Hold on me〜あなたがいれば

紅 華月

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流水ノ章

33 終わり良ければ下世話話にも花が咲く

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「うんっしょ!…くぅーっ…ふん~っ!」

「頑張って美優さん!もうちょっと!」

「ほ…ホントにこれ!…リ、リハビリなんっ、ですっ、かぁーっ!」

「そうですよ!なのでファイトォ!」

「オラオラ美優!へばってねぇで気合い入れろっ。もうちょいだ!」

「さっきからっ…そればっかりですっ…ふぬーっ!」

「…美優。あんま力むと違うモン出て来ちまうぞ。」

「ぶふ!け、圭介さん!わ、笑わせないで下さい!」

あの日…何事もなく無事に病院へと戻った美優は、翌日から鬼のようなスケジュールで『リハビリ』に励んでいた。

毎日行われるそれに圭介は決まって付き添い、傍らで応援しつつたまに笑わせる。そんな2人を、スタッフも時々覗きにやって来る南雲も微笑ましいと見守っていた。

あんな怖い姿勢で圭介のバイクに乗せられたにも関わらず、意外にも美優は『楽しかった』らしい。それは彼女の度胸云々というより、バイクを運転しているのが『圭介』である事…そして彼女が落ちないようにとガッチリ右腕で抱え『抱きしめてくれていた』事が何より嬉しい。

けれどもそうは問屋が卸さない。束の間の『密着ランデブーツーリング』を2人が楽しみ、南雲らにヤイヤイと揶揄わられながらも院内へと入ろうとすると…

「……。」

デデン!と待ち構えていたのは、看護士長であり南雲の妻『志穂』だった。

彼女は夫がそういう場に赴くのを知ってはいたが、まさか患者である美優までもが病院を抜け出してしまうなんて思ってもいなかったのだ。その為、大変なご立腹ぶりで仁王立ちしていた。

すぐさま全員を院長室へと『連行』すると切々と説教を始める。

「…まず院長。貴方が何処に行くのかは知っています。健くんと共にお話を聞きましたから。けれど…その場に患者が仮にも現れたなら、すぐにも帰すべきでしょ!医師として『職務怠慢』ですっ。」

「ハイ…すいません。」

「次に清水さん。貴方は彼女の『旦那様』になるんでしょう?色々とあるのはわかりますが、彼女は怪我人です!もっと大事にしてあげて下さいっ。」

「あァ?大事して…ッ?!」

「……。」

「わ、悪りかった…気を付ける。」

「そして…美優さん。貴女もそう…抜糸すらしてない怪我人なのっ、もっと自分を大事にしてっ。院内のスタッフがどれだけ心配したと思っているのっ?」

「ご、ごめんなさいっ…」

「最後に…お名前わからないけど『貴方』。」

「…。自分…すか?」

「そう『自分』よ。貴方…清水さんの舎弟で美優さんの『ボディーガード』みたいな事もしているのよね?そんな人間が、いくら命令されたからってホイホイ連れ出したりしちゃダメ!駄目なものは『駄目』なのっ、早く治って欲しかったら拒否する強い気持ちを持ちなさいっ。」

「…う、うす。…すんませんす。」

「とりあえず、私から言うべき事は以上です。医療施設には医療施設の『決まり』がありますので、入院している以上はちゃんと守って頂きます。そこに『堅気』も『極道』も関係ありませんからねっ。」

フンス!と鼻息荒く志穂は訴える。結果的に当事者である3人のみならず、幹哉までもがお叱りを賜る事となってしまった。

「…すまないみんな。でもウチのヤツの気持ちも…」

「院長。院長へのお話はまだ済んでませんよ。貴方にはまだ残って頂きます。お戻り下さい。」

「…。てなワケで皆…俺の無事を祈っててくれっ。」

パタン…と虚しく閉まった院長室のドアを皆で僅か呆然と見つめる。果たして南雲は無事で済むのだろうか?という、一抹の不安が過ったのだが…

「…ったく。相変わらず賑やかで騒がしい夫婦だぜ。」

という、圭介の呆れたような言葉を聞いて『いつもの事なんだ。』とちょっとだけ安心したのだった。

そんなこんなを経てのコレである。このリハビリの鬼スケを提案したのは、言わずもがなの看護士長志穂。

『抜け出す元気があるなら、リハビリだってやり切れるわよね?』…というのがその言い分である。

すっかり不良患者扱いとなってしまった美優は反論出来ず…抜糸目前で皮膚が引っ張られ僅か痛いながらも奮起していたのだ。

「はい終了!今日もよく頑張りましたね雪吹さん。」

「あ…ありがとう、ございますぅ…」

「おう、大丈夫か?美優。すんげー汗だ。」

「あ、暑いですぅ…」

ダラダラと汗を流す彼女を、圭介は持ってきたタオルでグイグイと拭い、その後はペットボトルの水を手渡す。そんな彼の甲斐甲斐しい世話焼きっぷりが、動物の『給餌行動』のようにも見えて南雲は笑いが止まらない。

「おい~圭介ぇ、随分と優しいなぁ~。」

「…あァ?当たりめぇだろが。違うモン出しそうな勢いで頑張ってる嫁を、応援しねぇ亭主が何処にいるってんだ。」

「あっはは!いやいやっ、それはわかっけど…俺にはどうにも『違う意味』にしか見えねぇ…ひゃっひゃっ!」

「てめぇ南雲…何が言いてぇ。」

「あ?『てめぇの下心が丸見えだ。』っつってんの!あっひゃひゃひゃ!」

「ぷふ!!」

喉が渇いてくぴくぴと飲んでいた美優が吹き出す。下世話な事をあられもなく言ってしまう南雲は、今やすっかり『地』丸出しだ。

「ンなモン、しゃあねぇだろっ。男は『溜まる』んだ…てめぇも男ならわかんだろが。」

「いやっ…わかるけどもだ。そこは相手は怪我人なんだからアピールしちゃ駄目だろ。しかもたかだか数日数週間じゃねぇか。」

「たーかーだーか!よく言えんなっ!オレからしたら『何年』にも匹敵すんぜ!」

「あっははは!お前どんだけなんだよ!…あぁ、だからこの間バイクで帰って来た時、めちゃくちゃ『楽しそう』だったのか。」

はたと思い出した事を口にする。攫うかのように美優を乗せ走り去る圭介を、車で追い縋るとそのまま連なって走って来たのだが…彼は時々バイクをユラユラと左右に蛇行させながら走っていたのだ。それがまるで『楽しい、幸せだ。』と心の声を語っているようで、南雲も舎弟らも笑顔が浮かんだのだ。

「まぁな!…ん、美優?なした…黙っちまって。」

「…。うぅっ…」

両手にペットボトルを持ちながら、美優が唸りを上げる。僅か顔が赤い様子から『恥ずかしい』ようで怒っているようだ。

「み、美優さんが唸って威嚇してる…これはどう判断したらいいんだ?圭介。」

「…。まんま怒ってる…『恥ずかしい事喋るな。』ってな。」

「…うん…やっぱり美優さんは真っ当だな…ホント良い嫁さん見つけたなぁ~♪おい!」

「もう…どうして男の人ってそうなんですか!思えば『流平さん』もそうでした!ありがとうございました!失礼します!」

プイと振り返り、水とタオルを抱えた彼女がリハビリ室を出て行く。それに慌てたのが圭介だ。

「お、おいコラ!美優ッ。1人で行動すんじゃねぇ!」

出口の手前で追い付いた彼はその肩を抱こうとするも、美優は嫌がってブンブンと腕を振り暴れる。けれども結局は2人仲良く寄り添って歩いて行った。

「本当、仲が良いですよねぇ…あのお2人。美男美女だし、ご結婚されるんですよね?羨ましいです。」

「まぁね。でも…男は『極道』だよ?」

「…。まぁ…でも、雪吹さんのご主人になる方、清水さんでしたっけ?あんまり怖くない…っていうか、タチ悪そうには見えませんよね。『玄武組』の方が最悪ですよっ。それに比べるのも失礼なくらい、『北斗聖龍会』の人達は意外に良い人揃いです。」

「…ナイショだよ?…圭介はその『北斗聖龍会』の若頭なんだ。」

「うっそ…じゃあ雪吹さんは『若頭姐』になるんだ!すごい!」

「んー、まぁ…そうなっちゃうよねー。」

美優のリハビリを担当する理学療法士の女性スタッフが羨望とした声を上げる。彼女もまた南雲と圭介の関係を知る数少ないスタッフの1人なのだが、そこまでの詳しい事情は知らなかったのだ。

「清水さんなら大丈夫ですよ!雪吹さん、幸せになれますって。」

「…俺も、そう思うよ。」

何せこれまでとは違い、圭介の方が惚れ込んで始まった2人だ。愛情の度合いは断然的に彼の方が大きいに決まっている。…それはもう、暑苦しいくらいに。

そんな日々を数日過ごし、神経科専門の医師による再びの検査が行われた。1日近くを費やし様々行われた結果…美優の右上半身の一部神経が元に戻ってきていると判明した。

「リハビリによるある種の刺激が功を奏しました。まだ戻っていない部分もありますが…それも時期に戻るでしょう。峠は越えたと判断して良いと思います。」

「っ!ありがとうございますっ。」

「後は院長の総合的な判断となりますが、リハビリはもう少しだけ頑張りましょう。それは通院で構いませんので。」

「はい。」

「嫁が世話になりました。これからも頼みます。」

「いえとんでもない。…では失礼します。」

一礼して医師が去って行く中、何故か南雲が泣きそうな顔で圭介を見ていた。何が起きた?と仰天して皆はギョッとし…看護士長で南雲の妻志穂だけはその理由を知っているためかクスクスと肩を揺らし笑う。

「け、圭介ぇ…お前のそんな『真っ当な姿』を俺は初めて見たぜっ。流平だって今頃は草葉の陰で泣いてんぜ!」

「いや…アイツは腹抱えて笑い転げてるって、その辺をよ。…ていうか、てめぇはどういう立ち位置なんだよッ。」

「てめぇの『あんなこんな』を知り尽くしてる俺だからこそ泣けるんだっ。…しーほーっ、俺はコイツとダチになって初めてだぜ!こんな嬉しい事はよぉ~…」

「はいはい。良かったわね瞬くん。」

やっとまともな姿が見れたとばかり、とうとうオイオイと泣き出した南雲を志穂が慰めるのを、圭介を始めとする皆が冷や汗とジト目で眺め見る。…いやドン引きとも言えるが。

「オラ南雲!泣いてねぇで答えろやッ。美優の退院はいつになんだ?」

「うぅ…一生出してやるか!バカ野郎!」

「…てめぇ…石狩湾に沈みてぇのか?それともロシアのクソさみい海がいいか?いっそのこと北方領土の流氷の下敷きにすんぞ!てかめんどくせえから、バイクで引きずり回す!!」

「…。何でもアリだなぁ、圭介。選択肢がいっぱいじゃないかぁ。…どれも断る!」

「はぁン?だったら何で『退院させねぇ』とかトチ狂った事言いやがるッ。」

「美優さんが『可哀想』じゃないか!お前みたいな『飢えたケダモノ』んトコに帰っちゃったら…あぁっ、また違う意味で戻ってくる羽目になるんじゃないのか?!あァ?!」

「ケ、ケダモノ…」

「あらら、ラブラブ♪」

「う、る、せ、え!今すぐ殴らせろ南雲ォ!!」

「あ、兄貴!落ち着いて下さいっ。」

いつの間にやら涙が引っ込んだ南雲はツラッと言い放ち、キレた圭介は拳を振り上げそれをさすがにマズイと幹哉が止めに入るという…何とも言えないカオスな状況へと陥ってしまう。

美優はそんな中で、とほほ…と両眉尻を下げショボつかせた。

「あぁ!もううるさいなぁ…明日抜糸して、何日か様子を見てから退院だ!あともう何日か黙って溜めとけ!」

「るせぇ!余計な世話だ!!」

「…美優さん、そういう事ですから。あ、この『ケダモノ』は完全無視して下さい。じゃないと“貴女が”大変な目に遭いますからねっ。」

「ケダモノ、ケダモノ言うんじゃねぇ!男は誰だってみんなそうだ!てめぇだってそうだろが!!」

「あらやだ♪そんな元気ないわよっ。」

「ッ!おい志穂っ、そんな事言わなくていいからっ!」

「…。南雲?…お前、オレと同い年だってのに大丈夫か?『医者の不摂生』ってヤツならちょっとは気を付けろよ。頼れるモンには頼れ!」

「お前に同情されたくねぇよ!圭介ッ。何かに頼る程の事でもねぇ!!しかもお前が言うと色んなイミで怖ぇよ!」

「…はぁ。何でこんなお話になるんでしょう…」

…ようやく退院の目処が立ち喜びも束の間、絶賛開催中の下世話な話題に美優は今度こそげんなりと疲れ切るのだった。
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