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番外編3.ケイト視点
私がお嬢様付きの侍女となったのは、お嬢様が十歳を迎えられてからだった。
私は貧乏子爵家の出身で四人兄弟の長女だったため、婚約者を作らず卒業後は働こうと学園を通じて職場を探していた。
そんな私に、学園側の方からこんな採用があるがと声をかけてくれたのだ。
学園入学前の高位貴族のご令嬢の侍女は、通常、奥様のご親戚などに声がかかることが多い。
だが、今回は近くに望ましい人がいなかったということで、学園に募集がかかったという。
話を聞けば、奥様の侍女ではなく、そのご令嬢の侍女なのだそうだ。
高位貴族の侍女は人気がある職場だが、子供に馴れた人をということで私に声をかけてくれたと教えてくれた。
私は成績はそこそこだったが、学園に入るまでは幼い弟妹の面倒を見ていた。
面接を受けると、お嬢様との相性も悪くなさそうだということで、私の採用は決まった。
そして、お嬢様と初めてお会いした日。
「あなたが、私の侍女になってくれるの?」
高位貴族らしい、美しいカーテシーの後、そんな風に可愛らしく上目遣いで尋ねられ、私の心はお嬢様に掴まれた。
「はい。ケイトと申します。お嬢様、これからどうぞよろしくお願いいたします」
「私はジュリアというの。よろしくね」
金髪に青い瞳の、人形のように可愛く美しいお嬢様にお仕えできる幸運を、私は感謝した。
お嬢様の勉強は専門の家庭教師が呼ばれている。
私は、お嬢様のお話相手や、洋服の管理など、日々の生活の手伝いを仕事にすることとなった。
侯爵家で働くようになって、気が付いたことが一つある。
それは、侯爵様のお姿をほとんどお屋敷の中でお見かけしないのだ。
侯爵様が帰ってこられるとなると、特別シフトが組まれるくらいには、侯爵様のお姿をお見かけするのは稀だった。
奥様はたまに戻ってこられる侯爵様を引き留めることを諦めていらっしゃるようで、使用人もわきまえ、奥様の前で侯爵様の話をする者はいなかった。
奥様は優しく、もちろん、そのくらいのことでご気分を害されるようなことはないが、体調を崩し寝込みがちな奥様に、心労を増やすようなことを避けようという気遣いからだと思う。
お嬢様も、同じように思っておられるのか、時折、寂しそうになさっているが、奥様に直接「お父様ともっと過ごしたい」と言われるようなこともなかった。
むしろ、大人のように振る舞うことができれば、侯爵様も帰ってきていただけると思っておられるようで、年齢以上に大人びて振る舞おうとしている姿が痛々しかった。
身分もあって、本来は、何の苦労もなく育つべき年齢なのに。
愛情を注がれて育てられるべきなのに。
そんな思いから、私だけはできるだけお嬢様のおそばにいたいと思うようになっていた。
少しでも心が慰められたらと、お使いに出た先で買ってきた『シュクリ』のお菓子を差し上げたところ、気に入っていただけて、それからは一緒にお茶に呼ばれることも増え、ますます私のお嬢様びいきが加速した。
そんな時だった。
実家から、私に縁談が持ち込まれた。
私が働いたお金の大半を仕送りし、無事に弟妹が学園を卒業する目処がついたところで、今まで手をかけてやれなかったからと縁談を探してくれたらしい。
感謝するべきだろうが、せめて私の気持ちを聞いてから動いて欲しかった。
奥様に相談したところ、前向きに考えてみたらと言われた。
その頃、第一王子殿下との婚約のお話が持ち込まれたようだ。
お嬢様が王家に嫁がれるとなると、実家が子爵家である私では今までのようにお側でお仕えすることが難しくなる。
お嬢様が嫁がれるまで、私が嫁ぐのを待って欲しいけれど、ご縁があるのなら、その後は私自身の幸せも考えてみてはどうかと言われ、悩んだ末に、私は奥様に口添えしてもらい、婚約期間を長く取ることを許して貰えるのならばとその縁談に臨むことにした。
結果、奥様の口添えのおかげか、婚約は結ばれ、私はお嬢様の結婚後、職を辞することが決まった。
奥様が儚くなられたのは、そのすぐ後だった。
こんなことになるのなら、縁談など受けなければよかったと後悔している間に葬儀が済み、屋敷に侯爵様の愛人とそのご子息が迎え入れられた。
侯爵様は、お嬢様に対するのとは違い、ご子息様を大切に扱っていらっしゃるようだった。
それを目にするお嬢様の心境はいかばかりだろうか。
求めていたはずの父親の愛を享受する存在が、すぐ近くにやって来てしまったのだ。
だが、私の心配は杞憂だった。
奥様を亡くされたからだろうか。
より、しっかりしなければならないと思われたのかもしれない。
お嬢様は冷静に対応なされ、突然存在を知った異母弟にも優しく振る舞われていた。
本当に天使のようにお心もお美しい。
なのに、ご婚約者様は他の女性との噂はあるし、侯爵はお嬢様達が襲われても、お嬢様のお心を慮ることをしない。
さらには、筆頭魔術師の職を失い、学園の魔術講師にコネで入ったという不届き者もお嬢様の近くにいるので、私は、お嬢様が心配でたまらなかった。
そんな中、あのご子息様の毒殺未遂事件が起きた。
お嬢様が毒殺などなさるわけがない。
絶対に冤罪だと確信を持っていたが、侯爵様はもちろん頼りにならず、お嬢様を助けていただけそうな方を考えた時に思い浮かんだのは、あの不届き者の姿だった。
そして、私が助けを求めにあの魔術師の元に向かっている間に、新しい奥様はあろうことかお嬢様を除籍しようと動き、侯爵様も躊躇いすらせず、そのお話をお認めになってしまった。
屋敷に戻ると私はお嬢様の除籍を知り、同時に解雇されていた。
不届き者の魔術師――クロード様に雇われたのはそのすぐ後だ。
クロード様はお嬢様を助け出す準備を恐ろしい早さで進め、救出に向かった。
学園にいる時も、お嬢様に近づいていたのはやはり下心があってのことかと思いはしたが、それでも、必死にお嬢様を助けようとしてくれている姿に、彼がお嬢様に向ける愛は真実なのだと疑いようがなかった。
全てが終わり、お嬢様は今、クロード様の元で毎日幸せそうな笑顔を浮かべていらっしゃる。
もう、初めてお会いした頃の、家族の愛を求めながらも、我慢していた少女の姿はない。
私では、お嬢様のご家族の代わりにも、クロード様の代わりにもなれなかった。
侍女として接することしかできなかったけれど、私なりに愛を注いできたお嬢様が幸せになる姿を見届けることができそうで、その日を今から楽しみにしている。
私は貧乏子爵家の出身で四人兄弟の長女だったため、婚約者を作らず卒業後は働こうと学園を通じて職場を探していた。
そんな私に、学園側の方からこんな採用があるがと声をかけてくれたのだ。
学園入学前の高位貴族のご令嬢の侍女は、通常、奥様のご親戚などに声がかかることが多い。
だが、今回は近くに望ましい人がいなかったということで、学園に募集がかかったという。
話を聞けば、奥様の侍女ではなく、そのご令嬢の侍女なのだそうだ。
高位貴族の侍女は人気がある職場だが、子供に馴れた人をということで私に声をかけてくれたと教えてくれた。
私は成績はそこそこだったが、学園に入るまでは幼い弟妹の面倒を見ていた。
面接を受けると、お嬢様との相性も悪くなさそうだということで、私の採用は決まった。
そして、お嬢様と初めてお会いした日。
「あなたが、私の侍女になってくれるの?」
高位貴族らしい、美しいカーテシーの後、そんな風に可愛らしく上目遣いで尋ねられ、私の心はお嬢様に掴まれた。
「はい。ケイトと申します。お嬢様、これからどうぞよろしくお願いいたします」
「私はジュリアというの。よろしくね」
金髪に青い瞳の、人形のように可愛く美しいお嬢様にお仕えできる幸運を、私は感謝した。
お嬢様の勉強は専門の家庭教師が呼ばれている。
私は、お嬢様のお話相手や、洋服の管理など、日々の生活の手伝いを仕事にすることとなった。
侯爵家で働くようになって、気が付いたことが一つある。
それは、侯爵様のお姿をほとんどお屋敷の中でお見かけしないのだ。
侯爵様が帰ってこられるとなると、特別シフトが組まれるくらいには、侯爵様のお姿をお見かけするのは稀だった。
奥様はたまに戻ってこられる侯爵様を引き留めることを諦めていらっしゃるようで、使用人もわきまえ、奥様の前で侯爵様の話をする者はいなかった。
奥様は優しく、もちろん、そのくらいのことでご気分を害されるようなことはないが、体調を崩し寝込みがちな奥様に、心労を増やすようなことを避けようという気遣いからだと思う。
お嬢様も、同じように思っておられるのか、時折、寂しそうになさっているが、奥様に直接「お父様ともっと過ごしたい」と言われるようなこともなかった。
むしろ、大人のように振る舞うことができれば、侯爵様も帰ってきていただけると思っておられるようで、年齢以上に大人びて振る舞おうとしている姿が痛々しかった。
身分もあって、本来は、何の苦労もなく育つべき年齢なのに。
愛情を注がれて育てられるべきなのに。
そんな思いから、私だけはできるだけお嬢様のおそばにいたいと思うようになっていた。
少しでも心が慰められたらと、お使いに出た先で買ってきた『シュクリ』のお菓子を差し上げたところ、気に入っていただけて、それからは一緒にお茶に呼ばれることも増え、ますます私のお嬢様びいきが加速した。
そんな時だった。
実家から、私に縁談が持ち込まれた。
私が働いたお金の大半を仕送りし、無事に弟妹が学園を卒業する目処がついたところで、今まで手をかけてやれなかったからと縁談を探してくれたらしい。
感謝するべきだろうが、せめて私の気持ちを聞いてから動いて欲しかった。
奥様に相談したところ、前向きに考えてみたらと言われた。
その頃、第一王子殿下との婚約のお話が持ち込まれたようだ。
お嬢様が王家に嫁がれるとなると、実家が子爵家である私では今までのようにお側でお仕えすることが難しくなる。
お嬢様が嫁がれるまで、私が嫁ぐのを待って欲しいけれど、ご縁があるのなら、その後は私自身の幸せも考えてみてはどうかと言われ、悩んだ末に、私は奥様に口添えしてもらい、婚約期間を長く取ることを許して貰えるのならばとその縁談に臨むことにした。
結果、奥様の口添えのおかげか、婚約は結ばれ、私はお嬢様の結婚後、職を辞することが決まった。
奥様が儚くなられたのは、そのすぐ後だった。
こんなことになるのなら、縁談など受けなければよかったと後悔している間に葬儀が済み、屋敷に侯爵様の愛人とそのご子息が迎え入れられた。
侯爵様は、お嬢様に対するのとは違い、ご子息様を大切に扱っていらっしゃるようだった。
それを目にするお嬢様の心境はいかばかりだろうか。
求めていたはずの父親の愛を享受する存在が、すぐ近くにやって来てしまったのだ。
だが、私の心配は杞憂だった。
奥様を亡くされたからだろうか。
より、しっかりしなければならないと思われたのかもしれない。
お嬢様は冷静に対応なされ、突然存在を知った異母弟にも優しく振る舞われていた。
本当に天使のようにお心もお美しい。
なのに、ご婚約者様は他の女性との噂はあるし、侯爵はお嬢様達が襲われても、お嬢様のお心を慮ることをしない。
さらには、筆頭魔術師の職を失い、学園の魔術講師にコネで入ったという不届き者もお嬢様の近くにいるので、私は、お嬢様が心配でたまらなかった。
そんな中、あのご子息様の毒殺未遂事件が起きた。
お嬢様が毒殺などなさるわけがない。
絶対に冤罪だと確信を持っていたが、侯爵様はもちろん頼りにならず、お嬢様を助けていただけそうな方を考えた時に思い浮かんだのは、あの不届き者の姿だった。
そして、私が助けを求めにあの魔術師の元に向かっている間に、新しい奥様はあろうことかお嬢様を除籍しようと動き、侯爵様も躊躇いすらせず、そのお話をお認めになってしまった。
屋敷に戻ると私はお嬢様の除籍を知り、同時に解雇されていた。
不届き者の魔術師――クロード様に雇われたのはそのすぐ後だ。
クロード様はお嬢様を助け出す準備を恐ろしい早さで進め、救出に向かった。
学園にいる時も、お嬢様に近づいていたのはやはり下心があってのことかと思いはしたが、それでも、必死にお嬢様を助けようとしてくれている姿に、彼がお嬢様に向ける愛は真実なのだと疑いようがなかった。
全てが終わり、お嬢様は今、クロード様の元で毎日幸せそうな笑顔を浮かべていらっしゃる。
もう、初めてお会いした頃の、家族の愛を求めながらも、我慢していた少女の姿はない。
私では、お嬢様のご家族の代わりにも、クロード様の代わりにもなれなかった。
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