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向かうはローレス領
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「ラドバニア帝国の外れの、国境に面した小さな村です。でも洪水で家や畑ごと流されて村はなくなってしまったんですが、村にたまに商いに来ていた商人が皇都に来ないかって誘ってくれて、それを伝手に来たんです」
もちろんこれは大嘘の出身地だ。本当の俺の故郷は異世界の日本だし、話してもすぐに信じてもらえないだろう。
しかし実はギルドに入るときに、もしかしたら後で素性を調べられるかもしれないと、念のためにアリバイを作ってある。アンフェルディスに調べられてもまずボロはでないはずである。
さらに言えば、村から皇都に来る途中の村で、酔っ払いのおっさんを介護して成り行きでギルド受付をする機会があった話までがデフォルトだ。
「村が洪水で流されたのか、それは大変だったな。悪いことを聞いた。すまない」
詫びてきたアンフェルディスに俺も首を横に振った。
「気にしないでください。家族もそのときに皆亡くして1人になって、皇都に誘われたのはちょうど良かったんだと今では思ってます」
話の辻褄は合っている。ただし、あまりにも不自然ではない身の上話が、反対に胡散臭いのではないだろうかと俺は考えているが、自信満々に胸を張るオムファロスがこの仮の素性を用意したので今更どうしようもない。
「洪水ね……」
「洪水がどうかしましたか?」
腕を組み思案するアンフェルディスに、何か話に変なところがあったのだろうかと首を傾げた。
「いや、ラドバニアは大陸の南に位置する国で、比較的気候も穏やかで緑豊な領土が広がっている。だが小さかろうと村を飲み込むほどの洪水が起これば下流でもそれなりの被害が出ただろうなと思ってね」
(げ……、そうきたか……)
小さな村であればオムファロスが模造することが出来るだろうが、下流の街となると村よりも規模が大きくなって偽装工作は難しい。過去に街に被害がでるような洪水が起こったか調べられると、少し厄介だ。
(だからってすぐに俺の身の上が嘘の話だってバレるような、安い仕事をオムファロスがしてるわけないけど。疑惑が深まるのも喜ばしいことじゃないし)
平静を装い、なんと答えるべきか迷っていると
「戻りました」
フィリフェルノが川からテントを張った野営地に戻ってきた。凛と通った涼やかな声だ。
アンフェルディスと俺が2人、燻製器の前でかたまっているのをフィリフェルノはチラリと見る。
「フィリフェルノ殿、早かったな。もう少しゆっくり水浴びしてても良かったんだぞ」
ぱっと顔を上げてアンフェルディスが言う。俺と2人で腹の探り合いをしていたのは微塵も顔に出さない。
「私は旅の途中の水浴びは慣れているので」
言外にギィリとレースウィックは旅慣れておらず、水浴びにまだ時間がかかるだろうと示唆する。そこに俺の頭に直接フィリフェルノの声が届く。
本来であれば遠くの者と会話するためのスキルだが、他の者に話を聞かれず会話が出来るためこういうときに便利だ。
『もう少し早く戻った方が良かったですか?』
『いや、ナイスタイミングだったよ』
さっきまでしていた会話が途切れるということは、少なからず立ち入った話か、先ほどまで話していた出身地について話を続けるつもりだったのだろう。
それがフィリフェルが水浴びから早く戻ってきたことで出来なくなった。
(身の上の経歴がキレイすぎると逆に疑わしいって本当だな。元の世界なら戸籍とか整備されて免許証とか身分証明はっきりしているけど、この世界だと身元詐称なんて珍しくないか)
冒険者ギルドのカードだって、あくまで名前と人物を特定するためだけのものだ。その人物のこれまでの経歴を記録しているものではない。
『では、やはりアンフェルディスはオルトラータ様に何か探りを入れてきたのですね?』
『世間話程度だ。しかし彼は見かけに反して随分と思慮深い。一筋縄ではいかないな』
『それは褒めていらっしゃるんですか?それとも』
『判断保留。疑いを持たれていてもいいから、このまま何事もなくダンジョン調査を終えて皇都に戻るのがベスト』
とにかくアンフェルディスの狙いが分からない。相手の疑惑の中身が分かれば多少こちらも動くことが出来るだろうが、手の内が分からなければ現状維持でいくしかない。
『しかし面倒なことになった。裏ダンジョンにアンフェルディス、ギィリか。不安要素が集まり過ぎだな』
『一番大事な方が抜けておりますよ』
『誰だ?』
他に誰か面倒なやつがいたっけ?と今回のメンツの顔を思い浮かべても、該当者は見当たらない。唯一思いついたのは、本人は素知らぬ顔で、水浴びしてきた荷を整理しながら俺と会話している人物だ。
(あ、フィリフェルノか?言われてみれば、フィリフェルノは元々俺が冒険者ギルドの情報が欲しくて、冒険者として潜入させているからな。実はSSランク冒険者が帝国関係者だと分かったらそれはそれで問題か)
あげく、今回のPTは冒険者ギルドと帝国側の半々でPTを組む打ち合わせだ。その取り決めを帝国側が破ったことになる。
しかし、フィリフェルが上げた人物は俺が全く考えなかった相手だった。
『オルトラータ様です』
『俺ぇ?ただのギルド受付だぞ?』
『そうですね。ただのギルド受付で、オル帝国元帥で、魔王オルトラータ様でいらっしゃいます』
『う~ん……、ギルド受付が実は帝国元帥ってバレたら確かにまずいか。でも俺が出張るような事態になったら、それはそれでヤバくないか?』
俺が本気になって力を使うのは簡単だが、それは即ち、他の5人で対処できないような事態が発生したことを意味するのだ。
『もちろん私も出来る限り対応いたします。しかし御身が私にとって最も最優先されますので』
淡々とした口調だが、フィリフェルノが俺の正体がバレると釘さしで忠告しているわけではないと分かっているので、苦笑にとどめた。
出来る限りと言うからには、アンフェルディスたちの前であろうと、俺に危害が及ぶような状況になれば、俺の部下であることがバレることもフィリフェルノは厭わないと言っているのだから。
▼
「着替え終わったわ。ありがとうディルグラート」
水浴びを終えて、川から上がってきたギィリが川土手上で見張りをしていたディルグラートに声をかける。
道中は身を清めるのもままならないものだと分かっていたが、久しぶりの水浴びは、普段皇都で浴びているものよりも気持ちよかった。
特に、水浴び前にレイから手渡された『石鹸』の存在は大きい。ラドバニア帝国内で一般的に普及している石鹸だ。しかし、その石鹸のお陰で久しぶりの水浴びはさらに快適なものになった。
けれど、いくらゆっくり水浴びしてきていいからと言われても、旅の途中で、自分たちの後には後が控えている。
手早く身を清めるよう急いだつもりだったが、それでも冒険者として旅慣れているフィリフェルノより遅くなった。
「いえ、自分はここに座っていただけで何もしておりません。いい休憩が出来ました」
立っていた木に背中を預ける形で見張りをしていたディルグラートが頭を下げた。
少し先の野営地では、アンフェルディスとレイがテントを張ったり火を起こしたりと今夜の野営の準備をしていることだろう。それを考えればディルグラートは背もたれながら待っているだけでよかった。
「ギィリ様ぁ、私はもう少し水浴びしたかったですぅー」
ギィリの後ろからついてきたレースが不満そうに声を上げたが、ギィリもディルグラートも互いに目を合わせて苦笑いするだけで咎めることはない。久しぶりの水浴びでレースウィックの気持ちがわかるからだろう。
それに、ここは王宮ではなく川土手なので誰も聞いていない。
「旅は辛くないですか?皇都で聞いたのですが、こういった旅はギィリ殿とレースウィック殿は初めてだとか。自分にやれることは何で命じてください」
上位貴族出身で魔導士なら、身の回りの世話をしてくれる使用人がひとりもなく、少人数の旅は恐らく初めてだろうとディルグラートが申し出る。相手か女性であり、こちらは剣士では、やれることは限られているだろうが、いないよりはましだろう。
こうして水浴びの見張りくらいはできる。
「気持ちだけ頂くとするわ。今回の調査はダンジョンだけでなく道中もできる限り自分でやり遂げたいの」
「魔導軍団長がこうして調査PTに加わることは珍しいですからね。自分もダンジョン調査をする機会は決して多いといえませんし、貴重な経験のうちの一つだと考えております」
「それもあるけれど……、オムファロス将軍であれば、次に成すべきことを先の先を見通して、指示をだされているのでしょうね」
「あの方は……」
答えようとしてディルグラートは途中で口を閉ざす。
魔導軍団長のギィリが、軍をまとめるオムファロスと自身を比較しての言葉だというのはすぐに察しがついた。
オムファロスは将軍という地位についてはいるが、引き連れた者たちに指示を出すということはあまりない。必要最低限だ。さらに戦闘だけでなく、身の回りのことも何でも一人でなんでもやってしまうので、まわりに指示を出すということをしないのだ。
周囲はそれを知っているので、オムファロスに遅れを取らないよう自分たちのことは自分たちで先を見越して動かなくてはならないという考えが徹底されているに過ぎない。
(上から命令されて動くのではダメなのだ。出来ることや成すべきこと常に考えて行動を起こさなくて)
まかり間違って、そこでさぼっていいと考える輩がいるなら、オムファロスは容赦なく粛清する。それだけのことなのだが、騎士団や軍の内情などギィリに改めて話すようなことではないと黙っておく。
「ときに、ディルグラートはオル元帥閣下にお会いしたことはあるかしら?」
「直接お言葉を聞いたことはありませんが、王宮でオムファロス将軍に傍に控えているとき、元帥閣下のお姿を見かけしたことはございます」
急に話が変わったと内心思いつつディルグラートは当たり障りなく答える。気になったのはレースウィックもこの話に関心を持ってこちらを見ているという点だ。反応を観察している。
オル元帥との間で何かあったのだろうかと、薄々察した。
「元帥閣下はあらゆる権限をお持ちでいらっしゃるけれど、定例閣議などの出席免除もされていてお会いできる機会は限られている上、連絡手段も限られている。元帥閣下と連絡を取れるのは皇帝陛下とオムファロス将軍のみ。普段どこにいらっしゃるのかもわからない」
皇帝の次に権限を持つ元帥だが、連絡手段が2人のみ。皇都に屋敷を持たず、どこに住んでいるかも極秘とされている。たまに城へ登城しても黒のマントを羽織り、顔は常にマスクで隠しているため、素顔も分からない。
普通ならば自国の将がどこにいるか分からないなどあってはならないことだが、これまで帝国に対する実績や戦果、功績を認められ、当代元帥にのみ与えられた例外特権の一つだ。
とにかく元帥の功績は歴代元帥と比べても抜きんでていた。古いしきたりや制度に縛られていた帝国を、現皇帝アーネストが改革できたのも、元帥の助力によるところが大きい。
「元帥閣下は帝国の将であると同時に、帝国最強の個であり、いついかなる時も帝国全土を見通していらっしゃると聞いております。昨今では元帥閣下自らがお出にならないといけないような急事もありません」
普通であれば国の政治に関わるような重要人物には必ず警護が付くが、元帥が強すぎて警護が必要どころか、行動するのに邪魔になるから要らない、ということだ。しかも国の仕組みを元帥不在でも機能するように整備してあるので、政治的には困らない。
それまで元帥のカリスマ的な強さと統率力、素顔を隠した神秘性で民衆の支持を集めていただけに、困ったのはむしろオル元帥がそのまま引退してどこかへ消えてしまうのではないか?と危惧した大臣たちだった。が、元帥に一瞥されただけでそれ以上嘆願できる者はいなかったという。
「私がオル元帥に直接お会いできたのも、魔導軍団長になってから一度きりよ」
「え!?魔導軍団長って軍を指揮するオムファロス将軍と肩を並べる地位なのにですか!?って失礼しました……言い過ぎました……」
レースウィックが驚き声を上げたが、言い終わってからさすがにギィリ本人の目の前で言い過ぎたと、すぐさま謝る。
これが王宮だったのなら、周囲への示しのために厳しく窘めなければならないが、本人がもう謝っているのでギィリはそれ以上は言及しなかった。
なによりディルグラート自身、顔には出さなかったが驚き以外のなにものでもなかった。
(元々、人前に姿を現さない方だとはお聞きしているが、直属配下になるギィリ殿とも一度しか会わないなんて、それでいいのか?)
部下を蔑ろにしているとは思わないが、にわかには信じがたい。
「とても不思議な方だったわ。狂暴で人を食らうシルバードラゴンをたった一人で倒されたとは思えないくらい。噂に聞いていた威圧も溢れる魔力も感じない。皇都のどこにでもいそうな、気さくで親しみのある普通の方。けれど、絶対普通ではなかった」
「普通ではない、ですか?」
「元帥閣下は人種でいらっしゃるはず。ディルグラートがお見掛けした元帥閣下の容姿は人種で考えてどれくらいの年齢に見えたかしら?」
「人種で考えれば二十は過ぎているでしょう。しかし30は超えない。ちょうどその中間、25前後だと思います」
「そうよ。私が先日お会いした元帥も、マスクをして顔は隠していたけれど声や容姿から推察してそれくらいでしょうね。閣下にお会いできるご連絡を貰ったのはオムファロス将軍からだったから、閣下の偽物ということはないでしょう。けれど、閣下が帝国元帥になられたのは20年近く前。その当時ですでに容姿は二十歳を過ぎていた。人種である閣下が、20年経っても容姿が変わらないなんてありえると思う?」
問われてディルグラートは答えに窮する。
この世界に数多存在する種の中で、人種が最も人口が多く、そして寿命は短い。その人種がずっと若いままの容姿を維持するということは普通に考えてありえないからだ。
もちろんこれは大嘘の出身地だ。本当の俺の故郷は異世界の日本だし、話してもすぐに信じてもらえないだろう。
しかし実はギルドに入るときに、もしかしたら後で素性を調べられるかもしれないと、念のためにアリバイを作ってある。アンフェルディスに調べられてもまずボロはでないはずである。
さらに言えば、村から皇都に来る途中の村で、酔っ払いのおっさんを介護して成り行きでギルド受付をする機会があった話までがデフォルトだ。
「村が洪水で流されたのか、それは大変だったな。悪いことを聞いた。すまない」
詫びてきたアンフェルディスに俺も首を横に振った。
「気にしないでください。家族もそのときに皆亡くして1人になって、皇都に誘われたのはちょうど良かったんだと今では思ってます」
話の辻褄は合っている。ただし、あまりにも不自然ではない身の上話が、反対に胡散臭いのではないだろうかと俺は考えているが、自信満々に胸を張るオムファロスがこの仮の素性を用意したので今更どうしようもない。
「洪水ね……」
「洪水がどうかしましたか?」
腕を組み思案するアンフェルディスに、何か話に変なところがあったのだろうかと首を傾げた。
「いや、ラドバニアは大陸の南に位置する国で、比較的気候も穏やかで緑豊な領土が広がっている。だが小さかろうと村を飲み込むほどの洪水が起これば下流でもそれなりの被害が出ただろうなと思ってね」
(げ……、そうきたか……)
小さな村であればオムファロスが模造することが出来るだろうが、下流の街となると村よりも規模が大きくなって偽装工作は難しい。過去に街に被害がでるような洪水が起こったか調べられると、少し厄介だ。
(だからってすぐに俺の身の上が嘘の話だってバレるような、安い仕事をオムファロスがしてるわけないけど。疑惑が深まるのも喜ばしいことじゃないし)
平静を装い、なんと答えるべきか迷っていると
「戻りました」
フィリフェルノが川からテントを張った野営地に戻ってきた。凛と通った涼やかな声だ。
アンフェルディスと俺が2人、燻製器の前でかたまっているのをフィリフェルノはチラリと見る。
「フィリフェルノ殿、早かったな。もう少しゆっくり水浴びしてても良かったんだぞ」
ぱっと顔を上げてアンフェルディスが言う。俺と2人で腹の探り合いをしていたのは微塵も顔に出さない。
「私は旅の途中の水浴びは慣れているので」
言外にギィリとレースウィックは旅慣れておらず、水浴びにまだ時間がかかるだろうと示唆する。そこに俺の頭に直接フィリフェルノの声が届く。
本来であれば遠くの者と会話するためのスキルだが、他の者に話を聞かれず会話が出来るためこういうときに便利だ。
『もう少し早く戻った方が良かったですか?』
『いや、ナイスタイミングだったよ』
さっきまでしていた会話が途切れるということは、少なからず立ち入った話か、先ほどまで話していた出身地について話を続けるつもりだったのだろう。
それがフィリフェルが水浴びから早く戻ってきたことで出来なくなった。
(身の上の経歴がキレイすぎると逆に疑わしいって本当だな。元の世界なら戸籍とか整備されて免許証とか身分証明はっきりしているけど、この世界だと身元詐称なんて珍しくないか)
冒険者ギルドのカードだって、あくまで名前と人物を特定するためだけのものだ。その人物のこれまでの経歴を記録しているものではない。
『では、やはりアンフェルディスはオルトラータ様に何か探りを入れてきたのですね?』
『世間話程度だ。しかし彼は見かけに反して随分と思慮深い。一筋縄ではいかないな』
『それは褒めていらっしゃるんですか?それとも』
『判断保留。疑いを持たれていてもいいから、このまま何事もなくダンジョン調査を終えて皇都に戻るのがベスト』
とにかくアンフェルディスの狙いが分からない。相手の疑惑の中身が分かれば多少こちらも動くことが出来るだろうが、手の内が分からなければ現状維持でいくしかない。
『しかし面倒なことになった。裏ダンジョンにアンフェルディス、ギィリか。不安要素が集まり過ぎだな』
『一番大事な方が抜けておりますよ』
『誰だ?』
他に誰か面倒なやつがいたっけ?と今回のメンツの顔を思い浮かべても、該当者は見当たらない。唯一思いついたのは、本人は素知らぬ顔で、水浴びしてきた荷を整理しながら俺と会話している人物だ。
(あ、フィリフェルノか?言われてみれば、フィリフェルノは元々俺が冒険者ギルドの情報が欲しくて、冒険者として潜入させているからな。実はSSランク冒険者が帝国関係者だと分かったらそれはそれで問題か)
あげく、今回のPTは冒険者ギルドと帝国側の半々でPTを組む打ち合わせだ。その取り決めを帝国側が破ったことになる。
しかし、フィリフェルが上げた人物は俺が全く考えなかった相手だった。
『オルトラータ様です』
『俺ぇ?ただのギルド受付だぞ?』
『そうですね。ただのギルド受付で、オル帝国元帥で、魔王オルトラータ様でいらっしゃいます』
『う~ん……、ギルド受付が実は帝国元帥ってバレたら確かにまずいか。でも俺が出張るような事態になったら、それはそれでヤバくないか?』
俺が本気になって力を使うのは簡単だが、それは即ち、他の5人で対処できないような事態が発生したことを意味するのだ。
『もちろん私も出来る限り対応いたします。しかし御身が私にとって最も最優先されますので』
淡々とした口調だが、フィリフェルノが俺の正体がバレると釘さしで忠告しているわけではないと分かっているので、苦笑にとどめた。
出来る限りと言うからには、アンフェルディスたちの前であろうと、俺に危害が及ぶような状況になれば、俺の部下であることがバレることもフィリフェルノは厭わないと言っているのだから。
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「着替え終わったわ。ありがとうディルグラート」
水浴びを終えて、川から上がってきたギィリが川土手上で見張りをしていたディルグラートに声をかける。
道中は身を清めるのもままならないものだと分かっていたが、久しぶりの水浴びは、普段皇都で浴びているものよりも気持ちよかった。
特に、水浴び前にレイから手渡された『石鹸』の存在は大きい。ラドバニア帝国内で一般的に普及している石鹸だ。しかし、その石鹸のお陰で久しぶりの水浴びはさらに快適なものになった。
けれど、いくらゆっくり水浴びしてきていいからと言われても、旅の途中で、自分たちの後には後が控えている。
手早く身を清めるよう急いだつもりだったが、それでも冒険者として旅慣れているフィリフェルノより遅くなった。
「いえ、自分はここに座っていただけで何もしておりません。いい休憩が出来ました」
立っていた木に背中を預ける形で見張りをしていたディルグラートが頭を下げた。
少し先の野営地では、アンフェルディスとレイがテントを張ったり火を起こしたりと今夜の野営の準備をしていることだろう。それを考えればディルグラートは背もたれながら待っているだけでよかった。
「ギィリ様ぁ、私はもう少し水浴びしたかったですぅー」
ギィリの後ろからついてきたレースが不満そうに声を上げたが、ギィリもディルグラートも互いに目を合わせて苦笑いするだけで咎めることはない。久しぶりの水浴びでレースウィックの気持ちがわかるからだろう。
それに、ここは王宮ではなく川土手なので誰も聞いていない。
「旅は辛くないですか?皇都で聞いたのですが、こういった旅はギィリ殿とレースウィック殿は初めてだとか。自分にやれることは何で命じてください」
上位貴族出身で魔導士なら、身の回りの世話をしてくれる使用人がひとりもなく、少人数の旅は恐らく初めてだろうとディルグラートが申し出る。相手か女性であり、こちらは剣士では、やれることは限られているだろうが、いないよりはましだろう。
こうして水浴びの見張りくらいはできる。
「気持ちだけ頂くとするわ。今回の調査はダンジョンだけでなく道中もできる限り自分でやり遂げたいの」
「魔導軍団長がこうして調査PTに加わることは珍しいですからね。自分もダンジョン調査をする機会は決して多いといえませんし、貴重な経験のうちの一つだと考えております」
「それもあるけれど……、オムファロス将軍であれば、次に成すべきことを先の先を見通して、指示をだされているのでしょうね」
「あの方は……」
答えようとしてディルグラートは途中で口を閉ざす。
魔導軍団長のギィリが、軍をまとめるオムファロスと自身を比較しての言葉だというのはすぐに察しがついた。
オムファロスは将軍という地位についてはいるが、引き連れた者たちに指示を出すということはあまりない。必要最低限だ。さらに戦闘だけでなく、身の回りのことも何でも一人でなんでもやってしまうので、まわりに指示を出すということをしないのだ。
周囲はそれを知っているので、オムファロスに遅れを取らないよう自分たちのことは自分たちで先を見越して動かなくてはならないという考えが徹底されているに過ぎない。
(上から命令されて動くのではダメなのだ。出来ることや成すべきこと常に考えて行動を起こさなくて)
まかり間違って、そこでさぼっていいと考える輩がいるなら、オムファロスは容赦なく粛清する。それだけのことなのだが、騎士団や軍の内情などギィリに改めて話すようなことではないと黙っておく。
「ときに、ディルグラートはオル元帥閣下にお会いしたことはあるかしら?」
「直接お言葉を聞いたことはありませんが、王宮でオムファロス将軍に傍に控えているとき、元帥閣下のお姿を見かけしたことはございます」
急に話が変わったと内心思いつつディルグラートは当たり障りなく答える。気になったのはレースウィックもこの話に関心を持ってこちらを見ているという点だ。反応を観察している。
オル元帥との間で何かあったのだろうかと、薄々察した。
「元帥閣下はあらゆる権限をお持ちでいらっしゃるけれど、定例閣議などの出席免除もされていてお会いできる機会は限られている上、連絡手段も限られている。元帥閣下と連絡を取れるのは皇帝陛下とオムファロス将軍のみ。普段どこにいらっしゃるのかもわからない」
皇帝の次に権限を持つ元帥だが、連絡手段が2人のみ。皇都に屋敷を持たず、どこに住んでいるかも極秘とされている。たまに城へ登城しても黒のマントを羽織り、顔は常にマスクで隠しているため、素顔も分からない。
普通ならば自国の将がどこにいるか分からないなどあってはならないことだが、これまで帝国に対する実績や戦果、功績を認められ、当代元帥にのみ与えられた例外特権の一つだ。
とにかく元帥の功績は歴代元帥と比べても抜きんでていた。古いしきたりや制度に縛られていた帝国を、現皇帝アーネストが改革できたのも、元帥の助力によるところが大きい。
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それまで元帥のカリスマ的な強さと統率力、素顔を隠した神秘性で民衆の支持を集めていただけに、困ったのはむしろオル元帥がそのまま引退してどこかへ消えてしまうのではないか?と危惧した大臣たちだった。が、元帥に一瞥されただけでそれ以上嘆願できる者はいなかったという。
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これが王宮だったのなら、周囲への示しのために厳しく窘めなければならないが、本人がもう謝っているのでギィリはそれ以上は言及しなかった。
なによりディルグラート自身、顔には出さなかったが驚き以外のなにものでもなかった。
(元々、人前に姿を現さない方だとはお聞きしているが、直属配下になるギィリ殿とも一度しか会わないなんて、それでいいのか?)
部下を蔑ろにしているとは思わないが、にわかには信じがたい。
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「そうよ。私が先日お会いした元帥も、マスクをして顔は隠していたけれど声や容姿から推察してそれくらいでしょうね。閣下にお会いできるご連絡を貰ったのはオムファロス将軍からだったから、閣下の偽物ということはないでしょう。けれど、閣下が帝国元帥になられたのは20年近く前。その当時ですでに容姿は二十歳を過ぎていた。人種である閣下が、20年経っても容姿が変わらないなんてありえると思う?」
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いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。
料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!
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