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第1章
第4話 その殺し屋、王宮に立つ
しおりを挟む馬車に乗せられ、揺られること早一時間。
いや、それはあくまで体感時間なので、現実の時間がどれほど経過しているかは定かではない。
そんなことより、私の脳内はぐちゃぐちゃにもつれていて、頭も心もひどくざわついていた。
(…どうしよう、本当に色んな意味でどうしよう)
目の前に広がるのは、絹張りの内装とゆらゆらと揺れるカーテン。
そして、頭の中に渦巻くのは、父親からの手紙にあった謎の一文。
【第三王子を地下倉庫に誘導するように】
という、幼い我が子への手紙とは思えない強烈な業務指示。
〝地下倉庫、王子を誘導〟
この物騒な単語並びに、殺し屋センサーが反応しまくっている。
(いやでもその前に、地下倉庫って何?どこ?っていうか、そもそもお茶会って何!?)
目の中がグルグルしてきた。実際、グルグルの渦巻きが見えている気すらする。
しかも問題はそれだけじゃない。
今、私が向かっているのは「第三王子主催のお茶会」という、とても優雅且つただことではない催し物。私はそれがどんなものであるのか、一ミリもわかっていない。
(それに、第三王子って誰のこと!?私、顔も名前も知らないのに…)
混乱しながらも、先ほどアメリアに誘導されながら見た家の中や、この馬車の外内装を見る限り、私は〝ただの良いところの子〟レベルの娘ではなさそうだ。
この子にとっては、こういったお茶会も日常茶飯事なのかもしれない。だが数時間前まで、ただの殺し屋であった私からすると完全に未知の領域である。
一応、前世では潜入任務で某国の晩餐会的なパーティーに参加したことはある。
けれど、それはあくまで「ターゲットの懐に潜り込む」ためで、今みたいに、〝お嬢様〟として純粋に招かれる立場とは訳が違う。
お茶会ってことは、紅茶でも飲むのだろうか……。
だとしたら、それも問題だ。私は紅茶についての知識も作法も何ひとつ知らない。
紅茶と言ったら、前世で日本にいた頃に自販機のペットボトルや、コンビニの甘いやつを飲んだことがあるくらいだ。
ちゃんとした茶葉の香りとか、渋みとか、そういうの……あれって、どうやって褒めればいいのだろう。
「結構なお手前で」とか? いや、それは違うか。
(……いけるのか、私)
頭の中の渦がさらに深くなる。どんどん不安が増えていく。
この私が、たかが紅茶一杯にここまで追い詰められるだなんて、一体誰が想像しただろうか。
思わずエプロンの裾をギュッと握りしめてしまう。
(…でも)
そう私は〝魔女〟。前世ではそこそこ名が知れたプロの殺し屋だったんだ。こんな修羅場、前世で幾度なく乗り越えて来た。
これはお茶会と言う名の、〝任務〟そう思えば、どうということはない。
すぅ、と息を吸い、吐きながら背筋を伸ばす。
今の私は、可愛いドレスに身を包んでいる美少女だけど、中身は違う。
前世での経験と冷静さは健在だ。
ならば今ここで怯んではいけない。未知の任務でも、初めての潜入でも、必要なのは覚悟と観察眼。それさえあれば、私は負けない。
「ええい、ままよ…!」
無意識にこぼれたその言葉に、自分でも少し笑ってしまった。
そうして、私を乗せた馬車は、王子の待つ〝戦場〟へと、静かに進んでいく。
「…お嬢様」
柔らかな声がして、現実に引き戻される。
ハッとして顔を上げると、向かいの席に座っていたアメリアが、静かに微笑みながらこちらを見ていた。
「まもなく王宮の門を通過いたします。ご準備は、よろしいでしょうか?」
覚悟を決めたはずなのに、現実に引き戻されると胸の奥がぐっと緊張で締め付けられる。喉を鳴らし、呼吸を整える。
お茶会。王子。地下倉庫。謎だらけの展開と、慣れない服装と、きらびやかな馬車。
(大丈夫、腹は決まった)
そう心で呟いて、私はこくりと小さくうなずいた。
ガタン、と車輪が揺れ、重厚な鉄の門がゆっくりと開いていく。
◇
窓から差し込む光が強まったのは、たぶん門の先に広がる庭園のせいだろう。
窓越しに見えた王宮の庭は、花が咲き誇る一幅の絵画のようだった。
短く刈り込まれた芝生に沿って、幾何学模様に並ぶ白い石畳。中央には翼の生えた女性の像を抱いた噴水があり、水音が柔らかく空気を満たしている。
石造りのテラスには、天蓋付きのテーブルと椅子がいくつも並び、陽射しを遮る純白の布が風に揺れていた。
私の家…と言っていいのだろうか、そちらの庭園も見事なものだったが、流石は王宮。
あちらが〝整備された美〟だとするなら、こちらは〝見せるために計算された美〟とでも言うべきだろうか。花の配置も、視線の誘導も、まるで一つの舞台美術のように仕上がっている。
(すごい……)
思わず心の中で、ぽそりと呟いた。
そして、すでに何人かの子どもたち……私と同じくらいの年齢の少年少女たちが、ドレスや正装を身に纏って談笑している様子が、遠くにちらりと見えた。
あそこがお茶会会場なのだろうか。
馬車がその庭の近くで止まり、アメリアが一礼をして馬車を降りていく。そして、優雅に振り返り、私に手を差し出す。
「お足元にお気をつけくださいませ」
私はぐっと息を飲んで、そして、差し出された手を取った。
馬車から降りると、陽光はまぶしく、空はどこまでも青かった。甘い香りが鼻腔を擽り、風がスカートの裾を軽く揺らす。
ふと、視線を感じて、思わず目を向けると、遠くで談笑していた令嬢たちがこちらを見ている。
目が合った瞬間、彼女たちの表情がぱっと明るくなり、そそくさと駆け寄ってきた。
「サフィラ様! お久しぶりでございますわ!」
「まあ~、今日もなんてお綺麗なのかしら…!」
……サフィラ様?
思わずぎこちない笑みを浮かべながら、私は彼女たちを見返した。
(サフィラ…?)
これまでもメイド達から何度かそう呼ばれていた気がするけれど、こうして他人の口から自分の名前をしっかりと聞かされるのは初めてだった。
(でも、何だろう…この違和感。サフィラ、って……どこかで……)
脳裏のどこかに、ひっかかる。うっすらとした既視感。
けれど、考え込む間もなく、目の前の令嬢たちが次々と話しかけてくる。
「そうそう、今日は第二王子様もいらっしゃるそうですのよ。楽しみですわよね~!」
(第二、王子様……?)
それは一体どう言う…?
「ね~」と他の令嬢たちも湧き立つ中、私はひとりで青ざめる。
……聞いてない。そんな話、一言も。
一瞬だけ聞き間違いかと思ったが、周囲の令嬢たちは一様に盛り上がっている。どうやらこれは、周知の事実らしい。
(……ちょっと待って。第三王子って言うぐらいだから、王子が複数いるのは当然だけど、よりによって二人同時に揃うなんて…!!)
ただでさえ私は、第三王子の顔も名前も知らないのに。
そこに第二王子まで加わるとなると、これはもう大混乱だ。
地下倉庫に誘導しろという指示なのに、肝心の誘導する王子がわからないという非常にマズい状況に立たされてしまった。
(嘘でしょ…一体どうしたら……。せめて名前…いや、見た目の特徴だけでも教えて欲しい…目印付けててくれ…)
心の中で頭を抱え、半泣きになっていたその時だ。
「きゃあ!第三王子様ですわ!」
「ルベル様ぁ~!」
黄色い声が一斉に弾け、周囲の空気がふわりと華やいだ。令嬢たちが一斉に姿勢を正し、視線を一点に注ぐ。
私も、思わずそちらに視線を向けた。
すると、そこに現れたのは、雪のように白い髪と肌を持つ少年だった。遠目からでも顔立ちが整っていることがわかる。
そして、少し伏せた睫毛の影から、澄み切ったルビーのような紅い視線が、静かに流れていく。
まるで絵画から…いや〝ゲームモニター〟から抜け出してきたような、神秘的なその姿に、私は思わず言葉を洩らした。
「え………、うそ、でしょ………」
(以下あとがき)
◇◆◇◆◇◆
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