Hold on me〜あなたがいれば

紅 華月

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落花ノ章

6 これまでに『さよなら』

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翌日。僅かな睡眠を得た2人はアパートから運んで来た荷物の選別をするべく、早速と動き出そうと試みる。だが…

「…う、うぅ~ん…」

「……。おい…大丈夫か?美優。」

「だ、大丈夫じゃないですぅ…、…こ、腰がぁ…痛いっ…」

「……悪りぃ。こりゃ完全オレのせいだな…ヤリ過ぎたわ。」

「……うぅっ…」

「お、唸ってる…抗議のつもりか?…けどな美優、言わしてもらうけどよ…」

「…?」

「……可愛くて、良い女な『お前』が悪い。このオレをここまでハマらせるんだからなっ。」

「………。」

「…マジでキツいんなら、今日はやめとけ。ここで『まったりゴロゴロ』してりゃいい。」

「…そうはいきません…事務所の倉庫に荷物を入れたんですよね?…いつまでも置いておいたらお邪魔になっちゃいます…ご迷惑は掛けたくありません…」

「……。わかったよ…それじゃまずはシャワーだ。浴室まで抱えてってやるか?」

「だ、大丈夫です…ッ!」

「あー、ゆっくり起きろ。オレが先に行くから。…そんじゃな。」

腰痛で動きがままならない美優にチュッとキスをして、ベッドから降りた圭介はスタスタと浴室へと向かう。

そんな心成しか元気満々な彼の後ろ姿を見て、美優は『何で男の人は何ともないの?』と首を傾げたのだった。

共にシャワーを済ませてコーヒーを飲み、ひと心地ついてから、電話で呼んでいた司と将也の運転で2人は事務所倉庫へとやっと到着する。

「…うわぁ…意外にありましたねぇ。しかも分類別にされてて見やすいですっ。」

「ウチの若え奴らがやったんだ。オレが後から来た頃にはもうこうなってた。」

「…ありがたいです。…さ!チャチャッと見ちゃいますねっ。…ん?」

「あァ?」

美優が何かに気付き振り向いた事で、側にいた圭介や司と将也も振り向く。そこには…『!!』と漫画さながらに驚いた表情の若衆らがわらわらと屯(たむろ)っていた。途端に圭介の眉間にはシワが寄り、“ピキ!”と青筋が浮かぶ。

「……。てめぇらぁ…」

「「す、すんませんす!すんません若頭!」」

そうは言いながらもちっとも去ろうとしない若衆らは、どうやら『若頭の“お熱”な女』が気になってしょうがないらしい。

「何しに来やがったタコどもが!事務所が空だろ、さっさと戻れや!」

「じ、事務所には『キリさん』が…」

「だからってなぁっ…」

「コイツらはお前の『女』が気になってしょうがないんですよ。…少しくらい良いのでは?」

「っ…か、会長っ…」

ギャーギャーと騒ぐ中、落ち着いた声が聞こえその姿を見せる。…驚く事に、組織のトップである笛木だ。

「か、会長まで何しに来たんすか…」

「俺はお前の『女』が来てると聞いて、堂々と会いに来たんですよ。悪いかい?」

「……。い、いえ…」

怪訝そうな表情を見せる圭介に、笛木は余裕ある笑みのままツカツカと歩み寄り立ち止まる。そして僅か圭介の背に隠れるように小さくなっている美優をひょいっと覗き込んだ。

「…貴女が『美優さん』、ですか?こうして会うのは『初めて』ですね。」

「………。」

「笛木と言います。不肖ながら『北斗聖龍会』の長であり、同時に『北斗信用商会』の社長を務めております。…お見知り置きを。」

笛木は極道らしからぬ所作で、胸に片手を置き美優に自己紹介をする。それを見た彼女はハッとして圭介の後ろから一歩ずれ…

「あ、あの!…雪吹、美優…と申します。…その節は…『父』が大変ご迷惑をお掛けして…申し訳ありませんでしたっ!」

「……美優…」

「……。その件はもう『済んだ事』です、コイツがきっちりとケリをつけましたからね。…だから、ある意味“巻き込まれた”貴女はもうお忘れなさい。そんな事よりもウチの清水が世話になっているようで…昔から知る俺としてはありがたい限りですよ。」

「そ、そんなっ…お世話だなんて…」

「ふふふ…なるほど、実に可愛らしい女(ひと)ですね。清水が過保護になるのも頷ける。…ですが、貴女が『何故コイツを選んだのか?』が最大の謎ですねぇ…」

「………。」

「…会長っ…」

にこやかにのたまう笛木に『余計な事を言うな。』と窘めるように、軽く睨みながら圭介が呼ぶ。そんな彼の様子もまた珍しいらしく、笛木は「くくくっ。」と笑った。

「…美優さん。ウチの若頭である清水は『予測不能男』と呼ばれ、この界隈ではその顔と名が知られています。…1度キレたら何を仕出かすか全くわからない…そういう意味です。こんな男なので簡単に敵を作ってしまう…実際に清水を良く思っていない連中がゴロゴロといます。何が言いたいか…わかりますね?」

「………。」

「そんな男の『女』となった貴女は…ヤツらの恰好の餌食であり、この先の清水にとって『弱点』となります。だからコイツは何年もの間、女を側に置こうとしてこなかったんです。…清水は全てを『覚悟』している…そうとなれば会としても黙ってはいられません。美優さんの事は、この『北斗聖龍会』に属する者全員が全力を持って守ります。」

「…ッ!会長…」

「清水…女1人くらい自分だけで守ろう、なんて…ちょっとそれは『過信』が過ぎますよ。お前に何かあれば、美優さんは誰にも頼れない…会としても困ります。お前はウチの大事な若頭なんですからね。」

「……。うす、ありがとうございます…」

「…皆にも言っておきます。美優さんは若頭である清水の大事な女です、その身体張って守りなさい…いいね?」

「「うす!」」

「この事は霧山も承知しています。…というか…アイツが言い出した事です。『若頭に無茶苦茶やられるくらいなら、女を守る方が利口なうえ損はしない。』と。」

「…チッ…キリの野郎…」

「あ、あの…霧山、さん?って…」

「ウチの会の本部長に霧山という者がいます。若頭に次ぐ地位で、会の『頭脳(ブレーン)』とでもいいますか。今や霧山の許可無しに拳銃(チャカ)も持ち出せません。」

「…チ、チャカ…」

「俺がそうしたんです。…それだけ清水は『危険な男』なので。霧山は唯一、清水に刃向えるヤツですからねぇ…」

「……。会長…ちょっと長話が過ぎませんかね…」

「おや失礼。この倉庫は使う予定なんてありませんから、ゆっくりと片付け物をして下さい…遠慮なんてしなくていいですよ。…では。」

笛木はニコリと笑い、片手を上げ颯爽と去って行く。そんな『会長』を頭を下げて見送った美優だが、紳士的な物腰に本当に極道なの?と首を傾げた。

「……。おし、美優やるぞっ。まずは何から始めるよ?」

「…は、はいっ。では、こっちの…」

こうして会長である笛木と予想外にもまともに会い挨拶する事が出来た美優は、気持ちを新たにいそいそと荷物の山と向かい始めた。

けれどもそのほとんどは『ゴミ』として悲しい末路を迎える物ばかり。本当に必要な物だけを引っ張り出し、再びガムテープがされ別の場所に積まれていく。

「…あ、お皿とかの食器って…そういえば圭介さんのお部屋で見てませんけど、あります?」

「あるワケねぇだろ。飯なんか作らねぇし。」

「じゃあコレ…持って行って良いですか?お鍋とかもありますし。」

「……。もしかして…作る気か?」

「ダメですか?手料理した方が身体には良いですよ。」

「……。」

圭介としては『怪我でもしたらどうするっ。』と突っ込みたかったところだが、既に美優が司に頼んでダンボールを運んでしまっていた。だが美優が作る飯も食ってみたい…そんな何とも言えない思いがせめぎ合う。

そうこうしている内にもドンドンと進み…彼女は『例の箱』を見つけハテナマークを浮かべた。

「…?…えっと…物凄く怖い事書いてありますけど…中は何なんでしょう?」

「そ、それはっ…その、だな…」

「…?」

急にしどろもどろとなった圭介を不思議顔で見上げて再び首を傾げた美優は、その場にしゃがむとペリペリと雁字搦めのガムテープを器用に剥がしていく。それに慌てたのが何故か圭介だ。

「バ、バカッ…今ここで開けんな!このスカポンタン!」

「…久し振りに聞きましたっ…『スカポンタン』。」

ニコニコと笑い何も知らずに楽しげな美優がちょっとだけ『イタイ子』に見え、圭介の顔には珍しくも半泣きのような困惑の表情が浮かんだ。

この場にいるのが『自分』だけなら全然良い…けれど司と将也がいるのだ。いくら舎弟といえど『他の男』であり、圭介よりも更に若い20歳そこそこだ。…やはり面白くないし2人もきっと色んな意味で耐えられないだろう。

美優は何も考えず開ける…そう思った圭介だが、ガムテープを剥がし終えたその僅かな隙間から中を見た彼女がハッとしてボフン!とその蓋を閉めた。…どうやら『開けたら殺す!』の意味もわかったようだ。

「…ごめんなさい…『スカポンタン』でした…」

「だから言ったじゃねぇかよ…」

「……。せっかくですが、コレは捨てます。」

「うし、貸せ。オレがまたガムテするっ。」

「「……?」」

圭介と美優、2人にしかわからない会話を後ろで聞いていた司と将也は『何のこっちゃ?』と同時に仲良く首を捻り…再び、というより更に上いく勢いでガムテープを巻かれたそのダンボールは『ゴミ』として分類され渡された。

かくして荷物の整理も無事終わり、食器や調理器具そして残っていた僅かな貴重品や書類を引き抜き、残り全てを捨てると決めた美優。

「…今までありがとね…」

「………。」

「…姉貴…」

山と積まれたダンボールに小さく言葉少なに掛けたそれは、律儀で優しい彼女らしい。圭介も司も将也も、そんな美優に感動すら覚える。

けれど彼女にとって、それは正に『別れ』である。

『…清水は全てを『覚悟』している…美優さんの事は、この『北斗聖龍会』に属する者全員が全力を持って守ります。』

笛木からそう言われ聞かされた時、美優は自分のした覚悟が甘いものであると認識した。

この先も圭介と共にある為には、今以上の覚悟が必要なのだ。…そう思ったら、不思議なものですんなりと腹が据わった。恐怖感すら何処かへ飛んでいってしまったかのようだ。…実際に『起きた』ら、どうかはわからないが。

「……ん、どうかしたか?美優。」

「…。いいえっ、何でもないですよ。」

いつの間にかその顔を見ていたらしく、圭介に呼ばれた美優は笑顔で応える。

「コレはまた別な日に捨てるとして、今日はもう飯食って帰るか。…お前らも来いや。」

「…え、いいんすか兄貴?!」

「あぁ、来い来いっ。色々働いてくれたしな…食わせてやる。」

「「あざっす!」」

「ふふっ♪」

食事につられ急に元気になった司と将也を見た美優にも更なる笑顔が浮かぶ。…そんな彼女の背を軽く押し、4人で倉庫を後にしたのだった。
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