その聖女、前世は魔女と呼ばれた殺し屋でした

蟹三昧

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第3章 

第24話 その殺し屋、祈りを身につける

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 ルベルとの公苑こうえんでの逢瀬おうせから、半月が経とうとしていた。

 あの、暖かくも優しい初夏しょかの思い出。
 今でもふと思い出しては、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 銀河創造のはにかみ笑顔も、好きなものについて、一所懸命いっしょけんめいに話してくれる姿。

 そして何よりも忘れられないのが……。

『僕は――君みたいに、誰かを守れる強くて優しい人になる。……君が僕を救ってくれたように、今度は僕が君を助けられるような、そんな人になりたいんだ』

 一条の星をたたえた真摯しんしな瞳!

 力強い誓いの言葉! そして、控えめに、けれどもハッキリとした声音での「ありがとう」

 どこまでも優しく、美しく、そして輝かしい陽だまりのようなその姿。

 これぞまさに、ルベル・フォン・カルブンクルス……!

 あの輝き、暖かさ。最早もはやルベル自身が、太陽そのものだと言っても過言ではないだろう。

(銀河を創造して更に太陽になるだなんて、流石はルベル……! ウッ……半月経った今でも、思い出し泣きしそう)

 何度も何度も同じ場面を思い出しては、目頭めがしらを抑える私。

 あの眼をしていたルベルなら、素敵な人になる未来は約束されたも同然だ。

 ……ゲームの彼とは違う動機で、多少の変化はあるだろうけど、それも含めて楽しみだった。

 彼の表情、手の温もり、そして誓い。この生涯しょうがい、決して忘れることはないだろう。


 ――そして私はと言うと、少しずつ、サフィラ・フォン・パパラチアとしての暮らしにも慣れてきたこの頃。

 今日も今日とて、〝お着替え隊〟による朝の儀式――もとい、身支度がはじまろうとしていた。

「お嬢様! 本日のテーマは〝さわやかで可憐かれん朝露あさつゆの精〟で行かせていただきますわ!」

 そうたからかに宣言するのは、〝お着替え隊長〟であるローズだった。

 小柄な体躯たいくに、長くて濃いピンク色の髪をツインテール。

 髪色と同じ、ピンクの瞳を爛々らんらんと輝かせながら、今日の私が身にまとう予定の、淡いミントグリーンのワンピースを高々と掲げていた。

 ローズの号令ごうれいを合図に、お着替え隊のメイドたちが、流れるような所作で、私の身支度に取り掛かる。

「はい、次はソックスの色合わせを!」

「裾のレースを強調するなら、無地が正解ですわ」

「そうね! ではお嬢様、もう一度おみ足を!」

 彼女たちに身をゆだね、なすがままの私。

 転生したての頃は動揺どうようしっぱなしだったけど、今はこのテンションにもすっかり慣れきってしまった。

 そうこうしているうちに、鏡の向こうにはミントグリーン色のケープ付きワンピースを纏った、品のいいお嬢様の姿があった。

 ワンピースなのに、まるでケープを羽織っているような、小洒落こじゃれたデザイン。

 胸元には、花をした繊細なレースがあしらわれている。

 スカートはもちろん全円型ぜんえんけい

 すそのフリルはふんだんに使われていて、その存在感を損なわせないよう、透け感のある素材のソックスがシンプルに全体を引き締めていた。

 髪型は、涼しげなハイポニーテール。リボンが重なったように見える、白いタックリボンのカチューシャが合わせられている。

(……こ、これが〝さわやかで可憐な朝露の精〟)

「きゃあ!! 今日のお嬢様も最っっっ高に可愛らしいですわ~! ……はぁ、己の才能が怖い」

 鏡に映る自分をしみじみと見ていると、背後でローズをはじめとしたメイド達がキャアキャアと黄色い声を上げる。

「お外に行くのであれば、お帽子を合わせても良さそうですわね」

「ああ~! それ絶対可愛いですぅ!」

「本当にお嬢様は何を着られてもお似合いで…。お支度したくのしがいがありますわ!」

 そんな彼女たちの賑やかな様子に、私は自然と口元を緩めた。そして、くるりと振り返る。

「みんなこそ、いつも可愛くしてくれて……本当にありがとう」

 一瞬、空気がぴたりと止まった気がした。それから――

「「「お嬢様~~~!!!」」」

 と、感極かんきわまったような声が、あちこちから上がった。

 誰かがすすっとハンカチを取り出して目元を押さえ、誰かは両手をぎゅっと胸に当てて震えていた。

 そんなメイドたちの過剰かじょうな反応に、私は思わず笑ってしまった。

「でも、今日って特にお出かけの予定もないのに……なんだか、やけに気合い入ってない?」

 私が首を傾げると、ローズが口の端を上げて、「ふっふっふ~」と不敵ふてきな笑みを浮かべた。

「実はですね、お嬢様。本日――〝例のアレ〟が、ついに完成したのですのよ!」

「〝例のアレ〟…? ってまさか」

 思わず身を乗り出しかけたそのとき、控えめなノック音と共に、お馴染なじみの彼女の声が響く。

「お嬢様、アメリアでございます」

 ガチャリと扉が開き、姿勢よく立つ黒髪のメイド服の女性――アメリアが現れる。

 白い手袋に包まれた長く整った指先には、繊細な細工がほどこされた、〝あの小箱〟が抱えられていた。

「アメリアちゃん、ナイスタイミング!」

 ローズはそう言うと、指をパチンと鳴らす。

 アメリアは静かに会釈えしゃくし、抱えていた小箱をそっと私に差し出した。

「お預けしていた〈サートゥルヌス〉の加工が完了いたしましたので、こちらにお持ちいたしましたわ」

「……わぁ」

 私の手のひらに置かれた小箱には、淡い藍色あいいろのリボンがかけられていて、装丁は可愛らしくも上品だった。

 その箱を手にした瞬間、どこか特別なぬくもりが、静かに指先へ伝わった。

 胸を高鳴らせながら、慎重にリボンを解き、そっとふたを開けると――そこには、夕暮れ空を閉じ込めたような、幻想的な色彩の輝石クォーツが鎮座していた。

 青の中に、緑とだいだいが溶け合い、見る角度によってその彩りを変えるその石は、繊細せんさいな銀の装飾に包まれ、ペンダントとして丁寧に仕立てられていた。

 そっと取り出すと、シャラリ……と装飾と同じ銀の細鎖ほそぐさりに吊られ、静かに揺れる。

「お嬢様。よろしければ、お付けいたしましょうか?」

 アメリアの提案に私は、こくんと頷いて「お願いできる?」と言って背を向けた。

 彼女の白手袋の指が、そっと私の髪を避け、細い鎖を首の後ろで絡める。

 ――カチッ

 留め具の音が静かに響き、ペンダントは私の胸元にそっと収まった。

 チェーンをやや長めの設計せっけいにしてもらったので、ペンダントトップはちょうど心臓の辺りに来るようになっている。

 胸元から、優しくも暖かい――なんとも不思議な感触が、ゆっくりと全身に広がっていく。

 アメリアから加工の提案をしてもらった後、帰りの馬車の中で、彼女に「加工するアクセサリーの意味」を教えて貰った。

 たとえば、男性から輝石クォーツを贈られた場合、女性がそれを〝指輪〟に仕立てるのは「恋心の証」や「結ばれたいという意思表示」といった、かなり恋愛色の強い意味合いになるらしい。

 推しであり、信仰対象でもあるルベルに、そんなおそれ多い真似が出来るか! ということで、指輪は真っ先に候補から除外された。

 当たり障りなく、感謝の気持ちを伝えられて、なおかつ彼がかつてそうしていたように〝お守り〟として身につけられるものがいいと話したら、ペンダントか耳飾りの二択になった。

 耳飾りもお洒落しゃれで素敵だと思ったけど、『サートゥルヌス』の大きさ的に、ペンダントがベストということになり、今にいたっている。

 このデザインであれば、もし彼に返すことになっても、問題はなさそうだ。

「どうかな?……変じゃない?」

 私がおずおずと尋ねると、ローズをはじめとした〝お着替え隊〟メイド達が、即座そくざに声を上げた。

「素敵ですわ~~~!!」

「変ではありません!とおってもお似合いです!」

「今日のお召し物にもバッチリ合っていますわ!」

 口々に褒めちぎってくれる彼女たちのはしゃぎっぷりに、つい苦笑が漏れる。

 そんな中、アメリアは静かに微笑みながら、一歩下がって落ち着いた口調で言った。

「ええ、とてもお綺麗です。ペンダントに仕立てたのは正解でしたわね」

 アメリアはそう言って、アメシストを思わせる紫色の瞳を細める。

「ありがとう…!ふふ、なんだかくすぐったいな」

 照れ笑いを浮かべながら返すと、アメリアはさらりと続けた。

「それに、最近のお嬢様は少々お転婆てんばでいらっしゃいますからね。チェーンは、丈夫な素材で作っていただきましたのよ」

 ……流石はアメリア。私の扱いに、手慣れていらっしゃる。

 この短期間で二度もあんな事があったんだから、そう遠くない未来に、三度目があると踏んでいるのだろう。

 まるで〝問題児〟か何かのような言われ方に、顔が引きり、同時に冷や汗が滲む。
 
 そんな私の気も知らず、お着替え隊はますます盛り上がりを見せていた。

「にしてもお嬢様も、隅に置けませんわね~」

「この輝石クォーツって、ルベル様のお母様であられる、パライバ様の形見なんですよね?……はぁ、もう、それってつまり……」

「きゃ~~~! 素敵すぎます~~!!」

「これはもう応援するしかありませんね!」

 「ねー!」と顔を見合わせ、鼻息荒く盛り上がるメイドたち。  

 愛だの恋だの運命だのと、当事者である私をそっちのけにして、ルベルとの恋愛話を勝手に繰り広げている。

 時折聞こえる、あり得ない妄想に頬が熱くなるものの、〝ガールズトーク〟に花を咲かせる彼女たちを見つめては、どこか、微笑ましく思うのであった。





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