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61.屋敷の庭で
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クロード様にエスコートされるのは初めてだったが、とても手慣れている感じだった。
「どうした?」
「いえ、慣れていらっしゃるのだと思って」
促されて答えると、クロード様は一瞬息を詰まらせ首を振る。
「そんなことはない。今、オレはとても緊張している。慣れているように感じるなら、それは、ジュリアの侍女にしごかれているからだ」
「えっ」
そんなこと、ケイトは一言も言っていなかったのに。
「安心した?」
金色の瞳を悪戯げにきらめかせて尋ねるクロード様に、私はなんとか言葉を絞り出す。
「安心も何も、驚いただけです」
「そうか」
どうしてかご機嫌なクロード様に連れられて、庭に向かう。
白や黄色、ピンク色の色とりどりの花が咲き乱れていた。
「綺麗ですね」
「そうだな。前の持ち主の趣味がよかったみたいだ」
「前の持ち主?」
「オレもこの屋敷を貰ったのはつい最近だ」
「ということは、エリアス殿下から?」
「あぁ。報酬の前払いだと下賜された」
クロード様の言葉に頷くものの、それでは今までどうしていたのだろうという疑問が湧いてくる。
「以前、王宮で魔術師をしていらっしゃった時はどこに住まわれていたのですか?」
「王宮の独身者用の寮だな。その後は師匠のところで世話になって、今度は学園の独身者用の寮に入っていた」
「寮とは、どんなところなのですか?」
イメージが湧かなくて尋ねると、クロード様は肩をすくめる。
「寝て、体を休めるだけの部屋という感じだな。大きさは、今、ジュリアの部屋についている侍女が休む小部屋くらいの部屋だ」
「えっ、それでは、食事などはどうなさるのですか?」
「食事は食堂でまとめて作ったものを食べていたな。あとは、王宮に官吏用の食堂があって、そちらで摂るかだった。驚いただろう?」
「……はい」
頷いた私に、クロード様は優しく微笑む。
ふと、クロード様が立ち止まり、私に向き直った。
「オレは平民の出で、生まれも育ちも、ジュリアとは全然違う」
クロード様が何を言うのかと思い、彼を見上げた。
「けど、筆頭魔術師の仕事に復帰したし、エリアス殿下が魔法伯という新しい爵位を作って、オレに授けてくださるそうだ。だから、前のような暮らしとはいかなくとも、ジュリアに不自由な思いはさせない。だから」
金色の瞳が真っ直ぐに私を見つめる。
「どうか、オレの妻になってくれないか?」
「妻……」
呆然とする私に、クロード様は困ったように微笑む。
「やはり、元平民では、ジュリアには釣り合わないだろうか」
その言葉に、慌てて首を振った。
「違います! 私でいいのかと思って」
「いいもなにも、オレはジュリアがいいんだ」
「私が……?」
クロード様は、気まずげに口を開く。
「一目惚れだ。もう十年ほど経つからから覚えていないかもしれないが、王宮の時計塔で。あの時のオレは、まだ見習いで師匠に連れられていた。その時に」
驚く私に、クロード様は続ける。
「ずっと、好きだったんだ。でも、諦めていた。筆頭魔術師になれば貴族のご令嬢に婚約を申し込んでも無碍にされないと思って頑張ったが、オレが地位を手に入れた時にはジュリアは王太子の婚約者で。オレには、手の届かない人だと諦めるしかなかった。それでも、王妃となった貴女を、近くで支えられたらと思っていた」
クロード様の言葉に、私は声を詰まらせながらも言う。
「でも、私は、これから平民として生きていくことになるのだと……。クロード様は折角、貴族になられるのに」
「そんなの気にするわけがないだろ!」
「ですが……」
平民出身ということで、かなり苦労してきたと聞いているのに、私のせいで余計な苦労をかけてしまわないのだろうか。
「もしジュリアがそこを気にするのなら、師匠が養子にしてくれると言っている。…………ジュリアは、オレが、嫌いか?」
「違います! 好きだから、私のせいで迷惑をかけたくなくて」
「何も考えなくて良い。ジュリアの気持ちだけで良いんだ」
クロード様の言葉に、私の中に残っていた躊躇いが消えてしまう。
「私も、クロード様が好きです――」
だから、結婚してください、と言おうとしたところで、クロード様に抱きしめられる。
「絶対、絶対、大切にする」
クロード様に抱きしめられ、私も腕をクロード様の背中に回した。
「私も、沢山クロード様のこと、幸せにしたいです」
お互いの気持ちが落ち着くまで、ずっとそうしていた。
「どうした?」
「いえ、慣れていらっしゃるのだと思って」
促されて答えると、クロード様は一瞬息を詰まらせ首を振る。
「そんなことはない。今、オレはとても緊張している。慣れているように感じるなら、それは、ジュリアの侍女にしごかれているからだ」
「えっ」
そんなこと、ケイトは一言も言っていなかったのに。
「安心した?」
金色の瞳を悪戯げにきらめかせて尋ねるクロード様に、私はなんとか言葉を絞り出す。
「安心も何も、驚いただけです」
「そうか」
どうしてかご機嫌なクロード様に連れられて、庭に向かう。
白や黄色、ピンク色の色とりどりの花が咲き乱れていた。
「綺麗ですね」
「そうだな。前の持ち主の趣味がよかったみたいだ」
「前の持ち主?」
「オレもこの屋敷を貰ったのはつい最近だ」
「ということは、エリアス殿下から?」
「あぁ。報酬の前払いだと下賜された」
クロード様の言葉に頷くものの、それでは今までどうしていたのだろうという疑問が湧いてくる。
「以前、王宮で魔術師をしていらっしゃった時はどこに住まわれていたのですか?」
「王宮の独身者用の寮だな。その後は師匠のところで世話になって、今度は学園の独身者用の寮に入っていた」
「寮とは、どんなところなのですか?」
イメージが湧かなくて尋ねると、クロード様は肩をすくめる。
「寝て、体を休めるだけの部屋という感じだな。大きさは、今、ジュリアの部屋についている侍女が休む小部屋くらいの部屋だ」
「えっ、それでは、食事などはどうなさるのですか?」
「食事は食堂でまとめて作ったものを食べていたな。あとは、王宮に官吏用の食堂があって、そちらで摂るかだった。驚いただろう?」
「……はい」
頷いた私に、クロード様は優しく微笑む。
ふと、クロード様が立ち止まり、私に向き直った。
「オレは平民の出で、生まれも育ちも、ジュリアとは全然違う」
クロード様が何を言うのかと思い、彼を見上げた。
「けど、筆頭魔術師の仕事に復帰したし、エリアス殿下が魔法伯という新しい爵位を作って、オレに授けてくださるそうだ。だから、前のような暮らしとはいかなくとも、ジュリアに不自由な思いはさせない。だから」
金色の瞳が真っ直ぐに私を見つめる。
「どうか、オレの妻になってくれないか?」
「妻……」
呆然とする私に、クロード様は困ったように微笑む。
「やはり、元平民では、ジュリアには釣り合わないだろうか」
その言葉に、慌てて首を振った。
「違います! 私でいいのかと思って」
「いいもなにも、オレはジュリアがいいんだ」
「私が……?」
クロード様は、気まずげに口を開く。
「一目惚れだ。もう十年ほど経つからから覚えていないかもしれないが、王宮の時計塔で。あの時のオレは、まだ見習いで師匠に連れられていた。その時に」
驚く私に、クロード様は続ける。
「ずっと、好きだったんだ。でも、諦めていた。筆頭魔術師になれば貴族のご令嬢に婚約を申し込んでも無碍にされないと思って頑張ったが、オレが地位を手に入れた時にはジュリアは王太子の婚約者で。オレには、手の届かない人だと諦めるしかなかった。それでも、王妃となった貴女を、近くで支えられたらと思っていた」
クロード様の言葉に、私は声を詰まらせながらも言う。
「でも、私は、これから平民として生きていくことになるのだと……。クロード様は折角、貴族になられるのに」
「そんなの気にするわけがないだろ!」
「ですが……」
平民出身ということで、かなり苦労してきたと聞いているのに、私のせいで余計な苦労をかけてしまわないのだろうか。
「もしジュリアがそこを気にするのなら、師匠が養子にしてくれると言っている。…………ジュリアは、オレが、嫌いか?」
「違います! 好きだから、私のせいで迷惑をかけたくなくて」
「何も考えなくて良い。ジュリアの気持ちだけで良いんだ」
クロード様の言葉に、私の中に残っていた躊躇いが消えてしまう。
「私も、クロード様が好きです――」
だから、結婚してください、と言おうとしたところで、クロード様に抱きしめられる。
「絶対、絶対、大切にする」
クロード様に抱きしめられ、私も腕をクロード様の背中に回した。
「私も、沢山クロード様のこと、幸せにしたいです」
お互いの気持ちが落ち着くまで、ずっとそうしていた。
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