異世界でも働きたくないので、辺境貴族の末っ子としてもふもふと昼寝します

第1部：ゆるふわスローライフの幕開け ～元社畜、もふもふと家族に溺愛される最高の異世界生活、始めました～

第3話：優しい家族、でも待っているのは『労働』の予感！？

　マリーが下がった後も、俺――ルークは、ベッドの上で呆然としていた。
　クライネル子爵家の末っ子、ルーク・クライネル。それが、この世界での俺の新しい名前と立場らしい。

（子爵家……貴族か……やっぱり……）

　メイドがいる時点で薄々感づいてはいたが、はっきりと言葉にされると、ずしりと重いものが心にのしかかる。
　貴族といえば、華やかな生活の裏で、様々な義務や責任が伴うものだ。
　領地の経営、社交界での付き合い、跡継ぎ問題……。

（末っ子なら、跡継ぎの心配は少ないかもしれないけど……それでも、何かしらやらされるに決まってる……）

　前世の社畜根性が染みついているせいか、どうしてもネガティブな未来しか想像できない。
　自由な時間なんてものはなく、ただひたすら家の為に働かされる日々。
　そんな未来が待っているのだとしたら、一体何のために俺はこんな場所に……。

　コンコン、と控えめなノックの音がして、再びドアが開いた。
　今度はマリーではない。
　入ってきたのは、優しそうな目をした壮年の男性と、美しい貴婦人だった。
　その後ろには、年の頃が異なる三人の少年少女が心配そうな顔で立っている。

「ルーク！気がついたのだね！ああ、良かった……！」

　貴婦人が、涙を浮かべながら俺のベッドに駆け寄ってきた。
　彼女はそっと俺の額に手を当て、熱がないことを確認すると、心底安心したように息をつく。
　壮年の男性も、穏やかな表情で俺を見つめている。

（この人たちが……この世界の、俺の……両親……？）

　彼らは、父ライオネルと母セレスティーナと名乗った。
　そして、後ろにいたのは、長兄のアラン、次兄のベルトラン、姉のセシルだという。
　彼らは代わる代わる俺の顔を覗き込み、安堵の言葉を口にした。

「本当に心配したんだぞ、ルーク」
「もう大丈夫なのか？どこか痛むところはないか？」
「ルークちゃん、お姉ちゃん、ずっとここにいたのよ」

　彼らの言葉や表情からは、偽りのない愛情と心配が伝わってくる。
　前世では味わったことのない、温かい家族の眼差し。
　その温かさに、少しだけ、本当に少しだけ、心が解れるような気がした。

（この人たちは……優しい、のか……？）

　だが、すぐに社畜脳が警鐘を鳴らす。
　優しさの裏には、何か見返りを求められているのかもしれない。
　期待に応えなければ、この温かさも消えてしまうのではないか。

　父ライオネルが、俺の小さな手を優しく握った。

「馬車の事故で頭を打ったと聞いて、本当に肝を冷やしたよ。だが、こうして目を覚ましてくれて、父は嬉しい」

（馬車の事故……そうか、それで俺は……）

　どうやら、この世界に来た直接の原因は、馬車の事故らしい。
　前世の死因は曖昧なままだが、今はそんなことよりも……。

「ルーク、まだ本調子ではないだろう。ゆっくり休みなさい。何も心配することはないからね」

　母セレスティーナが、慈愛に満ちた声で言う。
　その言葉に、一瞬、甘えてしまいたくなる衝動に駆られた。
　だが、長兄アランの言葉が、その甘い考えを打ち砕く。

「父上も母上も、心配しすぎです。ルークは元々丈夫な子ですから、すぐに元気になりますよ。そうだろう、ルーク？早く元気になって、また兄様たちと……いや、これからは、クライネル家の一員として、少しずつ学ぶべきこともあるからな」

（……ほら、きた）

　アランはにこやかに言っているが、その言葉の端々に「期待」と「義務」の匂いが滲み出ているのを、俺は見逃さなかった。
　次兄のベルトランも、力強く頷いている。

「そうだぞ、ルーク！俺も剣の稽古をつけてやるからな！クライネル家の男なら、強くなくっちゃ！」

（剣の稽古……やっぱりそういう流れか……）

　姉のセシルだけは、心配そうに俺の顔を見つめている。

「アラン兄様、ベルトラン兄様、ルークちゃんはまだ本調子じゃないのですから……」

　その言葉に少し救われたが、大勢は決まっているようなものだ。
　この優しい家族の愛情は本物かもしれない。
　だが、それとこれとは話が別だ。
　貴族の家に生まれた以上、何かしらの役割を期待され、それに応えるために努力し、働かされる。
　その未来が、はっきりと見えてしまった。

（ああ……やっぱり、俺の安息の地なんて、どこにもないのか……）

　再び、深い溜息が胸の奥から込み上げてくるのを感じた。
　優しい家族。温かい眼差し。
　だが、その先に見えるのは、やはり「労働」という名の鎖だった。