異世界召喚者は冒険者ギルド受付になりました(隠れ兼業は魔王と帝国元帥です)

トキオ

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ローレス領ダンジョン攻略

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『似たようなものだ』

 フィリフェルノにこちらの様子を尋ねられた時、レイはそう答えたが、目の前に広がる光景は小麦が揺れる田舎の風景でも、木々が生い茂った深い森でもなかった。

 目の前に広がるのは、大地は隙間なくコンクリートが敷かれ、星1つ見えない暗い夜空を覆いつくさんとする高層ビル群。二車線の車道脇には等間隔で樹木が植えられており、街灯が地面を明るく照らし、少し先の交差点は信号機が青・黄・赤と順番に点滅する。

 ビルのガラス窓や一階に入っている店からは、明るい室内の照明が漏れ出て、夜でも昼間と変わらない明るさがあった。
 不純物がどうしても混ざる油や濃度に左右される魔石を燃料としない電気による圧倒的な明かりは、風に揺らぐことのない安定した白光色だ。

 それは魔王オルトラータによってこの世界に召喚される以前、レイがいた世界の風景でありごく当たり前の日常だった。

 しかし、動くものは何もなかった。絶え間なく行き交う人も車もバイクも。鳩やカラスの姿もどこにもない。

 それでいて、ほんの数秒前には大勢の人々がすれ違っていたのではと思わせるような気配が残されている。

「ここは本当にダンジョンの中なの?こんなに広い場所、それに……なんて高い建物が立ち並んでいるのかしら……どの建物も皇都の王宮より高いわ……。それに部屋の中の明かりは昼と同じくらい明るくて、魔石ランプを大量に使っているの?」

 隣でギィリが呆然と目を見開き、整然と立ち並ぶ高層ビルを見上げていた。皇都でも建物は3階建てがせいぜいだ。王宮となって4階の高さになり、見張り棟の頂上でようやくビルの5階に到達するだろうか。

「あの壁なんて、透き通って室内が見えるわ。それが建物の窓という窓に惜しげもなく使われて、こんな街がダンジョンの地下に存在するなんて信じられない!」

 ビルを見上げ、興奮気味にギィリが叫ぶ様子をレイは後ろから眺めながら、

(無理もない。異世界の風景を初めて見たんだ。俺だってオルトラータの記憶共有はあっても初めてこの世界に来て街を見たときは興奮したもんな……)

 ファンタジーラノベを読んでいたこともあったから、レイの驚きは、空想上の世界ではなく本当に魔法が使えてモンスターが溢れた想像していた世界が広がる新鮮さが強かった。
 対して、何の情報もなく、いきなり未知の光景を見たギィリの驚きは、レイとは比較にならないだろう。

 そして高層ビル群が立ち並ぶ光景がダンジョンギミックが見せる幻と分かっていても、懐古の気持ちが湧き上がってくる。

(精神干渉、それも記憶の具現化と行ったところか。2人のうち望郷の念の強い方の記憶が具現化されると見ていいな)

 ギィリとレースウィックは生まれも育ちも皇都で望郷の念はあまりないだろう。だからフィリフェルノが育ったであろうエルフが住む森が具現化された。

 アンフェルディスの故郷は知らないが、ディルグラートが昔住んでいた場所というからには、ディルグラートの記憶が同様に具現化されたと仮定して間違いない。

(裏ダンジョンはどんなギミックかくるか分からないが、まさか記憶を具現化するギミックか……。下手なスキル制限ギミックより厄介だ)

 異世界から召喚されたレイではなく、この世界の住人であればこの世界に馴染みのある街や村の風景が広がっただろう。とにかくレイとは相性が最悪なギミックには変わりなかった。

 レイの視界右上に表示されているアマデウスのディスプレイ表示は問題ない。中央のディスプレイは3分割され、レイ、フィリフェルノ、ディグラートを追跡している。裏ダンジョンのギミックに制限を受けるのは侵入者自身の能力であり、スマホとタブレットが超進化した人口知能AIには及ばない。

 フィリフェルノとディグラートにはマップのディスプレイ一つしか表示されていない。けれど、マスターでありadminアドミン 権限(=管理者権限)を持つ俺だけは、ディスプレイが計3つ表示されていた。

 一番左のディスプレイは3人のマップが表示され、右隣のディスプレイは絶えず文字列が下から上にと流れている。アマデウスがギミックを解析しているのだ。

 そして3つめになる左のディスプレイはアマデウスの丸いイラスト風にされたロゴが中央に表示されていて、アマデウスが何か異変を感知などして俺に伝えたいとき、このディスプレイに異常が告知される。

 ちなみに現在、アマデウスは絶賛ダンジョン解析中なので中央の画面、ロゴの下に

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 Amadeus:ローレス裏ダンジョン解析中
 Amadeus:解析率……0.2%

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 のログが流れている。

 ダンジョンが突然この世界に生成される根本的な理屈は今も解明されていないが、現象として世界から魔力の器として選ばれ、魔王が生まれるときと酷似していると俺は考えている。

(どちらも突然この世界によって生み出されるもので、世界に流れる魔力が関係している。であれば、魔力の流れを疑似ネット回路としてアクセスするアマデウスがダンジョンにハッキングできないことはない)

 俺がそう仮定した理屈は見事に当たり、アマデウスをダンジョン内でも問題なく使用できた。とは言っても、アマデウスが直接世界の魔力の流れにアクセスできるわけではなかった。

 オルトラータという世界中を流れる魔力の器として選ばれた媒体を通して、世界の魔力の流れにアクセスできる。よってレイが直接ダンジョンにいなければ、アマデウスはダンジョンに干渉できないのだ。

(マップ的には有楽町あたりが近いか。これが秋葉周辺だったら、ビルというビルの壁二、アニメのイラストが溢れてギィリが発狂していたかもな。あぶなかった……)

 ビルのサイドには看板が出ていてどのビルに何のテナントが入っているか分かりやすい。しかし微妙に文字が歪曲しているのもあり、それが自分の記憶が曖昧で、ギミックが具現化しそこねたものなのかまでは判別できなかった。

「不気味ですね。こんなに大きな建物があって部屋も明かりがついているのに、人が誰も見当たらない。ダンジョン内に人が住んでいるというのも可笑しい話ですけど」

 ギィリはこの光景が、自分レイの記憶をギミックが具現化したものとは全く気付いていない。ゆえに、わざとこの街を知らないふりをした。

「随分冷静なのね……。貴方はこの街を見て驚かなかったの?」 

「そりゃあ驚きましたよ?これを見て驚くなっていう方が無理ですよ。でも俺が驚きをあらわす前に代弁してくださった方がいたので、逆に冷静さを取り戻せた気がします」

 まさかこんなダンジョンの奥深くで懐かしい光景を目にするなんて考えてもみなかった。

「……私はそんなに取り乱していたかしら?」

 傍で見ている者が冷静になる=引くくらい自分は取り乱していたのかと恥ずかしそうにギィリは顔をそむける。

「大丈夫です。俺以外誰も見てないし、誰にも言いません」

「そうしてもらえると助かるわ……。では、そろそろ奥へ行ってみましょう。これだけ広いのだから、他の二組もこの街のどこかに現れたかもしれない」

「同じ街に出たのであれば合流したいですね」

 もちろん同じ街に他の二組がいないことは分かっていたがこの場では誤魔化した。
 フィリフェルノの方は森に、アンフェルディスたちは田舎の村へ出たというので合流は難しいだろう。けれど、それをギィリに伝えるわけにはいかない。

「この街で何が起こるか全く検討もつかない。レイ、私から決して離れないように」

「はい。しっかりついていきます」

 道路わきを歩き始めたギィリの隣に並んで歩く。見渡せば見渡すほど、ギミックが具現した故郷の街並みは、レイがいた異世界そのものだった。

(もしこれで車が通って、スーツ着たサラリーマンが歩いていたら、本当にこのダンジョンが異世界に繋がっているのかと錯覚したかもな)

 アマデウスの解析は止まることなく続いている。誰もいない記憶の中の街を具現化するだけのギミックとは考えにくい。

 なにかしら侵入者を排除するためのギミックが発動するだろう。
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