スイさんの恋人~本番ありの割りきった関係は無理と言ったら恋人になろうと言われました~

樹 史桜(いつき・ふみお)

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本編

28 イケメン見酒とおいしいご飯、あとちょっとトラブル

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 宿付属のレストランは渡り廊下で繋がっているのだが、外が相変わらずの雨なので端っこに寄るとびっちゃびちゃになりそうだ。スイはちょっと濡れた床にすっ転びそうになったところをエミリオに腕を掴まれてなんとか転ばずに済んだ。
 先ほどよりは弱くなったとはいえ、まだ雨は降り続けている。明日の馬車は出るのだろうか。

 レストランに着いて、部屋番号を告げるとカウンター席でエンタメ的にシェフが調理してくれる鉄板焼きが食べられる個室に案内された。
 今日は土砂降りのせいでほぼ貸し切り状態なので個室じゃなくても良かった気もするが。
 
 核家族らしき親子連れが二組くらいいるだけで、広々とした店内は開き席で伽藍としている。客が少ないのでシェフもギャルソンもソムリエもやけに甲斐甲斐しい。もてなす相手が少ないので寂しいのかもしれない。

 今日の夕食は海の幸山の幸の豪快な鉄板焼きがメインのコースだ。
 前菜、季節のスープ、サラダ、メインの食材が選べる豪快鉄板焼き、ご飯もの、デザートにコーヒーまたは紅茶。

 エミリオは貴族出身だけれど、いわば軍人でもあるためか、気取った宮廷風コース料理よりこういう豪快な料理のほうが好きなのだそうだ。スイもどちらかというとマナーをあまり気にしなくていいこういう料理のほうが楽しめるほうである。

 西シャガ村には海も山もあるので、ステーキも海鮮焼きもたくさん食べられるらしく、あれもこれもおいしそうで、メニュー表をさんざん見まわしてから、スイは「おすすめで」とシェフとギャルソンに丸投げした。
 エミリオがくすくす笑ってソムリエのちょっといかしたおっちゃんと相談のうえ、食前酒はこれ、肉料理のときはこれ、海鮮のときはこれをタイミング見計らって出してほしい、などと料理にあったワインを注文してくれた。こういうところは貴族風で手慣れたものである。

 前菜をアテに食前酒のシェリー酒をちびりちびりとやりながら、調理器具をチャンチャン言わせて目の前の鉄板で炎をあげてアイヤー! と調理するシェフのその手もとをじっと見つめるのがエンタメ的で楽しい。

 それはそうと、鉄板の音以外に外の雨の音がやっぱりどざー、と聞こえてくる。この世界には天気予報がないので、いつ止むのかさっぱりわからない。

「エミさん~、明日大丈夫かな、ちゃんと帰れるかな」
「どうだろうな……馬車は街道の状態次第だと言っていたが」
「チャリ押して帰るのめんどー。車輪泥だらけになるぅ」
「俺も押すから。帰ってから洗うのも手伝うし」
「エミさん雨男なんでしょ、明日もこんな土砂降りだったら」
「その時は……もう一泊だな」
「うへあ」

 変な声が出たスイに、ニコニコ嬉しそうに流し目でこちらを見ながらシェリーグラスを傾けるエミリオ。いける口なのかと聞いたら、騎士団で毒耐性訓練を経験している身体にそう簡単にアルコールが回ってたまるか、ということだそうだ。

 エミリオは酒を飲んでいる姿もやっぱり様になる。なんだかんだエミリオはスイにとっては目の保養だ。雨もやまないので花見ならぬイケメン見酒としゃれこむことにする。

「てかさ、あたし実は晴れ女なんですけども」
「ほう、勝負だな」
「エミさんの不戦勝だわこんなん。この土砂降り加減見たらさぁ」
「かもしれんな。俺は筋金入りだ」
「何の自慢? もぉー。てるてる坊主でも吊るそうかな」
「テルテルボウズ?」
「てるてる坊主っていうのは……」

 てるてる坊主を知らないエミリオに説明している間にメインの鉄板焼きができあがった。
 ミディアムレアに焼かれたステーキやら海鮮焼きに「おいしいおいしい」と絶賛するスイの横で、非常に美しい所作で食事するエミリオをを見て、食も酒も進むというものである。スイもここ一年飲んだくれのシュクラに付き合い酒しているせいか、わりとウワバミなので酔っ払いはしていないのだが。

 あっという間に食べ終わり、腹もくちくなったところでデザートが出てきた。プティフールとアイスクリーム、そして口直しの紅茶だ。

「スイ、俺のも食べていいから」
「ん、ありがと。あ、でもエミさん、スイーツはちゃんと食べといたほうがいいよ」
「うん?」
「だってこれからお風呂入るんでしょ。血糖値上げとかないと」
「風呂……そ、そうだな」

 スイの言葉を反芻して、エミリオの頬が赤くなる。酒飲んでも赤くならなかったのに。
 可愛くなってついからかい口調で言いながらエミリオの脇をつんつんしてみた。

「あれれ~? 何想像してんの? エミさんが入ろって言ったんじゃない」
「あっ、こ、こら、やめなさい……」

 スイとしてはどつき漫才程度の触れ合いだったのだが、ちょうどくすぐったいところに入ったらしくイヤンと身をよじるエミリオとじゃれるスイが、イチャついているように見えたらしい店員がくすくす笑いながら、

「いいですね、仲睦まじくて。新婚さんですか?」

 と話しかけてきたので二人して一瞬固まった。すぐに我に返ったスイは、その場を取り繕うように、

「あははそう見えますぅ~? ハイ、アナタ、あ~ん」

 と言ってエミリオに一口ケーキの乗ったフォークを差し出した。
 冗談のつもりだったので、やめなさいとエミリオに窘められると思ったのだが、エミリオは真っ赤な顔をしながらも、本当にあ~ん、と口を開けてぱくりと口にした。

「ん、うまい」
「そ……そう」

 あまりに嬉しそうに言うものだから、ふざけたつもりのスイのほうがドキドキしてしまう。
 そういえば、初めて会ったあのときもこうして飴ちゃんをあ~んしてあげた気がする。あの時はエミリオの手が泥だらけだったから仕方なかったのかもしれないが、今のはエミリオの意思だろう。

 そんなことをやっているものだから、店員には完全に夫婦だと思われて、席を立って店を出る際にも、ここの温泉は子宝の湯だからとか、今度はお子さんと一緒にいらしてくださいとか、シュクラ様の祝福があらんことをとか、違うんだと言い訳する暇もないほどさんざん言われた。
 昨日会ったばかりで結婚どころか付き合ってもいないけど、ちょっとした身体の関係はありますなんて、口が裂けても言えない。

 レストランを出て相変わらずのびっちゃびちゃの渡り廊下をそそくさと渡ってロビーに出る。

「スイ、俺ちょっと手紙を出してくる。ロビーで待っててくれるか」
「お、書いたのね。生きとりますよーって手紙」

 エミリオは今回回収した自分の荷物の中に、報告用として筆記用具と便せんなどをちゃんと用意していたらしく、スイが大浴場を満喫している間に書き物をしていたようだ。
 スイが見たときはエミリオはソロ活動真っ最中だったのだが、その前に書いて、そのあと風呂に入って、服を着なおしたときにローブの匂いに発情したんだろうなとスイは邪推した。

『……スイと同じ、匂いがして』

 ――あれは女の子の匂いではなく柔軟剤ですマジで。

 それはともかく受付のカウンターのほうに件の手紙を出してもらうように頼みにいったエミリオを待つ間、ロビーのソファーに座って待つことにした。
 
 もうすっかり夜の帳が下りてしまったが、空は分厚い雲に覆われて星空すら見えない上に、バケツをひっくり返したみたいな雨が降り続いている。もしかしたらエミリオの冗談のようにもう一泊しないといけないかもしれない。あのスイートルームって一泊いくらするんだろう。聞いてもエミリオは教えてくれなかった。

 ギルドで二百万パキューも掛かる依頼をしてきたエミリオであるから、いくら後で騎士団からちゃんと経費で落ちるらしいといっても、貴族でもない一小市民であるスイは、あまりエミリオに金銭的負担をかけさせたくないので、もう一泊するのはやっぱり御免被りたい。
 
 それに二日も家を留守にしているとシュクラが心配するだろうし、鍵がかかっていても勝手に家に入れるシュクラといっても、スイが留守のときは滅多に入らないようだし、きっと今頃大好きなビールに飢えているはずだ。
 この世界に来てからの大事なお父っつぁんでもあるので、心配かけたくない。

 と、雨滴る窓の外を見ながら考えていると、前のソファーに人が座った。客が少なくてガラスキなのになんでここを選んだ? と思ったスイが顔をそちらに向けると、チャラそうな男が熱っぽい青い瞳でこちらを見ていた。

「一人? お姉さん」
「ナンパ? 間に合ってますけど」
「いきなりつれないね。こんなガラガラのロビーで黒髪美女が一人暗い窓の外を憂いを帯びたこれまた美しい瞳で眺めているから、まるで宵闇の女神かと思って、つい声をかけちゃいました」

 詩人のような美辞麗句を並べ立てる男は、赤毛のチョイ長い髪をオールバックにした若い男で、シュクラやエミリオには到底及ばないが結構綺麗な顔をしている。
 目の保養にはなるだろうが、チャラいのは御免被る。

「綺麗だね……本当に夜の女神が現れちゃったのかな? 上質な黒曜石のような黒髪と黒目のこんな美女、滅多に会えるものじゃない」
「そっすかー」
 
 チャラい男は悟でこりごりだったスイは、適当にあしらってロビー内にある土産物コーナーに行くことにした。ロビー内だからエミリオもすぐに見つけてくれるだろう。
 
 が、その男はスイにしつこくついてくる。西シャガ村の近くの観光スポットのスケッチの絵葉書を見れば、そこはこうこうこういう所で、こんな素敵なエピソードがあるとか、恋人たちにピッタリだと言って、今度僕とどう? みたいなことを話しかけてくるので、「へー」とか「ふーん」とか素っ気ない生返事を返してほぼ無視を決め込むスイ。

 ヤマウズラの有精卵を使用したというカスタードケーキの箱を手に取ろうとした瞬間、さんざん無視をされて強硬手段に出たそのナンパ男が、スイの手首を掴んで「ねえ、こっち見てよ!」と声を荒げた。

「間に合ってますって言ってんじゃん」
「そんなこと言わずに、ちょっとくらい相手してくれてもいいじゃないか宵闇の女神ちゃん」

 やめろよその名前。なんだその宵闇の女神ってのは。この世界の美の基準がどうなってるのかさっぱりわからないけれど、自分自身の基準ではスイは中の下くらいだと思っているので、こういう言葉はいかにも世辞でなんか好きじゃない。

「ナンパならもっと人の多いとこでやれば? わざわざこの土砂降りで客の少ない宿屋でやらかさなくてもさ」
「そう、土砂降りだから出会いが少なくて。でもそれだからこそ、こんなところで君を見つけたのさ♪」
「そりゃどうもご愁傷様」
「なんでさ~、ねえ、そこのバーに行かない? 一緒に飲もうよ」
「もうさんざん飲んだからいらないよ」
「じゃあ遊戯室でビリヤードは?」
「行かない行かない」
「どうして? 楽しいのに」
「行かないってば。離してって!」

 何だこの男しつこいなと嫌悪を露わに睨みつけると、そのスイの表情にもにへら~と笑って「怒った顔もかわい~」などと言って離してくれない。
 土産物屋の店員がはらはらした表情でこちらを見ているが、見ているだけならはよ止めてやってくれとそちらを鼻息あらく向いたとき、急に男の手が引きはがされた。

「痛てててっ! な、何すんだよぉ!」

 男の情けない声がロビーじゅうに響いた。
 捻り上げられた男の手首を掴んでいたのは、先ほど手紙を出しに受付に行っていたエミリオだった。低ぅ~いドス声で男に答える。

「……何すんだよ、はこっちのセリフだ。……俺の『妻』に何か用か」
「つ、妻ぁ!?」

 ――ああ、その設定使えば良かったのか。ムカつき過ぎて忘れてた。

 魔力枯渇起こしてほぼ魔法が使えない状態の魔術師だけれど、騎士団といういわば軍関係者といった細マッチョな上背のある体格のエミリオに、明らかな威圧感と殺意を浴びせられて、そのターコイズブルーの瞳を三白眼にして睨みつけられれば、このようなチャラい優男は驚きすくみ上るに決まっている。
 小便でもちびりそうになったのか、エミリオが手を離せば、男はその手首をさすりながら、こけつまろびつ「ごめんなさぁい~!」と叫んで逃げて行った。

 ナンパ男から解放されてほっとしたスイは、とりあえず未だ不機嫌MAXのエミリオに、「エミさんありがと」と軽く言ってから、おもむろに先ほど手に取ったカスタードケーキの箱を手に会計に行く。その後ろにぴったりくっついてくるエミリオにスイは少々ばつが悪くなった。

 ――けど、あたし何も悪くなくない? 何怒ってんの?

 不機嫌が収まらないエミリオに冷や汗をかきながら会計を終えると、先ほどのような低ぅ~いドス声で、「部屋に帰るぞ、スイ」と言われて、手を取られ、やや強引にスイートルームに連れ戻されてしまった。
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