異世界でも働きたくないので、辺境貴族の末っ子としてもふもふと昼寝します

第1部：ゆるふわスローライフの幕開け ～元社畜、もふもふと家族に溺愛される最高の異世界生活、始めました～

第5話：固すぎる決意！ぼくは絶対に働きたくない社畜魂、ニート宣言！

　姉のセシルが部屋を去った後も、俺の心は重く沈んだままだった。
　窓の外では、相変わらず兄たちが訓練に励んでいる。
　その光景が、まるで俺の未来を暗示しているようで、目を背けたくなった。

（剣と魔法……まさか、こんなベタなファンタジー世界だったとは……）

　前世の知識が、今の俺にとってはただの呪いだ。
　知らなければ、あるいは子供らしい無邪気さで、新しい世界に期待できたのかもしれない。
　だが、酸いも甘いも噛み分けた（主に酸い方だが）社畜アラサーの魂を持つ俺には、その先に待つであろう『過酷な現実』しか見えてこない。

（貴族の末っ子……普通なら、騎士になるか、あるいは魔法使いの道を目指すか……どっちにしろ、楽な道じゃないのは確かだ……）

　ベッドの上で膝を抱え、俯く。
　もし、この体が本当にただの七歳の子供で、前世の記憶などなければ、どんなによかっただろう。
　何も知らず、家族の愛情を素直に受け止め、兄たちのように立派な大人になることを夢見て……。

（……いや、ダメだ）

　ふと、そんな弱気な考えを振り払う。

（あの地獄を経験したからこそ、俺は……橘悠人は、二度と同じ過ちを繰り返さないと誓ったはずだ！）

　そうだ。
　あの薄暗いオフィスで、何度思ったことだろう。
　もっと楽に生きたい。
　自分の時間を取り戻したい。
　意味のない仕事や人間関係に、これ以上すり減らされたくない、と。

（それが……こんな形で叶うとは、皮肉なものだけど……）

　たとえ異世界であろうと、子供の体であろうと、俺の魂は橘悠人のままだ。
　そして、その魂は、もうこれっぽっちも『労働』というものに関わりたくないと叫んでいる。

「……絶対に……」

　思わず、声が漏れた。
　掠れて、か細い、子供の声。
　だが、その声に込められた意志は、鋼のように硬かった。

「絶対に……働きたくない……！」

　そうだ。
　それが、今の俺の、唯一にして最大の目標だ。
　この世界で、このルーク・クライネルという子供として、いかにして『働かず』に生きていくか。
　その一点に、俺の全力を注ぐのだ。

（そのためには……どうすればいい……？）

　だが、具体的な方法はすぐには思い浮かばない。
　貴族社会の常識も、この世界のルールも、俺はまだ何も知らないのだ。
　ただ「働きたくない」と駄々をこねているだけでは、いずれ強制的に何かの道を歩まされることになるだろう。

（まずは情報収集か……？ いや、下手に動き回るのも危険だ……）

　前世の経験上、無知なまま行動するのは悪手中の悪手だ。
　今はまだ、事故の後遺症で本調子ではない、という『言い訳』が使える。
　このアドバンテージを最大限に活かさなければ。

（そうだ……『病弱な子供』を演じるのはどうだ……？ いや、それだと治療と称して、もっと面倒なことに巻き込まれる可能性も……）

　頭の中で、様々なシミュレーションが繰り返される。
　だが、どれもこれも決め手に欠ける。
　焦りと不安が、再び胸を締め付け始めた。

（とにかく……今はまだ、動くべきじゃない……）

　結論は、それだった。
　下手に何かをしようとすれば、必ずボロが出る。
　今はただ、無害で、か弱く、何もできない子供を演じ続ける。
　そして、その間に、この世界の情報を集め、生き残るための――いや、『働かずに済む』ための道を探すのだ。

　固く、固く、心に誓う。
　もう二度と、社畜生活なんて送らない。
　この異世界で、俺は、俺だけの『ゆるふわニートライフ』を掴み取ってみせる。

　その決意だけが、今の俺を支える、唯一の光だった。
　たとえ、その道のりがどれほど険しく、そして馬鹿げているように見えたとしても。