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6章 逢魔が時

6章ー13:戦慄する魔竜の力と、メイアの異常

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 自分の結界内に突如発生した命彦以外の精霊魔法の気配を察知したのだろう。
 ミズチも首を持ち上げ、命彦の後方へと右眼の視線を走らせていたが、突っ込んで来る命彦によって姿勢を戻し、迎撃した。
「とりゃあっ!」
「ギュルオォーッ!」
 突貫を堰き止めるべく具現化されたミズチの移動系魔法防壁を、付与魔法を纏う斬撃で命彦が斬り裂くと同時に、ミサヤが攻撃魔法を具現化する。
『屈せよ、魔竜!』
 火の集束系魔法弾を瞬時に具現化したミサヤが、至近距離で魔法弾を放つが、もう当たらんとばかりにミズチも瞬時に水の集束系魔法弾を放ち、相殺した。
 その上、命彦の追撃が来ることも予期していたのか、ミズチは太い前足を振るった。
 魔法弾の相殺によって発生した蒸気に紛れて肉迫していた命彦は、《旋風の眼》によって横から恐ろしい速度で迫るミズチの前足を感知し、すぐさま後退する。
 すると後退する命彦へ、ミズチは漆黒の範囲系魔法弾を放った。
 近距離で使われる陰闇の精霊を用いた広範囲攻撃魔法に、命彦が本気で死の匂いを嗅ぎ付け、慌てる。
「あれはマズいっ、避け切れねえ! ミサヤっ! 建て《旋風の動壁》!」
『承知しています!』
 命彦が自分で3枚の移動系魔法防壁を具現化すると、ミサヤも火の範囲系魔法弾を具現化し、魔法弾を相殺するため、射出した。阿吽の呼吸で命彦の考えを実行するミサヤ。
 激突した範囲系魔法弾同士が爆裂し、モロに爆風を浴びた命彦は、移動系魔法防壁諸共に、30m近く吹き飛ばされた。しかし、ほぼ無傷である。
「ぐっ! くおっ!」
 ミズチによって作られた瓦礫の山に突っ込み、あちこちに痛みを覚えた命彦が、瓦礫を跳ね上げ、すぐさま立ち上がって全力で横へ飛んだ。
 ミズチの水の集束系魔法弾が迫っていることを、《旋風の眼》で捉えたからである。
 どうにかミズチの追撃を避けて、荒い呼吸の命彦。
「あ、危ねえ……胴体が消し飛ぶところだった。魔竜ってのは、ホントどいつもこいつも油断できねえわ」
『ええ。ですが、まだ序の口です』
 ミサヤの言うとおりだった。
「グルオォォーン!」
 ミズチが一声咆哮すると、時間が巻き戻るように傷が修復して行く。
「おいおい、結構時間が経ってる筈のつぶした眼まで修復してるよ」
『持って生まれた魔力の桁が違いますからね? 時間遡行は魔力量さえ確保できれば、どういった傷でも修復できます。高位魔獣であれば、数日前の傷でも完全に治癒できるでしょう』
「デタラメだぜホント……」
 徒労感をにじませて命彦が言うと、ミズチが漆黒の追尾系魔法弾を数百も具現化した。
「一息つかせろよっ!」
 命彦が4重の魔法力場に魔力を注ぎ、力場の厚みを増してから、ミズチへと突進する。
 これ以上距離をあけられると、ミズチが空間転移でメイア達の方へ行く可能性があったため、すぐに空間転移を妨害できる位置にいたかったのである。
「おあああっ!」
 〈魔狼の風太刀:ハヤテマカミ〉を存分に振るい、右へ左へとジグザグに移動しつつ、黒い魔法弾を切り落として突き進む命彦。
 ミサヤも陽聖の精霊を使役して、純白の追尾系魔法弾を多数具現化し、漆黒の魔法弾を撃ち落として行った。
 ある程度距離をつぶし、命彦が足をたわめて、一気にミズチの懐へ飛び込もうとした瞬間である。
 ミズチの眼前に水塊が生まれた。
「くっ! 範囲系魔法弾か!」
 すぐさま警戒して距離を取る命彦に、ミサヤが警告する。
『いえ違います! あれは……』
「まさか、水分身!」
 命彦が最初に使っていた〔忍者〕学科の固有魔法《土遁・土分身》を、見よう見真似で、しかも水の精霊を介して、ミズチは再現したらしい。
 確かに〔忍者〕学科にも、土の精霊を水の精霊に代替して実体のある分身体を作る、学科固有の撹乱系精霊探査魔法《水遁・水分身》はある。
 しかし、それそのものを見ずに、同種の魔法を一目見ただけで分析・模倣し、自分の使いやすい精霊で具現化するというのは、いかに魔獣といえども相当に難しいことであった。
 高位魔獣の持つ、恐ろしい学習能力と魔法の素養を改めて体感し、命彦は戦慄する。
 圧倒的水量を持つ、ふわふわと眼前に浮いた水塊に4つの手足が生えて、顔や尾らしきモノまで作られた。
「ギュルグケケッ!」
 ミズチが咆哮すると、水で構築された魔竜の分身体が命彦へ突進する。
「猿真似で俺が負けるかっ!」
『消し飛ばして道を作ります!』
 ミズチの分身体へミサヤが火の集束系魔法弾を放つが、分身体が突然2体に分裂し、魔法弾を避けた。
「嘘だろ!」
『鬱陶しいことを!』
 苛立ったミサヤが瞬時に再度火の集束系魔法弾を放ち、1体の分身体を蒸発させるが、もう1体が命彦に飛びかかる。咄嗟に分身体を避けた命彦が、それに気付いた。
「ミサヤ、ミズチが!」
『ただの時間稼ぎだったのか、おのれぇっ!』
 ミズチの周囲に陰闇の精霊と陽聖の精霊が集っていることにミサヤも気付き、ミサヤが風の集束系魔法弾をミズチへ放つ。
「貫け《火炎の槍》!」
 命彦も魔竜の分身体を蒸発させ、ミズチへと突貫するが、すでにミズチの頭上には空間の裂け目が出現していた。
「待ちやがれ!」
 ミサヤの風の集束系魔法弾が届く寸前、ミズチの身体は虹色の空間の裂け目に吸い込まれて消えた。
「くぅ、俺としたことがっ! 勇子ぉっ! 空太ぁっ!」
 すぐさま命彦は、伝達系の精霊探査魔法《旋風の声》を勇子と空太へ送った。

 自分が具現化した融合魔法防壁の内側で、メイアの神霊魔法の具現化を勇子や舞子と一緒に見守っていた空太は、命彦の魔力を帯びた風が自分の魔法防壁に触れていることに気付き、すぐさま魔法防壁を透過して、風を結界魔法の内側に招いた。
 精霊融合結界魔法《水風すいふうの融合円壁》。水と風の2種の基幹精霊達を魔力へ多量に取り込んで使役し、別種の精霊同士を融合させて、周囲を半球状に覆う融合魔法防壁を作る魔法である。
 結界魔法は、効力範囲内に及ぼされるあらゆる外的干渉を遮ることが可能だが、空気の対流のように、魔法の使用者が外的干渉を認識し、選択的にその干渉を結界内へ受け入れることも可能であった。
 魔力を帯びた風を、青く透き通った魔法防壁の内側に招いた瞬間、焦った様子の命彦の思念、《旋風の声》が勇子と空太の脳裏へ響く。
『勇子、空太、ミズチがそっちに行ったぞ!』
「うええっ!」
「空太、目の前や!」
 空太が慌てるのと、勇子が結界魔法の前に出現していた空間の裂け目に気付くのは、ほぼ同時だった。
 いつの間にか出現していた虹色の裂け目から、ズルリとミズチが出現し、咆哮と共に多数の追尾系魔法弾を放つ。
「空太!」
「分かってる!」
 勇子が叫ぶと、空太が舞子とメイアの前に立ち、融合魔法防壁に魔力を送った。
 相応の時間と魔力、精霊を注ぎ込み、構築された空太の《水風の融合円壁》は、たった1枚で300近い追尾系魔法弾を防ぎ切り、消え去る。
 そして、ミズチの次撃が来る前に、勇子が飛び出した。
 地水火風の4つの精霊付与魔法を融合させた、精霊融合付与魔法を展開していた勇子は、その分厚く 薄い赤黄緑青の、色相環しきそうかんを作るように混ざり合って輝く魔法力場を拳に込めて、思いっ切り振るう。
 ミズチが下顎を突き上げられ、一瞬たたらを踏んだ。
 精霊融合付与魔法《四象ししょう融合の纏い》。地水火風の4種の基幹精霊達を魔力へ多量に取り込んで使役し、融合させて、自己治癒力・魔法的状態異常耐性・筋力・敏捷性を、爆発的に上昇させる融合魔法力場を作って、魔法の対象である生物や無生物を、その力場で包む魔法であった。
 混ざり合った4種4色の魔法力場は入れ代わる様に交互に揺らめいて現れ、色相環を作るように輝くため、見た目にもド派手の精霊融合付与魔法だったが、その派手さに負けず、折り紙付きの高い魔法攻撃力と魔法防御力を発揮する付与魔法でもあった。
 但し、4種の精霊融合は、魔法展開速度が極めて速い付与魔法術式でも、具現化に1分近くかかるため、戦闘時に使用するのはわりと難しく、主に戦闘前に使用されることが多い、微妙に扱いにくい付与魔法でもあった。
 頭部をガクガクと揺らされ、一瞬フラつくミズチ。
 それを好機と思い、白いどてっ腹を目がけて勇子が踏み込み、拳を突き出した。
「〔闘士〕学科必殺のぉぉー《エレメンタル・ランペイジ》!」
 分厚く4色に輝く魔法力場が拳に集束し、ミズチの腹に触れた瞬間、力場が爆発するように膨らむ。
 推定15t以上のミズチの巨体が一瞬宙に浮き、さらに勇子の追い突きによって数十mも後退した。 
 精霊融合付与魔法《エレメンタル・ランペイジ》。《四象融合の纏い》による融合魔法力場を、手足や武器に集束し、魔法力場を一瞬だけ爆発的に膨らませてぶつける魔法である。
 魔法の原理というか、仕組み自体は他の〔闘士〕学科の固有魔法、《フレア・ラッシュ》や《エアロ・レイド》と全く同じだが、そもそもの魔法力場の効力に差があるため、破壊力は段違いであった。
 《四象融合の纏い》から派生した、〔闘士〕学科固有の精霊融合付与魔法《エレメンタル・ランペイジ》は、〔闘士〕学科の魔法士が使う魔法攻撃でも最高の攻撃力と後退特性を持ち、相手がどれだけ巨体の魔獣であろうとも、後ろに退しりぞかせる効力がある。
 空恐ろしい速度で吹っ飛び、廃墟に激突して崩落した瓦礫に埋まるミズチを見て、舞子は唖然とした。
「す、凄い……」
 もうこれは勝っただろうと思う舞子であったが、視界に映る勇子と空太の表情は蒼白であった。
「かー……固いわ。圧倒的魔力量に物を言わせて、水の魔法力場をしこたま分厚くしよった」
「《エレメンタル・ランペイジ》をまともに喰らって、原形留めてる時点で異常だよ。……防御を固めとくね? 其の旋風の天威を守護の円壁と化し、虚隙作らず、我を護れ。覆え《旋風の円壁》」
 空太が4枚もの風の周囲系魔法防壁を具現化し、守りを固める。
 勇子も、魔法防壁の内側に瞑目して立つメイアを一瞥して、瓦礫の山を跳ね除けたミズチを見た。
 命彦と戦闘して負傷し、学習したのだろう。
 ミズチは隙をついた筈の勇子の魔法攻撃も、きっちり察知していた。そのために防御が間に合ったらしい。
「ウチの全力魔法攻撃を喰らって、見た目はほぼ無傷って……腹立つわぁ。次は〈魔甲拳〉ごとぶち込んだる。とはいえ、メイア急いでや。そうは長くはもたんで……命彦もはよこっち来んかい!」
 勇子が毒づくと、頭上から突然声と思念が聞こえた。
「うっせえ、もう来てるっての!」
『私達ばかり頼られるのも困りものですね、まったく』
 勇子の頭上に、虹色の空間の裂け目ができており、そこから命彦とミサヤがまろび出た。
 途端に勇子が嬉しそうに顔をほころばせる。
「遅いんやボケ!」
「全速力だっつうの! ミサヤに《空間転移の儀》を使ってもらったぐらいだぞ? まあいい、今回は俺にも責任がある。すまんかった2人とも。そいで、よくミズチの奇襲を防ぎ、この場を持たせてくれた」
「予め警告してもらえてたからね? ただまあ、あのまま2人で戦うのかと思うと、真剣に怖かったよ」
 空太も安心したように、やや固さの残る笑顔を見せる。
 命彦達が空間転移して合流したことで、ミズチも警戒心を持ったのか、魔法力場を重ねて展開した。
 数十m離れて対峙する【魔狼】小隊と魔竜種魔獣【水龍】。
 息が詰まる殺気に満ちた空間に身を置き、顔を蒼くする舞子へ、命彦が問うた。
「舞子、メイアが神霊魔法の構築に入ったのはいつだ?」
「え、あ、はい! 2、3分前です!」
 メイアを見て言う舞子に、命彦がミズチを見つつ訝しむ。
「おかしい、遅過ぎる。いつものメイアだったらとっくに《神降ろし》を具現化してる筈だ」
『確かに。……考えられるとすれば、メイアの心理的抵抗感のせいで、神霊との接続に手間取っているのか。あるいは』
「神霊との接続を外部に妨害されているのか、やね?」
「神霊種魔獣との接続を妨害って、できるんですか?」
「俺が知るかよ。しかし現に今、メイアは神霊種魔獣との交信、意識の接続に手間取ってる。少しばかりマズいかもしんねえぞ?」
「どうする命彦? 目の前にミズチがいる上に、結界魔法もまだあるんじゃ、逃げるのは難しいよ?」
「分かってる。とにかく、今は戦闘だ。もう数分待ってもメイアが《神降ろし》をできねえ場合、作戦が破綻したと判断し、別の手を考える」
「「分かった(で)!」」
 命彦と勇子が前衛に出る。【魔狼】小隊とミズチの戦闘が今、始まろうとしていた。
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