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Mission:消えるカジノ

第139話:復活 ~唐突すぎてついて行けない~

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「県警捜査二課が、カジノの関係者を逮捕したそうです」
 多賀が駆け込んできた。諏訪はぐっと拳を握る。南雲はカジノの危険を察知できなかった。出し抜いた。

「容疑はもちろん貸金業法違反、あとは賭博の現行犯です。一部関係者は公務執行妨害の現行犯もついてます。職員を殴ったんでしょうか。逮捕者の本名を出してもしょうがないので、源氏名で言いますけど、玉村えな、白里りさ子、田中健、大島広宣、それから……」
 諏訪の知っている名前が次々並ぶ。だが、南雲の名前も水無瀬怜次郎の名前もない。

 善良な市民、善良な通訳である南雲の逮捕状は取れなかった。水無瀬に対しては逮捕状を出したものの、本人の姿はどこにもなく、逮捕には至らなかった。だがそれは計算に織り込み済みである。

「南雲には監視がついています」
 もちろん、南雲は警察から監視されていることもお見通しに違いない。だが、だからといって水無瀬怜次郎と連絡を取らないわけにはいかないはずだ。見張っていれば絶対に連絡を取る。連絡方法がわかれば、南雲を装って水無瀬と接触できる。日本に水無瀬を呼び出すことも可能だ。

 さあ、どう出る? 水無瀬怜次郎。
 数多くの従業員が逮捕されているし、このまま放置すれば、カジノには確実に捜査が入る。今までのように、ダミーのオーナーとして他人を掴ませて逃げるわけにはいかない。いや、水無瀬が動かなければ、ダミーのオーナーを用意することすら今はできないのだ。

 勝てる。諏訪には自信があった。その時、諏訪のスマートフォンに着信が入る。千羽からだった。

* * *

「諏訪くん、わざわざおいでくださって、ありがとうございます」
 千羽は諏訪を自室に呼び出した。階級は諏訪よりはるか上のはずの千羽が、机の向こうで頭を下げる。諏訪はそのような慇懃さが、ちぐはぐに感じてどうにも落ち着かないのだが、諏訪はとりあえず敬礼を返す。
「な、何でしょうか……?」
 小柄な千羽の前で諏訪は震えていた。呼び出される心当たりなどない。県警を動かした経過はきちんと千羽に伝えているし、千羽の指導の元で行なっている。

「消えたんですよ。カジノ」
「え?」
「今朝、不知火しらぬい貴金属商会が倒産しました。カジノの運営母体が消えたことになります」
「そんな馬鹿な……」
 ここまで追い詰めたのに。また消えた。どうやって消したのかは明らかではないが、また南雲と水無瀬にしてやられたのには違いない。

「そんなことが可能なんすか、一瞬で倒産って……」
「不知火貴金属商会は、特に経営などにも問題はありませんので、不渡りを二度出したわけではありません。でも、取締役会で条件が揃うか、株のほとんどを一人で持つ人間がいたら、その人間の一存で会社をたたむことができます」
「でも、それができないように、不知火貴金属商会の人間もほとんどを逮捕したはずです」
 諏訪は反論したが、千羽はゆっくりと首を振るばかりである。

「誰か別の人間が動いてますね。書類偽造か、はてまて委任状でも作ったか。そのあたりは私もまた調べていませんが、不可能ではありません。役所は、その人物が警察に身柄を拘束されているかどうかは調べませんから」
 別の人間が誰かは調べずともわかる。南雲だ。いや、南雲にはマークがついている。そうなると水無瀬か。

「まさか、カジノを潰しに来るだなんて……」
 カジノが一度消えることは覚悟していた。だが、冬野を使えば新しいカジノにも入れるし、冬野ごと諏訪を切ったとしても、カジノでできた知り合いは冬野だけではない。いや、ここまで来れば、カジノに入らなくてもなんとかなるはずだった。
 しかし、カジノそのものを潰されたのはキツい。

「……また、ゼロからやり直しか」
 いや、ゼロからですらない。不知火貴金属商会が消えたことで、闇カジノの表の顔すらわからなくなってしまった。最悪の状況である。マイナスからのスタートだ。

 ため息をついた諏訪を見て、千羽はブルブルと首を振った。
「いえ、もう追う必要はありませんよ」
 その声に諏訪はどきりとした。慌ててもう一度敬礼し、叫ぶように言った。

「もう一度チャンスをください! 今度こそは……」
「いえ、そういうことじゃありません。諏訪くんをクビにするんじゃないんですよ。本当に追わなくていいんです。だってカジノは消えたんですから」

「でも、カジノは消えたとしても復活するはずじゃ……」
 このカジノは捜査の手が及んだら賭場を変える。では、賭場を変えるためのスタッフを拘束して捜査をすればどうなるのか、それが諏訪の狙いだった。だが、南雲は監視に気づかれずに水無瀬と連絡を取り、賭場を消して水無瀬をも逃がされた。南雲に出し抜かれた形になる。出し抜いたと思っていたのに。

 今の諏訪は現状すら把握できていない。どのように出し抜かれたかすら明らかではないのだ。南雲に大きく先を行かれてしまっている。

「諏訪くん、今回は、事情が違うんですよ」
 三嶋以上に読めない笑みを浮かべる千羽に、諏訪はすがった。
「どういう事情っすか」
「教えてあげましょう」
 千羽はちょいちょいと諏訪を席まで呼んだ。諏訪の細い目が見開かれる。事態は諏訪の全くの予想外の状態になっていた。ありえない、とすら思った。千羽はその驚いた表情を見て、くくっと小さく笑った。
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