Hold on me〜あなたがいれば

紅 華月

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落花ノ章

5 年下男の独占欲の表現法はかなり手荒い

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寝室のクローゼットにせっせと買ってもらった洋服をしまい込む、そんな美優の姿をフッと薄ら笑みを浮かべて眺めていた圭介ではあったが、ちょっと肝心で大事な事を思い出してベッドから立ち上がった。

「美優…ちょっくら出てくるかんな。」

「えっ…」

「すぐに戻る。何かあったら連絡しろ。」

「…はいっ。」

「いいか、ウチから1人で出んじゃねぇぞ。」

「………。」

抜け目なく念押しした後、圭介が自ら運転して向かったのは翠の経営するブティックだ。山と買った美優の支払いが保留となっているので精算に来たのだった。

「いらっしゃ…あら清水様。」

「…よう。支払いの精算に来たぜ。」

「あらま、相変わらずの仏頂面だこと。…美優様がいらっしゃらないと笑ってももらえないのかしら?」

「…てめぇ、翠…お前な…」

「冗談ですわ。…ではお預かり致します。」

清水からブラッククレジットカードを預かった翠は、側のレジで操作を始める。その間店内を見渡していた圭介だったが…

「…美優様とは、どちらでお知り合いに?どこかのお店かしら。」

「……。お前に関係ねぇだろが…」

「関係はないけれど…気にはなりますわ。噂で聞く限りですけど、清水様のこれまでの女性達は皆さん『玄人』…夜の世界の人ばかりと。…美優様はそうは見えませんものね。」

「…アイツはそんなんじゃねぇよ。」

「じゃあ…街でナンパした『女子大生』?」

「は?……クククッ、確かにそう見えるかもなぁ…」

「……?」

「言っとくが…美優はオレより『年上』だぜ?三十路だ。」

「……。…はぁーっ?!」

翠の仰天する叫び声が店内に響き渡る。従業員らもビックリして振り向く始末だ。

「…し、信じらんない…信じられないっ!…み、三十路?三十路であの外見っ…あの肌っ…、…ちょっ、整形でもしてる?!」

「…してる訳ねぇだろが。アホかお前は…」

「……。と、とんでもない女(ひと)を見つけたわね…」

「だろ?オレの『女』は全てが別格なワケ。」

「で…そんな貴方は、年下のくせに『圭介さん』なんて呼ばれてるの?…おかしくない?」

「…るせぇな、しょうがねぇだろ…そう呼ぶんだからっ。」

「……はー…」

翠はすっかり『素』が出てしまい呆けてしまう。けれど仕事はしっかりとこなし、圭介からサインをもらう為にレシートとペンを差し出した。

…普段は『清水様』などと呼んでいる翠ではあるが、実は古くから圭介を知る1人なのだ。彼のアレやコレやを細かに知り尽くしている彼女は、この先そうなるであろう事を早くも想定して媚びるように伺いを立てる。

「……。『清水様』…近々に、毎月恒例の視察がありますでしょう?もし宜しければ…美優様の『カクテルドレス』なども、当店にてご用意させて頂きますけど…如何かしら?」

「………。そう、だな…こういう点じゃお前には信用がある。…頼むわ。」

「はい、美優様をより美しくして差し上げますわ。…夜の蝶と呼ばれる女性達すら霞んでしまう程に。」

「あとよ。昨日の『アレ』……なかなか良かったぜ。楽しませてもらったわ。本人は意味がわからねぇって嫌がってたけどな。」

「ふっふふふっ…やっぱり♪男って『ああいうの』…好きよねぇ?」

してやったりと言わんばかりの含み笑いに、圭介は冷ややかに目を細める。…彼は彼女の“そういう所”が気に食わないのだ。

「……。言っとくけどな翠…オレは紐だのスケスケだのどうでも良いんだっ。美優本人がっ…」

「ハイハイ。こういうお店の真昼間に、大声で惚気下ネタは止めて頂戴!ハイ!サッサと帰るっ、ハウス!」

「オレはイヌじゃねぇ!ったく…金さえ貰えば用済みか!てめぇはっ。」

「当たり前よ、こっちはお商売なんだからっ。またのお越しをお待ちしておりますわ、清水様。」

「……ケッ。」

僅か賑やかな攻防も、圭介はガニ股でドスドスと店を出て行く。翠はその後ろ姿をニコニコと手を振って送り出したのだった。

新たな物がある程度揃ってしまえば、古いこれまでの物には出番がなくなる。幾日か経ったある日、圭介は美優が以前まで1人で暮らしていたアパートを解約し撤去する事に決め実行した。

半ば強行ながらにそうしたのには訳がある。たまたま近くを通った将也が圭介に報告して来たのだ…『怪しい人間がウロついている。』と。

始めこそ住人の1人かと思っていた将也だったが、どうにもそうは見えず張っていたら美優の部屋の郵便物を物色したりなどしていたらしく、それを聞いた圭介は…

『どこのどいつだァ!…その野郎、ふん縛ってここに連れて来いやァ!!』

…とブチキレ、暴れ狂ったのだ。司や将也の必死の制止も全く意味がなく八つ当たりする始末。

美優は自分の事で怒り狂う圭介の姿を初めて見たので、両目をまん丸にしてただ見つめていたものの「…圭介さん、落ち着いて下さい。」と声を掛けると、面白いほど途端にピタリとその手が止まった。

「……。…呑気し過ぎた。向こうのアパート、引き払うぞ美優。…いいな?」

「はい。」

「…うしっ。司、将也…会の若ぇ奴らに召集掛けろ。報酬は小遣いと飯だっ。」

「「うす!」」

「そ、そんなっ…皆さんお仕事あるんですからっ。荷物だってまとまってないですしっ…」

「若ぇ奴らはこういう事で金を稼ぐんだ。だから喜んでやる。それに荷物なんか適当に箱に入れてわっさかトラックに積んでくりゃいいんだっ。ちょうど事務所の倉庫が空いてっから、そこに突っ込んで…後でゆっくり必要なモン引っ張り出しゃ良い。」

「……。と、とりあえず私もっ…」

「お前は来んな。力仕事なんかすんなっ。あの部屋に近づくな!」

「………(汗)」

かくして、美優が住まっていた西区にあるアパートの引っ越しという名の『撤収作業』が行われた。

集まった若衆らはこういう事に手慣れているのか、阿吽の呼吸で次から次へと家財を運び出し…食器など細かな物は持参した段ボール箱へと手荒ながらにも詰めて運び出す。

司や将也も尊敬する兄貴の大事な女たる『姉貴』の為と、せっせと部屋と外を往復し荷物を運んだ。そんな皆の素直な働きを、圭介は部屋のど真ん中で腕を組み仁王立ちで見つめる…まるで現場監督さながらである。

けれどそんな圭介の胸中は僅か複雑だった。…この部屋は自分と美優にとって出逢いの場であり、初めて抱いた彼女に『落ちた』場所。

行為に至るまでの自分の行動に関しては到底褒められるものではないが…出来る事なら美優が味わった『恐怖』を綺麗に塗り替え『良い思い出』にしてから立ち退きたかった…と圭介は考えていた。だから彼は頑なに、この部屋へ彼女が入るのを禁じていたのだった。

らしくなくおセンチな気分でそんな事を考えていた圭介だが…若衆の1人に声を掛けられた。

「すんませんす、若頭…」

「おう、なした?」

「隣の部屋の、チェストっつうんすか?あれの中身って、ひょっとしなくても…」

「っ?!」

照れ臭そうにモソモソと言う若衆の言葉に、全てを言われずとも想像がついた圭介は珍しくギョッと表情を変え、ドスドスと歩き出す。

そして部屋の隅に置いてある木製チェストの引き出しをちょっとだけ開けて確認した彼は…片手で頭を抱えた。ご想像を裏切らない代物が入っていたのだ。

「……。ここはいい…オレがやる。悪りぃが他んとこ頼む。」

「あ…え、ですが若頭…」

「…元々はてめぇの女のモンだ、てめぇでやるだけの事よ…問題ねぇ。」

「……。うすっ。」

『さすが若頭っ、懐でけぇ!』とでも言いたげに憧憬の眼差しで見つめ、若衆は一礼して別の仕事へと移動していく。

けれど圭介としては溜め息ものだ。…何せ引き出しの中には、美優がこれまで着てきた『下着』がたんまりと入っているのだから。

「………。…チッ…」

一瞬…彼の中で『何で男のオレがこんな事しなきゃなんねぇのよ。』…という不条理にも似た思いが湧く。美優本人がいれば何の問題もないのだが、彼女を連れて来なかったのは彼自身である。増して自分よりも若い男に愛する女の下着など触らせられる訳がない。…例え後に捨てる物であろうとも。

結局、圭介の中で男としてのプライドよりも『美優への愛情と独占欲』が勝り…引き出しを開けては手当たり次第に引き抜き、空段ボール箱へドサドサと無表情でひっくり返し入れていく。

そしてチェストいっぱいだった中身を1つの箱に詰めまとめると、ガムテープでこれでもかというほど雁字搦(がんじがら)めに止め『運ぶ以外で触るな!開けるな!開けたら殺ス!』とマジックで書き殴った。

「…おし。…悪りぃ司、コイツも頼むわ。」

「了解す!…っ?!…な、何すか、この中身…」

「…てめぇは知らなくていいんだよ…あァ?!」

「り、了解すぅ!!」

やがて空になったチェストや洋服、シングルのパイプベッドなど…ありとあらゆる物が運び出され、美優の部屋は『空』となる。

「…兄貴、積み込み終了す!」

「……。おう…わかった。他の奴らとトラックは、先に事務所の倉庫に向かわせろ。お前と将也は…悪りぃがちょっくら待っててくれ。…すぐ行く。」

「…うす。」

バタン…と閉まったドアの音を聞いた後、圭介は空となった室内を見回し歩きながら、美優が1人この部屋でどんな風に生活していたのかと考えてみる。

隣の部屋にはベッドがあったので、毎夜ここできっかり寝て朝には起き…リビングで飯を食べて会社に行き…もしかしたらたまには友達だって遊びに来ていたかもしれない…。

そんなありふれた、堅気の人間の生活を圭介は美優に『捨てさせた』。だからといって『極道の世界』に引っ張り込むつもりは一切ない。

…圭介はただ…美優に自分の側にいて欲しい『だけ』。それだけで彼は十分幸せなのだ。

「……。どんだけ美優がここに住んでたかわからねぇが…世話になったな。これからはこの『清水圭介』が美優を愛し、この身体張って美優を守る…てめぇは次に入る住人をしっかり見守ってやんな。…じゃあな。」

それは本来なら住人だった美優がするべき『挨拶』だ。だが本人がいない為、圭介が代わって部屋へ対し礼を述べ義理を通した。

こうして彼は玄関のドアをしっかり施錠し、引っ越しの最中に見つけた『居住契約書』を片手に司と将也の待つ車へ乗り込むと事務所の倉庫へと向かったのだった。

3人が倉庫に着いた頃には、既にトラックからほとんどの荷物が降ろされ中へと収められていた。しかもわかりやすく、美優がひと目で見て探しやすいようにと高積みにはせず『キッチン付近』、『洋服関連』…といった具合にある程度の分類までされている。

「若頭!こんな感じでどうすか。」

「……。なかなかおめぇら、知恵がある上に気が利くじゃねぇか。ウチのはあんま身長がねぇからよ…助かるぜ。」

「うす!お役に立てて何よりす!」

「…ほとんど終わったみてぇだし…コレ、小遣いと飯代だ。みんなで分けろや。」

圭介は仕事の終わりを判断すると、鞄から分厚く膨らむ封筒を若衆の1人に手渡す。その厚さからして軽く50以上は入っていそうだ。

「若頭!ありがとうございます!!頂戴します!」

「…おう、こっちこそ急に悪かったな…助かったぜ。…あぁ、だがその金で女のいる店に飲みには行くな?折角の金もご破産しちまうからなっ!」

圭介の軽口に若衆らが揃って笑い合う。場は解散となり、若衆らが去って行くのを見届けてから圭介も倉庫に施錠し、司と将也の運転で美優の待つマンションへと帰って来た。

2人には別口で小遣いを渡し『…奴らや美優には内緒だぜ。』とニヤリと笑い、玄関の鍵を開けドアを潜る。

「お帰りなさい、圭介さん。」

何を言った訳でもないというのに、リビングのドア近くに美優が立っていて笑みで彼を迎えた。どうやら玄関のドアが開く音がちゃんと聞こえていたようだ。

しかも今の彼女の装いはグレーのロングニットワンピースを着ている。これも昨日、翠に薦められるままに購入した物の1着なのだが…思いのほか似合っていて可愛らしい。

「…おう、戻ったぞ…美優。」

予想外の出迎えとその可愛らしさに、圭介が素っ気なくあしらえる訳もなく…彼女を自らの腕の中に閉じ込めるように抱きしめる。

そんな『兄貴と姉貴』の幸せそうな姿を、遠巻きから見ていた司と将也は、見てはいけないようなものを見てしまったかのように赤面で視線をあちらこちらへと泳がせるも…程なくして2人で楽しげに笑い合った。

『極道とはこうあるべき。』という生き方の模範を常に示してくれていた圭介は、今や『これぞ男』という姿を見せてくれている…美優という女との出逢いで変わりつつある兄貴がより誇らしく思えた瞬間でもあった。

司と将也が圭介と美優に挨拶をしっかり済ませて帰って行き…2人きりとなると、今頃気が付いたように美優が圭介の持つ茶封筒を指差す。

「…圭介さん?あの…これ、は…」

「んぁ?…あぁ、お前の向こうのアパートの部屋に保管されてた部屋の『契約書』だ。中途半端な退去だからな…内容によっては違約金とか発生すんじゃねぇかと思って。後でオレがちゃんと読んで確認しとくから安心しろ。解約の手続きもしなきゃなんねぇしな。…そん時はオレも一緒に行く。」

「……。荷造りから引っ越し、解約手続きまで…何から何までごめんなさい…」

「お前が謝る事なんかねぇよ。来んなっつったのはオレだ、アパート引き払うって決めてそうさせたのもオレだ。」

「………。」

「…つうか…オレはホッとしてんぜ…正直。」

「……え?」

「前にも説明したけどよ、あのアパートの住所は一度は金融業界のリストに上がってる。そういう顧客情報は共有し合って、その人間が完済して返済能力があるとなれば次々と別金融会社が勧誘に行く。…お前は人が良過ぎだからな…そういう勧誘系は断れないだろ。だからさっさと引き払うに限るんだ。…それに…」

「…それに?」

「……。あのアパートの部屋がいつまでもありゃ…オレと何かあったりしたら、お前の事だからあっさりここから出てって向こうに『帰ったきり戻って来ねぇ』んじゃねぇか…って、な…」

「……圭介、さん…」

「ある意味…オレはお前の退路を絶ったってワケだ…」

心の内にあったであろう微かな不安を口にする圭介に、いつものような強気な覇気が全く感じられない。

そんな彼に美優は、笑い飛ばすでもなく小さく微笑んでその胸に縋り付く。

「…大丈夫ですよ圭介さん…ずっと、側にいますから…」

「……美優…」

「私は…これまでのお仕事も、親も、友達も…全て捨てました。…もう、私には圭介さんしかいないんです…大好きな、愛する貴方しか…」

「……。…美優…っ、…」

「だから…そんな心配しないで。圭介さんの側にいさせて下さい…」

「…当たり前だ…オレがお前を食わせるっつったろう?……てめぇが嫌だっつったって誰が離すかっ…」

「…はいっ…」

愛する圭介の腕にギューギューと抱きしめられながらも、美優の顔には幸せが溢れんばかりの笑みが浮かぶ。

…その夜、今や愛し合う2人が互いを求め合うのは必然的で…自らの中にある愛情と激情をぶつけ伝えるかのような圭介と、それすら全てが愛しいと受け入れる美優…

そんな2人は…夜が明け、外が白み始めても尚互いの身体から離れられずにいた。
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