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落花ノ章
15 3人目の『舎弟』
しおりを挟む『兄弟盃』の儀式は本来、形式に則って行うならばそれなりの格好と場が必要である。だがそこはいかんせん圭介のする事、堅苦しい枠に嵌る事なく簡略的である。
…要は、互いに絆や繋がりを如何に固められるかが大事なのだ。それは同時に兄となる圭介の『度量』を図られる事でもある。
彼は司と将也を正式に引き合わせそれぞれ挨拶をさせると、酒の入ったグラスを渡していく。
「…こいつを空ける前に、話しておきてぇ事がある。知っての通りオレには大事な女がいる。元は平凡な堅気の人間だ、オレら極道の事なんか何にも知らねぇ。でも…どういう訳か、会長やここのママを含めオレを知るモンはみんなアイツを気に入ってくれんだ。」
「………。」
「オレは…アイツに何もかも捨てさせた。これまでの生活も、仕事も、長年の付き合いだっただろうダチも。それでもこんな男の側にいるって腹を据えた、そんなアイツを…守り抜いて幸せにしてやる『義務』がある。…例え何があったってな。司も将也もまだ20歳で『舎弟』ではあるものの、たまに『親父』みてぇな気分にさせらちまう。…色んな意味で頼らせてくれると助かる。」
「……。はい、お任せ下さい。この身体張って務めさせて頂きます。ご安心下さい。」
「クッ…言いてぇ事がわかったみてぇだな。…頼むぜ。」
無言ながらも決意ある真剣な眼差しで頷く幹哉にフッと笑い、圭介はグラスを引っ掴み小さく掲げる。それに倣うように3人も同様に掲げ持つ。
「…てめぇらの事は、このオレがきっちり面倒見てやる…黙ってついて来いやぁ!」
「「「うす!」」」
4人は一斉にグラスの日本酒を煽り飲み干すと同時に、カウンターに思い切り叩きつけてグラスを粉々に割った。…これで盃を交わし合った『兄弟』と成る。のだが…4人が4人とも顔を顰め、司と将也に至ってはゲホゲホと咽せていた。
「くっ…随分キッツい酒だな!これっ。おい真次!」
「…あぁ…アルコール『46度』って書いてありますね。」
「46だぁ!?お前なぁ…こういう時にンなモン出すなよっ。」
若い2人の舎弟はさすがにこんなに高アルコールの日本酒には慣れておらず涙目だ。見兼ねたママが可哀想に思って水を差し出す。
「ほら司くん将也くん、お水飲みなさい。…2人もいる?」
「いや…いらねぇ。」
「自分も大丈夫ですっ…ありがとうございます。」
「おや。清水が酒豪なのは周知の事実ですが、椎名も中々なようですね。…清水、近い内に彼を借りても良いですか?」
「…オレが気に入ったんだから、会長が気に入らねぇ訳がねぇ…どうぞ、いつでもお好きに。」
「という訳で椎名…近々に私と飲みに、またここへ来ましょう。個人的に話したい事もありますし。」
「はい会長…お供します。」
話に区切りが付いたその時…スマホのバイブと着信音が同時に鳴り響く。圭介はまるで掛かってくる事がわかっていたかのように、カウンターに置いてあるスマホを手に取るとすぐさま出る。
「おう、どうした美優。起きたのか?……ひとまず落ち着け、大丈夫だから…」
電話の相手は美優のようだが、彼は一瞬考えるように視線を巡らせながらも、隣にいる会長に『すんません。』と言う代わりに片手を上げ椅子から立ち上がった。
「…ん…何言ってんだよ…もう大丈夫だから心配すんな…、…んな事なんか考えなくたっていい……あぁそうだ、それで良いんだよ…」
圭介は尚も話しながら僅か離れた壁に手を突き寄り掛かる。皆に背を向けている為に表情こそわからないが、その声は時に力強くそして穏やかで優しい。
「…今か?仕事の前に会長とちょっと話があってモナムールに来てる…、…ん?ママと真次?いるけど…、…あぁわかった言っとく。…おう…」
『何の話をしているのだろう?』…誰もがそう思い、小さく首を傾げていると…
「…愛してるぜ美優…なるべく早く帰るからな。…あ?うるせぇ、オレは思ったその時にちゃんと言うって決めたんだ、黙って聞け…」
彼女を想い告げるその言葉は、例え口が悪くとも表情はどこまでも優しい。そんな圭介を見て、ママや真次などは驚いたようにしているが、司と将也は既に見慣れた風景なのでニコニコとした嬉しそうな笑みが浮かぶ。
そんな中「んじゃこれから仕事だかんな。」と言ってその電話を切った彼は、元の席へと戻って来た。
「やだもぉ~…相変わらず『お熱い』わねっ。聞いてるこっちが恥ずかしいったら。」
「本当ですねぇ。これまで『個』というものを一切他人に見せる事のなかったお前が…変われば変わるものです。お前のこれまでの『昔の女達』は、果たしてどう思うのでしょうねぇ?」
「……。まぁそれはソレ、これはコレって事で。じゃあ話が終わったんならオレはこれで。キリの野郎に嫌味たらしく“タワー”を作られちまったもんで、片付けねぇと癪に触るんで。」
「…あぁ…出てくる時に何やらせっせと積み重ねていましたが…そう言う事ですか…くっくくくっ。」
会長は事務所を出て来る際に見た、霧山がヤンキー座りで圭介のデスクの横にちまちまと書類入りの茶封筒を重ねる姿を思い出して楽しげに笑うが…圭介としては楽しくも何ともない。何せ見上げんばかりの高さなのだから。
「……。呑気に笑わんでもらえますかね?…ったく、胸クソ悪りぃ…」
「清水、良い事を教えますよ。霧山が積んだ債権の書類、急ぎは恐らく上から3分の1程度で半分もないはずです。…それに美優さんの事もあります…そんなに慌てて回収に掛からなくても良いですよ。」
「…っ、やっぱりなっ…っ野郎ッ…」
今目の前に霧山がいたなら、間違いなく張っ倒していただろう。圭介は右手に拳を作るとダン!とカウンターを殴る。
こうして頼まれた美優からの言葉を伝えて会長の許可を得ると、幹哉を連れ4人で『モナムール』を後にした。
この日も本当ならいつものように1人で仕事をするつもりの彼だったが、普段自分が何をしているかを見せるべく意識転換して3人を連れて行く事にする。
運転を司に任せて将也を助手席に、幹哉を後部座席の自分の隣に乗せると様々な事を話し合う。
玄武組を半ば逃げるように抜けた彼には落ち着ける場がないとわかり…
「だったら…郁哉んとこに行きゃあいいじゃねぇか。あいつはオレには何も言わなかったけど、お前の事心配してたはずだぜ。」
「それは…まぁ。でも今さらどのツラ下げて会うんだって思ったら…」
「……。じゃあ、ひとまず司と将也がいるマンションに入れ。…おい、まだ空いてる部屋あるだろ?」
「あるっすっ。」
「決まりだな。そこのマンションの1室はこいつらを住まわせる為にオレ名義で借りてる。金はオレがきっちり払ってるから問題ねぇ。…てめぇらはンなつまらねぇ事なんか気にしなくて良い。」
「………。」
「…何だよ…ンな驚く事か?」
「いや、だって…いくら『舎弟』だっつったって、そこまで…」
「おい。極道において『親』や『義兄弟』ってのは、マジもんの親兄弟と全く同じなんだぜ。上のモンがきっちり面倒見てやって、下は何かありゃてめぇの身体張って応える…それが出来ねぇんなら上に立つ資格なんかねぇ。」
幹哉は言い切る圭介のその言葉に閉口する。かつて拾われた京極は、正式に幹哉を自らの『舎弟』とする訳でもなかった上、散々使いっ走りにした挙げ句に『見捨てる』ような発言をしたのだ。連れ歩くのもいつも決まった面子で、仕事すら見せようともしなかった。
だが圭介は全く違う。彼は自らの仕事がどういうものかを見せ、連れ歩き、『個』である生活面でさえ面倒を見るという。何より目を見て即決で自分を信用し『舎弟』として盃を交わしたくれたのが大きい。
「……『兄貴』…ありがとうございます。」
だからだろうか…幹哉から漏れ出た呼称と向ける眼差しには、既に尊敬と憧憬の念が込められ、心から素直にそう呼べる彼がいたのだった。
“安住の地”という言葉の通り、幹哉は会の雰囲気にもすぐさま慣れ…3つ年下の司や将也の面倒はもちろん、若衆らにも可愛がられるようになった。
当然ながら、美優とも会って挨拶をする。彼女と会い幹哉は納得した。
「…なるほど…兄貴が言ってた事、わかりましたよ。姉貴は『癒し系』なんすね。」
「違う。コイツは単に『天然』なんだ。」
「圭介さんっ、私天然だなんて言われた事ありませんよ?」
「……。自覚ねぇのかよ…クククッ。」
これまで散々トボけた事を言ったりやらかしたりしているにも関わらず、ハテナマークを浮かべ首を傾げる彼女に、圭介は楽しげに笑うとその頭をぽふぽふと撫でつける。
そんな2人を見て幹哉は脳内で『姉貴は癒し系』から『姉貴は天然』と書き換えると、側にいる司がポソリと呟く。
「…あんな可愛いのに、三十路だってんだからマジ信じらんねぇっす…」
「……は?司…冗談だろそれ。どう見たって…」
「嘘のようなマジ話っす。モナムールのママも声ひっくり返して驚いたっすよ。他にも会う人みんなビックリするす。兄貴と3つも違うんすからムリないっすね。」
「ウチの姉貴は『生きる奇跡』なんす。」
「……い、生きる奇跡…」
男は27歳とは思えない程の懐の深さと貫禄を持ち、そんな男に寄り添う女は30歳にはとても見えない天然美魔女。…今さらながらとんでもない人間達と知り合ったものだと幹哉は思う。
そういう意味では彼もまた驚かされた人間の1人となったのだが…この日はそれだけではなかった。
圭介が自宅マンションを出て向かったのは、仕事ではなく…
「…。兄貴…ココ、って…」
「ま、黙ってついて来いや。」
「………。」
車が横付けされたのは入口がガラスドアの店で、圭介は勝手知った様子でズカズカと入って行く。
「おう。お前もいたか、真次。」
「はい。逃げないように『見張り』を。」
「おい~、自分の店ほっぽって逃げるとかぁー、あり得…な…ッ!」
「……ッ…」
「…。…み、幹哉…?」
「…やっぱり…お前の店だったのか…」
「悪かったな、幹哉…けどこうでもしねぇとお前…自分の足でなんか一生来ねぇだろ。」
「………。」
「兄弟いんなら大事にしろ。増しててめぇらは同じ日に生まれた『双子』じゃねぇか。…オレみてぇに家族や生まれ育った街を捨てるようになっちまっちゃ終わりだぜ。」
「……兄貴…」
「あれ、兄貴って札幌が地元じゃないんすか?」
「…あぁ、生まれは『函館』だ。仲間と連れ立ってバイクでこっちに出て来たのが17の時だったから……何だかんだで10年なるのか。その間、1回も戻っちゃいねぇ。」
「………。」
「…って、オレの話はどうでもいいんだっての。…郁哉、お前の『片割れ』はオレが預かってきっちり面倒見るから安心しろ。」
「……?、えっと…清水さんが幹哉の面倒って…?」
兄弟の再会もそこそこに、突如と言われた事の意味が理解出来ない郁哉は混乱しきりだ。なので圭介と真次がこれまでの経緯とこれからの事を掻い摘んで簡単にわかりやすく説明する。
「…はぁ…これからは『北斗聖龍会』の会員として……てか、マジで良いんですかぁ?清水さんの舎弟に幹哉を加えてもらっちゃって。」
「あぁ。腕っぷしの強え奴がいてくれるのは正直助かる。いづれは美優の『ボディーガード』も任せてぇって考えてるし。」
「おぉっ…て事は!清水さんの可愛い彼女サンにも会ったのか?幹哉っ。どんな感じ?」
「……。姉貴は…天然美魔女の癒し系だった。」
「…?、何だそれ。天然で美魔女で…癒し系ってコト?…ふぅーん?…要はまとめると『可愛い』ってコトなっ♪」
「……。まとまってるのか?…おい真次。」
「さぁ?」
双子ならではの通じるものがあるようで、ウンウンと頷き1人納得している郁哉を見て場の皆から「はは!」と笑いが立った。
「…おいチャラ男。幹哉の話がケリついたところで、例の頼んでたヤツどうなってる?」
「だから!チャラ男って呼ぶのやめてって言ってんじゃ~んっ。」
「いや…どこからどう見ても『チャラ男』そのものだから。なぁ?幹哉。」
「…。ド金髪にピアスジャラジャラ付けてりゃ、そう見えるのは当たり前だ。…言われたくなかったら格好から改めろ。」
「うわぁ…相変わらず毒舌直球だなぁ~『ミッキー』は。」
「ミッキーって呼ぶんじゃねぇ。」
「お前も昔みたいに『いっくー』って呼んでみ?」
「誰が呼ぶか!」
「…なぁ真次…この兄弟って実は仲が良いんじゃねぇのか?」
「はぁ、ある意味ではそう言えますね。」
「……。おい…兄弟でジャレてねぇで、聞いてる事に答えろや。」
「あーハイハイ♪いや、出来てるには出来てんだけどぉ…」
そう言って傍らのノートPCを操作してスクリーンを圭介へと向ける。
「清水さんの話から勝手ながらイメージしてみたけど…どう?」
「……。悪くねぇな…気に入った。これでやってくれ。」
そのスクリーンには…一輪の深紅の薔薇と、それに絡みつくかのように鍵穴付きのチェーンが掛かっており、薔薇に添うように美優の名前が僅か崩れた筆記体で入っていた。彼女の名前の前に強調するかのように鍵までご丁寧に描かれている事も彼の心を掴んだ要因でもある。
「…薔薇に鎖に鍵穴…?」
「なんかわかんねぇすけど、意味あるんすか?」
「はぁ…お子ちゃまだなぁ、司も将也も!激シブの清水さんはわかるっしょ!わかるから気に入ってくれたんすよね?!」
「…大体想像出来た。コイツらに言ったってわからねぇって…コーヒーフロート出されて喜んでるんだからよ。…郁哉、早速頼むぜ。」
クックッと笑った圭介は、椅子から立ち上がると自ら移動しジャケットとシャツを脱いで寝台へと寝転がるのだった。
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