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結実ノ章
40 清水家の『天使』と嫁の可愛い謀(はかりごと)
しおりを挟む美優の陣痛が始まってから数時間…着実にその痛みは強くなってはいるが、未だお産の域には達せずにいた。
南雲が電話で言っていたように陣痛には『波』があり、痛みが引き楽になる時と言葉には表現し難い痛みと交互にやって来る。妊婦はこの差に体力を奪われ消耗してしまう。
美優も例に漏れずその1人であり、この時点で既に疲れきっている。だが決まり事かのようにやってくる陣痛のその痛みに寝る事も許してもらえない。
…圭介は傍らに付き添いながら、ただでさえ細く小さなこの身体で無事に出産出来るのか?と不安で堪らない。
それは一緒にいる司達も同じで、繰り返し痛みで七転八倒せんばかり苦しむ姉貴の姿を、両目をショボつかせ自らも痛いかのような感覚を覚えつつ見守っていた。
「おう、どんな様子だ?…あー美優さん…辛いね辛いね…」
「うぅっ…っゔぅんっ…」
様子を見にやってきた南雲の問い掛けに唸りで返した美優に、彼は何故か申し訳なさが込み上げる。それは一緒に来た志穂と産科医の健も同様だ。
「美優さん頑張ってっ。痛い所言って?摩ってあげるわ。」
「ゔぅっ…こ、しがぁ…」
「腰が痛いの?…ここかしら。」
「もうちょっ、と…下っ…」
「ここね。…うん、赤ちゃん確実に下りて来てくれてるみたいね。だから頑張りましょうねっ。」
「…あ、あいぃ…っ、…」
「……。おい健。ところでてめぇは何を抱えて来たんだ?」
「あ、そうそう。…美優さん、コレ抱えて座ってみて下さい。あとコレもっ。」
そう言って彼がグン!と押し付け渡したのは、少々大きめの『バランスボール』と『テニスボール』。よくわからないながらも彼女は渡されたそれを、ヨロヨロと起き上がってワシ!としがみつく。…ちょっとすると小さな子が大きなぬいぐるみをもらって喜び、抱え込んでいるようにも見えなくもないのだが。
「…何でバランスボールなんだよ。しかもこのテニスボールは何に使うんだよッ。」
「バランスボールにしがみつくと楽なんだそうです。これ、ウチで出産したお母さん達みんながそう言って…なので病院で用意したんですよ。赤ちゃんも下りやすいみたいですし。」
「……。」
「テニスボールも、妊婦さん達の必須アイテムみたいですよ。コレでお尻付近を押すと楽なんだそうで…」
「はぁ?!コレでケツ穴押すってか?!何でケツ穴が関係すんだよッ。」
「いや~、女性の身体は正に謎…いや『神秘』。ソッチとコッチは微妙に繋がっているみたいでですねぇ…」
「コラコラ、んな講釈は今は止めろ。とにかく楽になるんだよ圭介ッ。」
「…わっかんねぇ…」
「そんな事より清水さん…美優さん頑張ってるのよ?摩ってあげるなりしてあげて!」
「さっきからやってるっての!オレが黙ってるワケねぇだろッ。」
「…もう。妊婦さんは不安なの、その辺わかって…」
「だぁッ、わかってんよ!おい健!オレも中に入るぞッ…いいなッ!?」
「へ、今更っ?!ちょっと待って清水さん…立ち会わないって話だからその段取りで…」
「段取りなんか知らねぇよ。今すぐ段取れッ。」
「おいおい…無茶苦茶だな。…あのなぁ圭介、出産に『立ち会う』なら、ハナから言っとかねぇとコッチが困んだよ。妊婦の旦那が立ち会う事でそれなりの準備があるんだ。」
「ならさっさと準備しろや。」
「……。てめぇは『ワガママ坊主』か。…ったく、とにかくムリ!てか駄目だ!お前が中入ったらスタッフがビビるだろが!」
「……。なーぐーもぉー…」
ガルルと牙を剥く圭介を華麗に無視して、南雲兄弟と志穂は一時退散。それからも幾度と繰り返される陣痛に耐えながらも、これからを控えた彼女を気遣って届けられたみずき手製のおにぎりをどうにか1つ食べ切る。
「…大丈夫?美優さん。」
「あい…ありがとう、ごじゃいます…」
「もうすっかり憔悴しちゃって…何だか見ていられないわ。」
「全くですね…美優さん、貴女はこんな大変な思いをしているのだから清水にこれ以上ないワガママを言って困らせておやりなさい。…清水も、それくらいの事笑い飛ばせる度量くらいあるでしょう?」
「もちろんすよ。何でも言えよ美優。」
「ふっふふふ♪しーくんの溺愛、炸裂ねぇ。」
言いながらみずきもまた彼女に水のペットボトルを差し出して飲ませてあげたりするのは、美優を自分の妹のように可愛く思っている証拠でもある。
「にしてもホント壮絶…話に聞いてる以上ですよ。…こうなると益々結婚したくなくなる…」
「おい真次、何言ってんだ。イイ歳なんだからさっさと結婚してくれ。」
「でもその前に『相手』よねー。」
「相手くらいすぐに見つからぁ。何せ俺と血を分けた兄弟、揃って『良い面』持ってんだからよ。」
「まぁ…呆れちゃう。自分で言うの?」
「言わせろッ。真次は俺の『自慢』なんだよ。」
「会長、どんだけなんすか。」
「…やっぱなぁ、てめぇの稼いだ金で食わせて学校行かせてた時があっからか、コイツだけは可愛くて仕方ねぇ。」
「兄さん、俺もう大人。今はモナムールの給料でちゃんと食ってるからね?」
ひょんな事で『弟ラブ』を垣間見せた笛木があはは!と楽しげに笑う。そんなやり取りの間も陣痛の間隔は徐々に短くなってきていた。
邪魔になっちゃいけないと笛木らが帰った後、しばらくして健がやって来てあれこれと診察し、助産師の小沢も様々な確認をする。
「どんな感じ?」
「いけそうです、子宮口10センチ!」
「ヨシ!じゃあ分娩室に移動しますかっ。…歩けます?美優さん。」
「うぅ…ゔぅんっ…」
「…。どう見たってムリだろ。オレが抱えてくッ。」
「わわわっ、ダメですよ清水さん!妊婦さんには少しでも動ける限りは歩いてもらいます!それは全部お産を楽にする為なんですよっ。」
「マジか!…大丈夫か美優ッ。」
「あ、いっ…どう、にかっ…」
両脇から支えてもらい、途中で立ち止まりながらも『えっちらおっちら』と歩き…ようやく着いた分娩室。その前の廊下には南雲と産科のスタッフが待ち受けていた。
「お、美優さん頑張って…もうちょいだからねっ。はい清水美優さんです、よろしく!…健、頼むぞッ。」
「了解、院長!清水さんも心配しないで待っていて下さいっ。」
「そいつは無理な相談だッ。オレも中に入る、入れろや。」
「だーかーら!駄目だっての!おらお前らッ…見てねぇで圭介を抑えてくれ!」
スタッフに抱えられた美優に続くように圭介も入ろうとするのを、南雲と司らが必死に抑え込み羽交い締める。最初の頃には立ち会わないと言っていた出産に、何を思ったか急に立ち会うと言い出した彼に皆が戸惑う。
「だぁ!何回言えばわかんだてめぇは!駄目なモンは駄目なんだ!」
「オレは美優の『亭主』だぞ!ガキの『親父』だぞ!何で駄目なんだよッ!!」
「急に言うなって話だよッ。…何だかなぁ、いきなり父性に目覚めやがって…」
「……。初めて知ったんだよ…ガキが出てくる直前までの女が『あんな思い』するなんてよ…」
「そらぁまぁそうだやな。てかそれを独身のお前が詳しく知ってたら、それはそれで別な疑惑が出てくっけどな。」
南雲はまるで慰めるようにポンポンと圭介の肩を叩き、廊下の長椅子に座らせる。
「けどまぁ、親父の仕事はガキが産まれてからが本番だ。しかも一発勝負のな。間違った事やらかせばタダじゃ済まねぇし、間違った事はまんま覚える。怪我でもさせようモンなら、ヘタすりゃ一生モンなんだぜ。」
「……。」
「だからよ、今はまだ美優さんに任せておこうぜ。産まれた後、楽させてやりぁいいさ。…な、圭介よ!」
「…おう…」
「それにな?さっきは言えなかったけど立ち会い出産はあんま進めねぇぜ、俺個人としては。…中々に『グロい』らしくて、立ち会った旦那のほとんどがしばらく勃たなくて嫁とヤる気になれなかったって話だからな。」
「あ、聞いた事あるす。俺のダチの先輩がデキ婚してちょっと前に産まれたらしいんすけど…その先輩、あまりにグロくてゲーゲー吐きまくった挙げ句に未だにヤれないみたいすよ?」
「はは…その人重症だなぁ。でもマジでいるんだぜ?血見て吐くならまだいいんだけどよ、産まれる瞬間見て吐くとか…嫁に呪われそうじゃね?」
「…別に。オレは血はおろか、エグい傷口とか散々見てきたし…」
「わぁさすが極道、今まで暴れまくってきただけあるなぁ、おい!でもやめとけ…これは親友を思っての忠告だぜ。」
そんな会話の合間にも、分娩室からは美優の辛そうな声が漏れ聞こえてくる。正直なところ彼はコレに耐えられないのだ。
時間は刻一刻と経ち、今かと待ちわびる圭介にも焦りと苛立ちが募り、時折様子を知らせに来てくれる健に牙を剥き噛み付く有り様。そして時間は深夜帯に差し掛かる午後22時過ぎ…
「…ん、何か聞こえたな…?」
南雲のひと言で全員がバッ!と顔を上げたと同時に勢いよく分娩室のドアが開く。
「清水さん産まれましたよ!おめでとうございます!!」
「マジか?!」
「はい!超安産でしたっ。いやぁ~良かったぁ!」
実に爽やか、晴れやかな笑顔で言った『超安産』というその言葉に、こんなに時間も掛かった上あんなに苦しんでたのにか?と安産の基準がわからないと言いたげに首を捻った。
「圭介やったな!」
「おめでとうございます兄貴!」
「おう!…ところで健、ウチのガキは『どっち』だ?それによって名前が変わっからよ。」
「…アレ?美優さんに聞いてません?…おかしいな…6ヶ月くらいの頃に教えた…」
「…。おいコラ待てや健。…教えた、だぁ?しかもだいぶ前じゃねぇか!」
「はい教えましたよ?『あー写ってますねー、男のコですねー♪』って…へ?ホントに聞いてないんですか?」
「………。」
「あっははは!美優さんにしてやられたなぁ!おい圭介ぇ!いいじゃねぇか、楽しかったろ?」
「…ったく、あのやろぉ…」
困ったように髪を掻き上げた圭介だが、すぐにフッと緩み笑顔が浮かぶ。
この日から清水家には新たな家族が増え、賑やかさが増していくのだった。
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