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流水ノ章
32 事件の真の『黒幕』
しおりを挟む「さて本宮…答えてもらいましょう。あの女の『目的』は何だったんです?」
容赦なく引っ立てられ、笛木の前に連れて来られた本宮に彼は問う。ロシアマフィアとの問題は丸く解決し、彼らを先に場から離れてもらった事で今は『北斗聖龍会』の面々と佐野組の組員が僅かいるばかりだ。
「……。」
「言わないつもりですか。別に言わぬならそれでも構いませんよ。石狩湾、いや…ミスターロゼーニョに協力頂いて、ロシアの極寒の海の藻屑とする『だけ』なので。」
「ッ?!…」
「それに、聞くまでもなく粗方の想像はついてます。それにしたって納得出来ない…私は『それ』が知りたいんですよ。」
「……。お嬢は…本気で惚れた男の嫁になれて北海道にまで来たってのに、ずっと苦しんでいた…それが『全て』だよッ!」
「土台、無理な話ですねぇ…やり方が汚ねぇんだよ、てめぇらの『オヤジ』も、『お嬢さん』もよ。」
「…ッ…」
「俺はな、会のモンには事ある毎にいいだけ散々言って来た。『極道にも“仁義”がある。やる時ゃ真っ正面から正々堂々とやれ。』ってな。…そいつを外れちまうようじゃあ、代紋掲げる『資格』なんかねぇ。」
持論を語る笛木の表情はやはり長らしく凛々しいものがある。そんな男に、これ以上何が言えると言うのか…そんな心の言葉が本宮の顔に浮かぶ。その時…
「だからと言って…『嫁』になった女を初夜から蔑ろにするってのは、男としちゃどうなんだい?」
「…。やっぱりいやがったな…てめぇ。」
貸倉庫の奥…暗がりから姿を見せたのは、日頃の着物姿とは違う洋服姿の『紫乃』だ。2人は場に出会うと互いに睨み合い牽制する。
「やっぱワガママ一杯で育ったお嬢さんはなっちゃいねぇなぁ。…てめぇの事しか考えてねぇ。」
「それはお互い様さね。結婚して7年…アタシの努力を足蹴にしてずっと『他所の女』の事ばかり考えていたクセして、よく言ったモンだよ。」
「努力?!…ハッ!あんなモン、努力たぁ言えんのかっ。」
「ッ!」
「人も話も聞かずに、てめぇの親父は何をした!何を強要した!それに調子付いたてめぇは何をした!!反撃しねぇのをいい事に多勢に無勢でボコりやがってっ…!」
「……。」
「人が命賭けて『守る』って誓ったモンを簡単に奪い取りやがってッ…何が努力だァ!仁義に外れた事をしておいてどの口がほざきやがる!」
「…会長…」
圭介や小田切は知っている。7年前、ひょんな事で東京の極道組織の幹部『佐野組』の組長と知り合い気に入られた笛木は、様々な話をしている内に組織を持つ事を勧められた。
同時期、その娘である紫乃が組を出入りしていた笛木に一目惚れした事で、話がややこしく黒いものへと変わってしまう。
話になかなか頷かない笛木に、強制的に組織立ち上げを推し、自らが後ろ盾となると豪語し…そしてその代わりの条件として『娘との結婚』が突き付けたのだ。
けれど当時、笛木はみずきとの結婚を実行しようとしていた。彼女は笛木の子を妊娠していたからだ。子供の頃から様々あった経緯がある彼だが、その二の鉄を踏みたくない思いが『父』となる決断をさせた。
だが…それを知った紫乃は怒りと嫉妬から、仲間数人を引き連れて札幌までやって来ると、みずきを闇討ちの如くボコり酷い怪我を負わせたばかりか、お腹の子の命まで奪ってしまった。
その時のみずきは、北海道で名の知れ恐れられた『レディース暴走族』の総長。でも妊娠を機に足を洗い、人の妻として母として真っ当な人間になると誓っていた。
それを受けて笛木は残された命を守る為、自らの心を壊して佐野組組長の話を飲む事にしたのだった。…彼が日頃眠れぬ『不眠症』に陥ったのは、そのせいである。
「何より許せねぇのはなぁ、他人を巻き込んでいる事だ!ロシアマフィアに近付いて上手くタラし込んで、圭介と美優さんを撃たせやがって!それだけじゃねぇ…てめぇはみずきまで、1度ならず2度もッ!」
「あぁ、何度だって狙ってやるさ!それこそ死ぬまでね!…そんな『泥棒猫』!憎んだって憎み足りやしない!」
「…。『泥棒猫』たぁ随分だねぇ。元はアンタがそうじゃないか。…いや…『コソ泥女』かねぇ?」
「何だって?!」
それまで黙っていたみずきが前へと進み出る。そこには店で嫋やかに且つ上品に笑む『ママの顔』はなく…総長として生きていた頃の顔がある。
「一目惚れする気持ちはわかるさ。笛木八雲って男は『良い男』だからねぇ。…でもその後が始末悪いったらないよ。人のモン、横から掠め取るなんて…『コソ泥』以外何があんのさ。」
「ッ…うるさいよ!笛木の『嫁』はこのアタシだよ!元はどうであれ、アンタは『2番目』じゃないかッ!」
「…話のわからない女だねぇ。しかも『嫁』ってとこに妙に固執してるじゃないか。…もしかしてアンタ…自分と笛木は何があっても『離婚出来ない』とか思ってるかい?…そうなの?やぐっちゃん。」
「……。馬鹿抜かせ。そんな女…いい加減願い下げだぜ。」
「…、…え…」
「てめぇには『笛木』の姓を返してもらう。…書くモンさっさと書いて、とっとと親父んとこに帰りやがれ。」
「……。そ…そんな事ッ…許されると思ってんのかい!会の後ろ盾を失うんだよ!?」
「別に…居ようが居まいが変わらねかったしな。それにもう十分今のままでやっていけんだよ…『北斗聖龍会』はな。」
「………。」
例え会長姐として役割を与えられなくても、自分は会にとって必要な『存在』…それだけが縁だった紫乃にとって、笛木のその言葉は奈落の底に叩きつけられるようで愕然とする。
「……や…八雲さ…」
「気安く呼ぶんじゃねぇ!!…てめぇのその命、あるだけありがてぇと思ってさっさと消えろォ!!」
「ッ!…」
怒涛の展開についていけないのか、それとも本当に『離婚』となった事が信じられないのか、呆然自失でフラフラと歩き出した紫乃の背に笛木が最後に声を掛ける。
「…おいコラ。てめぇの『間男』も連れてけや。置いてかれても迷惑だぜ。」
「ッ?!…なっ…知って?!」
「…。てめぇはまだ20代前半だ。7年も男無しでいられるワケねぇだろ。…尼さんかよっ。」
既に足腰立たない本宮の腕を引いて、紫乃が無言で去って行く。その足音が消えて、ようやく『はぁ…』と息を吐く。
「いいんすか、会長…あのまま行かせて。」
「…ほっとけ。その代わり、後できっちりケリをつけさせてもらう。」
「うす。それに関しちゃ頼んます。」
「……。うしっ、札幌戻るぞっ。いつまでもいる場所じゃねぇ。…派手に暴れたからな…サツでも呼ばれりゃ面倒だ。」
『うす!』
こうして全てが終わった時…外は陽が落ち、辺りはとっぷりと闇に覆われていた。
ぞろぞろと倉庫から出て来た面々は、やれやれといった表情の者もいれば、未だ暴れ足りないとやや不満げな者と多種多様だ。
「しっかしまぁ…今回も、蓋を開けりゃ若頭の『独壇場』!こんな時にまで予測不能なのはちょっと困りモンですねぇ。」
「小田切くん言えてる!…おい圭介、この際その異名を返上しろっ。」
「るせぇなぁ…オレだって呼ばれたくて呼ばれてんじゃねぇんだよ!」
「やれやれですねぇ。お前のその奇抜な考えと行動力はどこから来るんです?」
「あら。私には何となく、しーくんの考えとか思いがわかる気がするわよ。」
「…おや。貴女はいつだって清水の肩を持つのですね?みずき。」
「別にどうでも良いだろが!」
「でも圭介さん?これから『少しは』、そういう行動…改めて下さいね?」
「……。」
「プッ!圭介が黙ったっ!いつもなら言われた事は3倍返しのお前が!クククッ!」
「るせぇ南雲!いちいち笑うんじゃねぇ!」
「…でもな圭介。美優さんの言う通りだぜ。ひと昔のお前とは違って、今は『心配する人』が側にいるんだからな。」
「……。わかってるっての…ンな事。」
話もそこそこに、圭介は『それじゃ。』と片手を上げると美優の手を引き何処ぞへと行こうとする。それに『はて?』と皆が首を傾げた。
「…ところで若頭。貴方ここまでどうやって来たんです?車ですか?」
「でもキリさん…兄貴の車、見てないすよ。」
「そういや、俺も見てねぇな。」
「どうやってって…『コイツ』で来たぜ。」
『コイツ?』と、圭介が指差す物体を面々は目を凝らして見つめる。そこにあるのは…
「…ちょっと待ちなさい清水。お前まさかと思いますが…」
「うお!兄貴のバイク!!めちゃくちゃかっけぇーっ!」
「司!今はそこじゃないッ。」
「ちょっと!乗せる気じゃないでしょうね?美優さん『スカート』よ?しかも『タイトスカート』!そんなの無理よっ、車に乗せてあげなさいっ。」
「………。」
「ほら見なさい。そこはかとなく不安そうな顔をしてますよ。」
「……。いいや、無理じゃねぇ。」
『はあ?!』と半ば呆れにも似た声が一斉に上がる。言い切った圭介は僅か思案を巡らし…面々はとうとうトチ狂ったかと不安を抱く。やがて…彼はポケットの中からカギを出しバイクに差すと、おらせっと跨り両腕広げて告げた。
「美優、来い。」
「え…えっ!?」
「いいから来いっつってんだ!」
「うっひゃ?!」
オロオロとする彼女に構わず、圭介はガバッと抱き上げ…美優が着地したのは、彼の背がある後ろではなく『前』だった。しかもタイトスカートで跨げない為に横座り。ちょっと…いや、バイク乗りにはかなり『異様』な光景となった。
そんな圭介が辿り着いた答えに、会長の笛木も南雲もさすがに心底呆れたと言いたげな表情を浮かべる。
「圭介、頼むっ…早まるな!相談ならいくらでも乗ってやる!愚痴でも何でも聞いてやる!但し金以外だ!金はてめぇの方が持ってんだからな!だから美優さんを下ろしてやってくれぇ!」
「…。何言ってんだ南雲…大丈夫か?」
「大丈夫か?はお前です清水!…どうして言ってる側から突飛な事を!何より美優さんに何かあったら、ミスターロゼーニョに殺られますよ?!」
「…あぁ、あのジジイすか。てか会長…オレが美優に怪我させると思ってんすか?これでも16ん時からバイク乗りこなして来たオレっすよ?…あり得ないす。」
「その謎の自信はいったい何処から?!」
「全身から。…て事でお先す。あー南雲!美優は真っ直ぐ病院に連れてくから安心しろ。じゃあな!」
「おい!コラァ圭介ぇ!!美優さんは俺の『患者』だぞ!変わり果てた姿で帰って来られても困るんだぁ!!」
「るせぇ!その前にオレの『嫁』だぁ!!てめぇの嫁をてめぇが連れてくってんだよぉ!!」
ドゥルルン!と唸らせ、右腕でガッチリと美優を抱えると左手のみで走り出し颯爽と去って行く。後に残ったのは呆気に取られ言葉もない面々と、イライラをぶつけんばかりにブンブンと腕を振り上げる南雲だ。
「た、頼む!圭介のバイク、今すぐ追ってくれ!とてもじゃないけど心配でいられないって!」
「わ、わかりましたっ。南雲先生…俺らの車にっ。」
南雲が縋ったのは舎弟の幹哉。彼は美優やみずきらを乗せ車で来ていた。
「悪りぃな瞬。手を焼かせてよ。」
「全くですよ!アイツ…美優さんと出逢ってからってもの、マジでぶっ飛んでますからねっ。」
そう言って南雲と舎弟3人も車に乗り、後を追って走り出す。
「ふっふふふ!絶妙なチームワークねぇ。」
みずきの楽しげなその言葉を受け、笛木にも素の笑顔が浮かんだ。それはこの先にあるものが『幸せに満ちた明るいもの』だと確信したからに他ならない。
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