Hold on me〜あなたがいれば

紅 華月

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落花ノ章

16 タトゥーに込めし想い

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物事には全てにおいて『意味』がある。郁哉が考えたタトゥーデザインもその1つ。

深紅の薔薇の花言葉は『貴女を愛しています』、その薔薇が1本である事から『貴女しかいない』という意味も加わる。何よりこの『貴女』は言わずもがなの美優の事だ。

そして薔薇に絡み守るかのようなチェーンは、タトゥーデザインにおいて『永遠の愛』を意味し、薔薇の花言葉をより強調させていた。

鍵穴はチェーンに、鍵は永遠の愛を誓う女(ひと)である美優の名前の頭にある事から『自分の心の鍵を開けられるのは彼女だけである。』と主張している。

…郁哉は、以前圭介がしてくれた話を聞いた時に直感したのだ。『この人にとって、今の彼女が『最後の女』になるだろう。』と。

だからこそ、そんな圭介に幸あれと願いデザインを考えついた。

先程とは一転してド真面目な表情で向き合い、施術を始めた郁哉は…やはり『彫師』だった。

「…清水さん。コレ入れちゃったら『浮気』出来ないすね。」

「アホか。アイツがいるのに、他の女なんか目に入るかっ。」

「いやぁ~、でもね?毎日同じ『メシ』や『おかず』だったら飽きるっしょ?それとおんなじっ。女も飽きる時が来るってっ。」

「……。だからお前は『チャラ男』なんだよ。オレはアイツに関して“だけ”は飽きる気がしねぇ…ったく、どいつもこいつもマジで女に惚れた事ねぇのな。まぁでも…若ぇ内は遊ぶのもアリか。」

「そういや、兄貴が俺らくらいの頃ってどんなだったんすか。」

「…んー…」

話に入ってきた幹哉に問われ、ふと思い出してみる。圭介が20から23歳くらいの頃といえば、ちょうど会の若頭になったばかりだ。そこそこに女に言い寄られもしたし、困りもしなかったが…

「……。あんま思い出したくもねぇな。ちょうど若頭になって間もない頃だったが、女どもには散々な思いをさせられたからな…」

「…は?激シブの清水さんが?…あり得ないっしょ。」

「郁哉うるせぇ。さっきから黙ってりゃウチの兄貴の事を『激シブ』って…」

「だってさぁミッキー、清水さんまだ27だぜ?でもやる事とか考え方とか超シブいじゃんっ。」

「オレの事をそんな風に言うのは、関係者以外では郁哉くらいなモンだな。…極道モンに寄ってくる女なんか、大概は水商売やってるか風俗の女かだからな。しかもそういう女は金銭感覚が狂ってるから、平気で男に出させようとする、欲しいモンがありゃ強請りまくる。『男ならそれが当たり前。』ってモンだ。…冗談じゃねぇってんだよ。」

「……。」

「その点、美優はデキた女だぜ。自分からはまず物を強請るような事はしねぇ…この間初めて買い物連れてけって言い出した時、オレが仕事で行けない代わりに清水の苗字で作ったブラッククレジットを司を介して渡したらアイツ…泡食って電話寄越して『ブラックカードなんて、おっかなくて使えませんからっ!』って…クックククッ…」

「それって…この間ウチに来た時じゃね?」

「おう。その時買ったモン、何だと思う?…ハンバーグの材料だったんだよ。ちゃんと司と将也の分も考えていてな……そんな女なんだよ、美優は。」

「超美味かったす、姉貴のハンバーグ。」

「…。いーなぁ、なんか超羨ましいっ。俺も清水さんと彼女サンみたいな『恋』がしたい♪どっかその辺転がってませんかね?」

「……転がってたら怖くないか?郁哉。でも…清水さんと美優さんを見ていると、確かにそう思うな。」

「…『恋』って…ンな軽い言葉で表現し切れねぇな。今やオレらにあるのは『愛』だ。」

「くぅ~かっけぇ!やっぱ激シブだわ清水さん!」

そんな男ならではの話題で盛り上がる中、数時間掛かりで全ての施術を終えた郁哉は満足げにニヤリと笑い、患部にフィルムドレッシングシートを貼り付ける。

「うしっ!いっちょ出来上がりっとぉ。3、4日はそのまんまでいいすけど、それ以降はまめにコレ塗って下さいねぇ。ひっ掻いたらダメっすよ?あと激しい運動とかもダメすから。」

「あァ?痒(かい)いのは良いとして『運動が駄目』ってなんだよっ。」

「ありゃ、前にも言ったじゃーん。タトゥーは皮膚を傷付けてそっから塗料入れんのよ。激しく動いたら傷開くし、絵も駄目になるワケ。皮膚が再生して色が定着する約1カ月は諸々『ガマン』してくださ~い♪」

「……マジか…」

「おい郁哉っ…じゃあ何かあっても兄貴はこの1カ月、売られた喧嘩すら買えねぇってのか?!」

「んー、そだねー。喧嘩だけじゃなく、セックスも避けて欲しい、みたいな?」

「おいコラ!冗談じゃねぇぞっ!1カ月もヤるなとかどの口が言ってやがんだてめぇ!」

「い、いひゃいいひゃい!ひみひゅひゃんっ!く、くひひゃ!(い、痛い痛い!清水さんっ!く、口が!)」

笑顔で禁欲を言い渡す郁哉に腹が立った圭介は、彼の口に指を突っ込んでそのまま横に思い切り引っ張り上げるもそれはすぐに離された。真次が慌てて止めに入ったのだ。

「いってぇ…そんな怒んないでよぉ~。…あれ?もしかして清水さん…彼女サンと『毎日ヤってる』、とか?」

「……。…う゛っ…」

圭介が言葉に詰まり何も反論出来ない時、それは言われた事が『図星』だからである。…つまりはそういう事なのだ。

「いやぁ~本当ラブラブだねぇ♪でも今回ばっかりはある程度ガマンしてもらうすよ?…んー…とりあえず1週間後、俺に見せて下さい。それで判断するって事で。それまではダメ!」

「…マジかよっ…」

「兄貴っ…ご愁傷様っす。」

「これも姉貴の為っす!」

「うるせぇ!てめぇらガキにゃわからねぇよぉ!」

もはやイジけてしまった圭介には何を言っても慰めにはならず…そんな彼が美優が待つマンションへと帰って来たのは、何だかんだで日が暮れた夜だった。

エントランスで3人と別れ、1人で最上階の部屋まで上がって来たはものの…彼は玄関前でしばらく考え込んでいた。

いざ彼女を想いタトゥーを入れたはいいが、美優の『反応』が正直言って怖いのだ。

本当なら完成まで彼女の目に触れる事なく、内緒にしたかった圭介だったが…その完成に1カ月も掛かるという事を久し振り過ぎてすっかり失念していた。そしてその間、まめなアフターケアが必要な事も。

「……はぁ…」

郁哉曰く『激シブ』の圭介の口から、らしくない溜め息が漏れ出る。今や美優が絡むと彼は途端に人が変わるようになってしまっていた。

ともあれ、いつまでも玄関前で反省ザルのように項垂れているワケにもいかず…彼はようやくと鍵を開け中へと入っていく。

「戻ったぞー…」

「お帰りなさい、圭介さん。」

「…お、おう…、……」

「……?」

いつもなら帰って来るなり、美優を抱き締めるか頭を撫でるかのどちらか必ずするのが彼なのだが…視線を彷徨わせ立ち尽くす。当然ながら美優は圭介の『異変』を察知する。

「……。今日の夕飯はカレーにしました。圭介さんのお口に合うといいんですけど…」

「…あ?あぁ…、…ありがとな。」

「……、…」

「………。」

どこか『心ここに在らず』といった様子の圭介の顔を僅かジッと見上げた美優は、何かを自分に言い聞かせるように小さく頷き笑顔を浮かべる。

…その笑顔は完全なる『作り笑い』だ。そして頭の中では色々な事がぐるぐると駆け巡り、やがては考えたくはない事まで脳裏に浮かんできた。

仕事や会の事を考えているなら全然構わない…けれど、もし…

「……っ…」

もし…自分ではない『女』の事を考えているのなら…そう思うと、怒る云々の前に泣きたい思いだ。

「……、…ッ!?」

上の空状態からようやく我に返った圭介は、美優の今にも泣きそうなその顔を見てギョッとすると同時に、彼女の思考にも察しがついた。

絶対に美優は勘違いしている…そう確信して、全てを話す覚悟を決める。

「…美優。メシの前に話、あるんだ…いいか?」

「……っ。」

彼女の手を引き、ソファーに並んで座ると圭介は美優の両手をぎゅっと握り締め目線を合わせる。

…まるでどっちが『年上』で、どっちが『年下』だかわからない様相だが、この際どうでもいい。

「あのな。完成するまで美優には内緒にしておきたかったんだけど…実はな今日、新しい『タトゥー』入れて来たんだ。」

「…。へ?…た、タトゥー…ですか?」

目をまん丸にして漏れ出たその言葉を聞いて『やっぱな。』と思う。あらぬ疑いを持たれては圭介としては溜まったものではない。

「あぁ。だから、オレが他の女の事を考えているとか、浮気してるんじゃねぇかとか、ンなアホな事は考えなくていい。…コレだって『お前の為のモノ』だからな。」

そう言って『何故新たなタトゥーを入れたのか』…その経緯を説明した。聞いている美優の目にうっすらと涙が滲む。

「…っ、そんなっ…タトゥーを入れるって…痛いんです、よね?…そんな思いしてまでっ…何でっ…」

「……。さっきも言っただろ…『お前の為のモノ』だって。オレの本気の想いがタトゥーとしてココにあれば、いつでもお前自身の目で見られるし…オレも自分に刻む事で今よりもっと美優の事を想える。…お前の為なら痛ぇのなんか何ともねぇよ。」

『見てみるか?』と伺う彼に素直に頷いた美優だが、その場所と絵を見てとうとう涙が決壊してしまう。

「……。何で泣くんだよっ…」

どこまでも澄んだ心を持つ彼女が流す涙は…これまで暗い道ばかりを歩いてきた圭介をそっと癒すかのような、そんな『優しい涙』だった。
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