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番外編2.父視点
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政略で迎えた妻だった。
けれども、美しい人形のような女は好みではなかった。
だから、愛人を作った。
愛人は子爵家の出身で、教養などは妻に劣るが愛嬌のある女だった。
私は侯爵家嫡男としての立場をわきまえていたので、愛人には最愛はお前だが結婚はできないと言い聞かせたし、婚約者とはそのまま結婚した。もちろん、最低限、贈り物やエスコートは欠かさず、愛人については耳に入らないようにも振る舞った。
そうして、妻との間に生まれた子は、娘だった。
男子でなかったことに初めは落胆したものの、出産時の負荷で妻にもう次の子供が望めないとわかると、これで愛人と子を持つことが許されると心が躍った。
愛人は、何より、自分には私しかいないのだと、そう思わせてくれる。
さらには、待望の男子も授けてくれた。
そうなると、帰る場所はあちらだと思うのは当然であった。
私は、侯爵家の屋敷に帰るより、愛人――ベアトリスの元に入り浸った。
たまに侯爵邸に帰ると、娘がまとわりついてきた。
だが、妻に似ている娘を可愛いとは思えなかった。
目つきや雰囲気が似ているのだ。
邪険に扱っているつもりはないのだが、娘に冷たい態度を取っているように見える私を妻は責めた。
しかし、直す必要も感じなかった。
出産後、体調を崩しがちだった妻が死ぬ直前に、娘は王子の婚約者に選ばれた。
妻は娘を跡取りとして教育していたようだが、娘が嫁ぐことに決まって落胆していた。
私は、これでエリクを堂々と後継に迎えることができると思ったくらいだ。
丁度良く妻が死んでくれて助かった。
なのに、何故、こうなのるのだろうか。
妻の死後、ベアトリスを迎え入れ、娘はいずれ嫁ぎ、エリクと三人で幸せな家族の形が完成するはずだったのに。
ベアトリスから言われた言葉をそのまま信じたことがいけなかったのか?
『ジュリアが、エリクを毒殺しようとした』
可愛がっていなかった娘が、可愛がっていた息子を排除しようとしたと聞いて、疑う余地などどこにもなかった。
娘が愚かでよかったと、安堵すらしたのだ。
これで、将来は王家に嫁いだ姿を見ることもなくなるし、完全に私の人生から妻の影を排除できる。
だが、冷静に考えると、私は、私に都合が良すぎるその言葉を疑うべきだったのだろう。
代わり映えのない、貴族牢の中で考えていると、騎士がやってきた。
「おい、移動だ」
「なっ、私は侯爵だぞ」
「犯罪者ではあるがな。上の指示だ。従ってもらおう」
そして騎士に引きずられるように連れて行かれたのは、薄汚い牢屋だった。
平民の罪人もいるなか、奥の個室に入れられる。
「冤罪で陥れた娘と同じ境遇になって、少しでも罪を自覚せよとのお達しだ」
そう言い捨てて、騎士は出て行った。
そうか。娘はこのような場所に入れられたのか。
むき出しの石壁に、ぼろぼろの寝台。酷い臭いが漂っていて、鼻が曲がりそうだ。
貴族牢は曲がりなりにも清潔に手入れされ、寝具も一式置いてあったというのに、ここには薄汚れ破れた毛布しか置いていない。そのため、寒くてたまらなかった。
すぐに王子に連れ去られたとは聞いているが、侯爵家の娘が受ける待遇ではない。
さらには、侯爵である私にもこの場所は似つかわしくない。
この場所を知る娘なら、あるいは助けに――。
助けは無理でも、様子を見に来てくれたならば、貴族牢に戻れるよう掛け合ってくれるかもしれない。
私は牢に入れられた娘に会いに行くことすらしなかったのに、寒さのあまりにそんな考えすら思い浮かぶ。
だが、娘が会いに来るわけがなかった。
そもそも、もう娘ではない。
その繋がりは、私が自ら切り捨てたのだから。
毒をあおることになるとは聞いている。
あと何日、こんな所にいなければいけないのだろうか。
これも、娘の意趣返しか――。
かつて、私の関心を引こうと必死になっていた娘の姿が思い出される。
「愛していれば、違ったのだろうか……」
石壁ごしに伝わってくる真冬の寒さに眠ることもできないまま、前の妻と幼い頃の娘の姿を思い浮かべる。
どうしたら、愛せたのだろうか。
もっと早くにそう思えていれば、今を違った形で迎えることができていたのか。
エリクに侯爵家を残すこともできていたのか……。
毒杯が運ばれてくる日を待ちながら、私は考え続けるのだった。
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第18回恋愛小説大賞、投票してくださってありがとうございます!
けれども、美しい人形のような女は好みではなかった。
だから、愛人を作った。
愛人は子爵家の出身で、教養などは妻に劣るが愛嬌のある女だった。
私は侯爵家嫡男としての立場をわきまえていたので、愛人には最愛はお前だが結婚はできないと言い聞かせたし、婚約者とはそのまま結婚した。もちろん、最低限、贈り物やエスコートは欠かさず、愛人については耳に入らないようにも振る舞った。
そうして、妻との間に生まれた子は、娘だった。
男子でなかったことに初めは落胆したものの、出産時の負荷で妻にもう次の子供が望めないとわかると、これで愛人と子を持つことが許されると心が躍った。
愛人は、何より、自分には私しかいないのだと、そう思わせてくれる。
さらには、待望の男子も授けてくれた。
そうなると、帰る場所はあちらだと思うのは当然であった。
私は、侯爵家の屋敷に帰るより、愛人――ベアトリスの元に入り浸った。
たまに侯爵邸に帰ると、娘がまとわりついてきた。
だが、妻に似ている娘を可愛いとは思えなかった。
目つきや雰囲気が似ているのだ。
邪険に扱っているつもりはないのだが、娘に冷たい態度を取っているように見える私を妻は責めた。
しかし、直す必要も感じなかった。
出産後、体調を崩しがちだった妻が死ぬ直前に、娘は王子の婚約者に選ばれた。
妻は娘を跡取りとして教育していたようだが、娘が嫁ぐことに決まって落胆していた。
私は、これでエリクを堂々と後継に迎えることができると思ったくらいだ。
丁度良く妻が死んでくれて助かった。
なのに、何故、こうなのるのだろうか。
妻の死後、ベアトリスを迎え入れ、娘はいずれ嫁ぎ、エリクと三人で幸せな家族の形が完成するはずだったのに。
ベアトリスから言われた言葉をそのまま信じたことがいけなかったのか?
『ジュリアが、エリクを毒殺しようとした』
可愛がっていなかった娘が、可愛がっていた息子を排除しようとしたと聞いて、疑う余地などどこにもなかった。
娘が愚かでよかったと、安堵すらしたのだ。
これで、将来は王家に嫁いだ姿を見ることもなくなるし、完全に私の人生から妻の影を排除できる。
だが、冷静に考えると、私は、私に都合が良すぎるその言葉を疑うべきだったのだろう。
代わり映えのない、貴族牢の中で考えていると、騎士がやってきた。
「おい、移動だ」
「なっ、私は侯爵だぞ」
「犯罪者ではあるがな。上の指示だ。従ってもらおう」
そして騎士に引きずられるように連れて行かれたのは、薄汚い牢屋だった。
平民の罪人もいるなか、奥の個室に入れられる。
「冤罪で陥れた娘と同じ境遇になって、少しでも罪を自覚せよとのお達しだ」
そう言い捨てて、騎士は出て行った。
そうか。娘はこのような場所に入れられたのか。
むき出しの石壁に、ぼろぼろの寝台。酷い臭いが漂っていて、鼻が曲がりそうだ。
貴族牢は曲がりなりにも清潔に手入れされ、寝具も一式置いてあったというのに、ここには薄汚れ破れた毛布しか置いていない。そのため、寒くてたまらなかった。
すぐに王子に連れ去られたとは聞いているが、侯爵家の娘が受ける待遇ではない。
さらには、侯爵である私にもこの場所は似つかわしくない。
この場所を知る娘なら、あるいは助けに――。
助けは無理でも、様子を見に来てくれたならば、貴族牢に戻れるよう掛け合ってくれるかもしれない。
私は牢に入れられた娘に会いに行くことすらしなかったのに、寒さのあまりにそんな考えすら思い浮かぶ。
だが、娘が会いに来るわけがなかった。
そもそも、もう娘ではない。
その繋がりは、私が自ら切り捨てたのだから。
毒をあおることになるとは聞いている。
あと何日、こんな所にいなければいけないのだろうか。
これも、娘の意趣返しか――。
かつて、私の関心を引こうと必死になっていた娘の姿が思い出される。
「愛していれば、違ったのだろうか……」
石壁ごしに伝わってくる真冬の寒さに眠ることもできないまま、前の妻と幼い頃の娘の姿を思い浮かべる。
どうしたら、愛せたのだろうか。
もっと早くにそう思えていれば、今を違った形で迎えることができていたのか。
エリクに侯爵家を残すこともできていたのか……。
毒杯が運ばれてくる日を待ちながら、私は考え続けるのだった。
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