Hold on me〜あなたがいれば

紅 華月

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落花ノ章

9 『モナムール』の意味

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視察は無事に終えたものの、勧められるままに各店のママと『乾杯』を交わし、飲めない酒を飲んでしまった美優が様々暴露した挙げ句に寝落ちするというオチで終わろうとしていた圭介ら一行。

連れてきた『大事な可愛い女(ひと)』を自ら抱え、いざ帰ろうというその時…圭介のその足が突如と止まる。

「……。おい司、将也…外に誰かいねぇか見て来い。」

「う、うす!」

僅かな距離の外までの廊下をドタドタと走っていく2人の舎弟の背を眺めながら、圭介は周りに気付かれないようにそっと美優を抱き寄せる。

「…何か…ご心配事でも?」

「……。ん?いや…別に。美優の姿をタダで見せてやるには勿体ねぇなぁと思っただけだ。」

「あらまぁ、相当な惚れ込み様ね。…でも…閉じ込めてばかりも可哀想だわ…話す相手もムサい男ばかりってのもねぇ…」

「…確かにそう、かもな。でもよ…」

その時…いつの間にか見送りの輪に加わっていたらしいバーテンダーの真次と目が合い、小さく頷かれる。…彼の目が『貴方の想像通りです、用心して下さい。』…そう語っていた。

「でも、…何かしら?」

「いや……何でもねぇ。今日の支払いは会の事務所へ回してくれないか。」

「…わかりました、そのようにさせて頂きますわ。」

「兄貴、外にはウチの車以外に人はいないす。」

「おう、行くぞ。」

『うす!』

司や将也、若衆らを従えてようやくと歩き出した圭介だが、その足取りは常より早く…将也によって開けられたドアの中に美優と共にさっさと乗り込んでしまった。その異様な『警戒心』に、みずきの表情が僅か曇る。

「美優、あとちょっとでウチだかんな…」

「…あいぃ……ごめんなしゃい、圭介しゃん…」

「別に構やしねぇよ。…じゃあママ、また。」

「お次のご来店も楽しみにお待ち申し上げております、清水様。」

ムニャムニャと謝る美優の頭を圭介の手が撫で上げると少しだけ和らいだ表情に『戻った』彼は、座り直してみずきらに片手を上げ挨拶をしてそのまま車を走らせた。

「……。ものすごい警戒してたわね…何なのかしら。」

「ねっ!司も将也も引いちゃうくらいっ。…どうしちゃったの?」

「さぁ…。いったいどんな『ラブレター』をもらったのかしらねぇ…」

「………。」

ママが元凶であろう真次を意味深な視線で見上げると、その彼はフイとそっぽを向く。それが『答え』だった。

そんなみずき達の心配など他所に、店から程近い場所にあるマンションに早くも到着した圭介は、再び美優を抱えて部屋へと戻って来た。

「兄貴!お2人の鞄、ここに置くす!」

「おう!…って、でけぇ声出すなタコっ、美優が起きんだろがっ。」

「す、すんませんすっ。」

寝室のベッドからドヤされた司は小さくなりながらも、そっと目線を向ければ…圭介は彼がこれまで見た事もない『優しい表情』で眠りつつある美優を見下ろしていた。

たったの20年しか未だ生きていない自分だが、そんな兄貴の姿から『男たる者のデカさと強さ』を教わったような心持ちになった。

「……。じゃあ兄貴、失礼しますぅ…」

「…おう、ちょっと待て。」

「……?」

何故か呼び止められ、隣室から出てきた圭介は鞄から2つに折られた札束を取り出して、それぞれを司と将也の胸ポケへとねじ込む。

「…さっき言ってた小遣いだ、取っとけ。」

「いやっ、でも兄貴…今日は視察だったんで『仕事』す。」

「そうっす。もらう訳にはっ…」

「いんだよっ、つべこべ言うなっつうのっ。…お前らの今の立場は、はっきり言って1番キツいはずだ。安定した金を自分で稼げる訳じゃねぇからな。『舎兄』であるオレには、てめぇらの面倒をきっちり見る責任があんだよ。」

「……兄貴…」

「それに…あんまり言いたかねぇが、美優はオレの『昔の女ども』とはまるで違って余計な金が掛からねぇ。何か強請るワケでもねぇ…逆にいらねぇとか言いやがる。…だからその分、お前らに掛けてやれんだよ。お前らもアイツに…美優に感謝してくれ。オレがアイツと出逢えた事も含めてな。」

「…。それはもちろんすっ。」

「俺も司も、『姉貴』が出来てめちゃ嬉しいすっ。」

「……おう。…その代わり、だ…」

それまで穏やかで優しい表情で話していた圭介の表情が変わり、司らに『??』が浮かぶ。そこには既にいつもの『兄貴』たる鋭いオーラを放つ彼がいる。

「…さっきの、オレと美優の『馴れ初め話』は綺麗サッパリ忘れろ。これから先も一切聞くんじゃねぇ…他の奴らにもそう言っとけ。…いいな。」

「「……。う、うす!」」

軽く睨まれ引き腰になりながら、圭介にさっさと行けとばかり背中を押されてつんのめる。けれどすぐさま『失礼しますっ。』と言って部屋を出ると、玄関に鍵を掛けてエレベーターに乗り込んだのだった。

「……。…やれやれだ…」

2人がいなくなり、半ば呆れたように圭介が呟く。その視線の先には…

「……くぅ…」

すっかり落ち着いたように眠ってしまった美優がいる。

「…寝ちまったな、完全に……チッ、1人じゃつまんねぇ…」

“いったいナニをしたかった?圭介よ。”という突っ込みが飛んできそうな台詞を吐き、上着をハンガーに掛け襟元から金バッジを外すと傍らの引き出しの中へと転がし入れる。

三つボタンのベストを脱ぎ、ネクタイを引き抜き、やっとワイシャツ…という段階になって、彼はいよいよ持って寂しくなりカックリと肩を落として小さくため息を吐いた。

…『こんなハズじゃなかった…』…正にそれに尽きる思いだ。

だが飲めない酒を飲みながらも眠れるなら、そのまま眠らせてやりたい…そう思いながら、いつもの寝る格好へとなると自らも美優の隣へと横になる。

「…あ…頭いてーな、これじゃあ…」

彼女の纏められた髪を見て、彼女のみならず自分も痛い思いをする事に気付き、ほんの少しだけ持ち上げて髪留めを取ると…重力に逆らえないサラサラとした綺麗な髪が僅か垂れ広がった。

「……んぅ…圭介、さん…」

「……。…クッ…」

一瞬起こしたかと目を見張った圭介だが、寝言で名を呼ばれ吹き出し笑う。

今夜起きた出来事は全て、これまでの彼に経験のない事ばかりだ。だが慌てた事も、今こうしてモヤモヤしている事も…ある意味においては『楽しい』。

「…今夜はしゃーないから許してやるよ…その代わり、明日の朝起きたら覚悟しろよ?愛情の受け取り拒否は出来ねぇぞ……受け取ってくれるよな…オレの『モナムール』…」

彼のその言葉が届いているのかいないのか…美優は尚もスヤスヤと眠るが、その表情は穏やかで薄く笑みすら浮かぶ。そんな彼女にそっとキスをして、腕の中へと抱え込んだ。

圭介はこれまで女に対しては『淡白』だった。愛情を示す言葉は滅多に口にせず、身体の繋がりさえ“女が主導”…それが故に長く続く訳もなく、心がいったいどこにあるのかわからず女は不安になり他に男が出来るなどして去っていく。

それに対して彼も留めようとはしてこなかった…女達への『固執』がなかったから。しまいには女など煩わしい存在だと、数年の間は避けてさえいたのだ。仕事と時折起こる争いに明け暮れる…そんな日々の中で出逢った『美優』は、ある意味で彼に衝撃を与えた。

…もはや今の圭介に、彼女を『失い手放す』事など考えられない…どんな事だって笑って許せる程、自分が愛してしまったのだから…

そんな様々な思いを新たにする圭介とは対照的に、夜が明け始めた早い時間に目が覚めてしまった美優。いつもと違ってちょっとだけ苦しかったその『理由』がすぐにわかり、彼女はクスリと笑った。

…いつもなら縋り付いているのは自分の方で、時々笑いながらも呆れられるのだが…この日は立場が入れ替わり、圭介の方が美優にぎゅーぎゅーとしがみつくように抱きしめていたのだ。

まるで…『誰にも渡さない、自分だけのものだ。』…そう言っているかのように。

「……ふふ♪」

それがちゃんと伝わるからこそ、美優は嬉しいし幸せだと思える。

「…圭介さん、可愛い…」

特徴ある吊り目は今は閉じられているが…美優は地味に、初めて逢った時には怖かった圭介のその目が今では1番好きな所なのだ。吊り目…というよりも『切れ長』が相応しいのかもしれない。

いわゆる『イケメン』、『眉目秀麗』や『容姿端麗』といった言葉がピタリと当てはまる…それが清水圭介という男だ。まだ歳も27と若く、高身長を誇りお金もあるともなれば、さぞかし女にもモテるだろう。口が悪く少々(?)乱暴な事さえ除けば…。

…とそこまで考えた美優の中に、モヤッとした薄暗い感情が湧き上がった。

彼女は彼女なりに、自分が圭介よりも年上である事を自覚し、この先彼に相応しい女性が現れたその時は身を引く『覚悟』も密かにしていたのだ。

けれどこの薄暗い感情が彼女に教える…『そんな覚悟はもう捨てても良い。』と。

「……さっきから、何考えてんだ?…美優。」

「っ、圭介さっ…」

「どうせ…下らねぇ事だろ。お前の顔見てりゃわかる。」

「………。」

途中から起きていたらしい圭介に突然と声を掛けられ目を丸くした美優だが、考えている事までも勘付かれてしまい思わず目を逸らす。

「まぁ人間誰だって『負の感情』くらいあるってモンだ。100パーセント良い人やってたら疲れちまうぜ。」

「…そう、かもしれませんけど…」

「第一な…起こりもしない事を心配なんかすんな。オレが今さら他の女に走るとか…あり得ねぇ。」

「……。圭介さんには…わからないですよ。『3歳』のこの差は…思った以上に大きいんです…」

「そう思ってんのはお前だけだ。正直ンな事どうでも良い…オレにとっての『モナムール』は美優…お前だけだからな。」

組み敷くように体勢を変えて見下ろすと、美優の目がキョロキョロと何かを考えるように彷徨う。決まった!と内心でガッツポーズものだっただけに圭介の目が細まる。

「…『モナムール』…みずきママのお店の名前、ですよね?……そう言えば『モナムール』ってどんな意味なんですか?」

“それ今聞く事?”という事も、不思議に思った事や聞けそうな事はすぐに聞いてしまう…それが『天然女』雪吹美優である。けれど圭介は彼女のそんな所も気に入っているので、怒るでもなく聞かれた事にはちゃんと答えているのだ。

「ん…『モナムール』ってのは、フランス語で『私の愛しい人』って意味だ。ママが何で店の名前にしたかまでは知らねぇけどな。」

「……私の…愛しい人…」

「確か、翠の店の名前になってる『アモーレ・ミオ』も似たような意味だった気がすんな…あっちはイタリア語で『私の愛する人』だったはずだ。」

「………。」

「…聞いてんのかおい。」

「っ、はいっ、聞いてます聞いてますっ。」

「……。はぁ…オレの『モナムール』は何をどうすれば、この愛情をちゃんと信じてくれんだろうな…ん?美優…」

珍しく弱気めいた事を口にして、彼女を抱き寄せる圭介の心中は穏やかではない。だが反してそれまで不安に飲まれかけていた美優には安心したような笑みが浮かぶ。

…彼女にはちゃんと伝わっていたのだ、圭介の真剣な愛情が…その想いが。

だから美優も同じように両手いっぱいで彼を抱きしめその想いに応える。
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