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Mission:白の慟哭
第166話:報復 ~やられたままではいられない~
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情報課を出てからアヤナと会うまでの記憶はない。確かに仕事をしていたはずだし、自分は生活していたはずなのだが、どうにも曖昧にしか思い出せない。最近は体調も悪かったし、そのせいだろうか。
しかしアヤナとの約束を忘れないでいられてよかった。忘れてすっぽかす、あるいは直前に思い出して用意が間に合わないのでは洒落にならない。
用意が始まるのは前日の夜からだ。窓を開けて煙草のにおいを追い出し、彼女の性格から好みに合うであろう服装を予想して準備し、丁寧にアイロンをかけて靴も磨く。レストランとなると酒も入るだろうから、電車も調べておく。そして仕事が終わったら急いで着替えて待ち合わせに向かうというわけだ。
とかく、イケメンの演出には時間がかかるのである。
情報課の待ち合わせはギリギリか遅刻してばかりなのに、今日ばかりは三十分近く早めについてしまった。その時初めて、自分が緊張しているのがわかった。
今日の目的はアヤナだけではない。いかに澤田の情報を聞き出し、彼につけいる手がかりを得られるかが勝負だ。
しかし芝居人としてのプライドにかけて、緊張を表に出すわけにはいかない。
待ち合わせ場所に早く着いてはいる春日だが、向こうにこちらを見つけさせるのは味気ない。ここは目立たない場所からアヤナをいち早く探し、
「ここだよ」
斜め後ろから近づいて頭を撫でる。振り向いた彼女は二十センチほど上の春日の微笑に気付いて、顔を綻ばせた。
「すぐ近くだからさ、歩いていこうよ」
本命の女相手にならば、この距離でも歩かせはしない。しかし今回は若い女相手とあって春日は手を抜いている。いくら顔が可愛らしくても、中学の頃からアイドル活動を忙しくやっている彼女だ、異性とのデート経験が薄いのは目に見えていた。
しかし店の選び方には手を抜かない。経験の薄い女性相手だからこそ、しゃれている店を選ぶべき、というものだ。外観から既に上品な店の内装に、アヤナは大きな瞳をさらに大きくしている。ちょろい。
しかし春日の計画も全てがうまくいくとは限らないものである。
「アヤナは何にする?」
メニューを見せた時、そこでソフトドリンクを指したのが悪かったらしい。彼女は目に見えて機嫌が悪くなった。序盤から機嫌を損ねられてはたまらない。春日は宥めすかしてみたが手ごたえは良くなかった。
「……でもさ、飲酒してるところを誰かに見られたらどうするの?」
思うところがつい口を突いて出た。
「英輔と食事してるのを見つかった時点でヤバいもん」
いつの間にか呼び捨てになっている。しかも答えになっていない。
しかし、春日だって彼女に酒を飲ませた方が情報を得られやすいのだから、状況が許せばいくらでも酒を飲ませてやりたかった。しかしそこで踏みとどまっている理由は、警察官としての自覚でも彼女への配慮でもない。今後、グループや澤田と付き合っていくうえで、序盤から道を踏み外すのは大きなリスクだ、という自覚だった。
ただでさえ、売り物のアイドルを男が食事に連れて行くというのでさえ、澤田に知れたら信頼を大きく損ないかねないのである。
「まあまあ、お酒はやっぱり良くないよ。今日はやめておこうね」
「つまんないよぅ」
すでに酔っているのではないかと思うくらいの子供である。まさか、待ち合わせ前に覚醒剤を一服してきたのではなかろうな。
「わかったよ。じゃあ、夕食が終わったら俺のおすすめの店に連れて行ってあげるから。そこならバレないから安心して飲めるよ、隠れ家みたいな店だしね」
春日は苦笑して代案を出し、アヤナが渋々納得したところでまた会話に戻る。
初めから探りを入れては彼女に怪しまれる。何気ない雑談、彼女の仕事の愚痴、まずは会話を盛り上げて彼女をリラックスさせてから全てが始まる。
それなりの人気店なだけあって、料理もうまい。食事もメインが出てきたころ、春日はまた一つ仕掛ける。
「飲みたい?」
春日はワイングラスを軽く揺らし、いたずらっぽい笑みを浮かべてアヤナに尋ねた。背伸びしたがっている彼女に、いったん酒を禁止してからこっそり与えれば必ず喜ぶ。それが例えほんの一口のワインでも。人間心理を突いた業だ。
一口飲ませた程度なら、飲酒とみなされることはなかなかない。現場も抑えられにくい。最もローリスクに彼女の希望を満たすことができる。
「飲みたい!」
アヤナはぱっと顔を輝かせた。彼女は幼いころから芸能界で揉まれた人間として普段は大人ぶっているものの、やはりどこか成長しきっていない、子供っぽい部分がある。しかしそれは恋愛相手としては赤点でも、付け入る隙としては満点だ。
先日のパーティーでは不意打ちを食らってしまった。おかげで今、面倒な立ち位置になってしまっている。その憂さを晴らすように、春日はひっそりと手のひらの上で転がすのを楽しんでいた。いや、楽しいというより、報復という方が近いかもしれない。
しかしアヤナとの約束を忘れないでいられてよかった。忘れてすっぽかす、あるいは直前に思い出して用意が間に合わないのでは洒落にならない。
用意が始まるのは前日の夜からだ。窓を開けて煙草のにおいを追い出し、彼女の性格から好みに合うであろう服装を予想して準備し、丁寧にアイロンをかけて靴も磨く。レストランとなると酒も入るだろうから、電車も調べておく。そして仕事が終わったら急いで着替えて待ち合わせに向かうというわけだ。
とかく、イケメンの演出には時間がかかるのである。
情報課の待ち合わせはギリギリか遅刻してばかりなのに、今日ばかりは三十分近く早めについてしまった。その時初めて、自分が緊張しているのがわかった。
今日の目的はアヤナだけではない。いかに澤田の情報を聞き出し、彼につけいる手がかりを得られるかが勝負だ。
しかし芝居人としてのプライドにかけて、緊張を表に出すわけにはいかない。
待ち合わせ場所に早く着いてはいる春日だが、向こうにこちらを見つけさせるのは味気ない。ここは目立たない場所からアヤナをいち早く探し、
「ここだよ」
斜め後ろから近づいて頭を撫でる。振り向いた彼女は二十センチほど上の春日の微笑に気付いて、顔を綻ばせた。
「すぐ近くだからさ、歩いていこうよ」
本命の女相手にならば、この距離でも歩かせはしない。しかし今回は若い女相手とあって春日は手を抜いている。いくら顔が可愛らしくても、中学の頃からアイドル活動を忙しくやっている彼女だ、異性とのデート経験が薄いのは目に見えていた。
しかし店の選び方には手を抜かない。経験の薄い女性相手だからこそ、しゃれている店を選ぶべき、というものだ。外観から既に上品な店の内装に、アヤナは大きな瞳をさらに大きくしている。ちょろい。
しかし春日の計画も全てがうまくいくとは限らないものである。
「アヤナは何にする?」
メニューを見せた時、そこでソフトドリンクを指したのが悪かったらしい。彼女は目に見えて機嫌が悪くなった。序盤から機嫌を損ねられてはたまらない。春日は宥めすかしてみたが手ごたえは良くなかった。
「……でもさ、飲酒してるところを誰かに見られたらどうするの?」
思うところがつい口を突いて出た。
「英輔と食事してるのを見つかった時点でヤバいもん」
いつの間にか呼び捨てになっている。しかも答えになっていない。
しかし、春日だって彼女に酒を飲ませた方が情報を得られやすいのだから、状況が許せばいくらでも酒を飲ませてやりたかった。しかしそこで踏みとどまっている理由は、警察官としての自覚でも彼女への配慮でもない。今後、グループや澤田と付き合っていくうえで、序盤から道を踏み外すのは大きなリスクだ、という自覚だった。
ただでさえ、売り物のアイドルを男が食事に連れて行くというのでさえ、澤田に知れたら信頼を大きく損ないかねないのである。
「まあまあ、お酒はやっぱり良くないよ。今日はやめておこうね」
「つまんないよぅ」
すでに酔っているのではないかと思うくらいの子供である。まさか、待ち合わせ前に覚醒剤を一服してきたのではなかろうな。
「わかったよ。じゃあ、夕食が終わったら俺のおすすめの店に連れて行ってあげるから。そこならバレないから安心して飲めるよ、隠れ家みたいな店だしね」
春日は苦笑して代案を出し、アヤナが渋々納得したところでまた会話に戻る。
初めから探りを入れては彼女に怪しまれる。何気ない雑談、彼女の仕事の愚痴、まずは会話を盛り上げて彼女をリラックスさせてから全てが始まる。
それなりの人気店なだけあって、料理もうまい。食事もメインが出てきたころ、春日はまた一つ仕掛ける。
「飲みたい?」
春日はワイングラスを軽く揺らし、いたずらっぽい笑みを浮かべてアヤナに尋ねた。背伸びしたがっている彼女に、いったん酒を禁止してからこっそり与えれば必ず喜ぶ。それが例えほんの一口のワインでも。人間心理を突いた業だ。
一口飲ませた程度なら、飲酒とみなされることはなかなかない。現場も抑えられにくい。最もローリスクに彼女の希望を満たすことができる。
「飲みたい!」
アヤナはぱっと顔を輝かせた。彼女は幼いころから芸能界で揉まれた人間として普段は大人ぶっているものの、やはりどこか成長しきっていない、子供っぽい部分がある。しかしそれは恋愛相手としては赤点でも、付け入る隙としては満点だ。
先日のパーティーでは不意打ちを食らってしまった。おかげで今、面倒な立ち位置になってしまっている。その憂さを晴らすように、春日はひっそりと手のひらの上で転がすのを楽しんでいた。いや、楽しいというより、報復という方が近いかもしれない。
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