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第2章
第22話 その殺し屋、祈りを受け取る
しおりを挟む私がハンカチで涙を拭った後のこと。
「……実はね、君に渡したいものがあるんだ」
そう言って、ルベルは肩に掛けていた革製のポシェットを開き、中から小さな箱を取り出した。繊細な細工が施された、その美しい装飾に目を奪われる。
「え、そんな――」
思わず声を漏らしかけたその時、ルベルは小箱の蓋をそっと開けた。
小箱の中から姿を現したのは、青の中に微かに緑と橙が揺れる、不思議な色彩の宝石だった。手のひらにちょうど収まりそうな大きさで、繊細なカットが施されている。
まるで、夕暮れの空を閉じ込めたかのような、優しく幻想的な光を目にし――私は言葉を失った。
(え、は……? う、う、う、うそでしょ………)
そのたおやかな輝きを放つ、輝石には見覚えがあった。実物を見るのは初めてではあるが、その圧倒的な輝きを前に、背筋が凍り付く。
「この輝石の名前は〈サートゥルヌス〉。元々は、舞台演出の際に使う幻影輝石で、お母様がシャニを演じていた時に、身に付けていたものなんだ。……僕のお守りなんだけど、君に相応しいなって思って」
ルベルは、まるで遠い昔の思い出をなぞるような眼差しで、静かに語った。その視線がふと私へと戻ると、凛とした表情で私を見つめる。
「……受け取って貰えるかな?」
照れ笑いも、気恥ずかしさもない、真剣な声。
深紅の瞳が静かに揺れ、その真っ直ぐな眼差しに射抜かれて、息が止まりそうになった。
推しからの熱烈視線、普通だったら大喜び……いや寧ろ、昇天ものの筈なのに、今はそれどころではない。
ゴクリ、と固唾を飲み込み目の前に差し出された輝石に視線を落とす。
――〈サートゥルヌス〉、これは〈カナ∽クォ〉におけるルベルの〝最強装備〟のひとつだ。
彼専用のアクセサリで、ゲーム終盤のイベントで入手できる貴重なアイテム。
先程彼が言ったように、元々はただの幻影輝石と呼ばれる、光やエフェクトを出す為の道具にすぎないのだが、彼の魔力に反応することで、特別な付加効果が発現する、まさに唯一無二の宝石。
この輝石は、ルベルにとってとても大切なものの筈。どうして、そんな貴重なものを私なんかに。
(私ごときが受け取って、本当にいいの!? )
もしかしたら、この先、彼にとって必要になる日が来るかもしれないのに。そんな貴重なもの、迂闊に受け取れる訳がない。
全身に冷や汗がにじむ中、チラりとルベルの顔を見やる。ルビーの瞳は煌々としており、心の奥底から「私に相応しい」と語りかけてくるようだった。
(ウッッッ……!)
その圧倒的な眼圧に気圧されてしまう。正直、こんなプレッシャー耐えられない。
けれども、背くことなどできる筈がない。――そう、なぜなら私は、ルベル最推しの女。
いくら、推しの最強装備品とは言え、こんな表情を見せられたら受け取らない理由がない。
――約二秒ほど考えた結果、
「……こんな貴重なものを、ありがとうございます。大切にします」
私は震える手で、小箱ごとその輝石を受け取った。
……わざわざ時間を作ってまで、ここまで用意してくれたのだ。断れる訳がない。
すると、ルベルも安堵したように、パッといつもの柔らかな表情に戻る。
「よかった。この輝石が……強くて優しい君を、守ってくれますように」
そう言って、祈るように優しく微笑んだ。
(……いや、まあ、いざとなったら返せばいいか。ルベルだって、必要な時が来たら言ってくれるよね)
そう思いながら、小箱の中で煌めく〈サートゥルヌス〉に触れると、一瞬、明かりが灯ったように淡く光った。輝石から脈打つような感触がして、私は驚き、思わず手を引く。
「……サフィラ? どうかしたの?」
「あぁ、いいえ。なんでもありません」
ルベルが不思議そうに、私の顔を覗き込む。先程の光は、彼には見えなかったようだ。
(一瞬のことだったし。もしかしたら、気のせいだったのかもしれない……)
そんなやり取りをしていると、――ゴーン、ゴーンと鐘の音が響いた。深く、低く、重なるように響く轟音が、薔薇庭園の穏やかな空気を震わせる。
見上げた先にある時計台の針は、午後三時を指していた。
「ああ、もう時間みたいだね」
そう言ったルベルは、どこか寂しげに眉尻を下げる。
「もう少し一緒に居たかったけど、……ごめんね、一時間だけって約束なんだ」
私は「そうなんですね」と小さく呟く。夢のような時間というのは、どうしてあっという間に過ぎ去ってしまうのだろう。
そんなことを考えていると、背後から足音が近づいてくる気配がした。
「殿下、お時間ですよ」
振り返ると、エメルドが穏やかな笑みを浮かべて立っていた。少し離れた場所では、アメリアとモルガンが静かに様子を見守っている。
「うん、わかってる。今行くよ」
ルベルは頷くと、私の前に一歩近づいた。
「サフィラ、今日は本当にありがとう。……また、会えたら嬉しいな」
彼の穏やかな笑みと声が、胸の奥にじんわりと染み込んできた。私は戸惑いながらも、小さく頷く。
「は、はい! ……私も、その、またお会いしたいです」
私がそう返すと、ルベルは嬉しそうに微笑み、ゆっくりと踵を返して歩き出す。
「それでは、失礼します」
モルガンが一礼をする隣で、エメルドが軽く手を上げた。
「またな、サフィラお嬢さん!」
掲げた手を軽く振って、ウィンクを投げかけられる。モルガンに脇腹を小突かれていたけれど、彼は気にする様子もなく笑いながら、ルベルの後を追って歩き出した。
3人の姿が薔薇の茂みに隠れて見えなくなったところで、私は肩の力が抜けるように「ふぅ」と息を吐く。
「お疲れ様です、お嬢様」
静かに隣へとやってきたアメリアが、優しく声をかけてくれた。なんだか久しぶりに、彼女の微笑みを見たような気がする。
「ありがとう、アメリア。……はぁ、緊張したあ」
見慣れた顔に安心して、その場に座り込みそうになる。
そんな私を見たアメリアはその笑みを一層深くし、私の手元にある小箱を見やる。
「あら、頂き物……でございますか?」
「あ、うん。そうなんだけど……あのねアメリア、ひとつ聞きたいことがあるんだけどいいかな」
私がそう問いかけると、アメリアはわずかに首を傾げながら「はい」と静かに頷いた。
ルベルの話を聞いていて、ずっと気になっていたことがある。でも、そのことを彼に直接聞く勇気がなかったのだ。
「変なこと聞いて申し訳ないんだけど……その、ルベル殿下のお母様って、ご健在なの?」
少しだけ震える声でそう尋ねると、アメリアの表情に、ほんの一瞬だけ影が差す。そしてゆっくり、やや躊躇うような声音で、
「……二年前に亡くなっていらっしゃいますわ」
彼女の返事を聞いて、「あぁ、やっぱりな」と思いながら、私は静かに頷いた。
「……そっか。……ううん、ごめんね。変なこと聞いちゃって」
「いいえ。お嬢様のご記憶はまだ、完全ではございませんからね。また不安なことがありましたら、いつでもお尋ねくださいませ」
〈カナ∽クォ〉本編では、ルベルの母・パライバ様について「ルベルが幼い頃に亡くなった」としか語られておらず、具体的な時期は不明のままだった。
けれど、これまでの彼の口ぶりからして、すでにこの世にはいないのだろうという予感はあった。
こうしてはっきりと言葉にされると、胸の奥にじわりと込み上がるものがある。
そして同時に、小箱から感じていた重みが、いっそう深く胸にのしかかる。
――つまり、彼から渡されたこの〈サートゥルヌス〉は、パライバ様の形見ということになる。
そう自覚した途端に全身の、血の気がサッと引いた。や、やっぱり返そうと思いかけたが……いや、ダメだ。
ルベルは「私に相応しい」と言って、時間をかけてこれを用意してくれたのだ。それに対し「そんな貴重なもの、私には荷が重すぎます! やっぱり受け取れません!」だなんて言える訳がない。
一体どうしたらいいんだろう。そう悩んでいると、アメリアがふと問いかけてきた。
「ところでお嬢様、ルベル殿下から何を頂いたのですか?」
「あ、うん。これ……」
私は、小箱を開き〈サートゥルヌス〉を見せる。
アメリアはそっと覗き込み、ふんわりと目を細めた。
「まあ、綺麗な幻影輝石ですわね。……輝石を頂いたのでしたら、加工をなさってはいかがでしょうか?」
「加工?」
「ええ。このクォーツラントでは、贈り物として輝石を頂いた際、それをアクセサリーなどに加工して身につけることがお相手へのお礼であり、意思表示にもなるのですよ」
「そうなんだ……」
「強制ではございませんが、贈り手の想いに応える、ひとつの形として定着しております」
ルベルが託してくれた、大切な輝石。
加工をすると言うことは、形を変えてしまう可能性があるし、正直抵抗はあるけれど、その行為が〝お礼〟になるのなら、悪くないのかもしれない。
あまり形を崩さず、もし返した時に彼が困らないようなアイテムがいいな。もしかして、加工するアイテムによって意味とかあるのだろうか。
「ねえ、アメリア。その、加工って……」
私が言いかけると、アメリアは待ってましたと言わんばかりに頷いた。
「ええ、後ほどお教えいたしますわ。では、お嬢様も、そろそろ帰りましょう」
彼女に促され、並んで歩き出す。
小箱に納められた輝石が、少しだけ熱を帯びたような気がして、私はそのぬくもりを大切に抱きしめながら、静かに、公苑を後にした。
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