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小話集
お兄ちゃんと虫と暴走お母ちゃん
しおりを挟む…どこの家だって、『お兄ちゃん』は大変なのだ。
「……、…ほぁ~…」
清水家の長男流は自分より僅か高い所にいる、自分より小さな生き物。背伸びして見つめる先にいるのは、この程産まれた妹の『小梅』だ。
モジモジと動く様が可愛くて流はジッと妹を見ていた。彼はお母ちゃんと小梅が家に帰って来たその日からずっとそうしている。
そんな流はベビーベッドの柵の間に自らの小さな手を突っ込み、妹に触れようとしたその時…
「…っふぇ…うぇぇっ…」
「っ!おわっ?!」
突然泣き出した妹にビックリしてその手を引っ込める。“うえうえ”と泣きながら尚もモジモジ動くのを、流もまたジッと見る。
「……。かあかん!かあかんっ!」
やがていつもそうするようにお母ちゃんを呼びにテケテケと走った。
「かあかん!」
「はぁい、どうしたの?流くん。」
「うーたん、ないてゆ!あんよ、バタバタちてないてゆっ。…なんで?」
妹の呼び名は『うーちゃん』、小梅の“う”を取った。発語がまだ少し怪しい流は『うーたん』になってしまっているが。
「ふふ♪うーちゃんはまだお話出来ないから、泣いてみんなに教えてくれるの。…うーん、オムツかな?」
お母ちゃんの呟きを聞いた流はキュピン!と反応して、再びテケテケと走って行き…
「あい、かあかん!うーたんのおむちゅ!ふきふきも!」
「わ。ありがとう流くんっ。お手伝いしてくれて、お母ちゃん嬉しいな♪」
「にゃはは♪」
ベビーベッドの側に置いてある袋から新しいオムツ1コとお尻拭きの一式を抱え母に差し出す。こんな感じで、赤ちゃん返りする事なく流はお母ちゃんを率先して手伝うのだ。
気持ち悪かったお尻がスッキリした小梅は、母の手によって再び夢の世界へと入っていく。再びベッドへと戻され寝入る様子をしばらくの間、さっきと同じように背伸びして覗き込んでいたのだが…
「……、…?」
見守っていた小梅の顔から、流の目線が違う場所を見てコテンと小さく首を捻った。
「かあかん!かあかんっ!」
「ん?どうしたの、流くん。」
「…かあかん、あにょね?…うーたんトコに『なんか』いゆよ?」
「えっ、『なんか』?…なんかって何?何がいるの?」
「……むち。」
「~~っ?!」
母はそれを聞いて、声にならない声を張り上げそうになる。…そう、母美優は『虫』が苦手なのだ。
とにかくその場に行こうと立ち上がり、流と手を繋いで一緒にベビーベッドに近付くが…
「…っうぅ…り、流くんっ…虫さんどこにいるの?」
「あしょこ。うーたんのおかおのまえ。」
「いーやーっ…な、何でっ?!今まで1度も見た事なんてないのにっ。」
「…かあかん、あれ…なんてむち?」
「えぇ?!…えっと…キャーッ、く、クモーっ!」
よく見ると、スヤスヤと眠る小梅の顔の上に、蜘蛛1匹がぷらーんと糸でぶら下がっていた。掃除やその他家事一切を手抜かりなくこなして来た美優としては、ショック極まりない。
「ど、どうしよっ…うーちゃん、側にいるから殺虫剤使えないしっ…っう゛ぅ…」
「りゅうがちゅかまえゆ!」
「ダメ!カプって齧られたらどうするのっ。…うぅ、でもっ…このままじゃうーちゃんがっ…」
今にも蜘蛛に近寄って行ってしまいそうな流をヒシと抱き締め、母美優が苦悩していると…『おーい!』という声が聞こえて来た。
「…。何やってんだ、2人して。」
「とうたん!」
「圭介さん!」
「何なんだよ…なした。」
「とうたん!むち!うーたんのおかおのまえに、むちがいゆ!」
「…ムチ?叩くヤツか。」
「違いますっ、虫です『虫』っ…うーちゃんの側にク、蜘蛛がっ…うーちゃんが噛まれちゃうっ…」
「…。ンだよ、蜘蛛くれぇでそう騒ぎなさんな。」
一瞬だけ、息子の発語の悪さのせいで別な物を想像した父圭介だが話がわかれば早く、ツカツカと平和に寝ている娘に近寄って行く。そして…
「…おらっ。」
「…ほぁ…」
「……。」
「ったく…人の可愛い娘に音もなく近付くたぁ、良い度胸してんぜ。」
何て事のないように、プラプラと垂れ下がる蜘蛛をむんずと捕まえ窓から放ったのだ。…やはり何と言っても頼りになる大黒柱、夫にして2児の父。ついでに言えば恐れを知らぬ極道組織の2代目会長である。
「大丈夫か?美優。もういなくなったから安心しろ。」
「……、…はいっ…」
涙目でコックリ頷く嫁が可愛く、その頭をそっと撫で透かそうと手を伸ばした。のだが…
「圭介さん…その前に手を洗って下さいね。そのままうーちゃんを抱っこするのもダメですよ。」
「……。おぅ…」
しっかりと念押しされてしまい、父圭介が萎んでしまった気持ちと共にスゴスゴと引っ込んでしまった。
やがては手を洗ったらしい父が戻り、やっと愛娘をその腕に抱き上げる。
「おう小梅、起きたのか。父ちゃんだぞー。今日も良い子で母ちゃんと兄ちゃんと一緒にいたか?」
「とうたん。うーたん、じゅっと『ねんね』ちてた。」
「…そうなのか?」
「ん。りゅう、じゅっとみてた。」
「はは!こんくらいの赤ん坊は、寝て泣いてが仕事だからな。…お前だってこんくらいの時はこうだったぞ。」
「…。しょうなの?」
「で、流は何してたんだ?ずっと小梅にくっ付いてたのか。」
「流くんはお母ちゃんのお手伝いをしてくれてたんだよねー?」
「うん、ちた!おしゃらもってって、うーたんのおむちゅ、かあかんにハイちて…とうたんの『ぱんちゅ』も、もってった!」
「…あ?最初の2つは良い。父ちゃんのパンツどこ持ってったんだよっ。」
「あ…えと、補足させて下さい。お洗濯してた私を、流くんが『手伝う』って言ってくれたんですけど、持てそうなのがそれだったので…渡してリビングまで持って来てもらったんですよ。」
「おいっ、だからってそれかよっ。」
「とうたんのぱんちゅ!とらしゃん!がおー♪」
「そこまで言わんでいいわ!父ちゃんのだけじゃなくて母ちゃんのも運べ!…流、母ちゃんのパンツは『紐パン』だぜぇ?」
「…?、なにしょれ。たべれゆ?おいちい?」
「……。」
「…。」
…オイ。1桁の子供にそのお色気は通じないぞ、圭介よ。現に流は食べる『パン』と勘違いしている。それに対して父は『ある意味では美味しい』とは言えない。
「…ま、まぁ何だ…流は今日も『兄ちゃん』頑張ったんだな。偉いぞ、ありがとな。」
「ありがとう、流くん。」
「にゃははは♪」
「父ちゃんは色々と忙しい。…だから父ちゃんがいない時は、流が母ちゃんと小梅を守ってくれな。」
「あいっ!」
…かくして、小梅を中心に家族の輪が成り…そして幸せが花開くのだった。のだが…
「かあかん…ちゅごい。」
「…。おい…もうそんぐらいにしとけよ美優ぅ…」
「イヤですっ。もう蜘蛛なんか見たくもありませんっ…うーちゃんだって安心してネンネ出来ませんっ。」
「だ、だからって…ンなトコから落ちてお前が怪我でもしたら…ってぇ!言ってる側から危ねぇ!!」
「かあかん!!」
「あわわわぁっ?!」
娘を抱きながらもドン引きする夫圭介と目を丸くする息子を他所に、フンスと鼻息荒く天井の至る場所を逞しくモップで掃除する嫁美優。
小柄な為に高さのある踏み台を使って行っていたのだが、あまりに力と熱が入り過ぎ足を踏み外しそうになってグラグラと揺れる。
だが…その身体が床に叩きつけられる事なく無事で済んだのは、娘を抱きながらも夫圭介が片腕で彼女の身体をとっさに支えたからだった。
「…ったく、言わんこっちゃねぇ…」
「え、へへぇ…す、すいません。」
「もう終わりだっ、十分綺麗になったろ。ンな事よりお前に怪我される方がよっぽど堪えるっての。」
「かあかん!めっ!いちゃいの、めっ!」
「ご、ごめんね流くん…圭介さんもごめんなさい…」
似た吊り目を持つ2人に叱られ、さすがにやり過ぎたと反省し殊勝に謝った美優ではあったが…日々の掃除にはやはり熱が入ってしまうのだった。
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