心に候う

よっしー

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少女

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「ご馳走さま、なかなかのお味でしたよ。」
口元に何かを含んだまま、少女は胸元から離した男に告げる。男は虚ろな表情で、側にあったベンチへ腰掛けさせられる。時刻は夜21時45分、場所は都内のとある公園。学生服を着た少女と、仕事帰りであろうかスーツを身にまとった男が2人、そこにはいた。状況から、丁度夜道に襲ってきた男を少女が撃退したところであるようだ。唐突な男の接触に困惑し、眉間に皺を寄せてはいるが、艶やかな黒い髪に白い肌と、少女の容姿は非常に整っていた。一緒に居る男はそんな彼女に魅力され、衝動的に手を出してしまったといった所であろうか。
「全く。こんな幼気な女の子に手を出そうとは。反省してくださいね、お兄さん。」
やれやれといった表情で、先刻男に乱された上着を正す少女。楽天的な発想なのか、自分にも男に襲われるくらいの魅力はあるのだと、少女は上機嫌であった。一方で、ベンチに座っている男はどこか呆けた表情をしていた。自分の犯した過ちへの後悔、これから警察にご厄介になるかもしれないといった恐怖を浮かべるでもなく、ただ力無く無表情である。暫くして、男は眼前ではしゃぐ少女に向け、口を開いた。
「ここは…。君は誰だ?」
「自己紹介はいいんじゃないですかね。お兄さんとの縁は今日でおしまいだと思うので。また別の素敵でキレイな女性を好きになって下さいね。」
まるで自分もそうであるという勢いで、素敵とキレイの部分を強調して彼女は男へ告げる。
「あ、でも軽々しく手を出すのは今回だけにしてくださいね。それじゃあ。」
唖然とする男を後に、少女はその場を去る。少女との出会いの前後で、男には明らかに何かが起きていた。内なる衝動を暴走させて外に放出した男が、今ではそれがまるで嘘であったとでも言わんばかりに脱力状態である。まるで、記憶か"何か"を失ったかのようであった。

時刻は夜21時55分。急がなければ警察に補導される、と少女は家を目指し、帰り路を走っていた。口からは荒い吐息が大量に漏れ出ている。先程まで口に含んでいたものは、もうすっかり彼女の喉元を通り過ぎていた。



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