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第一章、フロントラットスプレッド
1スクープ目、筋トレは好きですか?
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診察室の蛍光灯が、やけに白く眩しかった。
医者の声は、まるで別世界の音のように遠く聞こえる
「右肩の腱板、部分断裂です。手術までは必要ないけど、最低でも半年は安静に」
半年――
その言葉が、ダンベルより重くのしかかる
「半年も…休んだら、筋肉が落ちるじゃないですか」
自分でも驚くほど低い声が出た
腕、肩、胸、背中、上半身のトレーニングに関係してくる肩を負傷してしまうなんて…
医者は書類に目を落としたまま、淡々と答えた
「筋肉はまた付きますが、腱は二度と同じには戻りません」
医者からの辛辣であり、信頼しなければならない言葉に俺の心は大きく揺さぶられる
だが、実際には配送の仕事に影響が出るほどの痛みが出ている
「とりあえず、ウチ《病院》で痛み止めと腕を体幹に固定しておきましょう」
問題ないが、念のため非ステロイド系の痛み止めを処方してもらい、肩を動かさないために腕を固定された
固定された腕は、まるで他人のもののように重たかった
肩から伝わる鈍い痛みは、まるで「立ち止まれ」と身体が訴えているようだ
「半年も安静、か……」
呟きながら、自分の右腕を見下ろす
筋肉が、少しずつ“ただの肉”に戻っていくイメージが頭をよぎった
怖い…
鍛えることでしか、存在を証明できなかった
筋肉を失えば、何も残らないような気がした
トレーニングで鍛えた精神も初の怪我の前には不安でたまらない
落ち込みながら、病院の出口に差しかかると、受付の女性が声をかけてきた
「太陽さん、リハビリの予約ですが、整形外科とは別に、
提携している接骨院がありますが希望されますか?」
「……接骨院?」
「スポーツ外傷に強い先生がいて、太陽さんのリハビリにはおすすめですよ」
「じゃあ……お願いします」
受付の女性はニコッと笑顔をみせる
「こちらが紹介状です
明日の午後、予約を入れておきますね
場所は駅の近くの“雨端接骨院《あまはたせっこついん》です」
彼女のペンが紙の上を滑る音が、やけにクリアに響いた
雨端――
名前を見ただけで、なぜか一瞬、肌に冷たい風が通り抜けるような感覚がした
⸻
翌日
午前中の配送を終え、腕を固定したまま駅前を歩く
秋の空気が重く、湿っている
接骨院の看板が見えた
白い暖簾には、筆文字で「雨端接骨院」
扉を開けると、ほのかにアルコールと湿布の匂いが漂っていた
受付の奥から、白衣姿の女性が現れる
「こんにちは、太陽さんですね?」
落ち着いた声だった
年齢は自分と同じくらいだろう
髪は肩にかかる程度で、白衣の袖口から見える手首は細い
だが、何故だか力強く見えた
「今日から担当させて頂きます
雨端 雫《あまはた しずく》です
肩の腱板損傷と伺っておりますが、症状見させて頂きますね」
その口調には優しさよりも、“正確さ”があった
冷たいわけではないが、妙な距離感がある
治療ベッドに座り、彼女の指示で固定を外す
腕を支えながら、雫が患部に触れる
「少し痛むかもしれませんが、動かしていきますね」
ゆっくりと腕を上げると、痛みで声が出る
「くっ……、ぐぅ……!」
雫は真剣な眼差しで、参太郎の肩を診察する
「……筋肉、すごいですね」
雫が小さくつぶやいた
だがその声は、感嘆ではなく、観察のように冷静だった
「でも、少し“無理させすぎた”筋肉ですね」
参太郎は眉をひそめる
「どういう意味ですか?」
己を律して鍛えた筋肉達は友であり、家族であり、自分自身である
筋肉を貶されるのは我慢できない
「守るために鍛えた筋肉と、
隠すために鍛えた筋肉、
触ると分かりますが、少し違うんです」
静かにそう言って、雫は固定を巻き直した
⸻
治療が終わると、雫はカルテを閉じながら言った
「筋トレはお好きですか?」
「もちろんです、筋トレやボディビルが大好きです、スポーツマンですから」
雫の言葉に食い気味に答える
「なるほど…
ただ無理をすれば、治るものも治りません
でも、“やりたい”という気持ちは止められない
だからこそ、私がブレーキになります」
その言葉は不思議と胸に残った
帰り道、参太郎は思う
今日の彼女は痛みを和らげたわけじゃない
痛みの“意味”を教えたような気がした
⸻
――この出会いが、俺の“⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎”を壊すとは、
まだ知らなかった
医者の声は、まるで別世界の音のように遠く聞こえる
「右肩の腱板、部分断裂です。手術までは必要ないけど、最低でも半年は安静に」
半年――
その言葉が、ダンベルより重くのしかかる
「半年も…休んだら、筋肉が落ちるじゃないですか」
自分でも驚くほど低い声が出た
腕、肩、胸、背中、上半身のトレーニングに関係してくる肩を負傷してしまうなんて…
医者は書類に目を落としたまま、淡々と答えた
「筋肉はまた付きますが、腱は二度と同じには戻りません」
医者からの辛辣であり、信頼しなければならない言葉に俺の心は大きく揺さぶられる
だが、実際には配送の仕事に影響が出るほどの痛みが出ている
「とりあえず、ウチ《病院》で痛み止めと腕を体幹に固定しておきましょう」
問題ないが、念のため非ステロイド系の痛み止めを処方してもらい、肩を動かさないために腕を固定された
固定された腕は、まるで他人のもののように重たかった
肩から伝わる鈍い痛みは、まるで「立ち止まれ」と身体が訴えているようだ
「半年も安静、か……」
呟きながら、自分の右腕を見下ろす
筋肉が、少しずつ“ただの肉”に戻っていくイメージが頭をよぎった
怖い…
鍛えることでしか、存在を証明できなかった
筋肉を失えば、何も残らないような気がした
トレーニングで鍛えた精神も初の怪我の前には不安でたまらない
落ち込みながら、病院の出口に差しかかると、受付の女性が声をかけてきた
「太陽さん、リハビリの予約ですが、整形外科とは別に、
提携している接骨院がありますが希望されますか?」
「……接骨院?」
「スポーツ外傷に強い先生がいて、太陽さんのリハビリにはおすすめですよ」
「じゃあ……お願いします」
受付の女性はニコッと笑顔をみせる
「こちらが紹介状です
明日の午後、予約を入れておきますね
場所は駅の近くの“雨端接骨院《あまはたせっこついん》です」
彼女のペンが紙の上を滑る音が、やけにクリアに響いた
雨端――
名前を見ただけで、なぜか一瞬、肌に冷たい風が通り抜けるような感覚がした
⸻
翌日
午前中の配送を終え、腕を固定したまま駅前を歩く
秋の空気が重く、湿っている
接骨院の看板が見えた
白い暖簾には、筆文字で「雨端接骨院」
扉を開けると、ほのかにアルコールと湿布の匂いが漂っていた
受付の奥から、白衣姿の女性が現れる
「こんにちは、太陽さんですね?」
落ち着いた声だった
年齢は自分と同じくらいだろう
髪は肩にかかる程度で、白衣の袖口から見える手首は細い
だが、何故だか力強く見えた
「今日から担当させて頂きます
雨端 雫《あまはた しずく》です
肩の腱板損傷と伺っておりますが、症状見させて頂きますね」
その口調には優しさよりも、“正確さ”があった
冷たいわけではないが、妙な距離感がある
治療ベッドに座り、彼女の指示で固定を外す
腕を支えながら、雫が患部に触れる
「少し痛むかもしれませんが、動かしていきますね」
ゆっくりと腕を上げると、痛みで声が出る
「くっ……、ぐぅ……!」
雫は真剣な眼差しで、参太郎の肩を診察する
「……筋肉、すごいですね」
雫が小さくつぶやいた
だがその声は、感嘆ではなく、観察のように冷静だった
「でも、少し“無理させすぎた”筋肉ですね」
参太郎は眉をひそめる
「どういう意味ですか?」
己を律して鍛えた筋肉達は友であり、家族であり、自分自身である
筋肉を貶されるのは我慢できない
「守るために鍛えた筋肉と、
隠すために鍛えた筋肉、
触ると分かりますが、少し違うんです」
静かにそう言って、雫は固定を巻き直した
⸻
治療が終わると、雫はカルテを閉じながら言った
「筋トレはお好きですか?」
「もちろんです、筋トレやボディビルが大好きです、スポーツマンですから」
雫の言葉に食い気味に答える
「なるほど…
ただ無理をすれば、治るものも治りません
でも、“やりたい”という気持ちは止められない
だからこそ、私がブレーキになります」
その言葉は不思議と胸に残った
帰り道、参太郎は思う
今日の彼女は痛みを和らげたわけじゃない
痛みの“意味”を教えたような気がした
⸻
――この出会いが、俺の“⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎”を壊すとは、
まだ知らなかった
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