51 / 60
終息へむけて
2 誤解解消
しおりを挟む
「なッ―――!?」
正面からのシエルの攻撃を、【ジャッジメント・ルイ】を盾に間一髪防ぎきったと思った瞬間、捕らえた姿は霧のように消え去り、真上に殺意が移動している。
こちらはもう顔を見上げる余裕も、攻撃を受けるために構える間もない。感じたのは殺意だけでも、シエルはすでに攻撃態勢に入っている。
迷っている暇はないとツヴァングは真横に飛びのいたのだが、無数に放たれた突殺の7割近くをくらってしまい、身体ごと吹き飛ばされた。
「ガッ!……ごの、く、そがぁぁ……」
体中が痛むと共に、軋みをあげている。
ぽたりと。地面に口端から流れ落ちるツヴァングの血は赤ではなく紫も通り越し、濃赤黒に近くなっていた。
汚染が意識を保つギリギリまできて激しい頭痛と共に、意識してても意識が途切れて持っていかれそうになった。
すでにツヴァングの方は限界に来ているのに、シエルの方は銀の髪をなびかせ、涼しい顔ですぐ傍に降り立つ。
軽く首を傾げるところは無意識なのだろうか。
些細な仕草も腹立たしい。
スピードもパワーも全て、シエルが汚染強化されたツヴァングの上をいく。スキル攻撃ですらない一撃一撃が重く、ツヴァングが放った弾丸をひるむ事なく難なく弾き返す。
そしてシエルは全く本気を出していない。
まだまだその奥に力を隠している。
形勢は完全に逆転していた。
(これがチートキャラの本当の力かよぉ!!)
同じS10武器、シエルのチートステータスは汚染アイテムを自ら取り込むことで、イーブンに持ち込めるという考えが、あまりにも甘過ぎたのを今更ながらに痛感させられる。
『神の代行者』として世界設定された<レヴィ・スーン>に相応しいチート具合だ。
シエルの言う通り、相手の装備ステータスまでチェックしなかったのはツヴァングの落ち度だ。だが、チェックしていたとしても、根本となるシエルの基本ステータスが、端から想定を遥かに超えていたのではないだろうか。
「そろそろ終わりにしようか、ツヴァング」
無表情の顔でシエルは終わりを宣言する。
終わりもくそもない。
ツヴァングはすでに致命傷に近いダメージを負って、HPバーの残りは1割切っている。
魔力もほとんど残っていない。これでは無力も等しい。
シエルが構えた【エド・ドルグフ】が激しく光を放ち始め、究極スキルを放とうとしているのが分かっていて、不思議ともう逃げる気にもならなかった。
(俺の、楽してニート人生も、ここまでか)
いきなりゲーム世界に囚われ、ゲーム世界の<ツヴァング・リッツ>としての記憶と共に、幸か不幸か、楽して生きていけるかもしれないとようやく人生を楽しめるかと思っていたところに、シエル(終わり)がやって来る。
人生とは本当にままならない。
現実では仕事に忙殺され好きなゲームを遊ぶのもままならず、これで毎日酒を飲んで遊んで暮らせるかと思えば、あっという間に夢は終わる。
けれどゲーム世界に意識か囚われる経験なんて、普通の人生ではありえない。それを考えたら、少しは楽しい人生だったのだろうか。
「さよなら、ツヴァング」
無抑揚な終わりの言葉に、目を瞑り覚悟を決めその一撃が放たれるのを諦めて待つ。
体の痛みは変わらずだったが、驚くほど静かだ。
「なーんてねっ」
「え?」
深刻とは正反対の明るい声が頭のすぐ真上から降ってくる。
思わず顔を上げたそこには、振り下ろされる剣ではなく広げられたシエルの手のひらだった。
「【高度浄化】」
手のひらを中心に、白く暖かな光が一気に広がっていき、眩しさで目を細めた。
輝く光の向こうに見えるのは輪郭のぼやけたシエルの姿で、自分が何をされているのか考えるより、その光の暖かさが勝った。
(なんだこの光……、眩しいくせに、やたらと目が離せねぇ……)
自らを汚染させてから、ズキンズキンと耳鳴りが耳そば近くに聞こえるほどに痛かった頭痛が、あっという間に薄れていく。
「はいお終い。何マヌケ面してんの?終わったよ」
シエルに軽く頬をばちんと叩かれて、ハッと我に戻る。
無防備だった分、地味に痛い。
しかし、自分を苦しめていた頭痛は綺麗に収まり、それだけでなく手のひらに浮き立っていた黒い血管も、油断すると意識を持っていかれそうな攻撃欲も一切無くなっていた。
そして体中に負っていた傷もキレイに治っている。
叩かれた頬に手をあて、
「まさか……俺を浄化したのか……?」
究極スキルでトドメを刺すとみせかけて、ピピ・コリンの宿屋でシエルが汚染アイテムを浄化したように、自分を浄化したらしいと察する。
だが、それも究極スキルを使われたのと大差ないだろう。自ら汚染されることで強化されていた力が無くなってしまい、通常ステータスに戻っただけの話なのだから。
結局勝ち目は全くなくなってしまった。
「その通り。さーって、どうしようかな~。煮ようかな~。それとも焼いちゃおうかな~?さっきの【ヴォートルギア】、ホント痛かったんだよね~」
「もったいぶってないでさっさとトドメ刺しやがれ、くそやろう。わざわざ浄化してからトドメさすなんて、ねじ曲がったイイ根性してやがる」
「そうだね~。ツヴァング殺しちゃったらリアルに帰還しちゃって、この好き勝手遊べるニート生活からブラック会社員に逆戻りか~、大変だね~。せっかく放置してあげようと思ってたのに」
覚悟を決めたツヴァングを、【エド・ドルグフ】をくるくる回し焦らして弄ぶシエルから、思いもよらない言葉が出てきて目を見開く。
「放置?俺がプレイヤーだと分かってて、見逃すっていうのか?」
この際、この擬似世界で死ねば、現実の意識が戻る云々は置いておく。そんなことよりシエルはもっと重要なことを言った。
(こいつはリアルで意識が戻らないプレイヤーを、ゲーム世界から救出するためにアデルクライシスに送り込まれてきたんじゃないのか?)
何千、何万人がアデルクライシスの世界に意識を捕らわれたのか分からない。しかし、決して少なくはないだろう。
ログインしたら意識を失うようなゲームが危険視されないわけがない。
即座にサーバー閉鎖され、政府かゲーム運営会社かは知らないが、誰もログインできないように制限をかける。
そんな厳重管理の制限の中、ログインできるプレイヤーとそのログイン目的は絞られる。
けれども、シエルはきょとんと目を大きく見開き、
「するよ。放置。リアル戻りたくなかったんでしょ?」
「いや!だって!?えっ……、誰でもそう考えるだろ!?こんな後からログインしてくるプレイヤーなんて政府か運営会社かに頼まれて、プレイヤーをゲーム世界から救出するとかいう目的のために決まってる!」
だから危険を侵してまで、シエルを殺そうとしたのに。
「なにその被害者妄想。アニメとかラノベの見過ぎじゃない?」
「……うそだろ?」
「寧ろコッチがいくら変なデータがあるからって、運営会社や政府に話をしようとしても門前払いだから、もう諦めて自分でログインしたんだもん」
開いた口が広がらないというマヌケな状況に、ツヴァングは自分自身がなるとは考えてもいなかった。
リアルに戻れない可能性がある危険なゲームに、政府や開発運営から命令されたわけではなく、それらを見限って自らログインするような愚か者が本当にいるなんて誰が考えるだろう。
声にこそ出さなかったが、本気で『こいつこそ馬鹿だろ?』と変にふんぞりがえったシエルを見やりながら心の中で思った。
「ついでにもう一つ。自分はこの世界を救おうとか、意識失ってるプレイヤー全員を救おうだなんて、これっぽっちも考えていないから。そりゃあそっちがリアルに帰りたいって希望するなら殺してあげるし、まだこの世界でだらだらしていたいなら放置する。無理にログアウトさせてリアルで自殺されても責任持てないし。でもこの世界に自分がログインしたのは、個人的な理由のためだよ」
ただし、本当にアデルクライシスで死んだ捕囚プレイヤーが、全員意識を取り戻しているかどうかは、シエルは説明しながら半信半疑だと考えている。
所詮は政府の都合が絡んだ開示情報だ。
「個人的な理由?」
「黒崎啓一郎。知ってる?」
「知ってるも何もアデルクライシスのプロデューサーの名前だろ?」
「ツヴァングは覚えてるんだ?よかった……でもリアルじゃ誰一人忘れて、戸籍どころか存在自体誰も覚えてないよ」
「なんだそりゃ……。そういう割にお前は覚えてるんだな」
「自分だけなんだよ、兄さんを覚えてたのは……」
「お前、黒崎Pの家族か!?」
「そう。自分以外誰も兄さんを覚えてなくて、でも兄さんが残してくれたUSBにこの<シエル・レヴィンソン>のキャラデータが入ってた。サーバーが閉鎖されたアデルクライシスにも、自宅からログインできた。兄さんは絶対いるんだ、この世界のどこかに」
「お前、兄貴探すためだけに、こんな異常な世界にログインしたのかよ……?ガチで馬鹿だろ、それこそ政府に任せておくべき話じゃねぇの?」
「自分の勝手な思い込みで墓穴掘るような馬鹿に馬鹿って言われたくありませーん」
さきほど馬鹿だとツヴァングに言われたのを意趣返しする。
「さて、話もどして~、さっきツヴァングに打たれたときホント痛かったんだよねー。HPはいっぱいあっても、防御ステータスはデバフ装備のせいで通常プレイヤー並みに下がってて、痛み半端なかかったし!いくら擬似リアル化したゲームって言ったって痛すぎ!」
攻撃力ももちろん低下していたが、特に防御力に限ればプレイヤーのレベル上限にあたる200程度にまで下がっていた。
辛うじて攻撃スピードに強く影響が出る装備ではなかったので、攻撃スピードと【エド・ドルグフ】の攻撃力の強さで表面上の強さを装い、タランチュラも倒した。
まんまとツヴァングを騙すことができたのだが、痛みとなると話は別だ。
「勘違いしてたんだよ!悪かったってば!この通り謝るから!」
先ほどまでとは打って変わって、ツヴァングは顔の前で手を合わせ平謝りはじめた。
「さっきクソヤロウなんて言われちゃって傷ついたな~、ここは1つ反省も兼ねてリアルに強制送還を~」
「それは勘弁!!もう少しここ(アデルクライシス)いさせて!ほら!俺ずっとこっちいたから、ゲームの時と今の違いとか知ってること教えられるかもよ!?」
「ゲームと今(現実化)の違いかぁ、それはちょっと気になるところではあるね。アデルクライシスにいながらリアルの記憶が戻ってるってところもポイント高いし、どうしよっかな~」
確かに現実世界の記憶を持っているプレイヤーというのは、今後ケイイチロウを探す旅の中で貴重かもしれない。
ログインしてまだ1ヶ月ほどの自分が知らない情報を色々持っていることだろう。
それにツヴァングであれば十分即戦力になるし、NPCにしかなれないと思っていた鑑定士のスキルを持って、鑑定の腕も一流というのも惹かれる。
さてどうしようかと考えていたところに、
――グォオオオッ!―――
それまでの魔物の叫び声とは別格の雄たけびが木霊した。地をたたきつけるような魔力が篭った叫びで、地面に落ちていた小石が飛び跳ねた。
間違ってもエリアボスが復活したわけではない。
すぐに分かった。
この雄たけびはルシフェルの時と同じくダンジョンボスのものだ。
そして壮大なドォンと音を立てて大門が出現する。
ダンジョンボスの部屋に繋がる扉なのだろうとは簡単に予想がついたが、すぐすぐ喜んで進むには、どこまでも広がる砂漠にいきなり湧き出した大量のモンスターたちの姿に、咄嗟に扉よりも戦闘態勢を取る。
(まさかこの数のモンスターを全部退けて扉をくぐれってことじゃ!?)
装備はすでにS10装備にフルチェンジしている。
手こずるような敵ではないが、数が多すぎる。
しかし、シエルたちの警戒を他所に、砂の下から出現したモンスターたちはシエルたちを襲いださなかった。
「魔法陣!?それも転移系!?」
頭上高く空に現れた巨大な転送魔法陣。
魔物がどこに転送されているのかは、その魔法陣を通る間際、垣間見える光景を見ればすぐに判明する。
その空の転移魔法陣に向かってモンスターたちは飛んでいく。
(ちょっと!?転移魔法陣でダンジョン外に出るなんてズルもいいところじゃない!?)
裏ダンジョンの入り口だけなら洞窟を壊せばどうにかなるかと考えていたが、転移魔法陣を使われたら閉じ込めようがない。
以前に魔物がピピ・コリンに転送されたのはあくまでヴィルフリートが魔法陣に触れて、PTリーダーである自分がピピ・コリンの街にいたからだ。
なのに、PTメンバーが街にいるわけでもなく、魔物は次々と空の転移魔法陣へと上っていく。
(あの時の転送を学習したっていうの?ほんとに、ヤな勘だけは当たるんだから!)
ゲーム時代の仕様と逸脱した現象が次から次に起こって、どう対処するべきか頭をフル回転で処理していく。
一応冒険者ギルドのノアンの方にはそれとなく吹き込んでおいたが、どうだろう?
仮に裏ダンジョン攻略中は警戒していたとしても、汚染強化されたモンスターを相手に、冒険者たちがまともに戦えるかは怪しい。
数はあれど、ぶっちゃけ戦力不足だ。
「ツヴァング、【ジャッジメント・ルイ】はこのまま貸しておくから、ちょっと君、あっちに転送されてるモンスターたち駆除してきてよ」
「はぁ!?何で俺が!?」
立ち上がり、全力で拒否するツヴァングの首元に、金色のオーラをまとった【エド・ドルグフ】の切っ先を当て、ニコリと微笑む。
「ここに残ってリアルに強制送還されるのと、ピピ・コリンに転送されてるモンスター倒すのと、どっちがいい?」
笑顔で脅せば、ツヴァングも笑顔で承諾する。
ここで拒めば本当にシエルはツヴァングを殺して、リアル強制送還しかねない圧があった。
「任せろ。ピピ・コリンにちょっくら行って来るぜ」
「よろしい。ついでにオマケもあげるよ」
「お、さんきゅ」
ポンとアイテムボックスからエアーボードを取り出しツヴァングに押し付ける。
これでモンスターが通っている空の転移魔法陣まで楽に飛んでいけるし、街中に沸いているだろう魔物を効率的に駆除できるはずだ。
乗り方もプレイヤーのツヴァングなら説明しなくても、問題なく乗りこなせるだろう。
【エド・ドルグフ】の切っ先から逃げるように、ツヴァングはそそくさとエアーボードに乗って魔物と一緒に空の転移魔法陣へと消えていく。
これで街の方は大丈夫だろう。
(モンスター駆除をサボって街が全滅したら、それこそ草の根分けてでも探し出して、リアルに強制送還してやるわ)
ツヴァングの問題はほぼ解決した。ヴィルフリートとも合流できた。
そして残すところはあとひとつ。
「さて、どんなボスが待ち構えているのか分からないけど、今回は目玉だらけとか、クモとか自分の苦手分野じゃありませんように」
3度目の正直でホラー系ボスに当たらないことを祈った。
正面からのシエルの攻撃を、【ジャッジメント・ルイ】を盾に間一髪防ぎきったと思った瞬間、捕らえた姿は霧のように消え去り、真上に殺意が移動している。
こちらはもう顔を見上げる余裕も、攻撃を受けるために構える間もない。感じたのは殺意だけでも、シエルはすでに攻撃態勢に入っている。
迷っている暇はないとツヴァングは真横に飛びのいたのだが、無数に放たれた突殺の7割近くをくらってしまい、身体ごと吹き飛ばされた。
「ガッ!……ごの、く、そがぁぁ……」
体中が痛むと共に、軋みをあげている。
ぽたりと。地面に口端から流れ落ちるツヴァングの血は赤ではなく紫も通り越し、濃赤黒に近くなっていた。
汚染が意識を保つギリギリまできて激しい頭痛と共に、意識してても意識が途切れて持っていかれそうになった。
すでにツヴァングの方は限界に来ているのに、シエルの方は銀の髪をなびかせ、涼しい顔ですぐ傍に降り立つ。
軽く首を傾げるところは無意識なのだろうか。
些細な仕草も腹立たしい。
スピードもパワーも全て、シエルが汚染強化されたツヴァングの上をいく。スキル攻撃ですらない一撃一撃が重く、ツヴァングが放った弾丸をひるむ事なく難なく弾き返す。
そしてシエルは全く本気を出していない。
まだまだその奥に力を隠している。
形勢は完全に逆転していた。
(これがチートキャラの本当の力かよぉ!!)
同じS10武器、シエルのチートステータスは汚染アイテムを自ら取り込むことで、イーブンに持ち込めるという考えが、あまりにも甘過ぎたのを今更ながらに痛感させられる。
『神の代行者』として世界設定された<レヴィ・スーン>に相応しいチート具合だ。
シエルの言う通り、相手の装備ステータスまでチェックしなかったのはツヴァングの落ち度だ。だが、チェックしていたとしても、根本となるシエルの基本ステータスが、端から想定を遥かに超えていたのではないだろうか。
「そろそろ終わりにしようか、ツヴァング」
無表情の顔でシエルは終わりを宣言する。
終わりもくそもない。
ツヴァングはすでに致命傷に近いダメージを負って、HPバーの残りは1割切っている。
魔力もほとんど残っていない。これでは無力も等しい。
シエルが構えた【エド・ドルグフ】が激しく光を放ち始め、究極スキルを放とうとしているのが分かっていて、不思議ともう逃げる気にもならなかった。
(俺の、楽してニート人生も、ここまでか)
いきなりゲーム世界に囚われ、ゲーム世界の<ツヴァング・リッツ>としての記憶と共に、幸か不幸か、楽して生きていけるかもしれないとようやく人生を楽しめるかと思っていたところに、シエル(終わり)がやって来る。
人生とは本当にままならない。
現実では仕事に忙殺され好きなゲームを遊ぶのもままならず、これで毎日酒を飲んで遊んで暮らせるかと思えば、あっという間に夢は終わる。
けれどゲーム世界に意識か囚われる経験なんて、普通の人生ではありえない。それを考えたら、少しは楽しい人生だったのだろうか。
「さよなら、ツヴァング」
無抑揚な終わりの言葉に、目を瞑り覚悟を決めその一撃が放たれるのを諦めて待つ。
体の痛みは変わらずだったが、驚くほど静かだ。
「なーんてねっ」
「え?」
深刻とは正反対の明るい声が頭のすぐ真上から降ってくる。
思わず顔を上げたそこには、振り下ろされる剣ではなく広げられたシエルの手のひらだった。
「【高度浄化】」
手のひらを中心に、白く暖かな光が一気に広がっていき、眩しさで目を細めた。
輝く光の向こうに見えるのは輪郭のぼやけたシエルの姿で、自分が何をされているのか考えるより、その光の暖かさが勝った。
(なんだこの光……、眩しいくせに、やたらと目が離せねぇ……)
自らを汚染させてから、ズキンズキンと耳鳴りが耳そば近くに聞こえるほどに痛かった頭痛が、あっという間に薄れていく。
「はいお終い。何マヌケ面してんの?終わったよ」
シエルに軽く頬をばちんと叩かれて、ハッと我に戻る。
無防備だった分、地味に痛い。
しかし、自分を苦しめていた頭痛は綺麗に収まり、それだけでなく手のひらに浮き立っていた黒い血管も、油断すると意識を持っていかれそうな攻撃欲も一切無くなっていた。
そして体中に負っていた傷もキレイに治っている。
叩かれた頬に手をあて、
「まさか……俺を浄化したのか……?」
究極スキルでトドメを刺すとみせかけて、ピピ・コリンの宿屋でシエルが汚染アイテムを浄化したように、自分を浄化したらしいと察する。
だが、それも究極スキルを使われたのと大差ないだろう。自ら汚染されることで強化されていた力が無くなってしまい、通常ステータスに戻っただけの話なのだから。
結局勝ち目は全くなくなってしまった。
「その通り。さーって、どうしようかな~。煮ようかな~。それとも焼いちゃおうかな~?さっきの【ヴォートルギア】、ホント痛かったんだよね~」
「もったいぶってないでさっさとトドメ刺しやがれ、くそやろう。わざわざ浄化してからトドメさすなんて、ねじ曲がったイイ根性してやがる」
「そうだね~。ツヴァング殺しちゃったらリアルに帰還しちゃって、この好き勝手遊べるニート生活からブラック会社員に逆戻りか~、大変だね~。せっかく放置してあげようと思ってたのに」
覚悟を決めたツヴァングを、【エド・ドルグフ】をくるくる回し焦らして弄ぶシエルから、思いもよらない言葉が出てきて目を見開く。
「放置?俺がプレイヤーだと分かってて、見逃すっていうのか?」
この際、この擬似世界で死ねば、現実の意識が戻る云々は置いておく。そんなことよりシエルはもっと重要なことを言った。
(こいつはリアルで意識が戻らないプレイヤーを、ゲーム世界から救出するためにアデルクライシスに送り込まれてきたんじゃないのか?)
何千、何万人がアデルクライシスの世界に意識を捕らわれたのか分からない。しかし、決して少なくはないだろう。
ログインしたら意識を失うようなゲームが危険視されないわけがない。
即座にサーバー閉鎖され、政府かゲーム運営会社かは知らないが、誰もログインできないように制限をかける。
そんな厳重管理の制限の中、ログインできるプレイヤーとそのログイン目的は絞られる。
けれども、シエルはきょとんと目を大きく見開き、
「するよ。放置。リアル戻りたくなかったんでしょ?」
「いや!だって!?えっ……、誰でもそう考えるだろ!?こんな後からログインしてくるプレイヤーなんて政府か運営会社かに頼まれて、プレイヤーをゲーム世界から救出するとかいう目的のために決まってる!」
だから危険を侵してまで、シエルを殺そうとしたのに。
「なにその被害者妄想。アニメとかラノベの見過ぎじゃない?」
「……うそだろ?」
「寧ろコッチがいくら変なデータがあるからって、運営会社や政府に話をしようとしても門前払いだから、もう諦めて自分でログインしたんだもん」
開いた口が広がらないというマヌケな状況に、ツヴァングは自分自身がなるとは考えてもいなかった。
リアルに戻れない可能性がある危険なゲームに、政府や開発運営から命令されたわけではなく、それらを見限って自らログインするような愚か者が本当にいるなんて誰が考えるだろう。
声にこそ出さなかったが、本気で『こいつこそ馬鹿だろ?』と変にふんぞりがえったシエルを見やりながら心の中で思った。
「ついでにもう一つ。自分はこの世界を救おうとか、意識失ってるプレイヤー全員を救おうだなんて、これっぽっちも考えていないから。そりゃあそっちがリアルに帰りたいって希望するなら殺してあげるし、まだこの世界でだらだらしていたいなら放置する。無理にログアウトさせてリアルで自殺されても責任持てないし。でもこの世界に自分がログインしたのは、個人的な理由のためだよ」
ただし、本当にアデルクライシスで死んだ捕囚プレイヤーが、全員意識を取り戻しているかどうかは、シエルは説明しながら半信半疑だと考えている。
所詮は政府の都合が絡んだ開示情報だ。
「個人的な理由?」
「黒崎啓一郎。知ってる?」
「知ってるも何もアデルクライシスのプロデューサーの名前だろ?」
「ツヴァングは覚えてるんだ?よかった……でもリアルじゃ誰一人忘れて、戸籍どころか存在自体誰も覚えてないよ」
「なんだそりゃ……。そういう割にお前は覚えてるんだな」
「自分だけなんだよ、兄さんを覚えてたのは……」
「お前、黒崎Pの家族か!?」
「そう。自分以外誰も兄さんを覚えてなくて、でも兄さんが残してくれたUSBにこの<シエル・レヴィンソン>のキャラデータが入ってた。サーバーが閉鎖されたアデルクライシスにも、自宅からログインできた。兄さんは絶対いるんだ、この世界のどこかに」
「お前、兄貴探すためだけに、こんな異常な世界にログインしたのかよ……?ガチで馬鹿だろ、それこそ政府に任せておくべき話じゃねぇの?」
「自分の勝手な思い込みで墓穴掘るような馬鹿に馬鹿って言われたくありませーん」
さきほど馬鹿だとツヴァングに言われたのを意趣返しする。
「さて、話もどして~、さっきツヴァングに打たれたときホント痛かったんだよねー。HPはいっぱいあっても、防御ステータスはデバフ装備のせいで通常プレイヤー並みに下がってて、痛み半端なかかったし!いくら擬似リアル化したゲームって言ったって痛すぎ!」
攻撃力ももちろん低下していたが、特に防御力に限ればプレイヤーのレベル上限にあたる200程度にまで下がっていた。
辛うじて攻撃スピードに強く影響が出る装備ではなかったので、攻撃スピードと【エド・ドルグフ】の攻撃力の強さで表面上の強さを装い、タランチュラも倒した。
まんまとツヴァングを騙すことができたのだが、痛みとなると話は別だ。
「勘違いしてたんだよ!悪かったってば!この通り謝るから!」
先ほどまでとは打って変わって、ツヴァングは顔の前で手を合わせ平謝りはじめた。
「さっきクソヤロウなんて言われちゃって傷ついたな~、ここは1つ反省も兼ねてリアルに強制送還を~」
「それは勘弁!!もう少しここ(アデルクライシス)いさせて!ほら!俺ずっとこっちいたから、ゲームの時と今の違いとか知ってること教えられるかもよ!?」
「ゲームと今(現実化)の違いかぁ、それはちょっと気になるところではあるね。アデルクライシスにいながらリアルの記憶が戻ってるってところもポイント高いし、どうしよっかな~」
確かに現実世界の記憶を持っているプレイヤーというのは、今後ケイイチロウを探す旅の中で貴重かもしれない。
ログインしてまだ1ヶ月ほどの自分が知らない情報を色々持っていることだろう。
それにツヴァングであれば十分即戦力になるし、NPCにしかなれないと思っていた鑑定士のスキルを持って、鑑定の腕も一流というのも惹かれる。
さてどうしようかと考えていたところに、
――グォオオオッ!―――
それまでの魔物の叫び声とは別格の雄たけびが木霊した。地をたたきつけるような魔力が篭った叫びで、地面に落ちていた小石が飛び跳ねた。
間違ってもエリアボスが復活したわけではない。
すぐに分かった。
この雄たけびはルシフェルの時と同じくダンジョンボスのものだ。
そして壮大なドォンと音を立てて大門が出現する。
ダンジョンボスの部屋に繋がる扉なのだろうとは簡単に予想がついたが、すぐすぐ喜んで進むには、どこまでも広がる砂漠にいきなり湧き出した大量のモンスターたちの姿に、咄嗟に扉よりも戦闘態勢を取る。
(まさかこの数のモンスターを全部退けて扉をくぐれってことじゃ!?)
装備はすでにS10装備にフルチェンジしている。
手こずるような敵ではないが、数が多すぎる。
しかし、シエルたちの警戒を他所に、砂の下から出現したモンスターたちはシエルたちを襲いださなかった。
「魔法陣!?それも転移系!?」
頭上高く空に現れた巨大な転送魔法陣。
魔物がどこに転送されているのかは、その魔法陣を通る間際、垣間見える光景を見ればすぐに判明する。
その空の転移魔法陣に向かってモンスターたちは飛んでいく。
(ちょっと!?転移魔法陣でダンジョン外に出るなんてズルもいいところじゃない!?)
裏ダンジョンの入り口だけなら洞窟を壊せばどうにかなるかと考えていたが、転移魔法陣を使われたら閉じ込めようがない。
以前に魔物がピピ・コリンに転送されたのはあくまでヴィルフリートが魔法陣に触れて、PTリーダーである自分がピピ・コリンの街にいたからだ。
なのに、PTメンバーが街にいるわけでもなく、魔物は次々と空の転移魔法陣へと上っていく。
(あの時の転送を学習したっていうの?ほんとに、ヤな勘だけは当たるんだから!)
ゲーム時代の仕様と逸脱した現象が次から次に起こって、どう対処するべきか頭をフル回転で処理していく。
一応冒険者ギルドのノアンの方にはそれとなく吹き込んでおいたが、どうだろう?
仮に裏ダンジョン攻略中は警戒していたとしても、汚染強化されたモンスターを相手に、冒険者たちがまともに戦えるかは怪しい。
数はあれど、ぶっちゃけ戦力不足だ。
「ツヴァング、【ジャッジメント・ルイ】はこのまま貸しておくから、ちょっと君、あっちに転送されてるモンスターたち駆除してきてよ」
「はぁ!?何で俺が!?」
立ち上がり、全力で拒否するツヴァングの首元に、金色のオーラをまとった【エド・ドルグフ】の切っ先を当て、ニコリと微笑む。
「ここに残ってリアルに強制送還されるのと、ピピ・コリンに転送されてるモンスター倒すのと、どっちがいい?」
笑顔で脅せば、ツヴァングも笑顔で承諾する。
ここで拒めば本当にシエルはツヴァングを殺して、リアル強制送還しかねない圧があった。
「任せろ。ピピ・コリンにちょっくら行って来るぜ」
「よろしい。ついでにオマケもあげるよ」
「お、さんきゅ」
ポンとアイテムボックスからエアーボードを取り出しツヴァングに押し付ける。
これでモンスターが通っている空の転移魔法陣まで楽に飛んでいけるし、街中に沸いているだろう魔物を効率的に駆除できるはずだ。
乗り方もプレイヤーのツヴァングなら説明しなくても、問題なく乗りこなせるだろう。
【エド・ドルグフ】の切っ先から逃げるように、ツヴァングはそそくさとエアーボードに乗って魔物と一緒に空の転移魔法陣へと消えていく。
これで街の方は大丈夫だろう。
(モンスター駆除をサボって街が全滅したら、それこそ草の根分けてでも探し出して、リアルに強制送還してやるわ)
ツヴァングの問題はほぼ解決した。ヴィルフリートとも合流できた。
そして残すところはあとひとつ。
「さて、どんなボスが待ち構えているのか分からないけど、今回は目玉だらけとか、クモとか自分の苦手分野じゃありませんように」
3度目の正直でホラー系ボスに当たらないことを祈った。
0
あなたにおすすめの小説
ゲーム内転移ー俺だけログアウト可能!?ゲームと現実がごちゃ混ぜになった世界で成り上がる!ー
びーぜろ
ファンタジー
ブラック企業『アメイジング・コーポレーション㈱』で働く経理部員、高橋翔23歳。
理不尽に会社をクビになってしまった翔だが、慎ましい生活を送れば一年位なら何とかなるかと、以前よりハマっていたフルダイブ型VRMMO『Different World』にダイブした。
今日は待ちに待った大規模イベント情報解禁日。その日から高橋翔の世界が一変する。
ゲーム世界と現実を好きに行き来出来る主人公が織り成す『ハイパーざまぁ!ストーリー。』
計画的に?無自覚に?怒涛の『ざまぁw!』がここに有る!
この物語はフィクションです。
※ノベルピア様にて3話先行配信しておりましたが、昨日、突然ログインできなくなってしまったため、ノベルピア様での配信を中止しております。
『冒険者をやめて田舎で隠居します 〜気づいたら最強の村になってました〜』
チャチャ
ファンタジー
> 世界には4つの大陸がある。東に魔神族、西に人族、北に獣人とドワーフ、南にエルフと妖精族——種族ごとの国が、それぞれの文化と価値観で生きていた。
その世界で唯一のSSランク冒険者・ジーク。英雄と呼ばれ続けることに疲れた彼は、突如冒険者を引退し、田舎へと姿を消した。
「もう戦いたくない、静かに暮らしたいんだ」
そう願ったはずなのに、彼の周りにはドラゴンやフェンリル、魔神族にエルフ、ドワーフ……あらゆる種族が集まり、最強の村が出来上がっていく!?
のんびりしたいだけの元英雄の周囲が、どんどんカオスになっていく異世界ほのぼの(?)ファンタジー。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
出戻り勇者は自重しない ~異世界に行ったら帰って来てからが本番だよね~
TB
ファンタジー
中2の夏休み、異世界召喚に巻き込まれた俺は14年の歳月を費やして魔王を倒した。討伐報酬で元の世界に戻った俺は、異世界召喚をされた瞬間に戻れた。28歳の意識と異世界能力で、失われた青春を取り戻すぜ!
東京五輪応援します!
色々な国やスポーツ、競技会など登場しますが、どんなに似てる感じがしても、あくまでも架空の設定でご都合主義の塊です!だってファンタジーですから!!
ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばす 規格外ダンジョンに住んでいるので、無自覚に最強でした
むらくも航
ファンタジー
旧題:ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~
Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。
配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。
誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。
そんなホシは、ぼそっと一言。
「うちのペット達の方が手応えあるかな」
それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる