スイさんの恋人~本番ありの割りきった関係は無理と言ったら恋人になろうと言われました~

樹 史桜(いつき・ふみお)

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本編

45 じゃあ恋人になろうって「じゃあ」って何だこのやろう ※R15

 シュクラは先ほどまた奉納品だという魚の干物をおすそ分けに来てくれて、今日はスイの家で晩酌するのを遠慮する旨を伝えてきた。

「明日、それを使って何かアテを作っておくれ」
「わ、わかったけど……今日はお家で飲むの? ビール持ってく?」
「いや、今日は葬儀があったのでな。吾輩は葬儀の日は断酒するのじゃ」
「あ、そうなんだ」
「ビールは明日までのお楽しみにとっておくぞい」
「あ、はーい」
「あ、そうそうスイよ。ドラゴネッティ卿じゃがのう」
「うん?」
「何か今日は落ち込み気味のようであるから、くれぐれも優しく接してやれ」
「エミさんが……まあ、そっか。わかった」
「うむ。ではの」

 そう言ってシュクラは帰っていったのだが、入れ違いに戻ってきたエミリオは、シュクラが言っていた通り明らかに元気がなかった。
 まあ、昨日のサルベージ作業で仲間の亡骸や遺品を回収して、そしてその葬儀と二日続いて、仲間だった者たちの死を改めて実感したのだからそりゃあ悲しみもするだろうなとスイは思った。

「エミさんお疲れ様。お風呂湧いてるし、ご飯もできてるよ」
「ああ……ありがとう」

 ――どうしたのって聞くのも野暮か。知り合いの死っていくら慰められたところで悲しいものは悲しいもんね。

 とりあえず再び魔力枯渇に陥ってしまったエミリオには栄養をしっかり取って休んでもらわないといけないので、おなかに優しくて栄養たっぷりの、野菜中心の和食の夕飯にしてみた。
 初めてここに来たときも魔力枯渇だったけれど、そのときよりも格段に食欲が落ちてしまっているエミリオ。
 結局、出された分はしっかり食べてくれたけれども、お替りまではしてくれなかったので、本当に心の底から落ち込んでいるのだなあと思った。

 けれども、こう言っては何だがスイの持論としては「死んだ人間のことよりも、生きている人間の生活のほうが大事」というのがある。
 亡くなられた人のことを思うと確かに悲しくなるけれど、いつまでも落ち込んでいては先に進むことはできないのだから、それはそれとしてしっかり食べて寝て、生きることを忘れないで欲しいものだ。

 何か気分が上がるといいんだけどと思って、今日クローゼットから出したエミリオの寝間着替わりのTシャツは、スイが前の世界に居たころに好きだったロックバンドのライブTシャツだ。
 仕事が忙しくて行けなかったので、公式サイトでライブ時のTシャツを購入したのだが、そのTシャツはいつもより大人気だったらしく、スイがサイトを見たときはもうXLしかサイズが無かった。
 それでも「大は小を兼ねる」と思って着る用と保管用に二枚購入したものだ。サイズが大きいためエミリオに丁度いいと思って、お風呂用にバスタオルと一緒に手渡した。

 いつものように一緒に入りたいと言うと思ったが、エミリオはバスタオルとTシャツを受け取ると「ありがとう」と微笑みながら受け取って一人でバスルームへ行ってしまった。
 大丈夫かいなと思っていたら、既に勝手知ったるシャワーの音がちゃんと聞こえてきたので、なぜかひとまず安心した。

 食事のあとを片付けて、明日の朝食の準備をしていたら、エミリオが脱衣所からほかほかしながら出てきたので、冷蔵庫から麦茶をグラスに注いで手渡してやると、エミリオはごくごくと飲んでいた。

「エミさん疲れたでしょ。先にベッドに行って寝てていいからね」
「ああ……すまないな」

 ――今日も昨日と同じできちんとゆっくり休ませたほうがいいかもね。それでなくても魔力一割切ってて体力まで消耗してるのに。それに今日はエミさん「スイと一緒じゃないと嫌だ」とかわがまま言わないし。やっぱ変かも。相当疲れてるんだなあ……。

 いつもなら一緒に風呂に入って一緒のベッドに入り、そのまま疑似的な行為が始まるわけだが、今日は精神的に参っているように見えるエミリオにそんなことさせられない気がした。

 エミリオが寝室へ向かった後ろ姿を見送ってから、スイも用意していた部屋着がわりのライブTシャツと短パン、バスタオルを持って風呂に入りに行った。

 風呂から上がって身体を拭いて、髪を乾かしたりしてから、今日ギルドからもらってきた次のダンジョンのマッピング作業の依頼書を、寝る前にもう一度見ておこうかと思い、自室(寝室)に置きっぱなしだった仕事用のバッグを取りに行くことにしたスイ。

 既に眠っているだろうエミリオを起こさないように、そーっとドアを開けたのだが、飛び込んできたのはまだベッド脇のテーブルに置いたライトが付いていて、ベッドの脇に腰かけて考え事をしていたらしいエミリオの姿だった。今日はお揃いのライブTシャツを着ていてなんだか可笑しい。

「あれっ、エミさんまだ起きてたの?」
「ああ……スイは?」
「あたしは……もうちょっと、その、今日もらってきた仕事の資料とか読んでおこうかと思って取りに来たんだ。エミさんはもう休んだほうがいいよ」

 そう言いつつ仕事用のバッグをごそごそと漁って依頼書の入ったバインダーを取り出したスイだったが、立ち上がったときにすぐそばにエミリオが立っていたので一瞬驚いて後ずさった。

「ちょ、……いきなり後ろに立たないでよエミさん。びっくりするでしょ」
「ごめん、驚かすつもりはなかった。その……ちょっといいか、スイ」
「うん?」
「…………」

 スイがバインダーをとりあえず鞄に戻して改めてエミリオに向かい合うと、エミリオはスイの手をそっと取って引き寄せ、そのままぎゅっと抱きしめてきた。

「わぷ。……エミさん? ど、どうしたの?」
「…………」

 何も言わないエミリオ。もしかして昼間の葬儀のことで悲しみがぶり返してきて人肌が恋しいのかなと思って、スイもそのまま彼の背中に腕を回した。

 しばらくそうしていたら、エミリオは何度も言いかけては止めを繰り返して、長い沈黙のあと、ようやっと口を開いた。

「……ごめん、スイ。俺の事、あとで引っ叩いたり蹴り倒したり、思う存分殴り飛ばしてくれていいから……」
「えっ」
「今日は……その、抱かせてくれないか? その、最後、まで……」
「…………えっ」

 最後まで? 最後までってどういうことだ?
 抱かせてくれって? 抱くって今のこういうハグのことじゃないっけ。
 ちょっと待って、今彼って魔力枯渇リバイバル状態だから、言ってみれば発情してるわけだよね。だから、その、ニャンニャンを、いつものヤツを所望しているのであって。
 でも何? 最後まで? 殴っても蹴ってもいいからって何?
 それって、それって。

 ――いわゆる本番行為ってやつじゃないの。

 スイはそこまで思い当たって、ふと彼の背に回していた腕を解いてエミリオの胸を押しどけた。そのまま数歩下がって疑問符がいっぱいの顔でエミリオを見た。

「え、あの、や、無理無理無理。あたしそれは無理だって……」

 それは最初から無理だとエミリオには言っておいたはずなのだ。
 エミリオとスイは身体から始まった関係だが交際などはしていない。そんな話お互いの間で一切出ていないから当たり前だ。
 スイは恋人でも配偶者でもない男と妊娠の可能性を伴う行為をするのは考えられない。百歩譲った結果が、これまでのオーラルセックスだ。それでも少しずつだが確実に魔力回復ができることを発見して、この数日間二人で頑張ってきたわけじゃないか。
 それなのに、何故今日になってエミリオはそんなことを言いだすのか。

「……その、何か、あったの? エミさん……」

 エミリオは悲痛な顔になって、おずおずとスイの足元に跪いた。まるで、女王に謁見する騎士のごとく、懇願するようにスイを見つめたまま。

 エミリオのターコイズブルーの瞳がどうしようもない焦燥感で涙に濡れていた。

「……頼む、頼むから……。俺は一分一秒でも早く王都に帰らなければならないんだ……力を貸してくれ、スイ、お願いだ……!」

 エミリオはその体勢からスイの足にしがみつくようにして涙混じりの懇願をしている。彼から感じるのは焦燥感、何故だろう、何故エミリオはそんなに焦っているのか。
 そんなすぐに帰らなければいけない用事ができたの? 帰るにしても、馬車で帰るんじゃなくて、転移魔法で一気に帰らないといけないほど急いでいるのだろうか。
 
 エミリオに以前聞いたところ、一級魔法の転移魔法の魔法陣を、このシャガ地方から王都までの長距離を移動するために作り上げるのは、大体エミリオの魔力が四割ほど削られてしまうらしい。
 彼と同じ大きさの魔力を持つスイとのオーラルセックスで回復するのは三日で二割。六日と大事を取ってもう一日、一週間ほど続ければ転移魔法一回分は回復するのではないか?

「……エミさんエミさん、あたし言ったよね? 本番ありの割りきった関係はガラじゃないから持たないって。あと一週間も休めば転移魔法使えるくらいまでは魔力も回復するだろうし、そのあとゆっくり王都で回復すれば……だからここは我慢してさあ、ベッドに戻って戻って」

 その言葉を聞いたエミリオは一度きっと顔を上げてスイの顔を見上げると、ゆらりと立ち上がってからスイの目の前に立ち、そのまま上半身をスイのほうに前傾させてきた。顔が近すぎる。無理矢理迫るつもりか。

「……って、わあああ近い近い! いくらエミさんがイケメンでも、ダメ!」
「いけめん?」

 エミリオが首をかしげているけれどそれどころじゃない。
 すぐに急いで魔力回復が必要になって王都へ一分一秒も早く帰らねばならないというなら、なおさらスイにはそんな本番行為をしても「そんなこともあったねえ」なんて割り切ることなんて絶対にできない。ヤリ逃げされるようなものじゃないか。

 スイは何度も自分に言う。自分はエミリオとは恋人でも配偶者でもないのだから。エミリオのことは好きだし、色んなことをしちゃったりもあったけれど、そこだけは現実。

「あー……ていうか、あたしはかなり未練がましいほうだから……最後までしといて割り切った身体の関係とか、ホ、ホント無理だもん」
「……割りきった関係じゃなければいいんだな?」
「は?」
「じゃあ恋人になろう、スイ。それなら良いだろう?」
「あの、ちょっと何言ってるかわかんない」

 ――恋人じゃないから無理と言ったら、じゃあ恋人になろうなんて軽すぎませんか。確かにそれを言ったらオッケーってことになっちゃうだろうけども。

「スイだって恋人はいないと言っていたじゃないか」
「今はね!? 確かにそうだけども! だからってこんな……」
「俺ではダメか? スイ……俺の恋人に……いや、俺を、スイの恋人にしてくれないか? ダメか?」
「だ、だめっていうんじゃないけども……」
「はあ……ん、もう、スイが欲しい……っ」

 ――も、もう発情しておる! はあはあって……アナタ。

 同じ大きさかそれ以上の魔力を持つ者同士、本番行為を行えば、魔力枯渇症状は一気に全回復するという。
 それは「魔力交換」という行為にあたる。もちろんお互いの粘膜同士の触れ合いなので、疑似ではいけない。基本、「生」で「膣内射精」なのだ。
 いわゆる、本格的な子づくり行為に及ぶこと。それが真の「魔力交換」だと聞いている。

 確かに短期間でエミリオの莫大な魔力を満タンに回復させるには現時点ではそれしか方法はない。

 ――だけど、だけどもね! その目的のために恋人になろうってそんなのおかしくないか?

 べつにロマンチックな恋愛に憧れているわけじゃないし、これでも男女の付き合いの現実というものは嫌というほど見た。
 でも、恋人になるっていうのは、魔力交換のためじゃなくて、好きだからなるものじゃないの? なんか、前提が違い過ぎる。

 そのままぐいぐいとベッドに向かって押されて、膝裏がベッドに当たった次の瞬間、上背のあるエミリオに、スイは軽く押し倒されていた。
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