キャンバスに描かれた聖騎士の純愛

樹 史桜(いつき・ふみお)

文字の大きさ
9 / 16

008 シャルロット・ハッチンソン女公爵との出会い

しおりを挟む
 エリアスとオスカーと一緒にハイドランジア正教会の食堂で、子供の頃の修道院の保育所でのことや、あれからそれぞれがどうしていたのかなどの思い出話に花を咲かせながら朝食を摂る。
 一般にも開放されている食堂で、正教会所属の職員や聖騎士らのほかに市井の者も旨い朝食を求めて利用している。その中で三人のテーブルは結構注目されていた。
 ハイドランジア正教会の聖騎士の中でファンクラブもあるほど見目麗しくて有名な三聖騎士のうち二人が揃っており、その傍らに女性が一人座っているのを見て、あの三人は一体どういう関係なのか、どちらかの恋人なのか、だとしたらエリアスとオスカーどちらの、などと邪推している声も聞こえて、ジリアンはだんだんといたたまれなくなってきた。
 決して不美人ではないにしても、化粧っ気もなく垢抜けない平凡な姿をした自分が、エリアスとオスカーのような天上の美丈夫二人のそばに侍るなど、烏滸がましいにもほどがあるのではないだろうか。そんなことを考えてしまう。

 ――幼馴染のエリアス様と恋人になったとはいえ、私なんかがこの方たちの横に並ぶなんて、つり合いがとれていないんじゃないかしら。

 これだけ綺麗な姿で立派な聖騎士、もっとふさわしい女性がこの先出てくるかもわからない。自分のような平凡な女など、いつでも簡単に捨てられてしまう可能性だってゼロではないわけで……。
 この二人に限って悪いようにはしないだろうが、それでも、これ以上捨てられて惨めな思いはしたくはなかった。

 失恋の後遺症なのか、かなり自分に自信を無くしてしまっているジリアンの思考はかなり悪い方向にぐるぐると巡ってしまう。あの自分に自信があって強気で美しいドマーゴ伯爵令嬢に元恋人の心を奪われたことが、ジリアンにはかなりのトラウマになってしまっていた。

「……ジリアン? どうしたんだ?」
「ジル、疲れが取れていないのかい? ……やはり昨夜私が無理をさせてしまっ」
「いやいやいや! 大丈夫ですから! これ、お、美味しいな~って味わっていただけですから」

 黙りこくってしまったジリアンを気遣って顔を覗き込む二人。そしてどさくさに紛れてエリアスが朝の話題としてはふさわしくない発言をしようとしたのを、ジリアンは慌てて言葉をかぶせて誤魔化した。

 ジリアンが一人気持ちをわちゃわちゃさせていたところ、三人のいるテーブルに二人の男女がやってきて声をかけてきた。その二人の登場に、食堂にいた他の聖騎士たちがはっとして立ち上がって頭を下げる。二人のうちとくに一歩前を歩く女性に向かって一礼しているようだった。

「おはよう、エリアス、オスカー」
「よう、ふたりとも今朝飯か」
「おはようございますシャルロット様、ジェラルドも」
「おはようございます。今礼拝を終えられたのですか、シャルロット様」
「ええ」

 エリアスとオスカーに話しかけてきた男女、男性のほうはダークブロンドにブルーグレイの瞳を持ち、左目に黒い眼帯をつけた大柄な聖騎士。特徴的なその姿をこの国で知らない者はほぼいない。エリアスとオスカーと並ぶ有名な聖騎士で、神竜の英雄との異名を持つジェラルド・ハートフィールドだ。
 女性の方はストロベリーブロンドに金の瞳を持ち、騎士服姿の絶世の美少女であった。
 シャルロットと呼ばれたその少女はその騎士服の胸元に様々な勲章を身に着け、そしてジェラルドを伴いエリアスとオスカーにも恭しくされているので、彼らの主であるシャルロット・ハッチンソン女公爵だとすぐにわかった。
 歳若くして様々な武芸を身に付けたマスターナイトであり、代々「王家の懐刀」と称されているハッチンソン家の現当主シャルロット・ハッチンソン。
 三人の聖騎士がこの正教会にいるのは普通だが、まさか王族の血を引く大貴族であるシャルロットまでもこの場に集結している状況、有名人にこんな近くにお目にかかれるなんて、ジリアンは夢でも見ているのかと思った。
 
「朝の礼拝の後にこちらでカフェオレを頂いてから王城の貴族会議に向かおうと思って。ここのカフェオレ、ミルクたっぷりでとても美味しいんですもの」
「今日はオスカーもお嬢の護衛で来るんだよな? お嬢のお茶が終わったら一緒に行くぞ」
「俺の方からハッチンソン家に向かおうと思ってたけど迎えに来てくださったみたいで恐縮です」
「いいのですよ、ともに参りましょう。エリアスは今日は非番でしたね。明日はよろしくお願いします」
「喜んで、シャルロット様」
「ところで……そちらのレディーは二人のお知り合い?」

 大貴族であるシャルロットと、彼女を護衛する三聖騎士が和気あいあいと話す間、それを別世界のようにぼーっと眺めていたジリアンだったが、突然会話の終わりにシャルロットがエリアスのそばで小さくなっているジリアンに目を向けたため、ジリアンは蛇に睨まれたカエルみたいに硬直してしまった。

 失恋の件で貴族女性に対してトラウマになってしまっているジリアンは、貴族女性にまた嫌な思いをさせられるのではと若干びくついてしまう。
 しかし話を自分に向けられている手前、無視するわけにもいかない。
 ただしそうなると別の問題が持ち上がる。身分の高い人と話す際のルール、である。

 ――えっと、えっと、自己紹介しなきゃいけないけど、あれだよね。貴族様から話しかけられるまで発言しちゃいけないんだっけ。え、でも、今話しかけられたよね? あれ、違うかな、エリアス様とオスカー様に話しかけたんであって、私に直接話しかけたわけじゃないんだっけ、ど、どうすればー!

 失礼をはたらいてはならないと思うばかりに心臓をばくばくさせながら一人パニックを起こしてわちゃわちゃとしているのが顔に出ていたらしいジリアンを見てエリアスがその背中をさすって落ち着かせてから、おもむろにシャルロットに向き直って答えた。

「ご紹介いたします、シャルロット様。こちらはジリアン・ゴールドバーグさん。私とオスカーの幼馴染なんです。昨日偶然に第三地区で再会して、今は私の最も大切な女性になった方です」

 エリアスはややはにかみながら、言葉の最後に自分とジリアンの関係を暴露した。別に隠すことではないにしても、言ってしまっていいものなのだろうかとジリアンはハラハラしてしまった。
 そう言われたシャルロットはその金色の瞳を大きく見開いて驚いたような表情でエリアスとジリアンを凝視している。その美しい瞳に射抜かれて、ジリアンはまさに蛇に睨まれた蛙みたいに縮こまってしまう。
 
 ――いや、怖がる必要はないんだけど……なにも貴族女性全員があのドマーゴ伯爵令嬢のような人ばかりじゃないのはわかっているけれど、やっぱりエリアス様の隣にいる私のこと、ふさわしくないと言われたりするんじゃないかしら……そうなったらもう立ち直れないかもしれない。

 失恋のトラウマと画家という職業のせいか想像力が逞しすぎるジリアンはどんどんと悪い方向へ想像が働いてしまう。その後の最悪なことを想像して、起きてもいないことに落ち込む悪循環で、とりあえずエリアスが紹介してくれたこのタイミングで挨拶をしないとと思って、蚊の鳴くような声で自己紹介する。

「ジ、ジリアン・ゴールドバーグです……」

 ぽかんとした表情でジリアンを見るシャルロットに、ジリアンはやっぱり何か言われるのではと身構えたものの、シャルロットから返ってきたのは意外な言葉だった。

「ジリアン・ゴールドバーグって……もしかして『スターリーテイルズ~十二の愛の物語~』の?」
「……っ! ひ、ひえええええっ! な、なん、なんでそれを……!」

 シャルロットの言葉に動揺したジリアンが素っ頓狂な声を上げたおかげで食堂内は何だなんだと周りがこちらを見ているのが分かった。
 それを見た三聖騎士、エリアス、オスカー、ジェラルドの三人が突然のことに目を白黒とさせる。
 
「ジ、ジル?」
「すたーりー、何ですかそれ?」
「ん? それどっかで聞いた気が……」

 首を傾げている三聖騎士をよそに、ジリアンは顔面を覆って俯くしかできない。
 
 それはジリアンがまだ本当に本当に絵を目指し始めた頃に描いた作品。縦180ミリ、横140ミリのミニキャンバスに、星座の物語それぞれの逸話のイメージ画を油彩で繊細に描いた十二枚連作だった。
 星占いで見る誕生日の星座をモチーフにした作品ということで、ジリアンも気に入っていたことから画商の父の店の片隅に売らずに飾ってもらった小さな絵画たち。

 ――売らないでねって父さんにお願いしたものの、まだ駆け出しにも満たない女流画家の作品なんてどの好事家も見向きもしなかった作品なのに……。

 なぜその作品のタイトルが天下のハッチンソン公爵家の筆頭シャルロット・ハッチンソンの口から出てきたのだろうか。

「貴方が……ジリアン・ゴールドバーグ?」
「は、はい……お、お目汚しを……し、失礼いたしま……」

 居たたまれず、流石に覚悟を決めたジリアンは、顔を覆っていた手を降ろしてシャルロットに頭を下げた。だが言葉を最後まで言い切れず、ジリアンはその降ろした手をガシリと掴まれてしまってびくりと肩を震わせる。

「貴方が……貴方様が、あの素晴らしい十二連作の作者、ジリアン・ゴールドバーグ、いえ、ジリアン先生ですの!? なんてこと……! わ、私大ファンでしてよ!」
「え、ええええっ!」
「あっ、そういやお嬢がどっかの合同芸術展で素敵素敵って興奮してた作品の作者か!」
「その通りよジェラルド! 繊細さと優美さ、女性らしい優しいタッチで描かれたその愛情あふれる絵柄で、昨今の画壇で新進気鋭の女流画家として人気を博している、あのジリアン・ゴールドバーグ先生とこんなところでお目にかかれるなんて……! ねえジェラルド、私夢でも見ているのかしら?」
「おー、頬っぺたつねってやろうか? ほれ」
「痛い……! 夢じゃありませんのね、現実ですのね! なんて素晴らしい日なの!」

 両腕を広げてジリアンを讃えるような美辞麗句を紡ぐシャルロットは、さながらオペラの役者のようであった。シャルロットのような大貴族にここまでの賛美の雨を受けて、ジリアンは讃えられた作品の拙さを思って申し訳無さすぎて風邪でもひきそうな気分になってしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
王宮の華やかな裏側で繰り広げられる、夫婦の微妙なすれ違いと崩壊の物語。 公爵夫人エレナは、幼なじみの夫ヴィクトルとの静かな絆を大切にしていた。特に、夕暮れの庭園散策は二人の聖域。 穏やかな日常が、花びらのように儚く散り始めるきっかけは、新参の侯爵令嬢イザベルの登場だ。

「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました

唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」 不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。 どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。 私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。 「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。 身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

第3皇子は妃よりも騎士団長の妹の私を溺愛している 【完結】

日下奈緒
恋愛
王家に仕える騎士の妹・リリアーナは、冷徹と噂される第3皇子アシュレイに密かに想いを寄せていた。戦の前夜、命を懸けた一戦を前に、彼のもとを訪ね純潔を捧げる。勝利の凱旋後も、皇子は毎夜彼女を呼び続け、やがてリリアーナは身籠る。正妃に拒まれていた皇子は離縁を決意し、すべてを捨ててリリアーナを正式な妃として迎える——これは、禁じられた愛が真実の絆へと変わる、激甘ロマンス。

処理中です...