眷霊種魔獣についても知悉していた巨狼は、白骨化したボロボロの同朋達の骸を見て、精霊探査魔法で分析し、冷静に思考する。
不思議と寂しさや悲しさは感じられず、父や同朋の死を淡々と受け入れ、白きマカミは平然としていた。
そして、自分が眠っていたここ100年の間に、エレメンティアでは、眷霊種魔獣の戦闘行動が活発化していることに気付き、ようやく巨狼が意識を肉体へ戻して、もう一度天を見上げると、虹色の裂け目が広がっていた。
白きマカミが危険を感じた瞬間、広がった虹色の裂け目から小島を包み込むように、虹の柱が降りかかる。
『ぬうっ!』
思わず結界魔法で全身を包み、防御する白きマカミ。
虹色が一瞬視界を覆った後、巨狼は結界魔法の先に広がる周囲の景色の違いに気付いた。
いつの間にか小島の周囲にあった湖が消え、森の一角に小島は出現していたのである。
白きマカミを幽閉する魔法も、効力を失って消えていた。
『島ごと空間転移したのか? どこだ、ここは?』
初めて小島から出た巨狼は、少し混乱していた。
傍観者として生まれた筈の自分が今、傍観者という役割から解放されようとしている。
そのことに混乱していた。恐る恐る小島の外へと足を踏み出す。
『……おおっ!』
サクサクと小島にあるモノとは違う草を踏みしめ、その感触に驚いて、白きマカミは歓喜した。
『私は……自由だ』
白い巨狼は全身の筋力を使って、夜の森へと駆け出す。
『ははははっ!』
小島では短距離しか無理だった全力疾走が、長距離でできる。湖とは違う、濃い森の匂いを感じる。
白きマカミは、無邪気に小島の周囲の森を駆け回り、そして気付いた。
周囲にいつ間にか、殺意を持って自分を見る者達がいることに。
『……っ! 姿を見せよ!』
慌てて思念を発すると、バキバキバキと巨木を蹴倒して、白きマカミの右方より数体の巨人種魔獣が現れた。
さらに左方からも、数体の魔竜種魔獣が出現する。
激しい殺気を纏う2種類の高位魔獣達を見て、白い巨狼はすぐに気付いた。
巨人と魔竜、2種の高位魔獣の生息圏の狭間に、自分の小島が出現したという事実に。
気付くと同時に逃げ出す白きマカミへ、巨人と魔竜の精霊攻撃魔法が迫った。
どことも知れずに逃げ回る巨狼を、巨人と魔竜は執拗に追い続け、戦闘はしばらく続いた。
巨人と魔竜をそれぞれ2体ずつ倒して、どうにか逃げ切った白きマカミだったが、その身体のあちこちは傷で赤く染まっていた。
這う這うの体で巨狼がたどり着いたのは、僅かに人間の匂いが漂う、四角い塔が多数ある廃墟であった。
ところどころが苔むしたり、見覚えのある木々や草木に覆われているが、巨狼も初めて見る建築様式の、人間が作ったであろう廃墟の領域。
その領域に建つ、比較的広い四角い塔の上に登った白きマカミは、ドウッとその場で倒れ伏した。
血を失い、意識が朦朧とする。治癒魔法を使おうとしても、痛みで意識が乱れて魔法が不発に終わった。
『私は……死ぬのか?』
煌々と照り付ける満月が視界に入り、白い巨狼は気付いた。
自由に歓喜し、高位魔獣に追われて焦っていた自分が、今どこにいるのかを。
自分がいる世界は、エレメンティアとは違う、全く別の世界であることに、巨狼はようやく気付いたのである。
『虹の柱は、次元転移現象……だったのか。異界で、死を迎えるとは……私は、どうして、生まれたのだろう』
そこが異世界だと気付いて、無性に寂しさがこみ上げた。
白きマカミはエレメンティアに帰りたかった。しかし、故郷でのことを思い出し、ハタっと気付く。
『友や家族の1人さえ、待ってはおらぬか……我が生涯は、実に……空虚であった』
乾いた思念が夜空に響いた。白い巨狼は静かに目を閉じる。閉じた目尻から、つっと涙が落ちた。
廃墟を吹き抜ける夜風が、体温を失いつつある身体に染みる。
寂しい。凍えるほどに冷たく、寂しい。孤独に死を迎えることに、白きマカミは怯えていた。
『せめて、死ぬ前に一度……誰かに触れたかった』
他者の体温を、温かさを、一度だけ感じたかった。
そして、白きマカミの意識は、闇に落ちて行った。
『温かい……』
どれくらい意識を失っていただろうか。闇に落ちていた白きマカミの意識が、少しずつ目を覚ます。
冷たい身体に温もりが走り、首筋がムズムズした。
そっと目を開けると、倒れた自分の首筋に抱き付く人間の子が1人いた。
『人の、子か』
驚きに身を固くする巨狼だが、傷だらけで消耗した身体はビクリと僅かに震えるだけであった。
「『おきた、オオカミさん? ことば、わかる? まだイタい?』」
言葉と共に思念を発する幼き人の子。その子の瞳に、白きマカミの驚きは吸い込まれる。
『人の子よ……どうして、ここにいる?』
「『オオカミさんの、イタいよー、さみしいよーって、こえがきこえたから、ここにきたんだよ』」
ほにゃっと笑う幼き人の子。
この幼い少年の偽らざる思念を聞き、白い巨狼は言葉を失った。
そのまま幼い少年は、唯一無傷である巨狼の首筋に抱き付き、魔力を発する。
「『まだ、ちゆまほうはムリだけど、ふよまほうだったら……つつめ《ちれきのまとい》』」
地の魔法力場が白きマカミの全身を覆い、自己治癒力を底上げした。
幼い少年の魔力と体温は、とてもとても優しく、温かかった。
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これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。
──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!
※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。
※表紙は自作ではありません。
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