スイさんの恋人~本番ありの割りきった関係は無理と言ったら恋人になろうと言われました~

樹 史桜(いつき・ふみお)

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本編

70 湯気のむこうのシュクラ

 全く意味はないのだけれど、足をクロスさせて「うぬぬぬ……」と唸りつつ下半身に力を入れているスイを横で片腕枕してこちらを見ているエミリオが呆れた顔をしていた。

「……何してるんだスイ」
「いや、何か……少しでも長く子種を留めておこうと、膣締めてる」
「……不要な分が流れてくるわけだから、それ意味ないよ」
「わかってんだよそんなこたあ」
「諦めて出しなさい。ほら」
「くっそ」
「女性がくそとか言わない」

 聞き分けのない子を諭す兄のような優し気な口調で、やおら起き上がってやたらと見栄えのする筋肉質な裸をさらしながら、エミリオが魔法文言を唱えた。諦めて弛緩したスイの股の間からドロリと白いものが溢れてきたのを洗浄魔法で消し去ってしまった。

 身も心も結ばれて、結婚はまだだけれど、遠距離恋愛が寂しいゆえの妊活しているスイとエミリオ。
 来るときに魔法移動で結構な魔力消費の状態のエミリオであるから、妊活のつもりが普通に魔力交換している状態である。身体をつなげるようになってまだひと月も経っていないから、妊娠したかどうかの兆候なんてさっぱりわからない。

 元の世界で妊娠検査薬でも買っておけばよかったと、スイは今更ながら後悔した。いくら元彼の悟とはすっかりご無沙汰であっても嗜みとしては買っておいても良かったのではないかと思う。

 この慣れ親しんだマンションの一室を丸ごと持ってきたような部屋は、この地に来て強大な魔力を発現したスイの力で電化製品は普通に動いたり、消耗品は買い足したいと思ったら所持金と引き換えに補充される不思議な部屋だ。
 けれど新規の現代日本の物はどんなに欲しいなと思っても魔法では手に入らないので、どうやら今この部屋の中にある物以外の新規の物が手に入ることはないようだ。

 孫はまだかと急かされる嫁でもあるまいし、この世界的な結婚適齢期は知らないけれど、現代日本でいうところでスイの二十五歳という年齢は特に焦る必要はないのだが、エミリオと普通に身体を重ねるたびに思ってしまうのだ。この男の子供を産みたいと。

 とりあえず先月の月経がいつ来たかを思い出して、遅れていないかカレンダーとにらめっこするしかない。シュクラにまたあの診察もどきのエロ・グロ・ナンセンスな行為をされるのは、もう金輪際御免被りたいわけだし。

 そんなシュクラに、スイがシャガを離れて王都へ旅行してもいいか許可を取らなければいけない。
 イチャイチャしてたのでろくに寝てもいないふわふわした頭を朝食の濃い目のコーヒーでシャキッとさせてから、スイとエミリオはシュクラ神殿にシュクラを訪ねることにした。
 いつもなら王都の門が開く時間にはエミリオは王都へ帰るのだが、今日は昼までに行けばいいようになっているそうで、一緒に居られる時間が多くてスイは嬉しかった。

 シュクラ神殿の敷地内にあるスイの家からは、神殿は徒歩一分だ。神殿前を朝の掃き掃除をしている聖人のおっちゃんらが、スイたちを見て挨拶をしてきた。

「おはようございます、スイ様。今日はドラゴネッティ卿もご一緒ですか」
「おはようございまーす」
「おはようございます。今日は午後出仕でして」
「そうでしたか。シュクラ様に御用ですか?」
「はい、起きてます?」
「どうでしょう、朝がお弱いお方でして」

 まああれだけ毎晩ビールをガブガブ飲んでいればそうだろうなと、スイとエミリオは顔を見合わせて苦笑した。

「どうする? エミさん、やっぱり日を改めるか、夜にあたしからシュクラ様に言おうか」
「そうだな……お休みになられているところを起こすのも失礼だし」
「ああ、大丈夫ですよお二方。そろそろ朝のお勤めの時間ですから、起きてもらわないと困りますので」

 好々爺な聖人のおっちゃんが二人をちょいちょいと手招きして神殿に招き入れた。応接室にでも連れていかれて待たされるのかと思いきや、おっちゃんにバトンタッチをされた聖女のおばちゃんに、こちらへどうぞと随分と奥まった部屋の前に通された。
 何事かと思っておばちゃんを見ると、ニコニコしながら「よろしくおねがいします、お二方」と言われてドアを開けられたので、何が何だかわからないが入るしかなかった。

 とりあえず、シュクラはちゃんと起きていた。だが朝の支度をしながら話をしてもいいかと言ってきたので、スイとエミリオはそれに応じているのだが。

「おはよう、スイ、ドラゴネッティ卿」
「おはよう、シュクラ様」
「おはようございます、シュクラ様。お邪魔して申し訳ありません」
「ってか、いいの? あたしらがこんな裏方のほうまで入り込んじゃって」
「かまわぬよー。他ならぬそなたらじゃしの」

 かぽーん。

 西シャガ村の温泉を思い出す、広いシュクラの浴室で水蒸気にしっとりしながら、スイとエミリオは風呂椅子に座ってシュクラと話すことになったのだ。服が濡れるだろうが、あとでエミリオが魔法で乾かしてくれると言っていた。

「すまぬな二人とも。夜なら吾輩も時間がとれたのじゃが、ドラゴネッティ卿の都合もあろうし、こんな姿で申し訳ないのう」

 シュクラはかけ流しの大理石の浴槽にゆったりと浸かりながら、風呂係らしい聖人のおっちゃんに白い長い髪を洗ってもらっている。朝の支度に忙しいと言っていたくせに、とてもそうは見えない。ちなみに今日はちゃんと男性のシュクラだ。

 湯の華なのか、乳白色の湯に胸まで浸かっているから裸の上半身が見えるだけだが、風呂なので一応全裸なシュクラ、その姿を見られることは全く恥ずかしがっていない。生粋のお貴族的な人(神だが)というのは下の世話まで召使い任せ、身体を見られたところで別段恥ずかしいとは思わないらしい。

 貴族出身のエミリオは割と平然としているので、この世界でのお貴族様の朝のお仕度ってこういうのが普通なのかとスイは思った。

 忙しいシュクラに手短に伝えるため、とりあえず本題に入ることにしたスイとエミリオは、今度スイが王都のエミリオの家族に会いに行くために、一時シャガを離れてもいいかを聞いてみた。
 シャガから離れれば、シュクラから与えられた神の愛し子チートから外れると、シュクラからも聖人聖女たちからも口酸っぱく言われてきたので、こういったことはちゃんと聞いておかないといけない。

「ん~~~~~~、結論から言うとの」
「うん?」
「原則的には却下する」
「えええええええ」
「吾輩の力が及ばぬところへスイを行かせることはできぬ」
「ちょっと離れるだけだよ、ほんの数日」
「付与された力が全て無くなるのじゃぞ。どうなるかわかっとるのかスイ?」
「えっと……」

 それはわかっているけれども、とブツブツ言い淀むスイに、シュクラは呆れた顔でスイに与えられた愛し子としてもチート能力をなぞって説明する。

「空間把握スキルとオートマッピングスキル剥奪で方向音痴」
「ぐは」
「自動書記スキル剥奪で手書き以外何もできん」
「現代人には辛い」
「モンスター遭遇率ゼロスキル剥奪で危険マシマシ。ちなみに、このスキルが働かない場合の神の愛し子はモンスターに狙われやすいぞ。奴らにとっては旨そうな匂いがするらしいからのう」
「なにそれ怖い」
「体力アップと病気罹患率ゼロスキル剥奪で様々な身体症状が出る。王都は空気悪いぞ。スギ多いし」
「うえ、花粉症再発? 忘れてたのに!」
「クリティカル率アップスキル剥奪で今までうまくいってたことがうまくいかなくなる」
「…………」

 要するに今まで普通に暮らしてこれたことが、全てシュクラの恩恵によるものだと改めて知らされることになったスイ。
 まあ、現代日本に居た一年前、仕事はブラック企業だったし、元彼の悟には浮気されるし、花粉症や季節の変わり目に必ず風邪をひいたりがあったけれど、このパブロ王国シャガ地方に異世界転移してから、まったくそういったことがなくて、のほほんと暮らしていたのも事実。確かに自分はシュクラのチートにおんぶにだっこ状態だったと思う。

 一度恵まれた生活を手に入れると、それらが一切なくなったあとの生活に戻ることは人間には難しい。一年前の生活に戻るだけだというのに、頭では大丈夫と思っていても、いざそうなったときのことを考えるとじわじわと不安がもたげてくる。

「……やはり、難しいのですね。モンスターは俺が何とかできると思ったんですが」

 騎士団の魔術師で、シャガの魔物討伐にも参加していたエミリオであるから、スイをモンスターの物理的な攻撃からは守れても、身体の病的な症状までは門外漢だ。スイの事を愛しているから、同じようにスイを大事に思っているシュクラの気持ちも良くわかるつもりだった。

 しかし、スイはエミリオと今後一緒になるとして、そのご両親への挨拶もしないでいるのはちょっと考えられない。誠意のない人間関係なんて社会人としてはちょっと罪悪感も咎める。
 それに……エミリオと今一緒に妊活しているなら尚更だ。もし無事に妊娠したら、生まれてくる子は親族みんなに祝福されて生まれてきて欲しい。
 だからこそ、今回の挨拶は必要になると思うのだ。向こうから来てもらうというのは、エミリオをこちらに引っ越させる手前、あんまりやりたくない。エミリオの兄嫁は臨月だというし、無事出産できてもしばらくは子育てでシャガに来ることなんてできないに決まっている。

 ――愛し子チートもいいことばかりじゃないんだなあ。

 八方塞がりだと思って、スイはわかりやすくがくりと頭を垂れた。エミリオが慰めるみたいに背中をさすってくれるのがなんだか申し訳ない。

 そんなスイを見て、シュクラはふうと一息ついてから、ざばっと湯から立ち上がる。白い濁り湯と湯気であまり見えなかったシュクラの裸体があらわになり、スイは慌てて目を反らした。女神なシュクラとはエミリオと一緒にあーんなこーんなをやらかした間柄だけれど、男性の体つきをしたシュクラの全裸はさすがに見てはいけない物だと思った。

 湯から上がったシュクラに、わらわらと寄ってきた風呂係の聖人がいそいそと大きなタオル的なもので身体や髪を拭き始める。
 甲斐甲斐しく世話を焼かれながらシュクラはこちらに話しかけてきた。

「スイ、吾輩は原則的には、と言ったのじゃ」
「うん……?」
「原則があるということは、例外があるということじゃろ?」
「え?」
「え?」

 長い白い髪を頭のタオルでまとめて、シルクのバスローブのようなものを纏ったシュクラは、うなだれるスイとエミリオに向かって、悪戯好きみたいなニカッとした笑みを浮かべた。

「特別に、吾輩もついて行ってやろうぞ。何、二、三日程度なら、神殿を留守にしても問題はないからの」
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