帰蝶の恋~Butterfly effect~

平梨歩

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第一章 結婚編「蜜に似た毒」

第一話 最愛

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一五四四年四月、春。

金華山の山肌を、朝日が金色に染め上げている。その神々しい光を背に浴びて、一人の少女が垂直に切り立った断崖にへばりついていた。

下剋上を成し遂げて美濃の国主となった叩き上げの武将、斎藤道三の娘。
名前を、帰蝶という。


長い髪を玉結びにし、小袖の裾をめくり上げて膝小僧は丸出しだった。
しなやかに伸びる手足を自在に動かし、岩の突起を一つ一つ探りながら下へと降りていく。

腰に巻いた長縄は、崖の上のアラカシの木の幹に縛り付けてあった。

足元の、岩がせり出して平らになった場所に、鷹の巣がある。
そこに鷹のヒナが二羽、文字通り首を長くして眼前に広がる空を見ている。母鳥が餌をくわえて戻るのを待っているのだ。

父の居城・稲葉山城のそびえる山肌に鷹が巣を作ったと知ったのは、梅の花がほころび始めた冬の終わりのことだった。
帰蝶は今か今かと孵化を待った。ヒナはこの美濃国の肥沃な土壌で育った菜や虫を母鳥から与えられ、すくすく育った。
母鳥には申し訳ないが、帰蝶はこの鷹をもらい、自らの手で育てようと心に決めている。

鳥たちを驚かさないよう、慎重に近づいた。鷹の表情が見て取れる距離に到達すると、帰蝶は片手に命綱を握ったまま、もう片方の手をそっと鷹の方へ差し出した。

手前にいたヒナが、からだを伸ばして立ち上がり、かぎ状のくちばしをかっと開き、朝日を受けた金色の目を見開く。突如現れた人間に驚きながらも、必死で身を守ろうと虚勢を張るヒナにむかって、帰蝶はすいっと人差し指を向けた。くるりくるりと指を回し、ヒナとの距離を少しずつ縮めていく。

「勇敢ないい子ね。私はお前みたいに気が強そうな子が好き。立派な鷹に育ててあげる。私と稲葉山城においで」

ヒナは指の動きにつられて首をすくめたり伸ばしたりした。帰蝶と遊んでいる気分になったのか、カッと開いていたくちばしを閉じた。警戒を解いた鷹は、総立ちの羽を収めると、ひと回り小さくなった。

いつのまにか帰蝶は、ヒナの巣の上に立っている。ヒナを驚かさないように、柔らかな声で頭上に向かって言った。

「包みを下ろして」

崖の上から、縄で縛られた木綿の平包みがするりと降りてくる。

帰蝶は開いたその布地をヒナの体の下に滑り入れ、あっというまに鳥をくるみ、茶巾のように四隅を集めて縄でくくってしまった。

「すこしだけ我慢してね。傷つけたりしないから」

布越しに暴れる鳥を撫で、また崖の上に声をかける。

「引き上げて」

縄につながれた包みがもぞもぞと形を変えながら上へと登っていく。

帰蝶は頭上にヒナが引き上げられたのを見届けると、自分も岩肌に足をかけて登り始めた。



「姫、母鳥が近づいて来る。早く」

降ってきた男の声にうなずいて、縄を一層強く握ると崖をよじ登る足を速めた。

が、その時。

突起の手前でつま先が岩を捉え損ねた。

ぶらりと空をかいた足から、草履が脱げ落ちた。みるみる小さくなる草履を見下ろし、帰蝶はここで初めて高所にいる恐怖心に襲われた。

とたんに重心が崩れ、腰に縛り付けた縄の結び目を起点にぐるりと逆さ吊りになった。

「きゃっ」

眼下に広がっていたはずの木々の緑が、突如視界の上空に移動した。逆さづりになった帰蝶は山のふもとに目をやった。硬い岩に体を打ち付けて落下すれば命はない。腰に巻いていた縄を力いっぱい握りしめる手が汗に濡れた。


「姫」

ざっ、っと大きな体が、岩肌を滑り降りるやいなや、長い腕で帰蝶の肩をすくい上げると体ごと引き寄せた。

「俺から手を離すな」

男は言うと、もう片方の手で岩を掴み、的確な脚運びで素早く崖を上った。

帰蝶の体を押し上げ、自らも切り立った岩から這い上ると、帰蝶の手を取って崖から離れた木陰に座らせた。

「姫、けがはないか」

濃紺の瞳で、不安げに帰蝶の顔を覗き込む。

男は、明智十兵衛光秀。

精悍な凛々しい顔。
ふらりと各国へと旅立っては、仏門で万巻の書に触れ、軍学や薬学を学び、武術を体得し、全身傷だらけになって帰ってくる。そのたびに体は逞しく引き締まり、ひと回りもふた回りも大きく見えるほどになって戻ってくるのだ。

「光秀・・・」

動悸が収まらない。少し間違っていれば岩に体を強く打ち付けて粉々に砕けていたかもしれなかった。

「だから鷹は俺が捕ると言ったのに」

光秀が眉をひそめる。

「言ったでしょう。ヒナの母親になるには、だれよりもまず私が最初に抱かなくては」

胸の高鳴りをごまかすように顔を背ける。

「一度言い出したら聞かない、困った姫だ」

怒っていたはずの光秀の顔に、たちまち微笑みがこぼれる。

光秀は今年で十八になるはずだが、帰蝶に向けるまなざしだけは幼いころから今も変わらず、包み込むように温かい。

帰蝶の腕を引いて体を起こし、そのまま胸に抱き入れた。

「よかった、無事で」

なぜだか涙が流れ出た。

怖かった、というのもあった。だがそれ以上に、これまでにないほどにこの男への愛おしさがこみ上げてきたのだ。帰蝶は涙を見せたくなくて光秀の袖をつかんだまま胸に顔を押し当てた。

泣いているわけは、それだけではない。もうすぐ光秀は、今度は築城と鉄砲を学ぶ旅に出てしまうのだ。

思いを彼に打ち明けたことはなかった。なぜなら光秀は帰蝶のことを妹のように思っているからだ。

従妹という関係上、小さい頃からお互いをよく知りあっていた。彼が川辺で転んで泣いていた頃のことも知っているだけに、男と女として結ばれるには、あまりにも距離が近づきすぎていた。


「光秀も、落ちなくてよかった」

「俺は平気だ。姫を守るためなら俺はどんなことだってできる」

「ならば私をお嫁にもらって」

「慌てるな。そういうことは、男の俺から言わせてくれ」

───離れたくない。ずっとこうしていたい。私は光秀が好き。

帰蝶は目を閉じた。少年だったはずの光秀の胸元から、男の熱い肌の香りがした。



一五四六年、初夏。

それから二年の月日が流れた。帰蝶の鷹は峰花と名付けられ、見事な成鳥となっていた。

峰花を腕に載せ、帰蝶は草むらに目を凝らしていた。ウサギやキジの姿があれば、すぐさま峰花を放って捕らえさせるのだ。

帰蝶は遠方を見据え、人影に気付いた。

草むらの向こうに広がる稲穂の波の、さらに向こう。陽に照らされた二人の人影が揺れて見える。

目を凝らせば、それはよく見知った男の姿だった。立ち姿、歩き方だけで帰蝶には光秀だと遠目からでもわかった。が、その横を歩く女の顔までは分からない。

「光秀」

本当なら名前を呼んで駆け寄りたかった。けれども傍らに女を連れている。帰蝶はぐっと飲み込むようにしてその影を見送った。二人は竹林の小径へと姿を消してしまった。

「帰蝶、どうした?」

侍女の橘は、帰蝶の長い睫毛がふと悲しげに揺れたのを見過ごさなかった。
が、はるか遠くを歩く人物が何者かを見定めた帰蝶ほどの眼力は持ち合わせていなかった。

「今日の狩りはとりやめにするわ」

帰蝶はそう言って馬の鼻先を巡らせた。

「せっかく来たのに」

橘は口惜しそうに言って馬上の帰蝶を見上げた。

「ごめん橘、私は先に帰る」

帰蝶は馬の腹を蹴った。

この二年、光秀に再び会えるのをずっと待っていた。その姿を遠くから見ることができただけで、帰蝶の心は跳ね踊った。
・・・けれども光秀は、他の女を連れていた。

そうでなくても、この再会は心から素直に喜ぶことができない。二年のうちに帰蝶の方でも、色々なことが変わってしまったのだ。

「光秀・・・どうしてこんなときに、美濃へ戻ってくるの?」

馬の背に揺られながら帰蝶は唇をかんだ。



その夜。
帰蝶はなかなか寝付かれずに橘を呼んだ。橘はすでに眠っていたらしく、腫れた目で不機嫌そうに顔を出した。


橘は、表向きは美濃国国守の姫君に仕える優秀な侍女と評判だが、帰蝶と二人きりになれば気心知れた女友達だ。

───橘、これから私たちは友になろう。これは命令

橘に出会った時、帰蝶は、もっとも身近にいるこの少女と、どんなことも話せる信頼関係を築きたいと思った。そのために手っ取り早く朋友になってしまえばいい、そう思っての提案だった。

そんな関係の二人だ。橘はいつもそうするように、姫君の目の前で横座りでくつろいだ。帰蝶もつられて肩肘張らない格好でごろりと寝転んで話し始めた。
こうして、深夜の女同士の秘密のおしゃべりが始まる。

「光秀が歩いてたの、見た?」

「光秀さま?」

「峰花を連れて城を出た時。竹林に二人、人影が消えていったでしょう?」

帰蝶が言うと、橘は記憶をたどるように大きな目をくるりと動かしてから、あっと小さく叫んだ。すぐに眉根を寄せて顔をしかめた。

「本当に、あの男ときたらいけ好かない。よりによって帰蝶の前で女と歩くなんて」

「その言い方・・・光秀は私が見ていないところでよく女と歩いている、と?」

「そういうわけではない。ただ、あの光秀さまを、女たちは放っておくわけがないはず」

確かに光秀は、このあたりに住む女たちの注目の的だった。

土岐源氏の血を引く高貴な生まれの、文武に秀でた武士。武芸に優れるのみならず、各国を渡り歩いて得た見聞は広く、強さだけでなく知性を持ち合わせた稀有な男。さらに容姿端麗ときている。

とはいえ光秀と帰蝶は幼いときからお互いを知り尽くしている。誰かが割り込む隙間などない。
そう帰蝶は信じていた。光秀が誰かほかの女に振り向くところなど、見たくなかった。

「あの女は、誰なのかしら」

「だれでもいいのでは?今更勘ぐって何になる?だって帰蝶、あなたは明日・・・」

「そうよ。明日には私は頼充さまの妻。この際はっきり、光秀に直接会ってさようならを言っておかなければね。
二年前の約束は無かったことにしようと」

帰蝶は立ち上がった。

「帰蝶・・・」

橘はしぶしぶ立ち上がった。



侍女の姿に変装して稲葉山城を抜け出すのはこれが初めてではない。

父・道三は山の中腹の御殿を居住まいとしているが、帰蝶はふもとにある居館で寝食をしている。そのため父の目を盗んで城から出るのはたやすい。

門番の男たちも帰蝶の脱出を見て見ぬふりをしているのだ。どう諭そうにも帰蝶は一度決めたら絶対に曲げない。出て行ってはならないと言ったところで無駄なのだ。

門を出ると帰蝶と橘は明智の屋敷に向けて馬を走らせた。


幼いころに父を亡くした光秀は、明智の屋敷に母と二人で暮らしている。

光秀の叔父は、帰蝶の父である斎藤道三の家臣。
光秀はこの叔父に付き従う身だが、すでに道三から受ける信頼は厚い。時折直接呼び出されては家臣に準じた働きを求められていた。

「父からの言伝が」

出迎えた下男にそれらしい口実を取り繕って明智の屋敷の門を開かせた。しばらくすると、光秀が出迎えにやってきた。

光秀の頬に差す青白い月明かりのせいで、気品のある顔立ちがひややかに映った。久しぶりに会ったのに、淡い微笑みで帰蝶をただ見つめるだけだ。

橘には帰るよう促した。光秀は自分の居館へと帰蝶を案内した。

風のない夜。
庭に咲くクチナシの花からは甘い香りが漂い、濃紺の空には星がきらめいて二人を見下ろしている。胸の鼓動が速い。


「来てくれるのではないかと、すこし期待していたんだ」

光秀の居室に入るなり、長い腕で帰蝶の手を取って引き寄せ、抱きすくめられた。

「姫、元気だったか」

光秀の吐息がかかると、耳から全身にかけて熱いものが広がっていった。あまりの心臓の高鳴りに、肩が上下するほどだ。何をどう言っていいのかもわからない。頭は真っ白で、ただただ、いま光秀の腕の中にいること、それだけが、このときの帰蝶のすべてだった。

息を吸うと、思い切って言った。

「光秀、今日はお別れを・・・」

そこまで言うと光秀の指先が唇にふれ、言葉が零れるのを塞いだ。

「何も言うな」

「でも」

再び口を開くと今度は光秀の唇が言葉を制した。あまりにも突然のことに硬直してしまう。柔らかく触れあった唇を離すと光秀は帰蝶の双眸をじっとみつめた。こんどは帰蝶がその唇に自らを押し当てた。それを合図に二人の体が絡み合い、褥になだれ込むようにして抱き合った。

二年前は、この胸の内を支配する熱い感情が何かわからずに持て余していたが、今は違う。

───私は光秀が欲しいのだ。

飛ぶこともできなかったヒナが、ウサギを狩る立派な禽獣に成長したように、光秀に会わない間に帰蝶は獰猛な欲望を体の内側で育て続けてきたのだ。

帰蝶は帯を解いて小袖を自ら開き、裸身の光秀にしがみついた。肩に、胸に、傷跡が無数にあった。この美しい若武者は、美濃の領民を守るために自ら盾となり、矢を放ち、刀を振ってきた。美濃国のために戦い続けた愛しい体が、ここにあった。薄桃色の傷跡のすじを、舌先でたどる。光秀は甘い声を漏らし、帰蝶と頬を触れ合わせながら女の奥へと自らを沈めた。


静かな夜だった。
裸身のまま仰向いた光秀の胸に、帰蝶は汗ばんだ頬をあてる。深い呼吸に合わせて上下する胸から、深く重い心音が響く。
帰蝶はその光秀が刻む律動を聴きながら唇を開いた。いまこのときなら、光秀は止めてくれるかもしれない。そんな期待がよぎったのだ。

「私は明日、土岐頼充さまに輿入れする」

光秀の動悸が速まった気がする。帰蝶は目を閉じて祈った。

───行くなと言って、光秀。

光秀の指が、帰蝶の髪を撫でる。

「幸せになれ」

そう言ってこめかみに唇を当てた。言葉では行けといいながら、体は行くなと引き留めてくる。
光秀のこの曖昧な態度のせいで、帰蝶は思いを断ち切ることができずにいつも宙ぶらりんにされている心地がするのだ。

「本当にいいの」

「俺が行くなと言ったところでどうすることもできない。俺は、父君のいち家臣だ。姫と一緒になれる身分ではない」

「私をお嫁にもらうのではなかったの?いくじなし。父だって元は油売り。むしろ光秀のほうが良い血筋でしょう。身分なんて言い訳。私のことが嫌いなんだ。もうほかに好きな女がいるようだものね」

帰蝶は光秀から体を離して背を向けた。

「落ち着け」

体を翻し、帰蝶の両手を掴んで組み敷く。切れ長の目に見下ろされた帰蝶は得も言われぬ迫力に口をつぐんだ。

「俺たちは一緒になることはできない。いいか?姫と土岐さまの婚姻はただの男と女の結びつきではない。国を平らかにするための、お館様の戦略なんだ」

「そんなこと、言われなくてもわかってる」

「姫の輿入れによって、多くの領民が死なずに済むんだ。そういう婚姻なんだ。わかるか」

光秀の目尻がわずかに吊り上がり、怒りをにじませた。

「素直に土岐さまのもとに行ってくれ。俺なんか嫌いだといってくれ」

嫌いと言え、といいながら、光秀の唇が帰蝶のそれを塞いでくる。胸が締め付けられる。息が苦しい。もうこの男から、すぐにでも離れなければと思うのに、帰蝶の細い両腕は光秀の背中を抱いた。

「嫌いよ。光秀なんて大っ嫌い」

口ではそう言いながらも、光秀の背中にしがみついた腕を離すことができなかった。



夜明け前。
帰蝶は馬に揺られて下腹の疼きに手を当てた。重たくも甘やかな痛みが、全身を痺れさせている。火照った肌が夜気に冷やされるのに、頬はいつまでも熱かった。

稲葉山城の門前に着き、馬を降りると、門番が目を見張って帰蝶を見つめた。

「帰蝶さま、すでにお帰りかと」

門番の動揺に、帰蝶は首を傾げた。



寝所に小走りで戻ると、帰蝶の夜着をかぶって寝ているものがいた。

「誰?」

そろりとちかづいて顔をのぞいて、帰蝶は尻もちをついて後ずさる。

自分の頬を片手でさすりながら、寝ている女の頬の曲線を目で辿った。

「これは・・・私」

自分がすでに、そこに眠っている。

そろりとふすまが開く音がして、橘が、くすくす笑って悪戯そうに顔を出した。


「それは、影武者よ」

橘が寝ている女に目配せする。そのとき、夜着をかぶっっていた女が目を開いて起き上がった。

「帰蝶さま、失礼いたしました。私は菫と申します」

両手をついてかしずいた。ご丁寧に女は、帰蝶の白い寝着を身にまとってまでいる。

「私は百姓の家に生まれ、幼いころに両親を流行病で失いました。親戚のもとで暮らしていましたが、身売りされ、叡山の悪僧に乱暴されそうになったところを、明智様にたすけられ、こちらへ送り届けていただきました。今後、帰蝶さまの力になって欲しい、と・・・」

───光秀は旅先で偶然出会ったうり二つの少女を、こっそりと私のもとに送り込んだのだ

自分そっくりの影武者・・・。いざというときには身代わりとなって帰蝶の命を救う役目だ。この先いつどこで戦に巻き込まれるかわからない状況下で、ここまでよく似た女が影武者を申し出てくるとは有り難いことだった。

伏せたままの菫に、顔を上げさせた。

「昨日の朝方、竹林を光秀と歩いていたのは・・・」

「私です」

菫が答えた。

橘はため息とともに言葉を吐いた。

「憎らしい光秀さま・・・帰蝶の力に、と口では言いながら、光秀さまのほうが自らの欲望を満たすために菫を利用している」

そう言って橘は、帰蝶に意味ありげな視線を向けた。
帰蝶は思わず胸元を隠すように手を当てた。熱いまぐわいの残り香が全身からあふれ出ている気がして急にはずかしくなった。

「帰蝶さまによく似た顔かたちに生まれたのは何かのご縁、どうかおそばにおいてください」

目の前に現れたうり二つの女の顔から視線を外せないまま、帰蝶は押されるようにうなずいた。



翌日、帰蝶は土岐頼充のもとへ輿入れした。

篝火を焚いて送りに出たのは斎藤家一族、父の家臣団、侍女たち、総勢約二百。
そのなかに光秀のすがたもあった。涼やかな笑みを浮かべ、他の家臣と同様に、おめでとうございます、喜びいっぱいと言った微笑みを浮かべ、深く一礼した。



昨晩、菫は帰蝶にこう言った。
「光秀さまは、心底帰蝶さまのことをお好きなのですね。私を稲葉山城に連れる道すがら、帰蝶さまがどれほど素敵かを、ずっと話していらっしゃいました」


───せめて最後に、好きだと言ってほしかった。光秀。大っ嫌い。


輿に揺られ、山道を進む。松明がゆらゆらと、先の知れない旅の行く末を頼りなく照らしていた。

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