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第2章
第21話 その殺し屋、あたたかさにふれる①
しおりを挟む「お礼を言うのは、僕の方だよ。この間は助けてくれて、本当にありがとう。あんな風に思ったのは、久しぶりだったんだ。……殺されるかも、って」
ルベルの語り口こそ穏やかだったが、その言葉を聞いた瞬間、私は胸の奥が軋むのを感じた。
私自身、〝誰かの死〟というものに慣れている筈なのに。〝推し〟であるルベルの口からそんな言葉を聞かされて、ぞくりと粟立つものが走る。
確かに彼は、生い立ちのせいで幼い頃から命を狙われてきた。これは、ゲームでも語られていた事実ではあるけれど、実際に、本人の口から聞くとこんなにも生々しく感じるだなんて。
(それほどまでに追い詰められて、不安だったんだ……)
それも当然だ。あんなに暗くて、寒くて、埃っぽい場所に、ひとりぼっちで閉じ込められていたのだから。しかも、あの時のルベルは縄で縛られたうえに、手枷と足枷までつけられていた。「殺されるかもしれない」――そんな恐怖が過ったとしても、何もおかしくない。
だけど、私はこの事件について、どうしても確認しておきたいことがあった。
怖い思いをした彼に対して聞くには、あまりに酷なことだと分かっている。それでも私は、自分に言い聴かせるように、小さく拳を握りしめる。
「あの、思い出すのが辛かったら言わなくてもいいんですけど……一体誰が殿下を、あの場所へ連れて行ったのですか?」
本来だったら、サフィラがルベルをあの場所へ誘導する手筈だった。
けれどあの時の私は、この世界が〈アルカナ∽クォーツ〉の世界だと気付いたばかりで、思考も感情も混乱の渦中にあり、それどころではなかった。その為、己に課せられた使命を放棄してしまったのだ。
一体誰が、ルベルを地下まで誘導したのか。あの時、何が起きていたのか私にはそれを知る〝理由〟がある。
私が尋ねると、ルベルは目を伏せ、少しの間黙り込んだ。睫毛の隙間から覗く瞳に、彼の心の痛みが滲んで見える。大好きな彼にこんな顔をさせている自分がやるせない。
そして、ゆっくり口を開いた彼は、そのままの速度で首を横に振った。
「実は……よく、覚えていないんだ。挨拶をした後、誰かに声を掛けられて――確か、女の人だった気はする。でも、顔や見た目とかは全然。そして、気が付いたらあの地下倉庫にいて、拘束されてて……」
ぽつり、ぽつりと語るルベルの声には、震えこそないものの、言葉の端々に不安の影が滲んでいた。
「そうだったんですね…」
誘導した人物のことは結局わからず仕舞いか。内心モヤモヤが残るが、こればかりは仕方ない。ルベルの記憶が曖昧なら、これ以上は責められない。
それに、気になることは他にもある。
「因みに、あの時の賊……いえ、実行犯って何者だったんですか?」
「……わからない。団長たちも教えてくれなかったんだ。でも、目星は付いてるんだと思う。王宮内でも警戒は強まっているし。――あ、そうだ」
急に何かを思い出したように、ルベルがこちらに身を寄せてくる。まるで秘密を打ち明けるみたいに、声をひそめて続けた。
「一応ね、君があの場に居たことは『お茶会の最中に誤って迷い込んだ』ってことになってる。カルがそう言ってくれたみたい」
「え、カーネリアン……殿下が!?」
意外な人物の名前が出てきて、思わず声が裏返りそうになる。
つい勢いで「カーネリアン」と呼び捨てにしかけたけれど、ルベルの前だし、慌てて敬称を足した。言い慣れていないせいか、少しだけおもはゆい気持ちになる。
ルベルは微笑み、小さく頷いた。
「そう。今回の事件の裏で色々手を回してくれたみたい。流石だよね。……あと君が倒してくれた人のことだけど、ふたりで倉庫の中を逃げ回ってる最中に、木箱にぶつかって転んだってことにしてある。頭を打って、そのまま気を失ったって説明してるよ」
そんな説明で大丈夫だったの!?――と思うが、あの倉庫は暗くて足場も悪かったし、転倒の可能性はゼロではないのか。
子どもである私たちがどうやって、あの賊から逃れたかと聞かれたら一番筋が通る言い分だ。
それにしても、よくそんな言い訳が出てくるなあと感心する。
……いや、もしかすると、これはルベルが一人で考えた訳ではないのかもしれない。流れ的にカーネリアンが助言をした可能性がある。
あの人は一体、この事件の事をどこまで把握しているのだろう。……やっぱり読めない。彼に関しては、今後も要警戒だ。
「流石に、君が僕を庇って身一つで戦っただなんて、言えないからね。団長たちも深く聞いては来なかったし、問題はないと思うよ」
そう話すルベルの表情は穏やかで、終始優しかった。けれども、私はある一抹の違和感を覚える。
彼も、カーネリアンも、どうしてここまでして――私を無関係な存在にしたがるのだろう?
〝私を守るため?〟いいや、それだけではない予感がする。もっと別な何かから、まるで私を遠ざけようとしているような。
「あ、ありがとうございます。……でも、なぜルベル殿下は、そこまでして私を庇ってくださったのですか?」
理由が知りたくて、湧き上がった疑問をそのまま口にする。
私の問いかけに、ルベルは「それは……」と一言だけつぶやいた。少しの沈黙のあと、視線を遠くへと逸らす。
その横顔には、どこか物憂げな陰が差していた。
「サフィラは〝輝石の聖女候補〟だからね。それにカルも言ってたけど、君の家――公爵家に知られたら、大変だと思ったんだ」
彼の口から、公爵家――パパラチア家の名が出てきて、途端に胸がざわつく。
そうだった。実父であるパパラチア公爵は、反ルベル派の筆頭。私の生家と第三王子であるルベルの仲は、決して良いものだとは言えない。
もしも公爵に、実の娘が誘拐事件に巻き込まれたと知られたら……ますますルベルの立場が危うくなる可能性がある。
「……カルは、パパラチア公爵と仲がいいけど。僕は、そうじゃないから。君のお父上が、きっと、困ると思ったんだ」
優しいルベルだから、言葉を選んでくれているけど、その言葉の端々に彼らしくない、氷の硝子を一枚隔てたような冷たさが滲む。
ああ、そうか。だから、あの時カーネリアンが〝メッセンジャー〟になったのか。
あの時、彼が「理由はいずれわかるさ」と言った顔が脳裏に過ぎる。
通常なら、王族からの手紙だなんて、近衛騎士か勅使が届けに来るはずだ。
けれどルベルは、あえて〝公爵家と縁の深い〟カーネリアンに頼んだのかもしれない。
パパラチア公爵は、カーネリアン派――正確には、彼の母親と深く繋がりがっており、息子であるカーネリアンにも好意的だ。
彼なら、上手く橋渡しができると踏んだのだろう。
(……でも、だからと言って無断で人の部屋に入ってきていい理由にはならないけど)
「私、何もわかっていませんでした。記憶が曖昧だったとは言え……たくさんの方にご迷惑をお掛けしてしまって。本当に申し訳ありませんでした」
胸の奥がじくじくと痛む。私なんかのために、ルベルやカーネリアン、騎士団の皆さんがどれほど神経を使ってくれたのか、今更になって思い知った。
けれど、そんな私の後悔を打ち消すように、ルベルは首を横に振る。
「ううん、そんなことないよ。サフィラが気にすることじゃない。……それにしても、あの時の君は本当にすごかったね。あんなに強いだなんて、正直驚いたけど。流石は輝石の聖女――いや、あの時はまるで戦乙女みたいで、すごく、かっこよかった」
そう言うルベルの瞳は、明るい光を宿したルビーのように、キラキラと輝いていた。
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