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小話集
流の『なんで?』
しおりを挟む「おし流!父ちゃんと遊ぼうぜ!」
「あしょぶ!」
父圭介はいつだって『突然』である。思い立ったが吉日とばかりな行動力は、時に妻の美優すら驚かされる。
「圭介さん…会のお仕事は大丈夫なんですか?」
「んー?あぁ、大概の事はキリと幹哉に任せてあっから。」
「ならいいんですけど…流くん良かったね。」
「ん!うれちい。」
「その間、美優は久々にみずきんトコでも行って来い。たまには家族と離れて他人と語って時間を過ごす事も『必要』だぜ。」
「…はい、ありがとうございます。」
圭介は折にふれ、こうして『清水美優』個人としてゆっくり過ごせる時間を与えてくれる。そんな“見えにくい優しさ”は出逢った頃と全く変わらない。
こうして車に乗り込んだ3人は、先に美優を送り届けてから父と子『男2人』の時間が始まった。
「とうたん。かけっこ…しゅゆ?」
「うんにゃ。今日は父ちゃんとあちこちドライブだ。イヤか?」
「んーん!りゅう、“ぶう”もしゅき!」
「おっしゃ。やっぱ父ちゃんの『倅』だなぁ。」
母ちゃんを見送る為に降りていた父子。いつもなら流は後部のチャイルドシートに座らされるのだが、次に乗り込んだ際には助手席へと乗せられる。
「…うしっと。ココ押したらダメだぞ、外れたら危ねぇかんな。」
「あい!」
息子の小さな身体をシートベルトで押さえて、当てのないドライブへといざ出発。圭介にとってはテッパンであるロック曲を流し…天気も良いこの日は、最高に楽しい。
まず最初に向かったのは、後輩の田島が勤務するジュエリー店。着いた頃、その田島は今にもヘドバンしそうな勢いで鼻歌混じりに店前の掃除をしていた。
「よう、田島。殊勝な心がけじゃねぇか。」
「うぉ!清水さん!?…と息子ちゃん。何してんすか?」
「今日は家族サービスデー。今は男2人でぶらぶらしてんだよ。」
「ぶやぶやちてんのー♪」
声を掛けられた時には既に車から降りて、流を降ろし片腕に抱き上げていた。
「流くんこんにちは。やったねー、お父ちゃんと一緒だっ。」
「こんちゃ!兄たんっ。」
「だけど清水さんが『家族サービス』とか言うなんてっ…翠さんも顔合わせる度に言ってますよ。…『変われば変わるものよねぇ。』って。」
「…あァ?なんか言ったか田島。…流、こんなヤツは蹴ったくってやれ。」
「ほ?」
「し、清水さぁん…そういう事、教えちゃダメすよ。ところで…何しに来たんすか?」
「おう、流とあちこち走り回りながらちょっと“見て”んだ。…結婚記念日に何が良いかなってよ…」
その言葉にきゅぴーん!と両目を光らせる田島。…どうやら『商人魂』に火が点いたようだ。
「記念日!…大事すよねー。記念日にゃやっぱり、プレゼントは『宝石』ですよ!」
「…。人が変わったな、急に。」
「にゃはは♪」
何かとウンチクを垂らしながらも、田島は逃がさないとばかりに2人を店内へと押し込む。店内に展開されている宝石がキラキラとしているのを見た流がビックリする。
「ちゅごいー!きやきやちてゆ!」
アレはどうだ、コレはどうだと田島は次々と手当たり次第に見せていく中、圭介は腕にいる息子に問う。
「なぁ流?母ちゃんに何が似合うと思う?」
「ほえ?」
「流くん。お父ちゃんがお母ちゃんに貢ぐ物、選んでみよっか。」
「…おいコラ。貢ぐとか言うな。」
「……みちゅぎゅ…」
「そうだよー♪流くんも大きくなったら、大好きな女の子に沢山貢ぐんだよー。」
「なんで?」
「へ?」
「…あ?」
「みちゅぎゅってなぁに?…ちないと、きやいっていわれゆ?」
「「……。」」
小さな息子の疑問に大人2人が絶句した。見えない汗がタラリと伝う。
「え、っと…あ、あはは♪」
「笑って誤魔化すな。…んー…大丈夫だ流。ンな事しなくたって、お前は父ちゃんに似て『カッコいい』かんな。…嫌って程、女が寄ってくらぁ。」
「…それはそれでどうなんすかね…」
「う?」
こうして流の『なんで?』を有耶無耶にした大人2人。結局は何を選ぶでもなく、店を後にした。
再び車に乗り、市内を走り出した父子は喉が渇いたろうとドライブスルーへと入る。メニューを受け取ると、自らの太腿に立たせた息子に問う。
「流、何が良いんだ?」
「こえ!」
「…シェイクか。そんじゃ…コレとアイスコーヒーと…」
息子が好きなチョコのシェイクを頼み、自分の分と“チキンナゲット”を注文。無事に受け取って再度走り出す。
「ほら…飲んでいいぞ。」
「あい!いたじゃきましゅ!」
意気揚々と手渡されたシェイクにありつく流。だったのだが…
「んー♪…ンー!~~っぶは!とうたん!!」
「な、何だ…どうした?」
「ちめちゃいの…でてこない…」
「あァ?ちょっと待て…、…どら貸してみ。」
一旦路肩に寄せて停車して、父がシェイクを吸い上げる為に口を付ける。
「…、…~~っ…~~っだぁ!!何だコレっ…こんな固ぇ訳あるか!」
「…とうたん…」
自分にそっくりな吊り目が父を悲しそうに見上げる。こういう所は頭の上がらない嫁に似ていて圭介は弱い。
「ち、ちょっと待ってろな…~~~っとぁー!や、やっと出てきたっ…ほら流、飲めるようになったぜ。」
「ほあ!ちゅごい!」
「ココをギュッギュッてすればもっといい。…はぁ…」
「ぎゅっぎゅっ♪…ほ!おいちいー♪」
「…そら良かった。ほら…コレも美味いぞ?」
ハァと小さく息を吐きながらもナゲットを一つ摘まんで小さな口に押し込む。モグモグと元気に咀嚼する流は正にご満悦だ。
「とうたんも!…あー♪」
「お、くれんのか?…ん、うめぇな…久しぶりに食った…」
「うめー♪」
やがて走り出した車。シェイクを飲みながら機嫌を現すかのように両足をバタつかせていた流だったが…突如その足がピタリと止まった。
「…とうたん。」
「ン…何だ?流。腹いっぱいになったか?」
「…『じぇらちー』ってなに。」
「……。」
父、息子の疑問にフリーズする。だがすぐ様立ち直り、息子に聞く。
「それってもしかして『ジェラシー』の事か?…何でンな言葉知ってんだ。母ちゃんに聞いたのか?」
「んーん。こえからきこえゆ…」
「…コレ?」
息子が指差す先には、車に備え付けのカーステレオがある。
「とうたん、“ぶう”のゆと、ぽちってしゅゆ。…“どんどん”いってゆので、『じぇらちー』ってゆってゆ。」
「…。は…ははっ…」
要約すると…父ちゃんが車に乗ると必ずかける音楽。その中の歌詞に『ジェラシー』とあり、流も一緒になって聞いている内に覚えてしまったようだ。
「……。参ったな…」
父、もはや冷や汗をダラダラと流す大惨事。
『ジェラシー』…所謂ところの嫉妬及びヤキモチを言うが、果たして3歳児にどう説明すれば良いのやら。答えられないままに次の場所で降り立つ。
「うぉ!清水さぁーん♪と息子ちゃん♪こんにちは~♪」
「…。こんちゃ!」
「ぶは!一瞬固まったな。…流、誰かわかっか?」
「みっきーのにいたん!」
「あはは♪同じ顔だからねー。今日は2人だけ?」
「あぁ。男2人で遊んでんだ。な?流。」
「ん!」
やって来たのは幹哉の双子の兄郁哉が商うタトゥーショップ。客もなく1人だった郁哉は、久々に清水親子に会った。
「みっきーといっくー。どこが違うの?」
郁哉はニコニコしながら自分を指差し流に聞く。『う?』と小さく唸った息子は首を傾げながら頑張って答えた。
「んとね…にいたん、あちゃまがきやきやちてゆ。みっきーはまっくよけっけなの。」
「あはは♪キラキラって『金髪』て事?かわい~♪」
「ちゅかしゃも、きやきやちてゆ。まちゃやはまっかっか♪とうたんとかあかん、まっくよけっけ!」
「そうだねー♪…いやーマジ可愛い~。こんな息子ほしー♪」
「…その前に嫁を見つけろ。何回フラれりゃ気が済むんだよ。」
「あっははー…痛いなぁ。まぁ美優さんみたいなハチャメチャな美人がいたなら、速攻プロポーズしますけどねー♪」
「…。ったくなぁ…相変わらずチャラいなお前は。」
そういう自分とて、かつて族にいた頃などは金髪はもちろん、赤やら紫やらと変化を楽しんだもの。今や面倒で何もする気が起きやしないが。
そんな事を考えながらも、よっ…と腕にいる流を降ろして座らせると、自らも隣に座った父圭介。どうやらしばし腰を落ち着けるつもりらしい。
「ところで清水さん?…左胸の薔薇と蝶、変わらず『綺麗』です?」
「あぁ、変わんねーよ。『ホンモノ』もな。」
「流くんはお父ちゃんのココにお花の絵があるの…知ってる?」
「ん。かあかんのおはな!…ちゅごくきえー。」
「コレねぇ…いっくーがお父ちゃんに頼まれて描いたんだよ?」
「ちゅごい! みっきーのにいたん!」
「あはは♪ありがとー♪」
こうしてしばらくを大人2人が他愛もない話をして盛り上がる。すると…未だシェイクを離さず飲んでいた流が、クイクイと郁哉の服を引っ張った。
「ん…なぁに?流くん。」
「みっきーのにいたん。…『じぇらちー』ってなに?」
「へ?!…『じぇらちー』?…??」
まだその話、生きてんのか…と父の目がジトる。訳がさっぱりわからない郁哉は圭介に縋った。
「清水さん?えっと…?」
「…『ジェラシー』の事だ。なんか知らねーがオレが運転してる時に聞いてるロックを一緒になって聞いてて覚えちまったらしい。」
「わー、マセてんねー。さすが清水さんの息子!」
「みっきーのにいたん!…なに?」
「んー…そうだなぁ♪…お父ちゃんがお母ちゃんの事を大好きなのは、流くん知ってるよね?」
「ん。」
「けど、お母ちゃんがお父ちゃんじゃない違う男の人とお話してると、お父ちゃん“プンプン”してない?」
「ちてゆ。きりにいたんとかあかん、にこにこおはなちちてゆと、とうたん『こんな』なってゆ。」
流はその時の父の不機嫌を表するように、自分の目元を両方とも吊り上げた。その姿があまりに可愛くて、見下ろす郁哉にも笑みが浮かぶ。
「あはは♪そうっ…そのプンプンが『ジェラシー』なんだよ?」
「…ほぁ。しょうなの?とうたん!」
「あぁ、そうだ。だってそうだろ?母ちゃんは父ちゃんと流の『母ちゃん』なんだから。」
「んっ!」
「いやいや…美優さんは清水さんの『母ちゃん』ではないっしょ。」
ツッコミをかましてみたものの、見事にスルーされた郁哉がルルルーと泣く。
「じぇらちー…ぷんぷんしゅゆこと!」
「そうだよー♪またいっこ偉くなったねー♪」
「ん!ありあとっ、みっきーのにいたん!」
「あは~…何で『いっくー』って呼んでくんないのー?流くん…」
こうして話を楽しんだ父子は、郁哉に別れを告げて再び移動を始めた。次に向かうは…
「あら清水さん。」
「こんちは。流…『こんにちは』は。」
「こんちゃ!」
「まぁ、偉いわねー♪こんにちは。」
「おう、圭介じゃねぇか。…流!オッチャンの事、わかっか?」
「ちゃくまおじたん!」
「わはは♪そうだ、拓馬おじちゃんだっ。…うぉっ、まぁた重くなったな!」
「にゃはは♪」
ここは『景雲郷』…父圭介の先輩『穂積拓馬』が商う高級料亭だ。彼は父子を見つけるとすぐさま流を抱き上げる。するとそれを見た料亭に勤める若い仲居(女子)らがワラワラと集まって来た。
「わ!可愛い~っ。ご主人の隠し子ですか?」
「そうだ、俺の息子だっ。」
「流の親父はこっち!…オレの息子だっつうの。」
返せと言うかのように流を奪い返した父圭介。あっちにこっちにと渡される張本人は、ただひたすら『にゃはは♪』と笑う。
「ったく、ケチめ!いいじゃねぇかよ…」
「るせっ。流は美優がちっこい身体張って産んだオレの『倅』なんだっ。」
「あー、ハイハイ。…流?あっちにいっぱい菓子あんぞ?」
「んーん、ぽんぽんいっぱいっ。…とうたん、なくなった。」
「やっと飲んだか…ほいほいっと。…ハイ、夜露死苦。」
「…今の『よろしく』、漢字になってたろ。…懐かしいじゃねぇか…」
「ははっ!…つう訳でこれで。まだ行くとこあるモンで。」
「何やってんだお前。…息子を見せびらかしてんのか?」
「その通り!」
かくしてまたまた移動を開始する父と子。次にやって来たのは…
「流!瞬パパに会いに来てくれたのか?!おいでっ。」
「「……。」」
父子そっくりな吊り目がジトーッと、諸手広げる南雲を射抜く。圭介は『パパ』と呼ばせようと躍起になる南雲を警戒し、流は南雲が着ている『白衣』を警戒する。
流はコレを着ている時の南雲が嫌いなのだ。…痛くておっかない『ちゅうしゃ』をするから。
「な、何だよ…圭介、流を抱かせろ。」
「やなこった。…何が『パパ』だ、流の親父はオレだっ!」
「ちゅんおじたん…ちろいのきてゆ。やら。」
「うぉ~何てこったっ。白いの脱ぐからっ…な、流♪ほらおいでっ。」
「やら!…とうたんがいいっ。」
尚も父にしがみつく流を見て、南雲が今度こそ泣きが入る。…いつもの姿である。
「ふっふふふ♪こんにちは流ちゃん。お父ちゃんと一緒でいいわねー♪」
「こんちゃ、ちほママ!…うれちい。」
「くぅー…俺の事も『パパ』って呼んでくれよぉ~…」
ココは圭介の盟友である南雲が経営する『南雲総合病院』。分け隔てる事なくやっては来たものの、警戒は怠らない。
「流ちゃん、おやつ食べる?大好きなチョコがあるわよ?」
「んーん、ぽんぽんいっぱいっ。」
「あら珍しい。何良い物食べたの?」
「にゃはは♪ないちょっ。」
「そういや美優さんは?…もしかして、お前の悪業の数々にとうとう耐えかねて出て行ったかっ。」
「なワケあるか。…みずきンとこに遊びに行ってんよ。たまには他人と話すのも発散になるだろうからよ。」
「ほぉ…んで、流と2人でぶらぶらしてんだな?」
「まぁな。でもそろそろ迎えに行ってやらねぇと。」
「んな言ってぇ…お前が恋しいだけだろ?」
「……。うし、流…母ちゃん迎えに行こうぜ。みずきママんとこにな。」
「ん!」
…滞在時間、約数分。いったい何しに来たのかさっぱりである。
やっと最終目的地である笛木とみずきの住まうマンションへと着いたのは、それから数分後。
流にドアフォンの『ピンポン』を押させると、やがてはそのドアが開く。
「あらあら。しーくんに流ちゃん…お迎えに来たの?」
「あぁ。美優は?」
「中にいるわ。さ、入って…流ちゃん、お父ちゃんとずっと一緒だったの?」
「ん。たのちかった!」
「そう、良かったわねー♪…美優さん、お迎えよ。」
「…圭介さん、流くん…」
「かあかん!」
「おやおや。やはり母が良いですか?流は。」
「八雲さん…なワケないでしょうに。」
父の腕から降りた流が母美優の足元にワシ!と縋り付く。…そんな姿は微笑ましい限りだ。
「流くん、お父ちゃんと何して遊んでたの?お母ちゃんに教えて?」
「じゅっと“ぶう”にのっちぇた。いよんなとこいった!」
「男2人でドライブだ。あちこち顔出して…変わりねぇか話しながらな。」
「そうだったんですね。…良かったね、流くん。」
「ん!にゃはは♪」
息子のピカピカな笑顔を見て、母美優も一緒になって笑う。そんな2人を笛木とみずき、そして圭介が見守った。
「かあかん!『じぇらちー』ってちってゆ?」
「え…じ、ジェラシー?…」
「おや?流は随分と難しい言葉を知ってますね。」
「流ちゃん、ジェラシーってどういう事?」
「んちょね…とうたんが“ぷんぷん”しゅゆこと!」
「「…。…」」
流が言う事はよくわかるが…果たしてその解釈はどうなんだろうと場にいる皆が思う。なので…
「あ、ははは…なるほど…」
「ふふ♪そう覚えちゃったのね…恐ろしいわね、まるでグングンと水を吸うスポンジみたい。」
このくらいの年頃の幼い子は、大人が交わす会話を側で聞いていて覚えるのが大概である。例に漏れず、流もそうだった。
「やぎゅもパパ。パパもみじゅきママにみちゅいだの?」
「…ハイ?…今『貢ぐ』と言いましたか?流。」
「ん♪」
「…。圭介…これ、は?…」
「…圭介さん。」
「やっ…いやいや!オレが教えたんじゃない!田島がっ…」
「あらあら♪今更慌てたってもう遅いわよ。…すっかり覚えちゃってるもの…ねぇ流ちゃん♪」
「流…いいですか?その『貢ぐ』という言葉は忘れなさい。まだまだ小さいのに、覚えて良い言葉ではありませんよ。」
切々と言い聞かせる笛木だが、当の本人はわかっているのかいないのか『にゃはは♪』と笑うのみ。父圭介はその横で再び冷や汗を流す。
…小さな流の『なんで?』は、こうして大々的に周囲の大人達を翻弄していくのだった。
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