23 / 137
4章 魔法士小隊
4章ー1:【魔法喫茶ミスミ】と、都市統括人工知能ミツバ
しおりを挟む
命彦とミサヤが依頼所へ入ると、木々と畳の香りが鼻を刺激した。
一見すると、木造2階建ての広い和風喫茶店。
この喫茶店こそ、学科魔法士への仕事、つまり魔法士への依頼が集まる依頼所の【魔法喫茶ミスミ】である。
日本の各迷宮防衛都市には、必ず都市魔法士管理局が設置されており、魔法の市井への浸透と、魔法士の都市貢献を促進するため、管理局は企業や資産家達と提携して依頼所を設立し、運営を提携者達に任せていた。
喫茶店兼依頼所である【魔法喫茶ミスミ】は、1階に座敷風の喫茶席が多数あって、2階には魔法士への依頼所が開設されている、2階建ての店舗である。
【魔法喫茶ミスミ】の1階喫茶席で、暇つぶしや腹ごしらえをする学科魔法士達は、喫茶席の卓上端末で2階の依頼所から振り分けられている依頼の一覧表を日々確認し、これと思う依頼を選ぶと、2階の受付で依頼の受領手続を行った。
依頼内容の確認や、依頼主との交渉、依頼で採集した依頼対象物の提出や報酬の授受も、2階の依頼所受付で行われる。
こうした各種手続きは、21世紀が折り返しの今の時代でも案外時間を要するため、1階に喫茶店があるこの店の造りは、時間をつぶす意味でとても重宝した。
他の依頼所でも、食堂や酒場を兼ねているモノがほとんどであり、各種手続きの時間をつぶせる場所が依頼所内に併設されている。
【魔法喫茶ミスミ】の場合、依頼所の運営は勿論だが、所長である梓の趣味で喫茶店の経営にも異様に力を入れており、料理の味や従業員の対応が良いため、常に客が多かった。
店の従業員は全て喫茶店の雰囲気に合わせた和装であり、人間や亜人、バイオロイドを問わず、店内では和風美人が多く見られたし、値段のわりには料理の質も高かった。
そのため、【魔法喫茶ミスミ】には魔法士以外にも一般人の客が多数通っており、いつも多くの人々が集い、活気があったのである。
ただ、この日の店内の活気や騒がしさはいつもと違っており、ついさっき迷宮速報があったせいか、当惑や悲観の声が多く、少々明朗さに欠けていた。
命彦はいつもと違う雰囲気の店内に入ると、緑の着物を身に付けた給仕役の女性バイオロイドと談笑するメイアの姿を、すぐに見付けた。
人間とバイオロイドの給仕役はパッと見ただけでは区別が難しいので、【魔法喫茶ミスミ】では着物の色で区別している。緑の着物はバイオロイドを示す和装であった。
目が合った女性バイオロイドが、笑顔で命彦に声をかける。
「あ、いらっしゃいませ。ようこそ命彦さん、ミサヤさん」
「お、おう? こんちわ、えーと……ごめん、誰?」
『ここでは初めて見る顔のバイオロイドですね? 新人かとも思いましたが……しかし、私達のことを知っている様子。どういうことでしょう?』
首を傾げる命彦と、その命彦へ不思議そうに思念を飛ばすミサヤ。
【魔法喫茶ミスミ】の従業員とは全員顔見知りである命彦達だが、眼前の女性バイオロイドは初めて見る。
困惑する2人へ、ニコニコする女性バイオロイドが楽しそうに告げた。
「うふふふ、このバイオロイドが新しいから気付きませんか? 私です、ミツバですよ。新型バイオロイドが発売されたので、身体を旧型バイオロイドから新調したのです」
「ミツバだったのかよっ! いつもの姿じゃねえからてっきり新人かと思ってたぞ? あ、でもいいのかミツバ? この三葉市を管理する都市統括人工知能が、色々と混乱やら騒動やらが起こり得る今この時期に、暢気に依頼所の給仕役とかしててさ?」
「ふふふ、構いませんよ。先ほどの【逢魔が時】の報道のことを仰っているのでしょう? 関東と九州の各迷宮防衛都市を管理する私の姉妹達や、国家魔法士委員会の方からも、昨日の時点で兆しがあると連絡を受けておりましたので。私達関西の各迷宮防衛都市も、もしもの場合を想定して、すでに対策行動を開始しております」
女性バイオロイドの言う対策行動に関心を持ったのか、傍にいたメイアが問う。
「ただの好奇心からの質問だけど、その対策行動を具体的に聞いていいかしら?」
「勿論ですよ。現状、特に優先している対策行動は、関西迷宮の情報収集ですね? 偵察用のエマボットを迷宮内に多数派遣し、空陸からの魔獣監視網を作っています。あとは、戦時物資の備蓄及び公用地下避難施設の点検と清掃、防衛兵器類の点検と武装配備も開始するよう、各所に指示を出しました」
「ほへえー……さすがは都市機能はおろか、市政まで管理する高度人工知能だ。さっきの今で、もう手を打ってたのかよ」
女性バイオロイドの言葉を聞き、命彦も感心したように目を丸くした。
都市統括人工知能ミツバ。
迷宮防衛都市である三葉市の、生活施設の一切を管理・制御し、市長まで兼任して、市民生活を守るために市政の一切を取り仕切る、三葉市そのものとも言うべき高度人工知能であった。
都市を走る自動車や路面電車、市販のエマボットやバイオロイドに搭載されている人工知能は、低度人工知能と呼ばれており、実はミツバを始めとした高度人工知能の基本版である。
高度人工知能は、低度人工知能を改良・発展させて作られていた。
低度人工知能でも、非常に高い思考力や学習能力を持つのだが、高度人工知能の能力はそれを遥かに上回り、街1つのあらゆる都市機能を管理、制御するほどである。
物流から発電施設、病院や防衛装置の管理まで、三葉市の市民が利用する都市施設は、全てこのミツバが管理・制御していた。
神樹家が経営する日本有数の企業、神樹重工。ミツバを始めとした日本で使われている高度人工知能は、全てがこの神樹重工に、今から10年前に開発された製品であった。
魔法使いの一族が作った企業だというのに、いつの間にか日本有数の機械軍需企業へと成長していた神樹重工は、電子産業にも通じており、特に量子電算機の開発と、深層学習技術の研究においては、当時日本屈指であった。
そこに目を付けた日本政府の要請で、すでに量産されていた低度人工知能を改良して、迷宮防衛都市を人や役所に代わり、自立的・一元的に管理する高度人工知能が開発されて、完成して各迷宮防衛都市へと配備されたのである。
ミツバは、各迷宮防衛都市を管理するこの高度人工知能達の1つというわけであった。
新型バイオロイドの身体の動作確認をするように、その場でクルクル回ったりしてメイアと楽しそうに話し込むミツバ。
そのミツバを前に、ミサヤが意志探査魔法《思念の声》で命彦に語りかけた。
『……人工知能が一括管理するだけあって、対応は人間の組織よりも断然早いですね?』
自分の話し声でメイア達の会話の邪魔することを嫌ったのか、命彦も《思念の声》を使い、ミサヤに応じる。
(ああ、それが人工知能の利点だよ。都市の機能を平時のまま維持しつつ、緊急時の対策を同時に行えるのは、人工知能が都市の機能と権限を一括管理してるからだ。俺達人間の組織の場合、基本的に分業体制で都市機能を構築するから、こういう真似は難しいんだよ)
『そうですね。緊急時の対策が優先されるべきとはいえ、限られた人員や機械による労働力をそこへ割けば、平時の都市機能に影響が出る怖れもありますし、何より、対策を講じる各種手続きや連絡に時間を取られてしまいます』
(その通り。機械を頼りに自動化を推し進めても、要所要所の判断を人が行う分業体制である限り、確認や伝達といった手続きが必要で、どうしたって実際の行動が一拍遅れる。一方、1人で全部手配できる高度人工知能には、この種の遅滞が皆無だから、対応速度で人間の組織を遥かに上回る。思い立ったらすぐ行動ってのが、実践できるわけだ)
『地球の国々が、自国の迷宮防衛都市の管理を人工知能達に任せるのも当然の話ですね。おまけに高度人工知能には、高次演算予測機能とやらもあるのでしょう?』
(ああ。これまで収集した情報から、未来予知にも近い精度で先々の事象を演算予測する機能だ。これのおかげで、高度人工知能は先を見通した、最善の判断ができると言われている。実際、緊急時の判断は人間よりも高度人工知能の方が確実に間違いが少ねえ)
『魔法でも未来予知はできますが、演算予測は魔力も精霊も必要とせずに、計算だけでそれと近い予測結果を導き出すと聞きます。機械から見ると、私達魔獣はさぞかし得体の知れぬ者に見えるでしょうが、私達魔獣から見れば、機械達、人工知能達の方がよっぽど得体が知れません。魔法とは違った怖さを感じます。あまり敵にしたくありませんね』
(くくく、確かに。魔獣側から見りゃ、先端科学技術の産物は全部よく分からんモンだろうさ。ただ、魔獣側からどう見えても、俺達人間からしてみると、高度人工知能は頼れる街の管理者様だぞ? ……しかし、人間を簡単に蹴散らせる魔獣が、その人間が作った人工知能達を恐れるってのは、面白い話だ)
少しの間黙り込み、ミサヤとの思念伝達を行っていた命彦が、楽しそうに笑み浮かべる。
すると、メイアと会話していたミツバがそれを見て、不思議そうに命彦へ問うた。
「どうされました、命彦さん? 私、何かおかしい部分がありましたか? 身体を新調する時、旧型と同じように動作するよう、全機能を最適化したつもりですが……何か違和感がありました?」
「いいや、別に。ミサヤが、危機管理能力の高いミツバのことを褒めてたから、当然だろうって、同意して笑ってただけだよ」
命彦の言葉に、肩に乗る子犬姿のミサヤが、話を合わせるようにコクコクと首を振る。
伝達系の探査魔法は魔力を介して互いに意思疎通を行うため、魔力を持たぬ機械とはさすがに意志の伝達ができず、ミサヤの思念を魔法でミツバに伝えることは不可能だった。
精霊儀式魔法《人化の儀》を使い、ミサヤが人に化けて普通に会話すれば意思疎通は可能だが、子犬姿の時は意思疎通を魔法に頼るため、ミサヤとミツバが話すためには、命彦がミサヤの言葉、その真意を、ミツバに伝える必要があった。
命彦の言葉を聞き、ミツバが誇らしそうにミサヤへ頭を下げる。
「ああ、そうでしたか。ありがとうございます、ミサヤさん」
ミツバと命彦達のやり取りを見守っていたメイアが、話を切り替えるように問うた。
「ところでミツバ、都市の管理はその新型バイオロイドで活動してる時でもできるの? 私の知る限り、今まで使ってた旧型の方って、処理能力不足だから色々と追加で装置やら機能やらを付け足し、都市の管理・制御とバイオロイドの動作を、同時に行ってたと思うんだけど?」
「はい。この新型バイオロイドは、母さんが用意した特注品ですので、これまでここで使用していた旧型バイオロイドより、相当扱いやすいですよ? 都市の管理もここからで十分行えますし、何がしかの問題が生じても、この身体からすぐに電脳管理空間へ戻れますので、私がここで給仕をしていても、今のところ特に問題はありません」
「ほほう。梓さんはいつも通り抜かりねえわけだ、さすがだね。そいで一応聞いとくが、ミツバがここにいるってことは、いつもの理由か?」
「はい。梢姉さんの補佐です」
「私もついさっきミツバから聞いたんだけど、また梓さんが、梢さんの補佐をするようにミツバへ頼んだんですって」
メイアが苦笑して口を開く。命彦も予想通りの答えにミサヤと顔を見合わせ、苦笑した。
人工知能としての良識ある人格形成を行うため、また人間という生物を理解するために、神樹重工で誕生したミツバは、すぐに神樹家へ預けられ、育てられた。
ミツバは、低度人工知能を搭載するバイオロイドの電子頭脳に、できる限り自分という人格情報を転送し、自己の身体としてバイオロイドを操って、一時期まるで人間のように生活し、経験を蓄積していたのである。
命彦も幼少期の頃、ミツバに遊んでもらった記憶があり、ミツバが高度人工知能として三葉市の管理と制御を担当した後も、その親交は続いていた。
当然、神樹家の人々との関係も、ミツバは家族として今も認識しており、家の当主である梓を母と呼び、梓の娘である梢を姉と呼んで、慕っていたのである。
勿論、ミツバは依頼所へも出入りしており、バイオロイドの身体を使って給仕役や受付嬢として、また、色々と抜けてることが多い梢の補佐役としても、時折働いていた。
今回は新型バイオロイドの発売があったので、梓がもう1人の娘とも言えるミツバのために、新しい身体を注文し、バイオロイドの身体を取り替えさせていたらしい。
人間であれば、市長が自分の管轄する都市内の一企業へ公然と助力するのは色々問題があるが、高度人工知能の行動は、迷宮防衛都市全体の利益に資することがまず前提にあるため、仮想人格がどれだけ親しみを持とうと、特定の個人や企業を優遇することは難しい。
また、人工知能の人格的成長と、人間理解を促進する学習行動の一環と考えれば、国や行政が止めるほどの問題行為にあたるとも言えず、神樹家とミツバとの親交は、法的にもどうにか許される範囲のものであった。
一見すると、木造2階建ての広い和風喫茶店。
この喫茶店こそ、学科魔法士への仕事、つまり魔法士への依頼が集まる依頼所の【魔法喫茶ミスミ】である。
日本の各迷宮防衛都市には、必ず都市魔法士管理局が設置されており、魔法の市井への浸透と、魔法士の都市貢献を促進するため、管理局は企業や資産家達と提携して依頼所を設立し、運営を提携者達に任せていた。
喫茶店兼依頼所である【魔法喫茶ミスミ】は、1階に座敷風の喫茶席が多数あって、2階には魔法士への依頼所が開設されている、2階建ての店舗である。
【魔法喫茶ミスミ】の1階喫茶席で、暇つぶしや腹ごしらえをする学科魔法士達は、喫茶席の卓上端末で2階の依頼所から振り分けられている依頼の一覧表を日々確認し、これと思う依頼を選ぶと、2階の受付で依頼の受領手続を行った。
依頼内容の確認や、依頼主との交渉、依頼で採集した依頼対象物の提出や報酬の授受も、2階の依頼所受付で行われる。
こうした各種手続きは、21世紀が折り返しの今の時代でも案外時間を要するため、1階に喫茶店があるこの店の造りは、時間をつぶす意味でとても重宝した。
他の依頼所でも、食堂や酒場を兼ねているモノがほとんどであり、各種手続きの時間をつぶせる場所が依頼所内に併設されている。
【魔法喫茶ミスミ】の場合、依頼所の運営は勿論だが、所長である梓の趣味で喫茶店の経営にも異様に力を入れており、料理の味や従業員の対応が良いため、常に客が多かった。
店の従業員は全て喫茶店の雰囲気に合わせた和装であり、人間や亜人、バイオロイドを問わず、店内では和風美人が多く見られたし、値段のわりには料理の質も高かった。
そのため、【魔法喫茶ミスミ】には魔法士以外にも一般人の客が多数通っており、いつも多くの人々が集い、活気があったのである。
ただ、この日の店内の活気や騒がしさはいつもと違っており、ついさっき迷宮速報があったせいか、当惑や悲観の声が多く、少々明朗さに欠けていた。
命彦はいつもと違う雰囲気の店内に入ると、緑の着物を身に付けた給仕役の女性バイオロイドと談笑するメイアの姿を、すぐに見付けた。
人間とバイオロイドの給仕役はパッと見ただけでは区別が難しいので、【魔法喫茶ミスミ】では着物の色で区別している。緑の着物はバイオロイドを示す和装であった。
目が合った女性バイオロイドが、笑顔で命彦に声をかける。
「あ、いらっしゃいませ。ようこそ命彦さん、ミサヤさん」
「お、おう? こんちわ、えーと……ごめん、誰?」
『ここでは初めて見る顔のバイオロイドですね? 新人かとも思いましたが……しかし、私達のことを知っている様子。どういうことでしょう?』
首を傾げる命彦と、その命彦へ不思議そうに思念を飛ばすミサヤ。
【魔法喫茶ミスミ】の従業員とは全員顔見知りである命彦達だが、眼前の女性バイオロイドは初めて見る。
困惑する2人へ、ニコニコする女性バイオロイドが楽しそうに告げた。
「うふふふ、このバイオロイドが新しいから気付きませんか? 私です、ミツバですよ。新型バイオロイドが発売されたので、身体を旧型バイオロイドから新調したのです」
「ミツバだったのかよっ! いつもの姿じゃねえからてっきり新人かと思ってたぞ? あ、でもいいのかミツバ? この三葉市を管理する都市統括人工知能が、色々と混乱やら騒動やらが起こり得る今この時期に、暢気に依頼所の給仕役とかしててさ?」
「ふふふ、構いませんよ。先ほどの【逢魔が時】の報道のことを仰っているのでしょう? 関東と九州の各迷宮防衛都市を管理する私の姉妹達や、国家魔法士委員会の方からも、昨日の時点で兆しがあると連絡を受けておりましたので。私達関西の各迷宮防衛都市も、もしもの場合を想定して、すでに対策行動を開始しております」
女性バイオロイドの言う対策行動に関心を持ったのか、傍にいたメイアが問う。
「ただの好奇心からの質問だけど、その対策行動を具体的に聞いていいかしら?」
「勿論ですよ。現状、特に優先している対策行動は、関西迷宮の情報収集ですね? 偵察用のエマボットを迷宮内に多数派遣し、空陸からの魔獣監視網を作っています。あとは、戦時物資の備蓄及び公用地下避難施設の点検と清掃、防衛兵器類の点検と武装配備も開始するよう、各所に指示を出しました」
「ほへえー……さすがは都市機能はおろか、市政まで管理する高度人工知能だ。さっきの今で、もう手を打ってたのかよ」
女性バイオロイドの言葉を聞き、命彦も感心したように目を丸くした。
都市統括人工知能ミツバ。
迷宮防衛都市である三葉市の、生活施設の一切を管理・制御し、市長まで兼任して、市民生活を守るために市政の一切を取り仕切る、三葉市そのものとも言うべき高度人工知能であった。
都市を走る自動車や路面電車、市販のエマボットやバイオロイドに搭載されている人工知能は、低度人工知能と呼ばれており、実はミツバを始めとした高度人工知能の基本版である。
高度人工知能は、低度人工知能を改良・発展させて作られていた。
低度人工知能でも、非常に高い思考力や学習能力を持つのだが、高度人工知能の能力はそれを遥かに上回り、街1つのあらゆる都市機能を管理、制御するほどである。
物流から発電施設、病院や防衛装置の管理まで、三葉市の市民が利用する都市施設は、全てこのミツバが管理・制御していた。
神樹家が経営する日本有数の企業、神樹重工。ミツバを始めとした日本で使われている高度人工知能は、全てがこの神樹重工に、今から10年前に開発された製品であった。
魔法使いの一族が作った企業だというのに、いつの間にか日本有数の機械軍需企業へと成長していた神樹重工は、電子産業にも通じており、特に量子電算機の開発と、深層学習技術の研究においては、当時日本屈指であった。
そこに目を付けた日本政府の要請で、すでに量産されていた低度人工知能を改良して、迷宮防衛都市を人や役所に代わり、自立的・一元的に管理する高度人工知能が開発されて、完成して各迷宮防衛都市へと配備されたのである。
ミツバは、各迷宮防衛都市を管理するこの高度人工知能達の1つというわけであった。
新型バイオロイドの身体の動作確認をするように、その場でクルクル回ったりしてメイアと楽しそうに話し込むミツバ。
そのミツバを前に、ミサヤが意志探査魔法《思念の声》で命彦に語りかけた。
『……人工知能が一括管理するだけあって、対応は人間の組織よりも断然早いですね?』
自分の話し声でメイア達の会話の邪魔することを嫌ったのか、命彦も《思念の声》を使い、ミサヤに応じる。
(ああ、それが人工知能の利点だよ。都市の機能を平時のまま維持しつつ、緊急時の対策を同時に行えるのは、人工知能が都市の機能と権限を一括管理してるからだ。俺達人間の組織の場合、基本的に分業体制で都市機能を構築するから、こういう真似は難しいんだよ)
『そうですね。緊急時の対策が優先されるべきとはいえ、限られた人員や機械による労働力をそこへ割けば、平時の都市機能に影響が出る怖れもありますし、何より、対策を講じる各種手続きや連絡に時間を取られてしまいます』
(その通り。機械を頼りに自動化を推し進めても、要所要所の判断を人が行う分業体制である限り、確認や伝達といった手続きが必要で、どうしたって実際の行動が一拍遅れる。一方、1人で全部手配できる高度人工知能には、この種の遅滞が皆無だから、対応速度で人間の組織を遥かに上回る。思い立ったらすぐ行動ってのが、実践できるわけだ)
『地球の国々が、自国の迷宮防衛都市の管理を人工知能達に任せるのも当然の話ですね。おまけに高度人工知能には、高次演算予測機能とやらもあるのでしょう?』
(ああ。これまで収集した情報から、未来予知にも近い精度で先々の事象を演算予測する機能だ。これのおかげで、高度人工知能は先を見通した、最善の判断ができると言われている。実際、緊急時の判断は人間よりも高度人工知能の方が確実に間違いが少ねえ)
『魔法でも未来予知はできますが、演算予測は魔力も精霊も必要とせずに、計算だけでそれと近い予測結果を導き出すと聞きます。機械から見ると、私達魔獣はさぞかし得体の知れぬ者に見えるでしょうが、私達魔獣から見れば、機械達、人工知能達の方がよっぽど得体が知れません。魔法とは違った怖さを感じます。あまり敵にしたくありませんね』
(くくく、確かに。魔獣側から見りゃ、先端科学技術の産物は全部よく分からんモンだろうさ。ただ、魔獣側からどう見えても、俺達人間からしてみると、高度人工知能は頼れる街の管理者様だぞ? ……しかし、人間を簡単に蹴散らせる魔獣が、その人間が作った人工知能達を恐れるってのは、面白い話だ)
少しの間黙り込み、ミサヤとの思念伝達を行っていた命彦が、楽しそうに笑み浮かべる。
すると、メイアと会話していたミツバがそれを見て、不思議そうに命彦へ問うた。
「どうされました、命彦さん? 私、何かおかしい部分がありましたか? 身体を新調する時、旧型と同じように動作するよう、全機能を最適化したつもりですが……何か違和感がありました?」
「いいや、別に。ミサヤが、危機管理能力の高いミツバのことを褒めてたから、当然だろうって、同意して笑ってただけだよ」
命彦の言葉に、肩に乗る子犬姿のミサヤが、話を合わせるようにコクコクと首を振る。
伝達系の探査魔法は魔力を介して互いに意思疎通を行うため、魔力を持たぬ機械とはさすがに意志の伝達ができず、ミサヤの思念を魔法でミツバに伝えることは不可能だった。
精霊儀式魔法《人化の儀》を使い、ミサヤが人に化けて普通に会話すれば意思疎通は可能だが、子犬姿の時は意思疎通を魔法に頼るため、ミサヤとミツバが話すためには、命彦がミサヤの言葉、その真意を、ミツバに伝える必要があった。
命彦の言葉を聞き、ミツバが誇らしそうにミサヤへ頭を下げる。
「ああ、そうでしたか。ありがとうございます、ミサヤさん」
ミツバと命彦達のやり取りを見守っていたメイアが、話を切り替えるように問うた。
「ところでミツバ、都市の管理はその新型バイオロイドで活動してる時でもできるの? 私の知る限り、今まで使ってた旧型の方って、処理能力不足だから色々と追加で装置やら機能やらを付け足し、都市の管理・制御とバイオロイドの動作を、同時に行ってたと思うんだけど?」
「はい。この新型バイオロイドは、母さんが用意した特注品ですので、これまでここで使用していた旧型バイオロイドより、相当扱いやすいですよ? 都市の管理もここからで十分行えますし、何がしかの問題が生じても、この身体からすぐに電脳管理空間へ戻れますので、私がここで給仕をしていても、今のところ特に問題はありません」
「ほほう。梓さんはいつも通り抜かりねえわけだ、さすがだね。そいで一応聞いとくが、ミツバがここにいるってことは、いつもの理由か?」
「はい。梢姉さんの補佐です」
「私もついさっきミツバから聞いたんだけど、また梓さんが、梢さんの補佐をするようにミツバへ頼んだんですって」
メイアが苦笑して口を開く。命彦も予想通りの答えにミサヤと顔を見合わせ、苦笑した。
人工知能としての良識ある人格形成を行うため、また人間という生物を理解するために、神樹重工で誕生したミツバは、すぐに神樹家へ預けられ、育てられた。
ミツバは、低度人工知能を搭載するバイオロイドの電子頭脳に、できる限り自分という人格情報を転送し、自己の身体としてバイオロイドを操って、一時期まるで人間のように生活し、経験を蓄積していたのである。
命彦も幼少期の頃、ミツバに遊んでもらった記憶があり、ミツバが高度人工知能として三葉市の管理と制御を担当した後も、その親交は続いていた。
当然、神樹家の人々との関係も、ミツバは家族として今も認識しており、家の当主である梓を母と呼び、梓の娘である梢を姉と呼んで、慕っていたのである。
勿論、ミツバは依頼所へも出入りしており、バイオロイドの身体を使って給仕役や受付嬢として、また、色々と抜けてることが多い梢の補佐役としても、時折働いていた。
今回は新型バイオロイドの発売があったので、梓がもう1人の娘とも言えるミツバのために、新しい身体を注文し、バイオロイドの身体を取り替えさせていたらしい。
人間であれば、市長が自分の管轄する都市内の一企業へ公然と助力するのは色々問題があるが、高度人工知能の行動は、迷宮防衛都市全体の利益に資することがまず前提にあるため、仮想人格がどれだけ親しみを持とうと、特定の個人や企業を優遇することは難しい。
また、人工知能の人格的成長と、人間理解を促進する学習行動の一環と考えれば、国や行政が止めるほどの問題行為にあたるとも言えず、神樹家とミツバとの親交は、法的にもどうにか許される範囲のものであった。
0
あなたにおすすめの小説
外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。
しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。
『ハズレスキルだ!』
同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。
そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜
みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。
…しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた!
「元気に育ってねぇクロウ」
(…クロウ…ってまさか!?)
そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム
「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ
そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが
「クロウ•チューリア」だ
ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う
運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる
"バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う
「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と!
その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ
剣ぺろと言う「バグ技」は
"剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ
この物語は
剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語
(自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!)
しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜
沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。
数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる