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第3章
第28話 その殺し屋、家族と晩餐②
しおりを挟む(まさか、この場でその話を……?)
スプーンを持つ手がわずかに震える。
息を詰めたまま、公爵の唇が次に紡ぐ言葉を待った。心臓の鼓動が、静まり返った食卓にやけに大きく響く。
「……もしかしたら、それがプレッシャーだったのだろうね」
そう言って、公爵はニッコリと微笑んだ。
「えっ……」
「……そんな体調の悪い中、無理をしてしまったんだろう。サフィラ、強い責任感は美徳ではあるが、体調不良を甘く見てはいけないよ? 今後そのようなことがあっても、無理をしないように」
柔らかな声音に、胸の奥がきゅうと締め付けられる。違和感と安堵が、交錯していた。
公爵はそう言い終えると、ソルベを一口、口に含む。
小さな声で「うむ。いい香りだ」と呟いて朗らかに笑うその姿は、優しくて思いやりのある父親そのものだった。
「そうだったのね……。早く言ってくれればよかったのに」
お母様は、ほっと胸を撫で下ろし、優しい眼差しで私を見つめる。
「与えられた仕事を全うしようとすることは、公爵家の娘――いや、次代の〝輝石の聖女〟としても立派な姿勢だよ! ……キミの教育の賜物だね?」
「あら、そんな。……ふふ、あなたに似たのですわ」
お母様の声に、公爵の笑いが静かに交わる。両親の仲睦まじい様子を横目に、私の胸中には複雑な思いが渦巻いていた。
(この違和感は何? ……もしかして、試された? ううん、考えすぎか)
なんだか、釈然としない。わざわざ〝お使い〟の話を持ち出しておきながら、こんなにもあっさり締めくくるだなんて。
私は蟠りを抱きながらも、心の中で息を吐く。
でも、このやり取りで一つだけハッキリとわかったことがある――それは、お母様は〝こちら側〟の人間ではないということだ。
この一ヶ月間、彼女と過ごす中で注意深く観察を続けてきたが、たった今確信に変わった。もしも彼女が〝共犯者〟なら、この場で〝お使い〟の話を隠す必要はない。
そして、何より鼻につくのが……公爵の、お母様への態度だ。もともと芝居がかった話し方をする人物ではあるが、必要以上にわざとらしく感じる。
それに、お母様もお母様だ。そんな夫の姿を当たり前のように受け入れている。
彼女の目に映る公爵は、仕事熱心で家族想いの理想の旦那様。そう遠くない未来に、国家を揺るがすほどの〝大惨事〟を引き起こそうとしているだなんて、毛頭も思っていないのだろう。
私は、微笑み合う二人の横顔を眺めながら、ほんの少し眉を下げて、しょんぼりとした表情を浮かべる。
「……お父様、お母様。この度は、ご心配をおかけしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。今後は、気を付けます」
あくまで、可愛らしい十三歳の娘らしく。けれど、オーバー過ぎず。〝サフィラらしい〟落ち着いた声で、言葉を続ける。そして同時に、静かに頭を下げた。
「謝る事はないよ。サフィラがいつも一生懸命なのは、私もお母様もよく理解しているからね!」
「ええ、そうよ。貴女は何も悪くないわ」
素直に謝る娘を受け入れ、優しい言葉を掛けてくれる両親。本来であれば、心が温まる瞬間のはずなのに。
どうしてだろう。温まらないどころか――ただひたすらに、居心地が悪い。
お母様と二人でいた時には感じなかった、息苦しさ。まるで公爵に抱きしめられた、あの時に感じた感覚によく似ている。
彼の言葉は、優しくて思いやりに溢れた、耳触りのいいものばかりなのに、心がちっとも動かない。独善的で、支配的。私の意思とは裏腹に、彼の〝都合のいい方〟へ誘導されているような。
(……あぁ、そう言うことか)
ゲームのサフィラが、彼を嫌っていた理由が、漸くわかった。
パパラチア公爵は、敬虔なガルティヤ教の信者。ガルティヤ教の教義……それは、何よりも〝愛〟を尊ぶことだった筈。
彼はただ、その女神様の教えを忠実に守っているに過ぎない。妻や娘を大切にするのも、使用人に配慮するのも、すべて経典にそう書かれているからだ。
そんな彼が心から愛しているのは、妻でも娘でもなく、女神カンティヤ様ただ一人。
――〝輝石の聖女〟とは、女神様に愛されし存在。
実の娘が、その素質を持って生まれたことは、公爵にとって祝福であり、誇り。そして、信仰の証だ。
愛しき女神に選ばれた、愛すべき娘。だから公爵は、娘を溺愛している。
だが、彼がサフィラに向ける愛情は、形ばかりの征服行為だ。冷たくて支配的。優しさという鎖で縛り、善意という檻の中に囲っては、逃げ道を塞ぐ。そうして本人の気持ちや自由を奪い、やがて心の輪郭を曖昧にする。
(グルーミングって言うんだっけ。そういえば前世でも、こういうタイプの詐欺師が依頼人に居たな。……だからゲームのサフィラは、感情の起伏が少なかったのかも)
「――とは言え。体調不良が続くのは心配だ。神聖の揺らぎが落ち着くまで、今後のお呼ばれは控える方向にしよう。……これから先、万が一があるといけないからね」
そう言いながら、いつの間にか運ばれてきていたメイン料理を、フォークとナイフで静かに切り分ける公爵。
ハッとして顔を上げると、お母様も肯定するように小さく頷いていた。
「それに、今週末にある、緋冠祭の出席も見送ることにしよう」
――緋冠祭。
先ほど口直しで出てきた薔薇のソルベの香りが、ふと鼻先に蘇る。
女神カンティヤ様とカルブンクルス王家を祀る、豊穣祭。
王立植物公苑で準備に励んでいた、庭師や鳶職の人々の姿が目に浮かぶ。
緋冠祭は〈カナ∽クォ〉でも物語の序盤で、主要なイベントとして描かれており、ルベルからその話を聞いた時には胸が躍った。
王都の街は一面、緋色の花と旗に包まれ、広場には食べ物や雑貨、装飾品などの屋台が並ぶ。
王族も貴族も平民も関係なく、誰もが赤い冠を模した花飾りや帽子を纏い、歌い、踊り、笑う。
街じゅうが陽光と歓声で満ちる、クォーツラント王国の豊穣と平穏を祈る日。
――その光景をこの目で見られることを、密かに楽しみにしていたというのに。
「え……緋冠祭を、見送るのですか……?」
思わず、小さく声が漏れた。
公爵は、苦笑を浮かべながらもすぐに真面目な表情に戻る。
「サフィラが楽しみにしていたことは、わかっているよ。実はね――今年は、何やらよくない企てがあるという報せが入ったんだ」
「報せ…? それは一体どう言うことですの?」
お母様が、顔を青くしながら尋ねる。公爵は、ゆっくり頷き、そのまま続ける。
「確証が取れている訳ではないのだがね。……最近、妙な義勇団まがいの組織が話題になっているだろう? 詳しくは言えないが、どうやら彼らの動きが活発になっているそうなんだ」
義勇団まがい…? 私は、心の中で首を傾げる。
「キミたちも聞いたことはないかい? 『ウパラがクォーツラントを支配しようとしている』――彼らはそんな、くだらない流言を真に受けて、身勝手な正義を振りかざす、愚か者たちだ。そんな、非現実的なこと、ありえる筈がないのにねぇ」
『ウパラがクォーツラントを支配しようとしている』その言葉を耳にした瞬間、背筋に冷たいものが走った。
そして、同時にゲーム内で語られていたあるエピソードを思い出したのだ。
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