ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ

高遠まもる

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第5章

第295話

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 兄が本調子では無いことはすぐに分かったが、まさかそれが敵の斬撃耐性に由来するものだとは、オレもなかなか思い至らず声を掛けるタイミングが遅れてしまった。

 アジ・ダハーカは案外オレ達のことを、しっかりと観察していたようだ。
 クモが化けた美女はもちろん、その傷から這い出してくる漆黒の魔物達まで、全てが斬撃への耐性に特化されているのは、アジ・ダハーカが兄を脅威と認定した何よりの証と言えるだろう。

 さすが……だな。
 さすがは兄ちゃんだ。
 単純な身体能力や保有魔力、それから各種のスキルレベルなど、今やオレが兄より上回っている部分は多い。
 それなのに、未だに全く敵わない気がする。
 兄は不器用だ。
 手先の話では無い。
 生き方の話だ。
 やれば何でも出来るが、何でもかんでもはやろうとしない。
 とことん一つのことに集中する。
 そんな兄が剣道では無く剣術にハマった。
 刀の扱いでは、国内の探索者の中で右に出る者は居ないとまで言われていた時期があるぐらいだ。
 今も、対モンスター戦ではあまり使ってこなかった突きを主体に戦うことで、次第にペースを取り戻しつつある。

 図体の大きいモンスター相手に突き主体で戦うのは、確かに非効率的だ。
 ゴブリンやオークぐらいならば良い。
 人体と急所も共通している。
 しかし、それがオーガになると途端に効率が低下するのだ。
 何しろ相手がデカいのだから、普通に突いても急所に届かない。
 兄の得意とする転移からの奇襲ならば届かないなんてことは無くなるが、今度は刀とモンスターのサイズ比が問題になってくる。
 よほどしっかり急所に刺さらなければ、大した傷にならない。
 それならば最初から斬った方が早いのだ。
 オーガ程度の相手でもそうなのだから、それよりデカいトロルや巨人、あるいはそもそもの身体構造が異なるモンスター相手なら、それは尚更のことだろう。
 兄がダンジョン探索を始めてから、徐々に斬撃を主体に戦うようになったのも、無理からぬ話だ。
 オレの槍にしても、側面に月牙を配したり槌頭が取り付けられた時期が有ったりするのは、そうした武器とモンスターのサイズ比の問題と無関係ではない。
 今では魔法が有るから圧倒的にデカいモンスターを相手にしても何とか戦えているが、最初は色々と苦労をしたものだ。

 うわ……何、その五段突き。

 さっきまで余裕綽々といった態度だったクモの化身も、今は防戦一方だ。
 兄が左側から、オレが右側から攻め掛かっている恰好なのだが、散々に突きまくられて美しい顔が苦悶に歪み続けている。
 敵の魔法も今や転移無しで回避可能なぐらいまで、彼我の力関係は逆転してしまった。
 こうなると、後は一気に倒してしまわぬように気を配る必要さえ感じた程だ。
 ……まぁ、最早それほど時間を稼ぐ必要は無いみたいだけどな。

「ヒデちゃん、遅くなってゴメンね!」

 やっぱり亜衣も一緒に来ちゃったか。
 カタリナだけが駆け付けることは考えにくかったことも事実だが、出来たら亜衣には後方で待機して貰いたかった気持ちも否定出来ない。
 だが……たとえ今ここで全滅を免れても、アジ・ダハーカの目的が支配領域の拡大と内部の生命体を喰らい尽くして己の糧とすることにあるのなら、遅かれ早かれ……という話でしかないだろう。
 亜衣達が来てくれたのは、むしろ有難いぐらいだ。

「今からが本番だ。遅くなんか無いよ」

「うん、頑張るね!」

 援軍は4人。
 亜衣、カタリナ、エネア、沙奈良ちゃん。
 沙奈良ちゃんは、正直ちょっと意外だった。
 彼女がこちらに来たということは、恐らくはそれが最善手なのだろう。
 何故だか、そんな気がする。

 今のところ、アジ・ダハーカの行動に変化は見られない。
 亜衣が前衛に加わったことでオレも兄も、かなり余裕を持って戦えるようになった。
 後衛も充実したせいか、マチルダとトムが少し前進して来ている。
 クモ女の傷口から生まれ出たモンスターを倒すペースも眼に見えて早くなった。

『ヒデ、カズ、カタリナが呼んでるよ』

『我輩達が代わりに前に出ますから、ご遠慮ニャく行って差し上げて下さいませニャー』

「カタリナが……? 分かった。マチルダ、トム、ちょっとの間ここを頼む」

「ヒデだけじゃなくてオレもか? やっと調子が出てきたとこなのにな。まぁ仕方ないか。了解!」

 下がるのは転移で一瞬だ。
 亜衣も敵の斬撃耐性に苦労しているが、何も今すぐ倒しきる必要は無い。
 トムもマチルダもメインの得物は斬撃主体だが、オレ達の戦いを見ていたせいか、それぞれに工夫して戦っている。
 少しの間なら、特に問題は無いだろう。

「ヒデ、カズ。遅くなってごめんなさい」

「いや、あくまで問題はアレだ。亜衣にも言ったけど、本番はこれからだろう」

「それより、何の用だ? ヒデはともかくオレまで呼ぶ必要が有ったか?」

「もちろんよ。まずは簡単に作戦を説明するから、修正すべき点が有ったら遠慮なく言ってちょうだい。どうしても貴方達が主力になるのだし……」

 ◆

「なるほど、な。それは思いもよらなかったよ」

「だな。まさか、アレがそんな存在だったとは……」

「もちろん想定とは異なる可能性は有る。あくまで伝わっている話ではこう……というだけなのだし」

「いえ、私もカタリナさんの作戦が最善だと思います」

 ……沙奈良ちゃんも賛成か。
 トリアもエネアも、特に異存は無いようだ。
 と言うよりは、確かにコレは判断が出来ないかもしれない。
 ハッキリと賛意を示した沙奈良ちゃんの方が、この場合は特異と言うべきだろう。
 やはり彼女に見えているモノは、オレ達とは根本的に違っているようだ。
 恐らくは例のアレ……沙奈良ちゃんの固有スキルが関係しているのだと思う。

「まぁ、他に何も思い付かないしな。ヒデが良いならオレは全く構わないぞ?」

「今の段階では、オレもカタリナの作戦に乗るべきだと思うし、実際それしか無い気もしてるよ。この作戦、亜衣やマチルダ達は知っているのか?」

「亜衣には道すがら話しておいたわ。マチルダとトムはこれからね。貴方達がトム達の代わりに前に出て、蛇龍の下僕どもを一掃するまでには了解を得ておくつもりよ」

「よし、なら善は急げだ。兄ちゃん、行こう」

「おう!」

 初めて道筋が見えて来た気がする。
 決して退けない戦い。
 護るための戦い。
 勝算は未だに僅かにしか無い。

 それでも、ここは挑むしか……無い。
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